バリ島のテロの次は…
スマトラ沖地震…
インドネシアは未曾有の災害にみまわれている。
元従業員のファ○マさんが、我が社に居た頃の私は、インドとインドネシアの区別がつかなくて笑われた。
テロの時も、今回もなんとなく心配になって連絡している。
彼女は前夫が病死したあと、インドネシアの親族に幼い娘を託して日本人と再婚し日本へ来た。
彼女の娘は、日本人のご主人を恨んだこともあったが立派に成長し、今では現地の人と結婚して一男の母だ。
物価水準が低いため、日本でせっせと稼いだ分は全て送金していたファ○マさん。 今は、現地でファ○マさんの弟が家具工場を経営している。
私が「ファ○マさん、すごいじゃん!社長やん?!」と言うと、ファ○マさんは、照れくさそうに「きっしっしっ♪」と笑う。 年に1,2度里帰りしているようだ。
半年以上も遊びに行っていなかったので、先週の土曜日、ファ○マさんの家へ、遊びに行って来たよ。 京都市内西方のマンモス団地に住まわれる。 久しぶりに話しがはずんだ。 日本人でさえ働き口が見つかりにくい昨今、次から次へとチャレンジしては短期のパート口を見つけてくる。すごい馬力だ。 そうして…しばらく会わないうちに、日本語も語彙が増え、滑らかになっているのに驚く。 ファ:「お買物に行ってネ…。カードを(いろいろなポイントカード)スグに忘れるですネ。“しっかりしろよ、自分〜!”って思います。」 この“しっかりしろよ、自分”という言葉がスルスルっと出てきたのには、たまげましたよ。 今までは、言えたとしても、つっかえ〃だったから。
ぁあ、この人は、いつまで経っても妥協することなく、前進し続ける人だな…と実感しました。 最近は「パソコンを習いたい。」と仰ってます。 さて…インドネシアとは言っても、随分、広いのだなぁ…と地図を見ながら説明されて、やっと納得しました。
今回は、タイ(ピンクの二重線)のプーケット島(黒丸)に重点的にスポットがあてられていますが、インドネシアの北の端“BANDA ACEH(バンダ・アチェ赤丸部分)がつなみにより、随分、なぎ取られたようです。
ファ○マさんの生まれ故郷は、JAVA(青丸)の地図に載っていない孤島。 バンダ・アチェの周りはもとより、インドネシアには地図に載っていない孤島が沢山あるそうです。
「娘に電話しました。日本のTVでは映らない死体がプカプカ浮かんでいる様子や、1本の木に沢山の人が猿のようにしがみついている様子を聞いて、胸が悪くなりました。」とファ○マさんは言っていた。
聞くところによると、現地で夜が明けるのは遅く(7:30am頃)津波が来たのは1回目の地震から1時間後か1時間半後かタイムラグがあったそうじゃないですか。 沖合地震ニュースを知らなかった観光の方々が、巻き込まれたようです。 心よりご冥福をお祈りいたします。
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