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2024年09月29日(日)
『オオカミが現れた:イ・ランの東京2夜ライブ』

『オオカミが現れた:イ・ランの東京2夜ライブ』@草月ホール


入口に炭化したかのような黒い造花。悼みの花はステージにも飾られ、イ・ランの衣装にもあしらわれていた。ばっくり背中の空いたノースリーヴのカットソー(要は腹がけなんだけど、めちゃめちゃスタイリッシュ)とパンツは、枯葉にも花弁にも見える黒いチップに覆われている。ミノムシのようにも見える。

後述のSweet Dreams Pressのツイートによると、この花のモチーフは黒いパンジーだったとのこと。環境に配慮した衣裳でもあるという。Sweet Dreamsさんはいつもこうした制作の裏側についても教えてくれて、コンサートをつくりあげた全員への敬意が感じられて大好きです。長年メルマガ愛読してます! ジョアンナ・ニューサムまた呼んでください(教会でのライヴはオールタイムベストのライヴです)!

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ようやく観られたイ・ランのライヴ。五人のオンニ・クワイヤを含む十人編成のバンドで、最新作『オオカミが現れた』からのナンバーを中心に。オンニ・クワイヤのメンバーは皆サラリーマン。金曜日と月曜日の休暇をとって来た、とのこと。第1夜は前日のWWW X公演で、この日は第2夜。草月ホールの落ち着いた空間がとてもよく似合っていた。耳を澄ます。歌に聴き入る。

ステージ後方にスクリーンが設置されており、歌詞の日本語訳が映し出される。MCは全て日本語。最前列の席にはイ・ランの友人たち。ときどきイ・ランが「〜の日本語、なんていうんだっけ?」と訊き、友人たちがそれに答える。「開演前に何度もテストしたんだけど、歌詞が見えない席が出てしまって。見えなかったひとは終わったあと来てください、ジュンイチ(イ・ランの猫。ファンの間では有名)のステッカー3枚セットをあげます」。笑いつつもその気遣いに居住まいを正す。彼女は「歌詞を伝える」「自分のいいたいことを伝える」ことに細心の注意を払っているのだ。

歌とともに彼女の痛みはシェアされる。ここ数年彼女に起こったことはあまりにも痛みに満ちている。悲しみに押し潰されてしまう前に、こうして歌を聴かせてくれたことに感謝したい。

それにしても惹きつけられる声。「最新作では声を張り上げる曲をたくさん書いたので喉が痛い」といっていたが、大きな声にもささやき声にも芯があり、よく通る。PAはあるが、ギリギリ生音と感じられる音響も心地よかった。長年の相棒であるイ・ヘジのチェロを筆頭に、イ・ランのアコースティックギター、イ・デボンのエレキベースとウクレレ、カン・ジョンホのドラム、ナナのキーボードとカリンバも、とても繊細な響きを聴かせる。ひっそりとしたサウンドチェックも印象的。PAを通す前の、コロコロとしたキーボードの音がずっと耳に残っている。

丁寧なMCと、くだけたMC。ツカミはジュンイチの名前の由来。『ピューと吹く!ジャガー』のジャガージュン市からとったという話。静まり返る観客に向かって「日本人はこういうときとても静かになる、怖い」という話。こ、怖くないよ! 集中の妨げになったらいけないかなと思って! 伝われ〜と沢山拍手をしました。最前列に空席のあることが落ちつかないらしく、「○○○○(実名)来れなかった? 仕事? そう、仕事か……」といったあと「最前列にはともだちを呼んでいる」と説明する。「折坂(悠太)来てる? butajiもいる?」と客席に呼びかけ、後方席にいた折坂くんとbutajiが「オンニ、いるよー」と手を振ると、「なんでそんな後ろにいるの? 来るならいってくれれば席を用意したのに。空いてるし、ここ(最前列)に来なよ」という(来なかった・笑)。客席にはマヒトゥ・ザ・ピーポーの姿も。

「よく聞いていますよ」のPVは、当時ライヴで日本に来たときお金がなくて○○○(駅名いってたけど一応伏せますね・笑)に住んでいたともだちの部屋に泊めてもらっていた。パジャマを着て、部屋で話したりしているうちに曲が出来(!)、PVを撮ろうという話になり、近くの公園に出かけて行って撮った。と話し、「イムジン河」では在日のともだちへと唄う。1番は朝鮮語で、2番は日本語で。

