初日 最新 目次 MAIL HOME


I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME

2024年10月12日(土)
東京バレエ団『ザ・カブキ』

東京バレエ団『ザ・カブキ』@東京文化会館 大ホール


かなり持っていかれてしまい、終わったあとは放心というかぐったり。帰り道の足取りもふわふわ。SNSの感想を読み漁ってみたが、そういうひとは多かったようだ。世が世なら(というかそれって今、か?)戦意高揚に利用されそうで怖い、と迄思ってしまう程圧倒されてしまった。しかし同時に、彼らが打ち首ではなく切腹、という情状酌量へとお上を動かした世論というものも考えた。そうすると読み解きも変わってくる。理不尽な死への異議申し立て、忠義の死への賛美ではなく悲嘆。

-----

人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』を題材に、モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために創作した作品。歌舞伎に忠実な話運びで、五段目の猪もちゃんと出る(!)。黒子による転換も歌舞伎に倣っている。そして所作の美しさ! 見得も六方も、バレエに昇華されている。日本文化への深い理解と敬意……振付、演出、美術といった枠だけでは捉えきれない、芸術家としてのベジャールに舌を巻く。照明とシルエットで見せた大詰の雪も見事だった。紙吹雪はフロアが滑るのでダンス公演ではとても危険。どうするのかなと思っていたのだが、ちゃんと雪だと観客が了解出来る美術だった。

現代の若者が江戸時代にタイムスリップするという導入にまず面喰らう。黛敏郎による音楽も、電子音を使った薄っぺらい(意図的だろう)楽曲。きらびやかな街の映像、せかせかと動きまわり働く日本人の情景を無気力に眺める若者。タブレットやスマホ、キックボードにLUUP等、ベジャールが存命中には存在しなかった、あるいは普及していなかったであろう小道具もちらほら。上演される毎にアップデートされているのだろう、何しろ“現代の”シーンなのだから。ああ、この光景をベジャールさんに観せたかった…と感じ入りつつ、それなら衣裳もアップデートしていいのでは……? などと思う。“現代”にしてはあまりにも80年代バリバリなファッションなのだ。ここは若干違和感があった。SNSでもダサセーターいわれてたな(笑)。

ただその軽薄な時代からタイプスリップし戸惑う若者が、理不尽な死を目撃し、赤穂浪士を率いる由良之助へと変貌していくとさまがあまりにも納得の流れで、すっかり引き込まれてしまう。音楽も徐々に凄みを帯び、顔世御前が舞い、四十七士が集まってくる。連判状に血判を押すシーンや討ち入りのシーン、そして切腹のシーン。コール・ド・バレエのひとつひとつが迫力もの。だいたいこれだけ踊れる男性ダンサーがこれだけの人数揃っていることに驚嘆する。

その層の厚さを示すソロイスト。主要キャストは3公演全てシャッフル、日によって違う役を踊(れ)る(柄本弾なんて1日目由良之助、3日目高師直ですよ。見もの)。一幕ラスト、塩冶判官の言葉を聴き届けた由良之助の、7分半に及ぶソロが象徴的。広い素舞台でひとりきり、体力の限界に挑戦するかのように踊る。「もう、討ち入りしか、ない!」という決意を示すかのように手を伸ばす。暗転、瞬間割れんばかりの拍手。この熱狂はまるで『ボレロ』のそれだ。これを踊りきれるダンサーが現在、最低でも3人はいるということ(秋元康臣はゲスト出演だがOBなので)。バレエ団の力量を見せつけるという意味でも、これはベジャールと佐々木忠治(NBS/東京バレエ団創設者)の大いなる財産だ。

全編を2時間弱(+休憩20分)で観られてしまうスピード感も題材にふさわしい。日数といった具体的な数字ではない、猛烈な速さで死へ向かうしかなかった赤穂浪士の悲劇。それを表現するダンサーたちの気迫。観客はそれを見つめるしかない。いや、目を離すことが出来ない。何しろ黒子も、猪の足もめちゃくちゃ速いのだ。由良之助の刀となんだったか──鞘か? もうひとつ小道具を持っていた──をスライディングかと見まごう素早さで引き取っていく(しかもひとつずつ片付けるので往復)黒子に、驚きの声が漏れそうになった。猪なんて被りものなので周囲もよく見えないだろう、それであんなスピード……いかにも猪突猛進。過去勢い余ってステージから落ちた猪がいたというツイートを見かけて和んだ。いや和んじゃいかん、気をつけて!

初見だったため、安定を求めて由良之助を演じた回数が最も多い柄本さんの回を選んだが(貫禄!)、秋元さんの評判もよく、初役だった宮本新大も格別だったようだ。池本祥真は勘平役。個人的に間に合わなかった、とか置いていかれる、という役柄に弱いので、勘平のあっけない死には胸を衝かれた。池本さんは3日目に演じた伴内の評判がとてもよく(確かに合いそう!)、キイィとなっている。

次回があれば全公演観たいなあ……。題材故女性ダンサーの出番が少ないけれど、そもそもバレエで男性ダンサーがこれだけ活躍する作品自体多くないのだ。それでも上野水香の顔世御前、沖香菜子のおかる、遊女たちのコール・ド・バレエにはやはり惹きつけられた。和服を基調とした、袖や裾の長い衣裳で踊るバレエダンサーの美しさが観られるのは、和が題材の作品ならでは。

音楽は1985年の録音。前述のように、ダンサーとの呼吸がだいじな附け打ちだけはライヴだった。願わくばいつか生オケ、生の義太夫での上演を観たい。毎年年末にやってもいいんじゃないかと無責任な観客は思ってしまうが、バレエの年末公演といえば『くるみ割り人形』が定番。年間スケジュールに入れ込むのは難しいのかもなあ。プログラムに迷ってしまう程作品を持っているなんて、うれしい悲鳴なのでは。

しかしこういうのを観てしまうとバレエの『四谷怪談』とか観たくなるな……『忠臣蔵』がらみですし。赤子を連れ去るねずみのコール・ド・バレエとか観たいじゃん! 猪がやれるんだからねずみもやれるっしょ! でもこんなんバレエで創作しようなんて芸術家が現在いるだろうかという話ですね……いやはやホント、ベジャールはとんでもない作品を遺したものです。

-----




「討ち入りです!」って。中の人、なんか人格が変わっている(笑)


バレエチャンネルのリハーサルレポート。ぎゅうぎゅう(笑)。実際のステージはもっと広いので壮観です


ヴ・アンは今年6月に亡くなった。彼の由良之助、観てみたかったな。当時は東バに由良之助を踊れるダンサーが不在だったのか、未知数の初演につきスターダンサーを呼んだ方が興行的に安全と考えてのことか、今の観客は知る由もなし。そこから考えても東バの現状がいかに充実しているかがわかるというもの。由良之助役を複数(3人!)据えたのは12年ぶりだったそうです

・東バの公演(東京文化会館)を秋に観に行くと、大概上野駅に信州里の菓工房が来ており栗きんとんを買って帰れる。今年も来てた♪

・そこでまた思う、東京文化会館が改修で閉まっている間、東バのホームってどこになるのだろう。劇場不足は本当に深刻