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遠子(桜井都)

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 校則禁止区域の午後三時(笛)(森4人)

 その日その場に少年四人。










「…だから、なんで俺様がんなこと」

 腕を組み、仁王立ちになった少年がこめかみのあたりをひきつらせていた。
 艶やかな黒髪、意志の強そうな眉目。への字になった口許がその不機嫌さの度合いを物語る。名前はといえば三上亮。

「まーまーセンパイ! ここまで来て文句言わない!」

 快活に笑うのは、三上のすぐ下の後輩だった。年上の先輩とはいえ同じ寮で暮らす仲、ということで豪快かつ親しげに三上の肩をばしばし叩いた。
 本来ならば完全縦社会、年功序列を重んじる体育会系運動部の彼らにとって、この行為は決して褒められたものではない。しかしそれを許してしまえる愛嬌が、三上の隣の藤代誠二にはあった。

「仕方ないだろう、三上。約束は約束だ」

 不機嫌真っ盛りの同級生を嗜めるように、武蔵森サッカー部生徒ヒエラルキーの最頂点、主将渋沢克朗が生真面目な一面を垣間見せた。

「…すいません、三上先輩。犬に噛まれたと思って腹括って下さい」

 殊勝に謝ったかと思いきや、残る一名がはっきりと三上に引導を引き渡した。前半はおとなしめだが後半はあまり優しくない。武蔵森学園サッカー部二年の笠井竹巳はそういう少年だった。
 年上を尊重しているのかいないのかわかりかねる様子の後輩二人、藤代と笠井に三上は怒鳴り出したい気持ちを渋沢の手前どうにかこらえた。

「……で、どうしろっていうんだよ」

 制服姿の四人が今いるのは、本来制服では出入りが禁じられている駅前のゲームセンターだった。寮内テレビゲーム戦に負け、藤代が言うがままここに来た三上にとってはすでに苛立ちが爆発しそうなほど騒々しい場所だ。
 
「対戦でもしたいのか? 藤代」

 三上の寄った眉根を見て、渋沢が代わって切り出した。藤代はにやりと笑い、笠井が小さく息を吐く。その間に三上はそっぽを向いた。

「お願いがあるんですよー、俺」
「なんだ? やれる範囲なら努力するが、あまりムチャなことは言うなよ」

 釘を刺すあたりが渋沢の部長らしい責任感だった。得たり、と藤代がまだ子どもの表情で楽しげにうなずく。

「プリクラ撮りましょう! 四人で!」

 空気が瞬時に凍りついた。





 三上亮、藤代誠二、渋沢克朗、笠井竹巳。以上四名で構成されたこのグループ、私立武蔵森学園中等部男子サッカー部一軍、という非常に長い正式名称を持つ団体に所属している。
 それぞれ実力は元より、他の部員たちより若干目立つ性格をしているためか、人呼んで武蔵森中サッカー四天王。誰が呼び始めたかは定かではないが、それなりに恥ずかしい呼び名だ。
 平均年齢は約13.5歳、平均身長174.75センチと、年齢と身長の比較が標準よりかなりアンバランスである。言ってしまえば歳の割に背が高い。
 この目立つ四人で、なぜそんな真似を。
 三上の心理はすぐに否定の方向へ転がった。

「…おい藤代、てめマジふざけんなよ」
「ふざけてないッス!」
「っざけんな。なんで俺がわざわざこんな男四人でプリクラ撮んなきゃなんねーんだよ」
「そりゃーキレイどころには欠けますけどー」
「欠けるどころか皆無だ皆無。バカ言ってんじゃねぇ」
「だから代わりに竹巳つけますから!」
「代わりになるか! 帰るぞ俺は!!」

 とうとう怒鳴った三上の腕を、藤代は速攻で掴んだ。

「逃がさないッスよ!」
「だぁ!! なんなんだよお前は!」
「いいから! お願いします三上先輩!! どうしても俺ら四人で撮らなきゃいけないんです!!」
「知るか! 帰る!」