彼女の歌はプロテストソングだと思う。マイノリティへの歌。何故こんなに貧しいひとたちがいるのか。何故愛し合っているふたりが結婚出来ないのか。クィアの韓国人とロシア人のカップルの結婚式で唄った「何気ない道」のあと、今アジアでクィアが結婚出来るのは台湾だけ? と訊き、客席から「最近タイもそうなったよ」という声があがる。民主化記念式典で披露する筈だった「オオカミが現れた」は、尹錫悦大統領の検閲により演奏を禁じられたという。出演する予定だったバンドと、オンニ・クワイヤへのギャラも支払われていない。だから今裁判をしている。私は何も悪いことはしていない。だから勝つ、と強く宣言した。歓声と拍手が起こる。

空気が変わったのは「生きることと眠ることとお姉ちゃんと私(PRIDE)」のとき。演奏前、スクリーンにタイトルが映し出された瞬間、客席に緊張が走ったように感じたのは気のせいだろうか。イ・ランのお姉さんの歌、お姉さんへの歌だ。毅然と唄い終えたあと、長い沈黙があった。何から話そうか考えているようでもある。言葉につまり、頰に涙が流れた。訥々と話し始める。

「オンニ・クワイヤは非婚、クィア、フェミニストのオンニ(一般的にいうお姉さん。年長の女性)たちについて唄う合唱隊だったけれど、今日(昨日)は初めてオンニ(イ・ランの実のお姉さん)のことを一緒に唄えた」。今回の日本公演がライヴデビューだったそう。彼女のお姉さんが自死していることを、観客の殆どが知っている。歌を通して知るオンニの姿。そんなオンニが大好きだったイ・ラン。どうすれば彼女の悲しみを和らげることが出来るのだろう。多くのひとが見守ることで、彼女の心に少しでも平穏が訪れてほしいと願う。

彼女のインタヴューで「ヘル朝鮮」という言葉を知った。ヘルジャパンに生きる自分にもその歌は強く響く。地獄に生きるということ、それに異議を申し立てること。聖書には、弱きものや辛い思いをしているひとこそ世の光であると書かれているのに、現実はそうではない。そういう思いをしているひとのに慰めになれるようなセットリストを組んだと話していた。そんな彼女の歌を聴くことで、わたしたちは彼女の慰めになるだろうか、彼女に寄り添えることが出来るだろうか? 思いを届けたくて、ひたすら拍手を送る。

ジュンイチの病と自身の病。草月ホールは1年以上前から押さえていたので、行けなくなったらどうしようとずっと心配だったそう。チケットの発券スケジュールが延びたりと、こちらもドキドキして待った当日だった。Sweet Dreamsは、彼女の事情を汲んだ上で経過を逐一報告してくれた。滞在は極力短くしたいとのことでゆっくりは出来なかったようだけど、無事終えられてよかった、またいつか。

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親ツイートとセトリのみ張りますが、今回のツアーに関わったひとたちのことも丁寧に紹介されているのでスレッド全部読んで〜! プレイリストも有難いです!


「服が変わらなくても会場ごとに雰囲気が違うのでむしろ好き」(アプリ翻訳)。そうですね、素敵な写真いろいろ

・「ジュンイチ心配だね」「もう結構な歳の筈」「そもそも『ピューと吹く!ジャガー』からのネーミングということは、生まれたの(連載開始の)2000年以降? 長生き!」などと驚き、「といえばさ、折坂くんってイ・ランより歳下なんだよね」「オンニって呼んでたもんね」「折坂くんを初めて観たの江戸アケミの法事(Jagatara2020『虹色のファンファーレ』)だったんだけど、そのとき『僕アケミさんが亡くなった年に生まれて……』て自己紹介してフロアがどよめいたんだよね(実際は折坂くん1989年9月生、アケミ1990年1月没。年度でいえば同じ年になるか?)」「えええ〜!(どよめき)」「老成してるというか歳の割に落ちついてるもんねえ」てなことを話し乍ら帰路に就きました