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遠子(桜井都)

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 春と窓辺の休息(鋼の錬金術師)(大佐と中尉)。

 春先というのは何をしていても眠気を誘う頃合だ。ましてや朝から机にかじりつき、視覚に刺激をさっぱり与えてくれない文章と向き合っていると、眠気に退屈という要素が重なる。
 そろそろうんざりした気分に駆られ、執務室の主は物憂げに窓の外を見た。

「春眠暁を覚えず」
「古典文学お好きでしたか?」

 打てば響く早さで、近くで雑務をこなしてくれた部下が反応してくれた。
 彼は彼女の聡明さを称えるように、にっこりと笑う。

「いや? だがしかし名文だと思うね。私のように無学な者でもこの言葉の真実はとてもよくわかるよ」
「ご謙遜を」

 三十前には大佐の地位に上り詰めていた軍人官僚候補に部下は短く答えた。余計な愛想など全くない。いつものことながら大佐の地位にある上司は苦笑する。

「春は嫌いかな」
「私の意見と、現在の職務は別問題です」

 クールな反応だが、やはりいつも通りだ。無駄口を叩かずにさっさと仕事しろ、と書類をチェックしている彼女の静かな横顔が物語る。
 どうにかその態度を崩してみたい気持ちに駆られ、彼は群青の軍服の腕を組みながら思案する。

「…中尉、いつも思うんだが君はもうちょっと笑ってみてはどうだろうか。折角綺麗な顔をしているのに勿体無いぞ」
「結構です」

 すっぱりと切り返された。にべもない。
 プライベートの場、あるいは休憩中などであるなら数少ない彼女の淡い笑顔を彼も見たことがある。しかし仕事となるとさっぱり笑ってはくれない。自分にも他人にも厳しい彼女らしいといえばらしいが、彼にはときどき面白くない。
 黙々と仕事を続ける部下に、上司はさりげなく席を立った。めざとく彼女が顔を上げ、たしなめる。

「大佐、どこへ行くおつもりですか」
「まあいいじゃないか、少し外の空気でも吸おう」
「そんな暇ありません。夕方までにすべて終わらせなければならないんですよ」
「まあまあ」

 右手をひらひらと振りながら、彼は窓辺に寄るとためらいなく窓を大きく空けた。
 一瞬にして風が流れ込む。ただし荒れ狂う風ではなく、やわらかく優しい陽光を伴った春の風だ。髪がそれに揺れるのも構わず、彼は部下に笑いかける。

「ほら、春だろう?」

 金鳳花のような金色の太陽。晴れ渡る空色。訪れる風が春の気配に満ち、世界を祝福する。いつもと変わりない窓の外の景色の、屋根や道路や軒先にすら春は淡い喜びを投げかける。
 すべてのものを慈しむために存在するような季節。それが春だ。

「こんな狭い部屋で、この季節を堪能しないのは勿体ないと思わないか?」
「…それが仕事をしない理由にはなりません」
「……厳しいね」

 ダメか、と彼は頑なな彼女の態度にほろ苦く息を吐く。
 ところが仕方なく窓を閉めようとしたとき、近づいてきた姿が白い手を伸ばして窓枠に触れた。思いがけず隣に並んだ彼が視線を向けると、相手は真っ直ぐに背筋を伸ばして彼を見上げた。

「ですが、もう少し開けておいても支障はないと思います」

 ふわりと、軽やかに彼女の目許がなごむ。
 不意打ちに戸惑った彼を置き去りに彼女は言葉を紡ぐ。

「折角の、春ですから」

 それは笑ってくれているのだろうか。
 彼の疑問は、思った瞬間霧散した。彼女はクールだが冷徹な人間ではないことを上司としてよく理解している。気分よく彼は窓辺で表情を緩めた。

「でも休憩は五分だけですよ」
「了解」

 釘を刺す部下に、上司は手を軽く挙げて応じる。
 窓の外は春の景色。穏やかな風が吹いていた。








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 青色大佐と美人中尉。この二人好きなんですわ。
 目下インフルエンザにおける闘病中のため以前の使いまわしです。

 それはともかく、インフルエンザA型に感染しましてですね。
 またしても健康だった頃の自分が懐かしくなりました。ってか高熱はもう飽きたよ…。
 ここ三日の平均体温39.5度ぐらいです。最高が41度超えっていうのはどういう了見だ。風呂の適温か。脳味噌沸いてるような気がしてきたよ。
 今はちょっと下がり目の38度ぐらいになってきましたけどね。
 問題は試験受けられなくてうっかり4単位ぐらい落とすの確定ってところですか。流行性疾病の切ないところは問答無用で「学校来るんじゃねえ」と言われるところですね。高校生ぐらいまでだったら喜んだのでしょうが、大学生ともなるとそうもいかない。

