娘は最近、幼稚園から帰宅したら家の前で運動している。
自転車、縄跳び、ボール遊びをこなして、これで1セット。幼稚園から帰宅するのは3時過ぎ。それからオヤツを食べて、家の前でたっぷり遊ぶのだ。幼稚園の日は遠くの公園には遠征しないと言い渡しているので、近辺で遊ぶことに不満は無いらしい。それにしても……娘は毎日何が楽しいのだろう? 自転車も縄跳びボール遊びも毎日の訓練(?)の成果は目に見えて出ている。いったい、娘は何になろうとしているのだろう……。
私は子どもの頃「運動会なんて無くなっちゃえばいいんだ!」と思うほど運動が苦手だったので、娘が毎日飽きもせず黙々と運動に取り組むのは正直理解出来ない。まぁ、でも私にも夢中になれる事はある訳で、娘にとってそれは身体を動かすことなのだろう。
娘は私が産んだ子どもだけど私とは異質な人間だ。
娘を妊娠したと分かった時「私は自分の子を愛せるだろうか」と不安だった。私は子どもが好きだけど、それはあくまで他人の子ども。いざ自分の子を育てるとなった時、愛情を注げるか心配だった。そしてお腹の子が自分と同性の女の子だとわかった時、その不安はさらに増した。
実家の母と私は相性の悪い母娘だった。母には感謝しているし、良好な関係を築いていると思っているけれど、仮に私と母がもし同級生だったとしたら私は決して母に近づこうとはしなかっただろう。母は私にとって、それくらい苦手なタイプの人間なのだ。なので、私と娘もそうなってしまうのではないかと、ずっと心配でならなかった。
で。実際に娘を育ててみると、娘もこれまた私とは異質の人間だった。でも、なんて言うのだろうなぁ。仲の良い友人でも「自分と似ているから好き」な人と「自分と似ていないから好き」な人がいるように、私は娘が自分とは全く異なる人間だからこそ、心底面白いと思って付き合う事が出来ているようだ。今にして思えば心配していたのが馬鹿みたいだけど、その時は大真面目だった。
娘の遊びに付き合いながら自分がいっぱしに母親をしている事を不思議に思う。そして幸せに思う。幸せなんだけど……幸せなんだけど、ちょっと辛いよ。娘が眠りに付いた後、好きな読書をするだけの気力が残っていないほどクタクタな毎日。元気なのはありがたいけど、ちょっとはお手柔らかに頼みたい。
明日から黄金週間。我が家はたぶん毎日のようにアウトドアな感じになると思うのだけど、頑張っていこう……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
本日のお弁当。おかか海苔ご飯、ウィンナー、鯵フライ、オクラとコーンのバター炒め、ニラチヂミ、黒豆、ウサギ林檎&バナナ(別容器)。「明日はおにぎりじゃなくて、ご飯を入れて」と娘のリクエスト。お友達のお弁当を見て「自分もそうしたい」と思ったとのこと。どうやら彼らの間で「おにぎり→手でも食べられる→赤ちゃんぽい」「白ご飯→食べるの難しい→カッコイイ」という認識があるようです。