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■ 夏嵐(ホイッスル!)(渋沢と三上)
台風が過ぎたら空は青くなるものだと思っていた。
「……おお、三上、ちょっと来てみろよ」
台風が過ぎ去った夕方、部屋で宿題を片付けていた三上に渋沢の声が掛かった。 昼間とは思えないほど暗かった台風通過中に比べ、雲が薄くなり出した今の時間帯から差し込む窓の光はもう黄昏の色をしている。 渋沢は、そんな窓辺に立って親友を呼んだのだ。
「あ?」 「いいから、ちょっと来てみろって」
すごいから、と窓の外を見たまま渋沢はそう付け足した。 彼が嘘をつくことは、こういった場面でまずない。主観がどうであれ、きっとそこまで言うからには確かに『すごい』のだろう。何かはわからなくても、その言葉に惹かれて三上は椅子を立った。 何だよ、と視線を向けると渋沢は無言で開け放した窓の外を指す。
世界を埋め尽くす、淡い朱色がそこに広がっていた。
空の天蓋を覆い尽くしている、薄い雲。そこに反射する、一日の終わりを告げる太陽最後の一閃。晴れていたのならきっと西から東に、紺から緋色へのグラデーションだろうに、広がる薄雲はそうさせなかった。 雲すべてに、広がり映る淡い緋の色。それはさらに下に落ち、雨で浄化された人の世界を染めている。木々も街並みも人影も、すべてが同じ色に照らされていた。 昼と夜の境目、一瞬の隙間がそこにあった。
圧倒的な自然の一端が、垣間見えた気がした。
「な、すごいだろ?」
そして三上の隣で、親友が楽しそうに言った。 誰よりも先に新しい発見をした子供のような、少し自慢げな声。三上はうなずいた。
「すげえな」 「だろ?」
珍しいよな、と渋沢はやはり楽しそうな声で付け加える。滅多に拝められないものを見た興奮が、その横顔に滲んでいる。 ガキじゃあるまいし、と三上はやや呆れたが、この光景は確かにそんなある種の感慨を呼び覚ますことは確かだった。 夏の風物詩の台風、それが去ったあとの稀に見る薔薇色の世界。けれど二人はそれが夕暮れの一瞬だけだと知っている。刹那しか見られないからこそ、人はさらに美しいと感じるのだと。 人間の手には届かない、圧倒的な世界の存在を思い知らされるのはこんなときだ。 これから先、どれだけ人類が進歩しようともこの光景は作り出せない。もし作り出せたとしても、この偶然の刹那に到達することはない。奇跡のような一瞬だからこそ美しいのだ。 自然とはそういうものだと、三上は思った。 人知の及ばないことに、恐怖を覚えるほどの美しさ。見惚れたあと、背筋を這い登る暗然とした気持ちがアンバランスで気色悪い。
そう思うことは、何かを羨むことにも似ていた。
脅威を感じるほどの美しさ。それは自分がそこに届かないと、わかっているから怖いと思うのだろう。 たとえばあまりに美しいものを見たとき。そして、圧倒的な天賦の才を見つけてしまったとき。 それが、これまで平然と隣にいた自分の友であったとき。 敵わないと、思い知った瞬間の気持ちと、この夕暮れに出会った気持ちはよく似ていた。
「三上?」
不思議そうに、純粋に疑問の響きを上げる親友。 彼がきっと、いずれは高みに駆け登るだろう予感は三上にもあった。三上だけではない。サッカーに携わり渋沢のプレーを知る人間なら、少なからずその予感はあるだろう。 それは、三上には与えられなかった才能とも言うべきかもしれない。
「…何でも」
わずかに目を伏せて、三上は窓辺から離れた。 羨みを越えてしまいそうな、嫉妬めいた感情は生涯渋沢には言うまいと三上は誓う。 それが三上に残された最後のプライドだった。
緋色に彩られた二人の中に、凪いだ嵐があることを渋沢はまだ知らない。
****************************** なんかどっかで書いたような話。 身近なのほほん太郎が実は結構スゴイ奴だということに焦ったり嫉妬したりしつつ、決して憎めないことに苛立つ演技派みかみん。 …冗談ですよ。
2003年04月19日(土)
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