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■ オイテイカナイデ・2
何もかもに満足しながら、紅茶もケーキもそれぞれ半分ほどお腹に入れた頃。
読んでいた恋愛小説に、何故か酷く違和感を感じた。
「・・・?」
何なんだろう、と自分でもよくわからなくて文字に視線を戻した。 シリーズもののこの小説は、あまり恋愛小説を好まない私でもイチオシと言えるくらいのお気に入り作品だ。
最近新刊が出たものだから、内容を思い出すために2作ほど遡って読み直していたのだが。
看過し難い違和感だったから、本を一度閉じて考える。
・・・。
やっぱりわからなくて、もう一度本を開く。
やはり感じる違和感に半ば苛々しながら溜息をついたところで、急に答えが額あたりに点滅した。
即座に涙腺が刺激されてしまって、私は思わず目頭を強く押して抑えようとした。 こんなところで泣いたら阿呆だと自分に言い聞かせ、更に抑える。
──────まて、まて、オチツケ。
──────いや、無理だから。
寸前まであまりに機嫌の良かった私は、つい先程までピアノを弾きながら考えていたことや、更に言えばクーラーと時間を潰していた理由さえもつい忘れていた。
無邪気にいちいち喜んでいられたのは、忘れていたからだ。
どうせならそのまま忘れているべきだったのかも知れないが、それも今更な話。
オ イ テ イ カ ナ イ デ
────何で?
何で、手元の恋愛小説の方がリアリティに溢れているの?
何で、私の存在はこんなにも真実味に欠けているの?
世界はいつもと変わらないのに、何で? 私1人がいつもと違う。絶対違う。どこが違う?
違う、違う、私は世界と一緒に時間を刻んでいないんだ。
私、立ち止まってしまったからダメなの?
・・・思考を振り切るように顔を上げて、店内を見回した。 髭マスターと一瞬目が合ったが、彼はどうやら生クリームを泡立てるのに忙しいらしい。
客は勿論、家具も電話もレジも花瓶も植木も、何ら変わりない。
そう、変わりない。
紅茶にはいつも通りミルク少々と砂糖が1杯半が入っている。 美味しいケーキの方はクリームも苺も均等に食べられていたし、通学用のバッグも持ち歩いてる小説も、いつもと全く同じ。
・・・なのに、私はいつも通りじゃないんだ。
好きな人と好きな気持ちを残したまま別れて、 それでもいつも通りの自分で居ようと無理をして、 「大丈夫」の言葉を繰り返す大丈夫じゃない私が、 好かれたいと思う人にとんでもない失礼をして、 自分で自分の首を絞めながら、 それでも誰かの目に留まって居たくて、 そうじゃないと自分という輪郭がボヤけてしまうんだ、と他人に縋って生きてゆく私。
────こんな人間、誰が好いてくれるだろう。
私ってこんな人間だっただろうか? コレが私「らしさ」だっただろうか?
違う。違ってくれなきゃ困る。
でも、このままじゃ何もかも上手くいかない。 上手くいってない。 強がって無理すればするほど、事態は悪くなる一方だ。
ここで立ち止まって泣いていたら、私は大切なモノを見失ってしまうんじゃないだろうか。 追いつけなくなってしまうんじゃ。
そう思うと、怖くて──────
・・・唐突に携帯が鳴った。
出ようか迷ったが、友人のI君からの着信と見て、緑のボタンを押した。
「・・・もしもし」
「あ。○○ですけど」
「・・・は?」
着信は確かにI君の名前が出ていたのに。 要は隣に携帯の持ち主本人がいるのだろうが、私に電話をしたのはY君だった。
店内での通話だから、なるべく声を小さくする。 そうなると何処か自分の声は素っ気なく響いてしまうのだが。
「今、どこ?」
「喫茶店」
「誰と?」
「・・・1人だけど」
「ふーん」
「・・・何?」
少し冷たいかと思ったけれど、店内で長話をするのは気が引けたし、何より着信前の酷い思考と精神状態だったこと思えば──────
「あ。本、返そうと思って」
「あぁ・・・」
「俺とI君と一緒に、後で持ってっていい?」
「ウチに?」
「うん」
「・・・いや、今、I君ちに居るんだよね? 私が行くから」
「来るの?」
「そっちのがいい」
今まで男女問わず「ようこそ、ようこそ」と友人を招いて来た。 料理の腕を幾度となく振るったし、友人たちと過ごす時間がとても楽しかったから。
けれど正直、当分誰かを招く気にはなれなかった。
考えてみればおかしな話である。 独りになる前は好き勝手していたのに、フツーは逆だろう。
「何時頃?」
「んっと・・・1時間後」
「喫茶店出る時にメール頂戴、だって」
「わかった」
電話を切ってから紅茶とケーキを食べ終えるまで、私はつくづく自分の馬鹿さ加減を後悔した。
Y君はともかく、I君は学校の友人の中でも特に親しい。 しかし生憎と言うか、彼は私にとって「相談したい人」ではないのだった。
