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遠子(桜井都)

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 いつかどこかで(デジモン)(大輔と賢)

 ――――じゃあな。

 そっけない、だけど彼らしい別れの言葉だった。
 オレ、おまえに会えて、おまえと一緒に冒険して、おまえとサッカー出来て、ほんとうによかった。
 そしてらしくもなく照れたように、彼は笑っていた。











 搭乗案内のアナウンスが広い空港ロビーに響いていた。けれどそれは賢が乗るよりも一機早いもので、また時間の余裕があると二人に教え、そしてそれが最後の時間だと知らせた。
 二人が出会ってからもう十一年が過ぎた。
 あの冒険の頃は小学生だった大輔と賢。いつしか二人は共に同じ道を選び、共に励んで、やがて高みに近付こうとしていた。
 サッカーと生きる、それが少年期の二人が選んだ道だった。
 けれどいつの頃からだろう。賢のなかにあったくすんだ小さな想いが、抑え切れなくなったのは。
 そして結果、賢は親友と道を違えることを選んだ。

「…勉強、頑張れよ」

 精一杯の彼なりの励ましなのだろう。飾ることを嫌う、どこまでもまっすぐな。

「うん…ありがとう」

 その瞳に応えて、笑いかえした。
 プロサッカーの世界に飛び込んで二年。実力が物を言う世界で、二人が切磋琢磨してその頭角を示し始めていた時期だった。将来を嘱望され、若手選手として名を馳せ始めた、そんな時期に賢はその地位を捨てた。
 その日を、大輔は今でも覚えている。




「…留学しようと思うんだ」

 夕暮れの河原。それはいつか大輔が賢を呼び出して、仲間に、と最初に誘った場所だった。

「どこに?」

 少しショックではあったが、何の疑いもなく訊き返した。てっきり、サッカーの留学だと思っていたからだ。

「…イギリス。だけど、サッカーのためじゃない」

 だから次に言われたのは意外すぎて、言葉が出なかったのを覚えている。

「本格的に、心理学の勉強がしたいんだ。…僕みたいに、肉親を失った子供たちのカウンセラーになりたい」

 夕暮れのオレンジ色の空に、賢の髪がわずかな風に揺れていた。ゆるぎない決意の瞳が大輔をまっすぐに見据えている。もう決めてたのだと、大輔はその瞳から悟った。

「いつから、そう思ってた?」
「…高校の頃、そういう道もあるんじゃないかと思ってた。でも、あの頃はほんとうにサッカーがおもしろくて、好きなことをして生きていけるならそれを選びたかった」

 そしてその隣に、いつも大輔がいると信じて疑わなかった。
 たとえ位置する場所が違って、時には敵になったりしても、同じ道を選んでいくかぎりそれは変わらないと思っていた。
 まさか、自分から別れを選ぶなんて、思ってもいなかった。

「…もう、決めてんだろ? だったら俺に引け目なんか感じてないで、とっとと行ってこい」

 長い沈黙のあと、やっと大輔がそう言って、賢は泣きそうになりながらもうなずいた。
 ごめん、と思いながら。
 ずっと一緒の道を歩もう、と約束したのに。裏切ってしまって。
 それから、ありがとう、と。
 認めてくれて、許してくれて。こんな自分を受け入れてくれて。







 空港のロビーで、二人はあの日のように押し黙っていた。
 何を言ってもうまく伝わらないようなもどかしさに耐えていた。

「…元宮くん、いや…大輔」

 ようやく賢が口を開いて、大輔は視線でその先をうながした。

「サッカーが、好きだったよ。ずっと、すごく。…ずっと、一緒にやっていきたかった」

 賢の言葉は過去形だった。そのことに一抹のさみしさを感じながら、大輔は黙ってうなずいた。

「でも、そのサッカーをやっているうちに、ときどきふっと自分の子供の頃を思い出したんだ。治兄さんが好きだった、サッカーのこと」

 もともとサッカーは兄がやっていたから始めたことだった。
 死んだ兄の代わりに、両親のために始めたことだった。それがなくとも大輔とは奇妙なつながりで出会えただろうか、それでも彼との最初の出会いはサッカーがきっかけだった。そのことは二人にとっても忘れがたい思い出だ。

