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遠子(桜井都)

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 遠い光を受けて輝く星たちが窓の外を彩っている。
 奪取された新造艦エターナルの追撃は現在のところただの移動時間に充てられている。プラント最高評議会前議長シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインらの一派はL4コロニー群に潜んでいることが判明したが、ザフトの高速船といえども五分十分で行けるところではない。
 近づけば当然戦闘行為が始まることは想像出来る。パイロットたちには今のうちに休憩を取るよう命令されたが、これといってすることのないイザークはぼんやりと窓の外を見るばかりだった。
 暗い虚空に、かつて同じ隊に属していた少年を思い出した。
 アスラン・ザラが領受された新型モビルスーツ『フリーダム』ごとラクス・クラインの下へ走ったという情報はイザークの耳にも届いていた。よくよく聞けば、彼はフリーダムを領受された時点で反逆者であるラクスの捜索任務に当たっていたという。その途中で、何を思い、何を決めて国を裏切ったのか。
 プラントが愛した、麗しくも可憐な歌姫。かつての婚約者への情にでもほだされたのだろうか。その可能性を思い、イザークは無意識に眉間を寄せた。
 次いで思い出す、今はもういない同僚たち。ディアッカ、ニコル、ラスティ、ミゲル。気付けば任務成功率とその生存率を誇ったクルーゼ隊の中で、イザークの同期はもう自分以外誰も残っていない。
 これが戦争の実態だ。頭では理解していたつもりだが、アスランのことはイザークにとって最後の打撃だった。認めたくはないが、自分のライバルと思っていた相手の裏切りはイザークの心をひどく痛めつけた。
 そしてその痛みを罵声として聞いて欲しいディアッカもいない。聞く相手のいない悪口など何の意味があるのか。自分の癇癪癖をイザークは自覚していたが、それも誰かが近くにいてこそのものだと気付いた。
 

2004年11月29日(月)



 たとえば君と。

 たとえば、もし。







「…ここじゃない場所で会えてたら、どうだったんだろう」
「ここじゃない?」
 聞き返した彼に、金の髪の彼女は遠くを見るようなまなざしで笑った。
「ああ。…ヘリオポリスみたいな平和がずっと続いてて、あそこにいたキラたちみたいに」
 平和であることが『普通』な世界で。
 ただそこで笑って、ときどき忙しいけどほとんどが穏やかで。
「ほら、学校とかで会ってさ」
「…クラスが同じだったり?」
 くすりと小さく笑った彼の緑の目がやさしかった。
「うん。…同じクラスになって、クラブとか入ってて…」
「……………」
 弟からわずかに聞いただけの、彼の学校生活を彼女は懸命に思い出す。
 学校帰りに友達と買い食いをしたり、目的はないけれどもたくさんの店を覗き見したり、分かれ道で立ち止まったままずっと話をしたり。
 少なくとも、明日の命を思って泣かない日々で。
「……そういうところで、会いたかった」
 彼女の伸ばした手が、彼の服を掴んだ。離れていくのを拒むように。
「会わなきゃよかったなんて絶対思わないけど、もっと、もっと…」
 もっと違う、素敵な出会いをしたかった。
 出会うそばから命の取り合いをしたり、銃とナイフの向け合いではなく。
「…………」
 元より器用になれない彼は、何も言えなかった。
 彼女の痛みは手に取るようにわかった。出会いを素直に喜べないきもち。平穏な舞台で、幸せな出会いが出来なかった自分たち。だから結局こうして離れる道しかなくて。
 そっと彼は服を掴む彼女の手を取った。ちいさく、あたたかな手。この手のぬくもりこそが命だ。
「…それでも俺は、幸せだと思う」
 言葉が正しいかどうかわからない。けれどせめて、自分の心にもっとも近しい言葉で彼女に伝えたかった。
 ゆるゆると顔を上げた彼女の金褐色の目に、浮かび上がる水の膜。
 引き寄せて抱きしめて目を閉じた。ほんの少しでもこの思いが伝わってくれればいいと願った。
「君に会えて、幸せだと思ってる」
 かたちは悲しいものだったけれど、後悔はない。この手に守るものの重みを教えてくれたひと。
「ありがとう。…君に会えてよかった」
 二度目の言葉。一度めのあの日は、こんな風に二人の未来を思う猶予はなくて。
 嗚咽を漏らしながら抱きしめ返してきた彼女が、今のすべてだと思った。

2004年11月25日(木)

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