 食い下がる藤代、引き摺ってでも帰ろうとする三上。双方それなりに大声を上げているが、元々ゲーム音で騒がしいこの場所ではあまり声は問題にならない。
 それよりも、名門と名高い武蔵森学園制服が四人揃っているほうがよほど問題だ。
 逸早く周囲の視線を危険だと判断したのは渋沢だった。

「笠井、藤代に何か事情があるのか?」
「…はぁ、まあ、…ちょっと」

 頬をひきつらせ、藤代の守役と一部で評される笠井が目線をあらぬ方向へ流した。

「…ふむ」

 何となく察しはつくが、本人に確認しなければ始まらない。渋沢は三上の腕にほぼしがみつくようになっている藤代に視線を遣る。

「藤代、ちゃんと理由を言え。でなければ三上も俺も納得しないぞ」

 渋沢は正当な理由があれば他人の頼みを無碍にしない人柄だ。だからこそ納得出来る理由の表明を求める。それらが感じられるだけの言葉の重みがあった。
 三上の腕を離さないまま、藤代が渋沢を見る。へらりと笑うが、妙に情けない笑い方だった。

「怒っちゃヤですよ?」
「…どんな理由なんだ」
「頼まれたんです」
「誰に」
「新聞部に。サッカー部一軍のプライベートっぽいプリクラが欲しいって」
「あァ!? てめえ俺ら売りやがったな!?」

 突然三上が藤代の手を振り解くと激昂の表情で藤代に向き直った。渋沢は唖然とし、笠井は最初から事情を知っていた顔で額に手を当てた。

「ちが、いや、売ってないッス!」
「んじゃ言え。お前、何で新聞部に買われた? 金か女か食い物か!? どうせなんか駄菓子でも大量に貰ったってのがオチだろ! んなもんにつられて先輩様売るたぁてめえも偉くなったもんだなァ!!」

 藤代の襟首を掴んで詰め寄る三上の様子に、今度は渋沢も見るに耐えない思いで顔に手を当てた。名門武蔵森学園の名が泣くような柄の悪さだ。

「うわーあははははそんな怒っちゃイケメンが台無しッスよ、三上センパイ!」
「てめーのせいだ思い知れ!」

 背番号9番のエースの首を、背番号10番の司令塔がぎりぎりと締める。
 てっきり止めに入ると思った部長の呆れた雰囲気だけを感じ、笠井は隣を見た。

「…キャプテン、止めなくていいんですか?」
「藤代が笑ってる限りは平気だろう。…ああなった三上はしばらく放っておいて発散させるに限る。そのうち疲れて終わるさ。それより説明してくれないか」

 さらりと言い、渋沢はずっと落ちつき払っていた笠井に尋ねた。笠井は一呼吸し目のあたりに落ちてきた前髪を手で押しやり、藤代の代理として白状する。

「新聞部の副部長が同じクラスなんですけど、次の試合の後うちの部の特集組んでみたいって言い出したんですよ」
「それは有り難いが、俺は聞いてないな」
「はぁ…なんかネタが揃ってから本格始動するとかなんとかで。今回は試合結果とかだけじゃなくて一軍の主要選手の寮生活とかその他の生活密着ネタで盛り上げたいらしいですよ。ほら、最近校内新聞影薄いですから」
「……………」
「一軍選手の仲の良さがすぐわかるようなものないか、って藤代に持ちかけてきたあたり、向こうも新年度第一号に力入れてますよ」
「…藤代に」
「奴は新聞部の副部長にテスト勉強教えてもらった借りがあるんです。…プリクラ一枚だけでいいんで、お願い出来ませんか?」

 笠井はそう言って渋沢に軽く頭を下げた。最初から事情をすべて知っていて、彼は藤代に付き合っているのだ。友人思いだと感じつつ、己の公的な役割を知っている渋沢は後輩に了承のうなずきを返す。

