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遠子(桜井都)

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 読書週間(ホイッスル!)(アンダートリオ)

 10月27日から11月9日まで。







 郭英士というのは本を読むことが好きな少年である。
 とりあえず特技であるところのサッカー、趣味であるところの釣りに次いで彼のなかでの『好きなこと』になっている。前者二つよりも場所を選ばずにやることが出来るという点でメリットがあるのだろう。

「やろうと思えばどこでも読めるしね、本さえあれば」

 規則正しい振動を繰り返す電車のなかで、英士はそう言った。
 きちんと背筋を伸ばして4つドアの車内ベンチに腰を下ろしている。手にしているのは話題の元となった文庫本だ。指を入れて顔を上げ、隣二つにいる親友たちに向かって口を開く。

「知識は武器とも言うでしょ」
「……ごめ、英士。俺それよくわからん」
「知らないより知っていたほうがいいってこと」

 さらりと言って英士は地の厚いカバーをかけた文庫本を閉じる。栞を挟むことも忘れない。ついでにその栞はなぜだか某出版社のパンダの柄だった。
 英士とパンダってなんかビミョー。
 親友のうちの一人は内心でそう思った。けれど黒白のコントラストが似合うところはいいのかもしれないと思い直す。英士は白皙黒髪の美人だ。

「でも似合うよなー、英士と本」

 うだうだ考えていた結人の内心を知らないだろうに、一馬がそんな声を上げた。

「…似合うって?」
「黙って本読んでるカオが様になる。俺とか結人じゃそうはならないし」
「黙ってりゃなー」

 あははははと結人が揶揄すると、英士が細い眉をしかめる。その様子に不服であることを知った結人は笑いを収めず理由を明かす。

「だって英士ってアレじゃん」
「……………結人もうちょっと国語力つけなね」

 むしろ結人のほうに本を読むことをすすめたい。
 アレそれコレで会話を成り立たせようとしている親友に英士は心底そう思った。

「いいんだよ俺はサッカー出来るから」
「そりゃ俺らも一緒だっての」
「ああ、結人はサッカーだけしか出来ないんだよね」

 ごく当たり前のことを言うような口調で「それじゃ仕方ないよね」と続けた。

「なんだよ! 俺だって本ぐらい読むっての!」
「へえ? じゃあ最近読んだ本は?」
「走れメロス!」
「言っておくけど国語の授業でやったって言うのを自発的に本を読んだなんて認めないからね」

 鋭い指摘に結人がぐっと言葉を詰まらせた。図星だったらしい。
 そもそもその性格で太宰治なんて言うほうが違和感がありすぎて逆に疑わしいものだ。

「とりあえず話題作でも読んでみたら」
「話題作ねえ」

 興味なさそうな結人に、英士はふっと笑った。

「わかってないね結人。本から仕入れた適当な知識をときどきさりげなく言ってみるんだよ。知ったかぶりにならないようになるべく自然にね。そしたら周囲から『へー郭っていろいろ知ってるよなー』『英士ってすごーい』とか言われるんだよ? 気分いいよ、賢いって思われてるのは」
「…………………………」
「しかも結人みたいな性格だったら尚更すごいって言われるよ? 『若菜くんってサッカーだけじゃなくていろんなことも知ってるんだー』ってクラス内で一目置かれたらどうする?」

 カッコよくない?
 端正な顔で言う英士の言葉は外見だけで信憑性があった。結人は引き込まれるように聞き入っている。
 半呆れの入った気持ちでその二人を見ながら、一馬は英士はどうして結人をそうやってからかうのが好きなのだろうと思う。友達なのに。

「うんいいなそれ!」
「でしょ?」

 若菜結人あっさり陥落。
 彼は人に注目されるのも女の子に騒がれるのも大好きだった。

「いいこと教えてくれてサンキュ英士!」
「どういたしまして。手始めにハリー・ポッターから入ってみたら?」

 親切にも英士は手軽に読めるファンタジーを推薦した。
 なるほどあれなら結人も楽に読めるだろうと一馬は思う。しかも話題作なのであまりマイナー過ぎるものより初心者向けかもしれない。しかし気になるのは英士の浮かべた微笑だ。
 電車がそこで次の駅に到着する。結人の降りる駅だ。

「よっしじゃあ帰ったら読んでみるな! 確かうちのかーさん持ってたし!」
「次会ったらどこまで読んだか教えて」
「おうよ! んじゃなー」
「じゃあな」
「またね」

 ひらひらと手を振って降りていく結人を二人は見送る。

「……やなんだよね、俺。自分の親友が物知らないの」

 唐突にぼそりと聞こえた声に、一馬はびくりとした。

「ええええええええええ英士?」
「…冗談だよ。いくらなんでも友人にそこまで自分の意見押しつけるわけないでしょ」
「ほ、ほんとかよ」
「本当。ただこう、あまりにも乗せやすいもんだから面白くて」

 結人って楽しい性格してるよね。
 まるで自分はそうでもないような言い草に、一馬は二人の会話は漫才のようだったとは言えなかった。たぶん言わないほうがいい。
 そしてそこの間に入る自分は一体なんだろうとちょっと思った。


 …話に夢中だった三人組は気付いていなかった。
 うっかり少年たちの会話を聞く羽目になったその車両内の大人たちが、ひそかに笑いを噛み殺していたことを。

 気付かないのもまた幸せ。





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 トリオと読書週間。
 元ネタは姉さんとこの読書週間英士くん
 だったのですが、アレ実はバス待ちとかそういうイメージだったらしく。
 あらら若菜くんと真田くんがいるわなぜかしら(趣味!)

 …というか神咲さん、このリンクの貼り方はレッドカードですか? だったらごめん。

2003年04月18日(金)

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