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遠子(桜井都)

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 旅立つ日に(笛)(渋沢と三上)。

 人生の先輩になる君に。









 ノックの音がして、控え室の扉が開いた。
 手首の時計を外していた室内の彼は、返答を待つことのなかった非礼に顔をしかめたが、相手を確認してすぐその顔を緩めた。
 外の鐘が鳴る音が扉が開いていたわずかな時間だけ大きく聞こえた。

「三上か」

 長い付き合いの友人に彼は諦めた笑みでそれだけを言った。
 明るい日差しが差し込む部屋。室内が光に満ちているせいで、入ってきた黒髪の青年には一瞬相手が少し眩しく見えた。
 そして今更遠慮は必要としない仲だと物語る相手の表情を見、彼はそれに上乗せするかのように支度が済んだ相手の上から下までを無遠慮に見た。そして口端をつり上げて笑う。

「なんだ、もうちょい七五三風味かと思った」
「失礼な」

 咎める言葉であっても、三上の親友の表情は始終和やかだ。今日の彼は大抵の言葉もすべて笑顔で流してくれるだろう予感が三上にはあった。
 制服時代に別れを告げてから着るようになった礼服のスーツの腕を組んで、三上は機嫌のいい親友を眺めやる。

「あいつ見てきたぜ」
「ああ、どうだった?」
「頭下げられた。これからもよろしくって」

 そういう意味じゃない、と言いたげな顔になった親友は落ち着いた態度の割には内心では緊張しているのだと三上は知る。それも仕方のないことだ。人生初の経験に緊張しないのはよほどの鈍感か、最初から重要視していないかのどちらかだろう。
 自分の表情としてお馴染みになった、相手を皮肉るような笑みをちらつかせて三上は言ってやる。

「ま、ウェディングドレスなんて、誰が着てもいつもより美人倍増だろ」
「…素直に綺麗だとは言えないのか」
「俺が言ってどうすんだよ。自分の嫁が他の男に褒められて嬉しいか、渋沢?」
「お前ならいい」

 思いがけないカウンターを喰らって、三上は一瞬言葉を無くした。
 その顔に、してやったりと親友は声を上げて笑い出す。

「てっめ、変な言い方すんなよ!」
「いや、悪い。あんまり露骨な反応するもんだから」

 くくく、と口許の笑いを手で覆い隠しても漏れる声に三上は憮然となる。
 グレイのタキシードを着た渋沢は何が面白いのかまだ笑っていたが、三上が黙ったのを見て何とか笑いを飲み込むことに成功した。笑い過ぎて涙が出そうになっている目尻を指で拭う。

「結婚初爆笑ありがとう、三上」
「あん? これからだろ」
「一応法的にはもう既婚者だな。さっき区役所行ってきたから」

 微笑と共に宣言されて、三上の胸に小さな寂寥が宿った。
 同じ歳で、同じ学校に同じ制服を着て通っていた親友が、自分より先に伴侶を得たということがこれで確定した。別段親友の結婚に反対するわけではなく、むしろ賛成側の筆頭ではあったが、微妙な気持ちになることも確かだ。
 そして随分長い間親友の隣にいるところを見てきたあの少女が、今日から渋沢の姓になることも俄には信じられない。
 時間は絶え間なく流れることだけを実感する。

「…さっさと結婚しやがって」

 不意に三上の口から飛び出たのは、そのときの心を最も反映した台詞だった。
 諦めるようで、わずかに責めるような。
 渋沢が先ほどとは異なった静かな表情になる。

「三上のおかげだな」
「…何だよ、それ」
「ずっと見てきてくれただろ?」

 屈託のない様子で言われて、三上は言葉の選びように困り、自然と眉を寄せた。
 真正面から向かい合うと戸惑う癖のある三上に、渋沢は変わっていないと胸の奥で少年時代を思い返す。それでも突っ返さなくなっただけ大人になったのかもしれない。