「兄さんの代わりに、お母さんたちを喜ばせたくてサッカーを始めた頃を、思い出した。…苦しかった。そのとき思ったんだ。そんな、兄弟や親を失って苦しんでいる子供たちの、力になりたい、って」

 欺瞞なのかもしれない。他人の傷を見て、自分を慰めたかったのかもしれない。けれど、それ以上に『力になりたい』という想いがあった。

「…完全に人を救える方法なんてないけど、同じ痛みを持った者として出来ることはあると思う。道を間違えないように、手をつないでいることは出来ると思う。もう…カイザーみたいな子供によって傷つくものを、見たくないんだ」

 『カイザー』という存在がもたらした犠牲と罪。たくさんの人やデジモンを傷つけ、そして賢自身も傷ついた。あんな想いを、誰にもさせたくない。
 静かに話す賢に、大輔は目を伏せた。
 カイザーとしてデジタルワールドを蹂躙し、多くのものを傷つけた過去は、賢のなかでまた愚かで辛い思い出として残っている。そして、それに向き合って償おうとしてきた姿を、大輔は知っていた。
 そんな『優しさ』を持った賢が選んだ、たったひとつの裏切りを、大輔は受け入れた。
 道を違えてもう一緒にいられないことは悲しかったけれど、大事な親友が選んだ未来への軌跡を、否定したくもなかった。

「…頑張ってこいよ。おまえなら絶対夢を叶えられる。絶対に」

 信頼と期待を込めて、大輔は笑った。

「どんなとこに行っても、どれだけ離れてても、俺たちは親友だし、おまえには俺たちの『仲間』がついてる。だから、――頑張れ」

 不器用な激励。曇りのない鮮やかなまでのその言葉に、賢はゆっくり、けれど確かにうなずいた。
 そこに届いた、イギリス行きの搭乗案内のアナウンス。
 二人は視線を交わすと、どちらからとなく手を差し出した。
 交わす握手と、交わった視線がさよならを告げる。

「…元気で」
「おまえも」

 短い会話のあと、賢は大輔の横をすりぬけて歩き出した。その背を、大輔は振り返ろうとしなかった。

「賢!!」

 振り返らずに大輔はその名を呼んだ。足音が止まった。

「また会おうな!! いつでも、どこだっていい。いつか、必ず―――

 賢はわずかな驚きと喜びの狭間できゅっと目を閉じた。
 言葉が、うまく出てこない。けれど黙ってもいられなかった。

「うん―――会おう、いつか、どこかで」

 そして賢は目を開いた。
 視線はまっすぐ、前だけを見ている。
 大輔もただ、自分の前だけを見ていた。
 背中ごしの二人が、同時に口を開いた。


―――また、会おう」


 最後の約束。
 絶対に叶えなければならない、最後の約束。
 二人は微笑んで振り返ることなく、歩き出した。
 いつか交錯するだろう、未来への道を。










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 切ないほど懐かしいものを引っ張り出してきました。2001年6月に書いたものです。
 デジモンです。02です。大輔と賢ちゃんです。捏造の未来です。
 サッカー少年はいつかサッカー選手になって欲しかったんですよー…。

 それにしても、私はこの頃から趣味が変わっていなかったようです。
 サッカー少年。親友同士。能力差。片方が違う道に。二人の訣別。
 …何て変わっていないのか。これが現在では渋沢と三上であり、笠井と藤代に求めているようで。2001年当時は桜上水メインで森は書いてなかったしな…。
 ジャンル遍歴はあっても、人の趣向は変わらないのいい例。

2003年07月23日(水)

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