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遠子(桜井都)

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 真夏の果実(ホイッスル!)(アンダートリオ)

 間抜けの意味を文字通り噛み締めていた。






「…バッカみてえ…」

 とほほとでも付け加えたい気分で、布団のなかの一馬はそう呟いた。
 額に当てた濡れタオルが、一馬の体温を吸収しきってもう生温い。手足もだるく、動かすのが億劫だった。ふわふわと安定しない思考回路と常より高い体温は何だか泣きたくなる。

「何言ってんの、バカでしょ」
「だよな。だってフツー夏風邪ってバカが引くもんだろ」

 見舞いと称して遊びに来た親友たちは容赦がなかった。
 確かに、スポーツを生業として生きていくのなら、ベストの健康を維持することは当然の義務だ。それを怠るなかれ、と親友たちから嘲笑されるのも仕方ないのかもしれない。
 体温38度。咳、頭痛、鼻水、手足のだるさと全体的な不快感。今一馬の身体を支配しているのはまぎれもない風邪の諸症状だった。

「…わかってるけどさあ」

 ああ、何だか本気で泣きそうだ。
 外で鳴く蝉の声がやけにうるさい。七日しか生きられないのだから、彼らもきっと必死に鳴いているのだろうなあ、と一馬は全然違うことで自分の気だるさを逸らそうとしたがうまくいかない。
 誰だって、病気のときは優しくされたい。
 ごろりと寝返りを打って、一馬は親友たちとは逆の壁のほうを向いた。

「あーあ、スネてやんの。ガキじゃねーの、お前」
「結人、言い過ぎだよ。ほんっと言葉選ばないんだから」

 そういう自分だってひどいときにひどい台詞を言うくせに、と一馬は二人の会話を聞きながら英士に突っ込んだ。どっちもどっちだと。
 お調子者で分別に欠けるところはあるけれどおおらかな結人。
 意外に短気ですぐ手を上げたりするけれど聡明で真面目なところのある英士。
 実は一馬も含めて似通った部分はかなり少ないのだが、どちらも、一馬にとってはこの上ない大事な友だった。
 たとえば、誕生日には何も約束していなくても家までやって来てくれるような。
 ちら、と身体は反対を向けたまま首だけ二人を見ると、「お」と結人が気付いた顔をした。

「ほーら、いつまでもスネんなって。今日誕生日だろー」
「一馬、リンゴ食べるなら剥いてあげるから」

 英士の言葉に、ぴくりと一馬が反応した。

「…リンゴ?」
「そう。好きでしょ」
「真夏のリンゴも悪くないだろ」

 高いけど買ってきてやったんだぞ、と恩着せがましく言う結人を無視して、英士は実は先ほどからずっとそこに置いてあった皿と包丁、洗ったリンゴそのほかを見せる。

「さっきおばさんから借りてきた。一馬がどうしても食べたいって言うなら、剥いてあげるよ」

 包丁を手にした、英士の深い黒色の瞳がきらりと輝く。

「英士、出来るのか?」

 そうっと尋ねた一馬に、英士は心外だとばかりに細眉を跳ね上げた。

「出来ないことを言い出すほどバカじゃないよ。…で、そこの結人もやりなね」
「えっ? なんで俺も!?」
「ついでに自分も食べようだとか思ってるなら、自分で剥きなよ。今日は一馬が病人なんだから一馬が優先」
「…いいけどさー」

 ぶちぶち尚も文句を言っている結人を無視して、英士はリンゴと包丁を持ち、皿を使って器用に四等分した。そこからさらに皮を剥こうとしたとき、一馬がふと思いついたように声を張り上げた。

「あ、俺ウサギがいい!!」

「………は?」

 ウサギ? と英士が視線で確認すると、一馬は熱で潤んだまなざしのままこっくりうなずいた。子供かと思われる、やや幼稚な仕草だった。

「…ウサギ、ね。はいはいわかったよ」

 熱のせいで退行化現象でも起こっているのだろうか、と思いつつ英士は素直に了承した。ウサギりんごなんて、確かに風邪のときぐらいしかねだれない。

「英士ー、俺もウサギがいい」
「だから結人は自分でやれって言ったでしょ」

 手を切らないよう注意しながらりんごを剥く英士。一馬より遥かに手先の器用な彼の指は、見事に可愛らしいウサギりんごを生み出していた。

「だって俺ウサギなんて出来ねえもん。いいから俺にもウサギ! ハイ決定!」
「…わがまま」

 不平を鳴らしつつ、結人に言い切られると英士は弱い。まだ残っているりんごに手を伸ばし、さらに剥き続けた。うさぎのかたちに。
 かなり真剣な顔になっている英士に、結人と一馬は何となく顔を見合わせて笑う。
 それに気付いた英士が、やや眉をひそめながら顔を上げた。

「…何、二人とも」
「べっつにー、なー一馬ー?」
「ん、何でも」

 ならいいけど、と英士は再びりんごに戻る。今度もまた残る二人はこっそり顔を見合わせたが、英士は何も言わなかった。
 親友の手から生み出されるウサギのりんご。
 また別の親友とそれを見て笑う、奇妙なおかしさ。
 まだ風邪の症状は辛いけれど、二人がいるならこんな誕生日も、悪くない気がしていた。





「…いや、英士もういいから」
「だって一度始めたら全部やるまで終わりたくないんだよね」
「だからって誰が食うんだよ、この大量のりんごを!!」

 英士によって増殖されたウサギりんごは、翌日の昼食まで持ち越された。
 真田一馬、8月20日。
 リンゴは塩水につけておけば変色しないということを知った、夏の誕生日。




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 今、4月です。
 絶賛使い回し中。要するに書いたのはずっと前。今風邪引いてるので、そういえば前に風邪引き一馬を書いたなあと思い出したのです。

 おとといは椎名くんと桐原パパの誕生日でした。

2003年04月21日(月)

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