「まあ、それでうちの部に注目してもらえるなら部費の増量に繋がるから多少は構わないが…、問題はあいつだな」

 渋沢の視線の先には、藤代を怒るのにそろそろ疲れが見え始めた黒髪の司令塔がいる。

「三上、今回だけはやってくれないか? 後輩が世話になったなら、恩を返すのが人の道だぞ」
「……………」

 三上は憮然としながらやや乱れた髪を手櫛で直している。
 他の三人の視線が自然と三上に集まる。三上は相変わらず眉間の皺が消えていないが、不快さより迷いのほうが色濃い雰囲気になっていた。

「三上」

 頼む。
 そんなやわらかい響きで渋沢が呼んだ。三上が一拍息を吐く。それが迷いの終わりだった。

「…わかったよ、一回だけだからな」

 渋沢がうなずき、笠井がほっとした顔になった。
 藤代はといえば、一瞬にして顔中に喜色を浮かべる。

「先輩、ありがとうございます! マジ愛してます!!」
「お前の愛なんていらねーよバカ」

 ふんと鼻先で一蹴されても、藤代は安堵のあまりにこにこ笑うだけだ。

「ささ、じゃ先輩、気が変わらないうちにこっちこっち」
「言っとくけど俺センターな」
「え、ヤです。センターは俺!」
「先輩を中心に据えるのが基本だろ」
「えー…」
「文句あんのか?」
「…とりあえず、行って決めましょ、ハイ! 先行ってまーす」

 三上の背を押しながら藤代は渋沢と笠井に手を振った。
 その後を彼らよりゆっくりとした歩調で進みながら、渋沢と笠井はしみじみとした気分を分かち合う。

「…どうして俺たちってこうバラエティ系になるんでしょうね」
「サッカーから離れてシリアスになったためしがないな」
「いいんですけど」
「ああ、いいんだけどな」

 プリクラ一枚撮るのに、なぜ喧嘩・理解・納得・説得とフルコースを短時間で終わらせなければ気が済まないのだろう。性質の違いが露骨に反映されてしまう。

「個性が強いのも、面白いがときどき大変だな」
「そうですね」

 言いつつ、別段それほど気にしていないのを互いに知っている。

 急かされるように駆け足で過ぎていく少年時代。
 共有する者たちを収めた小さな写真が出来上がるのは十数分後だが、個人間で分けられたそれが後に学園内で相当のプレミアがついて回ることは必死だった。







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 4000文字以上書いておいて、やってることは森4人組〜プリクラを撮る〜だけ。
 1シーンに4人も同時に動かすなんて小ネタとして間違ってる。人数多い。口調で区別がつきやすい4人とはいえ、間違ってる。

 本日の小ネタ。
 友人神咲さんと葉月さんのリクエスト、「プリクラを撮る森面子」
 4人が限度でした。彼女たちが期待していたのは、撮っている最中の4人のリアクションであることは承知でしたが、そんな書き辛いシーン御免であります!(つまりリクに沿ってない)

 立ち位置で揉める藤代と三上。
 渋沢先輩前どうぞ、いや俺は背があるから後ろで、でもキャプテンなんですから前に、…とか喋っていそうな笠井と渋沢。
 結局前列に藤代・笠井、後列に三上・渋沢で並びそうな。
 おい渋沢ちょいかがめ(俺が背低く見えんだろ!)(:事実のくせに)と言いそうな三上。
 撮り終わった後の落書きは藤代にお任せ(:彼らが中学生の時代そこまで高性能かは置いておきましょう)。
 まず間違いなく、そのボックスの中やかましい。
 名門学校の制服男子4人が一緒にプリクラ★状態に付近の女子高生の注目を浴びる。
 終わったあと逆ナンとかされたら愉快だ。
 ちなみに撮ったプリクラは均等に四分割されたあと、渋沢は生徒手帳の中へ、三上は財布の中に入れっぱなしに、笠井は机の引き出し、藤代は友人たちと交換、…あたりなら楽しいと妄想。

 ……ごめん、書けなかったよ(半分以上私信)。
 身内は面白いネタを忌憚なく寄越してくれる半面、容赦もありません。

 そうそう、ついでというか、日記の整理をして小ネタを書いてない日の日記はほぼ全部削除してみました。目次ページが爽快です。
 いいの、ここ、半分らく書き帳だから(自己満足)。

2004年04月07日(水)

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