 しっかし寝てばっかりっていうのも飽きましたよ。
 かといって熱が高いとろくにすることもないのね。痛感した。慣れてるつもりだったけど痛感した。何もしたくないけど暇。…拷問かよ。
 熱のせいで筋肉きしむから体中痛いわ、やっぱ熱あるから熟睡出来なくてうなされるわ、脳が上手く動かないから本も読む気しないわで、言ってしまえば最悪というやつで。
 健康って、大事。
 そんなわけでこうなりたくなければ、くれぐれも完全に治り切るまでの私には近づかないように身内の皆さま(私信)。
 最近の私は家の中じゃ病原菌扱いですよ(似たようなものだ)。

 そうそう、22日は武蔵野森の10番さんの誕生日です。おめでとう。
 ところで私は真田×幸村(の同人誌)を読んでみたいとは言ったが、確実に書くとは言ってない気がするんですけどそこんとこどうなんでしょう神咲さん。それでも書かなきゃダメなんでしょうか。ムウだけは無理よ絶対。
 ちなみにあんまり難しいの出されると真田違いで一馬書いて提出してやるから覚悟しろ!(挑戦的)

2004年01月22日(木)



 比較と考察の情景(オリジナル)

「…なんか、聡くんて私より毬ちゃんのほうが好きでしょ?」
 ある日、不服そうに彼女は言った。そして聡が否定するより早く、結論を述べる。
「別れよ」
 それが、三文字で終わった彼の恋だった。





 月曜日の放課後の学校には、吹奏楽部のバラバラの音が散らばっている。合わせれば一つの大河になるはずの音も、個々では小川にはなれても清流ではない。
 そんな小粒の音が遠くから聞こえる廊下を走り抜け、今期中学三年になった聡は三階の突き当たりの扉を渾身の力で引き開けた。
「毬ーーッ!!」
 叫ぶように目的人物の名を呼ぶと、美術室の窓際にいた一人が真っ先に振り返った。馴染み深い面差しが、目を瞬かせて聡を見つける。動きより若干遅れて彼女の髪が揺れた。「聡? どうし」
「俺、あいつと別れた!!」
 猫のように柔らかい毛を勢いで乱し宣言した聡に、聞いた側は一度目を瞬かせただけだった。
「なんで?」
 肩で息をしている聡に、毬はおっとりと問い返した。聡の唐突さは彼女にとってはいつものことだ。逐一驚いた顔をする必要などない。
「だってさ、だってさあ!」
「うん」
 聡はずかずかと大股で美術室を横切る。周囲の視線が目に入っていないというよりは意図的に無視しているその様に、毬はうなずきながら彼が近付いてくるのを待つ。
 そのほかの美術部員だけが突然の乱入者に驚いていた。
「毬のせいだかんな!」
「…どうして?」
 毬の疑問符の言葉には最初以上の逡巡が混じっていた。
 学校指定のワイシャツの上から私物の黒いパーカーを羽織っている聡は、言いがかりに反論しない双子の姉に向かって声を張り上げる。
「と、ともかく毬のせいなんだよ!」
「…そう」
 ふっと一拍だけ毬が息を吐いた。
「事情がよくわからないけど、私のせいなら謝るね。ごめん」
「…………」
 頭一つの身長差のために見上げることになる毬は真顔だった。二卵生とはいえ全く似ていない自分たちを思い、聡はためいきと同時にその場にしゃがみこんだ。
 唐突さに例によって毬以外の部員が驚いたが、当事者たちは気にしていない。
「…別にさ、毬が謝ることじゃないけどさ」
 ぼそぼそした声で呟く。うつむき曲げた膝に額を押しつけると髪が重力に従って前へ流れていくのがわかった。
「聡?」
 双子の弟に付き合い、同じようにしゃがんでくる毬の気配があった。
 ちらりと聡は視線だけをそちらに向ける。
「毬ー、俺さ、毬のこと好きだよ?」
「……? だってきょうだいなんだから、嫌いじゃないでしょ?」
「だろ? 普通そんなもんだろ? だけどさ、あいつにしてみりゃそういうのが変なんだってさ」
 姉弟にしては仲が良すぎると時折言われる。しかし本人たちにしてみれば、産まれた時からずっと一緒にいた存在を特別扱いしないほうがおかしい。
「毬は毬で、あいつはあいつだって思ってたつもりなんだけどなー…」
「上手く伝わらなかった?」
「…うん」
 うなずきながら、じわじわと胸を浸そうとしてくる物悲しさに聡はためいきをつく。
 ずっと好きだった子だった。付き合い始めたときは本当に嬉しかった。それが、なぜ姉を引き合いに別れを告げられなければならないのだろう。
「…毬ー…」
「なに?」
 呼び掛け、顔を見れば毬は真っ直ぐに視線を返してくる。
 肩口で切られた癖のない髪。自分より繊細な顔の造り。穏やかな物腰。似ているところを見つけるほうが難しい姉。
「…なんで俺、毬に似て産まれなかったんだよー…」
 自分でもよくわからない愚痴が出た。何かを堪えるように膝を抱える。
 二卵生の双子など半端だ。いっそ外見が丸きりそっくりだったなら、他人の目からでも自分たちは完全に特別だとわかってもらえたに違いない。
 美術室の片隅でしゃがみ込んで会話している双子を、すでに部活動中の部員たちは放っておくものとして見なしていた。あまり似ていないせいで姉弟にも見え辛い二人はそのまま会話を交える。
「似てても、あんまり変わらなかったと思うよ?」
「…なんで」
「だって結局きょうだいでしょ? 見た目は問題じゃないよ」
 静かに毬は聡の顔を覗き込み、少しだけ首を傾げた。
 聡は押し黙った。わかっている。本当はわかっているのだ。ただ、わかりたくないだけで、心の奥底では理解している。毬のことは言い訳に過ぎない。聡と彼女が別れることになったのは単純に気持ちが通じ合わなくなったからだ。
「原因を外に求めるのってよくないんじゃないかな」
「…わかってるよ」
 ひとのせいにするなと言外に告げ、たしなめる毬は確かに姉で、聡は弟だ。こういうとき聡はいつもそれを痛感する。
 そして、自分に一番近い位置で親身になってくれるからこそ、聡は何かあれば毬にまず話すのが癖になっていた。同じ日に産まれた片割れ。特別さは一生変わることがない。
「毬ー」
「うん」
「…なんか俺、泣きたい」
「聡って振られるといつもそう言うよね」
 毬は身内の残酷さで言い切った。あどけない顔で何気なく切り伏せてくる姉に、しかし弟はめげない。
「毬もなんだかんだつって俺の話聞いてくれるじゃん」
 膝を抱えたままようやく聡が笑ってみせると、毬も小さく笑った。
「双子でよかったでしょ?」
「ん」
 うなずきつつ、聡は立ち上がり膝を伸ばした。
 話を聞いてもらってすっきりした。まだ胸の中に靄がかったものは残っているが、それはこれから自分一人でどうにかすればいい。
「ありがとな、毬」
「どういたしまして」
 聡に遅れて立ち上がった毬がにこりと笑った。




