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■ 頭文字K(ホイッスル!)(渋沢と三上)。
人生最速ですっ飛ばせ。
渋沢克朗が自動四輪免許を取得したのは制服時代に終わりを告げた直後の時期だった。 学校が自由登校に切り替わった頃の隙を利用して取ったのである。これは友人たちのなかでも最速記録だった。 そんな元キャプテンの運転する助手席に最初に座る栄誉には、見事その親友に白羽の矢が立った結果となったのだが。
「…イヤだ」
当の親友氏は、最初の人間になることをごく真っ当に有り難く思っていないようだった。
「いいだろうが、三上」 「ぜってえイヤだ! いくらお前でも若葉マークの人間の助手席なんざ死んでも御免だ!!」 「安心しろ。俺だってこれから先お前に慰謝料払う羽目になるのも一緒に心中するのも絶対に嫌だ」 「他の奴がいるだろ。お前の幼なじみどうしたよ」 「女の子隣に乗せるのに若葉マークじゃ格好つかないだろ。まずはお前で練習」
…しかしまた、言い出した渋沢を三上が止められないのも事実だった。 かくして武蔵野森の元司令塔は、元部長の隣でナビゲーターの役目を仰せつかったのである。
ある意味やはりというか、自然というか、渋沢の運転はごく穏やかな安全運転だった。かすかな振動から三上はそれを察し、動き出して数分の車内で緊張をわずかに解いた。
「…三上、その意地でもこちらを見ない様子は何だ」 「実際どんな風に運転してんのか見たら後悔しそうだからだよ」 「失礼な」
言葉ほどに渋沢は不快そうではなく、むしろ笑みすら浮かべていた。 空気でそう感じつつ、三上はじっと右半分に入る彼の姿から意図的に目を逸らし、過ぎ去っていく景色ばかり見ていた。当然シートベルトは必須である。 怠るな安全確認命が大事。 ほぼ無意識のうちに左手でシートベルトを握りしめながら、警視庁標語コンクールに応募したくなるような言葉が浮かんだ。実際あるかどうかは知らないが。 三上とてこの親友がそう無鉄砲な運転をするとは思えない。渋沢は他人はもちろん自分の命を一時の好奇心で危険に晒すほど阿呆ではない。しかしどんな人間にも初心者の時期は存在するのである。
「マジ、頼むから安全運転な」 「わかってるさ。俺は武蔵野森の高橋涼介になる男だぞ」
にやり、と筆舌し難い笑みを渋沢が浮かべるのをうっかり三上は見てしまった。 やべえ、こいつそういや新しモノ好きだった。 渋沢は普段は落ち着きのある様子を崩さないわりに、自分が興味を持ったものには子供のように執着する面もあった。F1観戦を趣味とし車の運転には以前から並々ならぬ興味を示していたがために免許取得もフルスピードだったのだ。
「い、いや渋沢ここ赤城山じゃないからな! コップに水入れてこぼさないように運転する程度にしとけ! な?」
っていうか俺のいないところでやってくれマジで。 本気でそう思いながら、しかし武蔵野森の高木虎之介になると言われなくてよかったと三上は別の視点で安堵する。F1レーサーより峠の走り屋のほうがまだ速度は遅い。
「俺はトレノよりFCのほうが好きだな」 「…もういっそお前喋んな。黙って運転しとけ」 「そんなの面白くないだろう。ああ酔っても吐くなよ、この車借り物だから」 「お前の辞書には気遣いとかそういう言葉は」 「自分の運転だけに手一杯なのに他人まで構ってられん」
だから練習だって言っただろう? そう続けた渋沢の顔は、口調の軽快さとは裏腹に確かにかなり真剣な面構えだった。
「もう就職も何もかも決まってるのにここで事故って台無しにする気はない」 「そりゃ俺も同じだっつーの!」
裏拳でつっこみを入れたい衝動を、三上は何とか言葉だけに留めた。ここは些細な行動が運命を左右するような場面である。
心臓に悪いドライブコース。 神様でも何でもいいから無事に帰らせてくれと、三上亮はひたすら祈っていた。
****************************** 森の司令塔さんと守護神様。 彼女乗せる前にまず親友で実験台。 ところでキャプテンは就職ではなく進学です。これ書いたときまだ最終巻出てなかったのね。
2003年04月16日(水)
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