白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2009年09月04日(金) 親離れ・子離れ

今日、娘が保育園で一時保育デビューした。

私は昨日からずっとソワソワしていた。娘は甘えん坊で、夫と2人で出掛けても「お母さんが恋しくなった」と泣いて帰ってくることがある。そんな娘が保育園で過ごせるのだろうか? 給食はちゃんと食べられるだろうか? と、あれこれ心配してはヤキモキしていた。娘には昨夜から何度となく保育園へ行くことを説明した。娘は園庭開放などの行事で保育園が大好きになっているので、不安がるよりもむしろ「万歳♪」と言うようなノリだったけれど、それでも私の心配は尽きなかった。

当日。午前9時に娘を保育園へ連れて行った。別れの時はきっと泣くだろうから覚悟しておこう……と思っていたのだけれど、娘は私にバイバイすると、保育士さんに手を引かれてアッサリと教室へ入って行った。ホッっとするやら寂しいやら。後ろ髪を引かれつつ保育園を後にして、ハローワークへ向かった。

ハローワークは独身時代にお世話になったことがあるのだけれど、当時からすると手続きがずっと面倒になっていて驚いた。不況のせいか人が多いのにも吃驚。帰宅したのは午後1時前。簡単に昼食(娘がいたら食べられないカップヌードルを食べた)を済ませて、夕食の支度や買い物など。3時半のお迎え開始時間ジャストに保育園へ行った。

教室をのぞくと娘は玩具で遊んでいるようだった。が、私の姿を見つけたとたん、ワーワー泣きながら走ってきた。思わず私も泣きそうになってしまったけれど「会いたかったよ。お利口だったね」と娘を褒めつつ抱っこした。保育士さんの話によると、娘は私がいないと知ったとたん、泣きまくりだったとのこと。給食もオヤツもあまり食べなかったらしい。保育士さんにお礼を言って、事務所で次の予約をして帰宅した。

ハローワーク通いはしばらく続くので、娘には保育園に慣れてもらうしかないのだけれど、慣れてくれるのだろうか? 残念ながら娘をハローワークに連れて行くことは出来ないので、嫌でもなんでも慣れてもらうしかないのだが。

娘が保育園で不安や心細さと闘っていたのかと思うと胸が痛むが、私も実は寂しかった。娘のいない時間を楽しく満喫出来るかと思っていたけれど、なんだか忘れ物をしたような心もとなさがずっと付いてまわっていた。娘には可哀想だったけれど親も子も良い経験だったと思う。娘と長時間離れてみて、「私はもう母親なんだなぁ」ということを改めて実感した。こういう小さな親離れ・子離れを積み重ねて、娘はいつか私の手元を巣立っていくのだろうなぁ。

色々と考えさせられたし、心身共に草臥れた1日だった。娘も私もお疲れ様! 週末はゆっくり過ごしたいなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2007年09月04日(火) 折り込みチラシの世界
2003年09月04日(木) 偲びつつ
2002年09月04日(水) ドライヤーを買いに。

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