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■ オイテイカナイデ
クーラーを、つけたり消したり。 暑くて目が覚めて、ON。そのまま寝てしまって慌ててOFF。 また暑くてONにして寝て起きてはOFF。
それを往復5回ほど繰り返したら、午後3時半だった。
暑い・・・。
朝8時前に起きたのに。 クーラーとイタチごっこをしていたせいで、今更学校に行ったところで授業は終わっている。 無駄に灯った茶色の豆電球を消しがてら起きあがったら、不快指数が軽く「5」くらいは上がった。
蒸し暑い・・・。
モゥモゥとしながら階段を下りたら、1階は多少涼しくて──────でも暗かった。
(この時間になって雨戸を開けても・・・いっか)
天気が良いのが、せめてもの救い。 これで雨が降っていたら絶対外に出ようとは思えない。
少し迷ったけれど今日のうちに用事を済ませよう、と決意してぬるいシャワーを浴びることにする。
「わたし〜ぃのぉこの両手ぇで〜 なぁにぃが出来ぃる〜のぉ〜・・・・・・」
ザーーーーーーー。
「痛みぃ〜にぃ触れさーせーてぇー そぉっとぉ目をぉ閉じ〜て〜」
シャカシャカシャカ・・・。
「夢をー失ぃなうよりもぉぉ〜 悲しーぃこぉとぉはぁ〜」
・・・・・・。
「・・・何だっけ」
蛇口をキュッとひねって浴室から出るや、バスタオルを身体に巻きながらステレオの上に乗せられたアルバムを手に取った。 歌詞カードの後ろの方を開くと、そこに答えが載っている。
(・・・自分を信じてあげられないこと、ね)
鼻歌で小さくメロディを歌って、一区切りつけた。
ちょっと外に出るだけだからと。 7分丈のジーンズに淡いパープルのノースリーブを着て、10分で化粧をして、5分で髪をセットして服に合わせてブレスレットと指輪を選んで家を出た。
心配してメールをくれたフルートの先生に、メールを返しながら曲がりくねった道を行く。 「具合が悪いの?」とだけ書かれた内容に何と返したモノか、携帯の画面を見たまま暫し悩んだ。
グアイガワルインデス ・・・ココロノ。
「ご迷惑をかけてすみません。 暑いせいか脱力感が酷くて、食欲も減退気味なんです。 来週のレッスンには出席したいと思います」
(送信、と)
残りのメールは面倒なので後で返すことにする。
時間は午後4時。 まだまだ蒸し暑いから駅直結の涼しいショッピングモールを通る。
週刊誌と小説なら立ち読みが可能な本屋さん。 何件か服飾雑貨のお店が続いて、ケーキ屋さんが何故か2,3件続いている。 そして、最近足を運ぶことが少なくなったスイートデニッシュの美味しいパン屋さんを通過すると、改札口は目の前だ。
不意に背後からオジサンが私を追い越して行った。 ちらちらと私に視線を投げながら、忙しそうに。
それなりに歩くのが速い私だから、追い越す人も少ない。 しかし癪に障ったのは追い越されたからではなくて、不自然に私を見てくるからで。
5メートルほど追い越されてからも執拗に後ろを振り返るオジサンに、ニッコリと
「何か御用ですか?」
・・・と言う代わりに、私より背が低かったから見下ろすように睨んでおいた。
その余波で近くにいた通りすがりの何人かにも一瞥をくれてやりながら、改札の横を通って階段をおりた。
線路沿いに2、3分歩けばすぐに学校が見える。 教室へ行くには階段を何度も上がらなくちゃイケナイので、毎度のことながら(いや久々だったか)勇んで1段目に足をかけた。
2階でホルンの音が聞こえて、3階からはピアノの音がいくつか聞こえて(そのうちの誰かがモーツァルトのソナタを弾いていた)、4階では階下からの音だけが聞こえた。
教室の扉を開けると────────なんて、涼しい。 ・・・でも誰もいなくて寒々しかった。
いつも学校が閉まるまで練習や雑談をしているメンバーも、今日は皆早く帰ってしまったらしい。 出しっぱなしの教科書や教則本、自分も昔使用していたピアノの曲集などがあったけれど、やっぱり誰かが残っている気配はなかった。
