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■ 白色の詩(オリジナル)
季節は夏の反対を向いていた。
窓の外は鉛色の空が重苦しい様相を醸し出し、この分ではそう遠くないうちに初雪も望めそうだ。子どもたちが喜ぶな、と研修医の太一は去年の雪の日を思い出し、はしゃぐ入院患児の様子を想像し頬をほころばせた。 「川上先生」 幼い声が聞こえた。ぱたぱたと軽い音を床に響かせながら、いささかサイズの大きいスリッパを履いた白い脚が近付いてくる。 「百合ちゃん、走っちゃだめだよ」 顔なじみの、ようやく十をいくつか越えたばかりの少女に太一は苦笑に近い表情でたしなめる。おとなしい彼女が院内を走るのは滅多にないことだったが、さりとて注意しないわけにもいかない。 「あ…ごめんなさい」 素直に謝罪を口にした百合は一度立ち止まり、今度はそろそろと太一に近付くとずっと腕に抱えていたものを差し出した。頼りないほど細い髪が、百合のパジャマの上に羽織ったカーディガンの肩に当たりさらりと揺れた。 「これ、返そうと思って。ありがとうございました」 百合が差し出したのは写真集だった。被写体を自然動物に限定したそれは、白熊が好きだと言った百合に太一が貸したものだ。受け取り、太一は笑い掛ける。 「どうだった? 白熊は」 「すごく、おもしろかったです。あの…白熊って北極にしかいないんですよね?」 「うん。北極熊とも呼ばれてるしね。逆に南極の近くにしかペンギンはいない。生息地域っていうのがあってね、地球上の一部にしかいない動物も結構いるんだよ」 「なんでですか?」 「ずっと古い時代に陸続きだったりしてその場所にやって来たんだけど、海が広がって帰れなくなって、そこで同じ種類でも進化が別れちゃうんだ。もちろん、それだけが理由じゃないけど」 「…パンダと白熊の柄が違うのも?」 う、と太一は素朴な子どもの疑問に返答を窮した。そもそもパンダは猫熊と書くが、猫科なのか熊科なのか。熊のような気もするが、ならばなぜ猫の字を使うのかなどと考え始めると段々わからなくなってくる。 「…今度までに調べておくから、そのときでいいかな?」 小児科医を志すのなら子ども相手の話術の必要性をも噛み締めながら、太一はごまかすための笑みを浮かべる。素直な百合はこくりとうなずき、嬉しそうな笑顔を見せた。 「はい。待ってますね」 年齢の割には落ち着いた喋り方をする百合は髪や肌といったところの色素が薄い。そんな外見の印象は吹けば飛ぶ花びらのようなはかなさに似て、この歳の子が持つ雰囲気としてはどうにも痛々しく太一には映っていた。 「そういえば、雪、降りそうだね」 「雪…ですか?」 意外そうに百合が首を傾げ、もう少し嬉しそうな顔をするだろうと思っていた太一の予想は当たらなかった。 「嫌い?」 直接的な問い掛けに、百合は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。 「雪は、ここでも見れます」 貴重なものではないのだと、百合の幼い表情が物語るのを太一は見た。子どもらしくないと感じるのは、その目の中に諦めに似たものがちらついたせいかもしれなかった。 ああそうだったと、不意に太一は思い付いた。目を細めて笑う。 「…見たいのは、白熊?」 「はい。まだ、ちゃんと見たことないんです」 「…そっか」 白い部屋にいる記憶が大半を占めている百合の思い出の中で、白い熊は何の象徴なのだろう。白い病院、白い雪、白い熊。同じ色で表現されても、まるで違う意味を持つそれら。 「白熊は…連れてきてあげられないからなぁ…」 安易に『そのうち見られる』とは言えず、太一が困った顔をすると百合はまじめな顔で首を横に振った。 「いいんです。私、自分で見に行きます。いつか、ぜったい」 真剣な少女の声は、何かを誓う響きに似ていた。そのときだけ百合のあの消え入りそうな雰囲気が消える。生命力が滲む声だった。 奇妙なほど微笑ましく、また嬉しい気持ちに駆られた太一はゆっくりと笑った。 「そうだね」 見られるといいね、とは言わなかった。ただ、彼女がいつかあの白い熊を自分の目で見る日が来ることを、祈るように願った。
初雪が舞ったのは、それから二日後のことだった。
******************** 一月ぐらい前、学校での課題『千文字小説』で提出したものです。 実際千文字なんて平気でオーバーしまくってますが気にしない(出せばいいんだ出せば)。 公的課題ですのでオリジナル設定の二人組。青年医師とお子様。 白クマはいいよね、うん。白クマグッズが好きなんじゃなくて、生の白クマが好きです。動物園に行って白クマがいるとわくわくします。ガラスを隔てない場所で会えと言われたら躊躇しますがね。 この二人組はわりと好きなので、そのうちまた書くかもしれないし書かないかもしれない。太一さんと百合ちゃん。
ところで髪が黒くなりました。ブラウンブラック、という感じではありますが、黒です。 懐かしいようで、妙な違和感を誘うのは私だけだろうか。黒髪桜井。 そして髪を黒くすると、地味顔がさらに地味になると痛感。 なぜかバイト先の男の子から安達祐実に似ていると言われたのですが黒髪にしたらそんなことないだろうなー、と思っていたのに「やっぱり似てますよー」と言われほんのりショック。似てないよ。
2003年11月27日(木)
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