白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2006年09月09日(土) 他属性

今日は幼馴染と1年ぶりに会った。

率直な感想を言うと、これっぽっちも楽しいとは思えない時間を過ごした。幼馴染は心優しい女性で、これからもずっと友人付き合いを続けていきたいとは思うのだけど、私とは生きる道があまりにも違い過ぎる。今日、1年ぶりに会って話したこと(彼女は聞いたこと)といったら「今年初めて腰痛になって吃驚。腰痛って辛いね」って話と「ここ1年で観た映画」と「義姉の出産について」だった。腰痛と映画はともかくとして、友人の義姉の出産の話なんて聞かされてもなぁ……って感じだった。

幼馴染は定職を離れて6年。ニートとまでは言わないけれど、実家暮らしでアルバイトなどして日々を過ごしている。幼馴染は仕事に生きるでも、趣味に生きるでも、恋に生きるでもなく、何か1つのことにに打ち込めないほど背負うべき重荷があるでもない。だからって今の生活に満足している訳でもない彼女は、私の目には「無気力」としか映らない。「まった、しょうがないなぁ……」って感じ。

私にとって彼女は異星人くらい理解の出来ない存在である。だけど、自分には理解できないからって、どうこう言える筋合いではない。自分とは相容れない考え方だからって、片っ端から否定したくはないのだ。それは誰かのためでなくて、自分の世界を狭くしないために。決して同意は出来ないけれど「それは、それでアリかも」と最近、やっと思えるようになった。「また会おうね」と別れたのだけど、次に会うときは彼女が今よりも生き生きしてたら良いなぁ……とは思う。

幼馴染を見送った後、なんだか色々と考え込んでしまった。もっとも、あれこれ考えるよりも自分にとっては「目の前のこと」が大切なのだけど。幼馴染が今よりも楽しく暮らせるようになると良いのだけどなぁ…などと思いつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2003年09月09日(火) 重陽の節句
2002年09月09日(月) 道で寝る人、亡父の面影。

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