「…あの双子、よく似てるよねぇ」
「マイペースっていうか、他の存在ころっと忘れるところね」
「本人たちが一番知らないんだからさ」
 美術室内の一部で交わされるささやきは、やはり本人たちには届いていない。






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 学校の課題で提出したミニ小説。
 毬はそのまま『まり』と読みます。聡は『さとる』ではなく『さとし』です。自分内略称はマリサト。別にカップリングではない。
 双子っていうのはやっぱりどっか特別なものがあると思います。私の母親は双子の姉のほうですが、並んでいるのを見てると他の兄弟とはどこか異なる雰囲気があるのです。
 この双子は他にも文章で書いているものがあるのですが、それはまた今度。

 コメントはさておき、新年あけましておめでとうございます。
 遅すぎるという突っ込みはまあ置いとこう。
 ちなみに私の新年は、1日未明から最悪でした。友人たちと行った二年参りの途中で気分が激しく悪くなり、すぐ帰宅したものの嘔吐を繰り返し、一晩中十五分おきに吐くわ、高熱が出ても吐気のため薬が飲めず、1日と2日はりんごをすったものだけで生き延びました。死ぬかと思った。というかいっそ殺せみたいな。
 後に計った体温計は堂々39.8度をマーク。惜しい! あと0.2度!!
 正月に病気なんてするもんじゃないです。病院やってないわ薬局開店してないわで。
 半分脱水症状になるまで吐いたせいか、3日までに2キロ痩せました。

 しかしどうにか根性で3日の夜にはおかゆを食べられる程度には回復。
 4日は井原正巳引退試合に出掛けてまいりました。いたよ、川口! 遠かったけど! 楢崎はすごく間近で見れたけど!(ゴールされた瞬間のキーパーのオーラは怖すぎると痛感した)
 肝心の井原もシュートを決めて、引退セレモニーではキャプテンマークを置いて退場していかれました。今までありがとうアジアの壁。
 で、試合後地元に帰ったら高校の友人たちが集まっているとのことで急遽参加を決意。その足で飲み屋へ。大して飲まなかったけど、地味に焼き鳥食べてました。
 人間酒精を飲めるようになったら回復の証拠と悟り。

 箱根駅伝は復路だけ見ました。往路のときはとてもじゃないが他人の走りより自分の体温の異常っぷりに頭が一杯でした。
 しかし箱根駅伝はタスキが繋がらなかった瞬間が切なすぎる。頑張ったのにね。
 アイスノン額にのっけて見た箱根駅伝復路。

 以上、桜井2004年の正月記録。
 最初が波乱でした。
 後はもうゆっくり過ごしたい…。

 そんなわけで、7日ごろに書いた今年の書初めは『健康第一』でした。
 今年もよろしく。

2004年01月18日(日)

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