誰も居ないのなら用事を済ますことも出来ない、と1つ溜息をついて自分の席に荷物を置いた。 机の上には私が休んでいる間に配布されたプリントが何枚か乗せてあって、親切にも誰かが私の分をとっておいてくれたらしい。
その誰かに感謝しながら、でもプリントはそのままにして 教室の隅にあるピアノの黒くて艶めいたフタに手をかけた。
自分が普段使っているバッハの平均律曲集や、ソナタアルバムは持って来ていなかったから、誰もが基礎練習に用いるハノンを近くの机から拝借する。
(借りるね、T君)
曲番を囲むように書かれた「よく出来ました」を示す二重丸が微笑ましい。 意識して肩の力を抜いてから、ブレスレットとビーズで作られた指輪を外して、30分だけ弾こうと決める。
(ピアノを弾くのは何日ぶりだろう)
ピアノのレッスンを暫く休んでいたのは、ほとんど練習をしていなかったから。 ついでに先生に合わせる顔がないだけではなく、あのいちいち気に障る先生と接していると、言ってはいけない言葉を吐きそうだったから。
そしてそれを抑える自信がなかったから。
(弱い、な)
1番、2番──── 5本の指に均一に力を込めながら、ほとんど楽譜に目を走らせず弾いてゆく。
(脆い、し)
3番、4番──── 黒光りしたピアノ本体に映り込んだ自分を一瞬見て、すぐに手元に目を移した。
(無理をしなければ、良いのだけど)
結局8番まで弾いたが、集中できないわ指の動きは最悪だわでハノンを弾くのはやめた。
それからうろ覚えのバッハのインヴェンションを2,3曲弾いて、最近まで練習しテストでも弾いたモーツァルトのクソ長いソナタを流す程度に弾いて、フタを閉じた。
帰ったらちゃんと練習しなきゃ────するんだろうか。
横に置いておいたアクセサリと携帯をとってから、教室に備え付けられた冷暖房(2カ所)の電源を切って帰ることにした。 いち、に、さん、と面倒くさそうに階段を何段も何段も下りて下駄箱に着くと、基本科の男の子が事務室で何か揉めていた。
何度か挨拶してきたことがあったっけな、程度に思って自分はさっさとサンダルを履いて学校を後にする。
(何のために学校に来たのかわからない、けど、このまま帰るのも嫌だなぁ・・・)
バーゲンセールにはとっくに行ったし、欲しい本も特にない。 美味しいラーメンが食べたかったけれど、この近くのはどれもハズレばかり。
家に向かって歩きながら考えちょうど先程の駅の改札あたりに差し掛かったところで、閃いた。
(あぁ!今こそケーキを食べる時ぢゃん?!)
45度方向転換して北口を直進する。 スクランブル交差点を通過して少し歩いた所で左折。 細い路地を進むと、右手に目的のお店が見えた。
家の近くで美味しいお店を発掘したい、と常々思っていたからネットなどでいろんなジャンルのお店を調べまくっていたのに。 今までどうにも時間がなかったと言うか、タイミング合わずで叶わなかった。 あるいは友人も誘って来るべきかと思っていたせいもあって。
1人で小洒落た喫茶店に入る事に大して抵抗はない。 もっと早く来れば良かった。
古めかしい焦げ茶色の店内は、外見と同じく・・・いやそれ以上に小洒落たセンスの良い家具で統一されていた。
6人がけの椅子とテーブルもあれば、2人がけのそれもあって、勿論カウンター席もある。 17時を回っていたが、小さな店内でも8割方お客で埋まっていた。
私は残り1つになった2人がけの椅子の片方に座って、帽子をとった。 同い年くらいの女の子がメニューと水を持ってきてくれる。
他に店員は居ないのかな、とカウンターに目をやるとマスターらしき人がティーカップをとっているところだった。
私は思わず笑いそうになって、メニューを見るフリをして下を向いた。 だってマスターらしき人は縁付きのメガネをしていて、顔の下半分は白髪混じりのヒゲを生やしていて、微妙にマッチしていないエプロンを着ていたから。
あんまり「らしくて」可笑しい。
横で大人しそうにマスター?の手伝いをしてたのは奥さんらしき人で、これもまた「らしくて」もうどうしようかと思った。
さておき。 どうやら店員(?)はこの3人だけらしい。