「三上がいたから、諦めずにいられたんだ」

 誰かと共有して歩く、これからの未来。
 渋沢がその道を進むのに選んだのは、小さな頃からよく知る幼馴染みだった。
 何度もぶつかって、すれ違って、傷つきもしたし傷つかせたりもした。泣かせもして、泣きたくなることもあった。けれどそれを乗り越えて、成長して大人になって未来という言葉に重みが加わったとき、隣に彼女がいて欲しいと思うようになった。
 そう思えるようになるまでの道程、誰より渋沢の味方でいてくれたのは三上だった。
 見放さず、辛抱強く渋沢の多くに付き合ってくれた親友。感謝はどれだけの言葉にしてもきっと足りない。それでも言わずにもいられず、渋沢は顎を引いてその目に告げる。


「ありがとう」


 恋と未来を分かち合うのは、今日この日伴侶となった彼女だ。
 けれど、彼女とは違う分野での夢と繋がりを持つ親友は、渋沢にとって伴侶と同じぐらいの貴重さだった。
 恋愛と友情。ひとが生きる上でのこれ以上ない人生の彩り。自分がそのどちらもこの上なく恵まれていることを誇りに思う。願わくば三上もそうであって欲しかった。
 そんな渋沢の、嘘偽りのない真摯な言葉を向けられた三上が、小さく息を吐く。

「何言ってんだよ、今更」

 そんなんとっくにわかってんだよ。
 わざと横柄な口調を三上は作ったが、目許にある笑みが彼の隠し切れない嬉しさを表していた。それが不器用な彼の精一杯だと渋沢は知っている。

「俺に変なこと言ってないで、あのはねっかえりと勝手に幸せにでもなってろ」
「なるさ。当然」

 ごく当たり前のことを言う調子で宣言され、三上は肩をすくめる。
 新婚の惚気に付き合うのは式が終わってからでいい。
 踵を返して、背を向けながら背後に軽く手を振る。

「んじゃ、俺もうあっち行ってる」
「ああ」
「……渋沢」
「ん?」

 扉を開ける寸前、三上は慣れた響きの名を呼んだ。
 同じように生きていた親友が一歩先に行くことの寂しさが三上のなかにあった。喜ばしいことの反面、置いていかれたような気持ちを、三上は素直に言える性格ではない。そんなことは渋沢もよくわかっているだろう。そして今の三上の心を察してくれているだろう。
 けれど、どうあっても自分たちは友人で、きっとこれからも変わらない繋がりがある。
 振り返らずに三上は口を開いた。


「結婚おめでとう」


 願うのなら、祈るのならたった一つ。
 どうか幸せに。
 今日この良き日の幸福感が、友の傍でいつまでも続くようにと。
 返事を聞かずに、三上は扉を開けて外へ出る。一度も振り返らなくとも、渋沢がどんな笑みをしているかの想像は容易かった。
 連なる廊下にも満ちる光。それがまるで親友の幸福を象徴しているようで、三上はかすかに目を細めた。








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 ジューンブライドには若干遅れましたが。
 こんばんは、某所で金魚すくいを頑張っていたのは三回だと主張したい桜井です。四回じゃないやい(私信)。

 雨が続くので、頭痛が地味にやって来たりします。
 一番辛いのは雨の合間です。降ってるときじゃなくて、もうじき降るぞー…というときが一番ズキズキくる。歯ぎしりしたくなるよ。
 気圧の関係で頭痛がするらしいんですけどね。梅雨どきと10月頃の雨が一番ひどい。真夏の夕立とかは実はそうでもない。

 バイト先の後輩(でも同じ歳)が何度注意しても同じことを繰り返します。
 というか仕事場(店内)に私物の携帯持ち込んで着信があると「あ、すいませんちょっといいですか?」と言って電話しようとするのってどうなの。
 言い訳が「でもコンビニだとオッケーなんですよ」ってなに。
 いやバイトを掛け持ちしてるらしいんですけどね、別所のコンビニとうちの本屋と。
 接客勤務中に携帯鳴らして通話しても可、ってすげえなコンビニバイト。常識のなさが。
 世の中のコンビニエンスストアがそういうわけじゃないと思いますが、短気な桜井さんはそいつに向かって「ちょっとそこ座れ」と言いたくなりましたよ。
 あと逐一給料の差を持ち出すのやめろ。私チーフ、君ヒラ、やってる仕事内容違うから私のほうが時給高い事実に何の違和感があると申すか貴様。

 …あらヤだ愚痴でごめんなさい。

2003年07月13日(日)

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