更に付け加えれば、むしろ私が常に「相談される人」になっている。
今の自分には誰かの相談なんて受ける余裕なんてない。 全く、ない。 そんなものどーでも良いから、「テメェはテメェで勝手にやれ」と言って突き放してしまいたいくらいに。
それでも私は「いつものように」振る舞おうとして、最近どうなんだ、だの、その後どうなったんだ、だの甲斐甲斐しく彼の身の上を聞いてしまうに違いない。
彼が例えば「相談したい」と思える相手だったら、こんなに後悔していない。 けれど相談したところで「俺もさ〜」と自分のコトを持ち出されるのは嫌だったし、だからと言って傷を舐め合うのも御免だった。
・・・いや、彼が悪いワケではない。
ただ、厄介な私には相談相手と呼べる人もなかなか居ないだけの話なのだ。
そうこうして無理を重ねるから、生じた歪みはいつまでたっても元に戻らないのだろう。
一体何やってるんだ、私。
(・・・もう少し落ち着いたら、必ずまた来よう)
そう思って喫茶店を出たところでI君に「これから向かいます」とだけメールし、スクランブル交差点を憂鬱な気分で渡った。
真っ直ぐ真っ直ぐ20分ほど歩くうちに、足取りはどんどん重くなっていく。
ここで私が弱さも脆さも100%全開の状態で2人と対峙したら、彼らはさぞ驚くことだろう。 そうして慌てふためいて気を遣わせて気まずい雰囲気になるのだろう。
容易に想像できたから、だから行くなら「いつもの」私じゃなくちゃならない。
(キャンセルして別の日にすれば良かった)
それを思うには遅すぎて、実行するにもまた遅すぎた。
信号をいくつか渡ったところで左折すれば間もなくI君の家が見える。 散歩する老人のようにフラフラゆっくり歩きながら、この期に及んで躊躇していたが、いよいよインターホンを押すところになって覚悟を決めた。
ピンポン、と軽快な音が聞こえてから10秒ほど。 鍵が開いて扉を開けるとI君が申し訳なさそうに出迎えてくれた。
「どうもどうもすみません、わざわざ来て頂いて」
「いーえー、急にお邪魔しちゃってごめんなさいね」
いえいえいえ、と何度も言う彼の後ろにくっついて部屋に入ると、先程私に電話してきたY君がベッドの上にいた。
お久し振り、と言われたので「ぶりー」とだけ返したところで、多少の違いにふと気が付いた。
「・・・あれ?髪の毛切ったの?」
「さすが○○さん、よく気付いたね」
「他の人は気付かなかったんだ」
「○○さんも髪、切ったでしょ」
「切ったよ。わかる?」
「俺はわかる」
「あ、そー。何かYっち子供っぽくなったわね」
大方I君にでも聞いたんだろうな、と思ったけれど突っ込むのは面倒だったのでやめた。 自分が髪を切った翌日、学校へ行ったものの誰1人それに気付いてくれなかったものだから、多分。
何となくY君には意地悪な口調になってしまうのは、まぁ、仕様みたいなものなのだけど。
「あれ、帽子なんて珍しいね」
と、ナイスなところに気付いてくれたのはI君。
「あぁコレはバーゲンセールで買ったの。似合う?」
「似合います、似合います」
「ありがとー」
「何でI君には優しいの、○○さん」
「I君はアイシテルから」
「俺は?」
「・・・は?」
何の話、と笑顔でスルー。
うわー、泣くー、と駄々(?)をこねるY君は放置して、I君が差し出してくれたクッションをお尻に敷いて扇風機の近くに落ち着いた。
誤解されたくないので追記するが、I君と私は何ら疚しい関係ではない。 言うなれば冗談で「アイシテル」なんて言えるくらい親しい、ということだと思って欲しい。
あっちはあっちでいろいろ大変のようだから、専らお互い元気を出すために「アイシテル」を連呼するのだが。
滑り出しは「いつも通り」だったのだが、どうも3人揃って微妙なテンション。 それからは何だか辿々しい会話が続くものだから、つい、私は聞いてしまったのだった。
「えーと、I君、Oさんの件はどうなったの」
・・・馬鹿。
わかってて言った自分が更に馬鹿だから、あーもーどうにでもなれって感じだ。 聞いてしまったからには最後まで。 この際、一切合切聞いてしまった方がいっそこの後楽なんだろう、そうだな、そうだよな!!と自己催眠。
そう、そう。 ここまでくれば開き直り万歳って感じだ。
自分の阿呆さ加減も自分で勝手に肯定してしまえば気分爽快、あぁ扇風機の風も心地よい。
・・・そうやって完全に割り切れていれば、また後で厄介な感情に陥ることもなかったのだが。
悉く上手くいかない時ってあるものなのだと、人生で何度目だか知らないが、痛感することになる。
2004年07月06日(火)
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