とりあえずメニューに目をやると、喫茶店らしくケーキだけではなく軽食も振る舞っているようだ。
そういえば今日は何も口にしていない。 ちらっと「サンドイッチ」の文字が見えたけど、・・・見なかったことにしてお目当てのケーキのページに集中した。
日替わりでオススメのケーキも変わるらしい。 今日の場合は「レアチーズケーキ」で、旬のフルーツを横にたくさん添えてある写真が貼ってあった。
視線を滑らせると、フルーツをふんだんに盛り込んだババロアだとか、素朴だけれど不思議と目をひくバウンドケーキの写真があったりして、どれにしようか本当に迷う。
1枚だけ仲間はずれのように差し込まれたメニューには、どうやら新作ケーキが載っているらしい。
「砂糖を使わずハチミツを加えて焼き上げたシフォンケーキに、甘い苺のコンポートを添えて」 と説明書きされたそのケーキの写真を見て、コレだ!と思った。
他にも試したいケーキはあったけれど、何よりもまず、コレ。
一目惚れの如く紅茶とセットで注文した。
待つ間、読みかけの小説を取り出しながら改めて店内を見回してみた。
カウンターの奥の棚には、物凄く値打ちモノなんじゃないかと思えるような緻密で上品なデザインのティーカップが所狭しと並べられている。 しかも驚いたことに、よく見ると似てはいても同じカップは2つとないようで、各々の客の前に置かれたカップを見比べても、微妙にデザインの違うカップが違和感なく場に溶け込んでいた。
凄いな、と力が抜ける。
なのに笑えるのが、年代モノのピンク色の大きな電話が置いてあったり、それが5段式のシルバーラックの上に置かれてたり、その下にはイマドキの女性誌が並べてあったりして、何だかミスマッチだ。
かと思いきや、手入れの行き届いた観葉植物が窓際で伸び伸びと葉をのばしていたり。 円錐状や試験管の形をした花瓶の中には、バランス良く貝殻や青や透明の石が飾られていたりした。
1つ1つを見れば凄くバランスがとれている。 でも、何かと何かを見比べれば酷くアンバランス。
それでいて、全体を見渡せば不思議と落ち着くのは何故だろう。
とても安心できる心地よい空間だ。
人間が相反する事象に惹かれるのを裏打ちしているかのようなこのお店は、つまり私には最適な場所で、きっとこれからも必要なんじゃないかと思えた。
程なくしてケーキと紅茶が運ばれてきた。
ケーキの盛られたお皿も、なみなみと注がれた紅茶の揺れるカップと受け皿も、とても素敵なデザインがプリントされていた。
紅茶の方は、緑を基調としたどちらかと言えば「可愛らしい」の表現が似合うデザイン。
ケーキの方は、花を散らして様々な色でもって上品に塗られたデザイン。
つまるところ、両方並べると微妙にアンバランス。 でも、片方ずつならなんてグッドバランス。
無性に嬉しくなる。
上機嫌で紅茶を一口飲み、ケーキを一口頬張り、私は更に機嫌を良くした。
すぐに「絶対また来よう」と決心して、もう一口ケーキを口に運ぶ。
紅茶は丁度良い濃さだし、香りも主張が過ぎず控えめで自然。 ケーキは成る程、僅かにハチミツの味がした。 けれどベタベタとした甘さじゃなくて、不思議と素朴。
添えられた生クリームも最適な量と位置を保っていて。 そして何たって「きゅ〜」っとなるのは苺のコンポート。 コンポートとは所謂「砂糖煮」だが、砂糖の甘さと苺それ自体の甘さ、加えて酸っぱさが最っ高にマッチしている。
そしてそして、シフォンケーキとの相性もバッチリとくれば、もぅコレは絶品絶品、髭マスターにウインクくらいプレゼントしちゃいたい。 (作ったのがマスターかどうかはわからないが)
(大当たりだなぁ、このお店)
自分で自分を誉めてやりたいな、と陳腐な言葉を思い浮かべながら少し遅いアフタヌーンティーを楽しむ。
──────例えば仲の良い友人と来ていれば、そのまま最後まで上機嫌で居られたハズなのだ。
あるいは、この日この時に私が1人で来ていなければ。 いつもの「私」であったなら、あぁはならなかったのだろうに。
2004年07月05日(月)
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