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2024年08月31日(土)
『ハント』(20230831)

『ハント』@T・ジョイPRINCE品川 シアター3

観てから丁度1年。ジョンジェさんの舞台挨拶付きジャパンプレミアの様子はこちらに書きましたが、本編の感想を書きそびれたまま随分時間が経ってしまいました。残していたメモをこのまま捨てるのも忍びなく、そっとおぼえがきなどを放流しておきます。『ソウルの春』の感想に書いたけれど、「父もあんな風にバスに乗れていたらよかったのに」と遺族の方が泣いたというエピソードがずっと頭から離れないのです。クーデターが失敗していれば、全斗煥が権力を手にしなければ、こんなことも起きなかった。負の歴史は繋がっている。原題『헌트(ハント)』、英題『HUNT』。2023年、イ・ジョンジェ監督作品。

もはや韓国映画の1ジャンルともいえるファクション(=ファクト+フィクション)。今作は実際の事件がモチーフになっていますが、フィクション比率の方が高いかな。それでも、WW2後の朝鮮半島の分断、その後の軍事独裁政権はあまりにも多くのひとの人生を変えてしまった、というメッセージが強い光を放ちます。1983年のお話。北朝鮮のスパイは誰だ? というサスペンスを縦軸に、国を守ろうと対立するふたりの男の戦いと連帯を横軸に。モチーフとなる事件は「ラングーン事件(アウンサン廟爆破事件)」。祖国の統一を夢見た男と、祖国を解放しようとした男。どちらも行き着く先は「大統領暗殺」だった……これを皮肉といわずして何という。

それにしてもホント、全斗煥って悪運が強すぎる。数々の罪は民主化後に追及され裁きも受けたけど、なんだかんだで逃げおおせた。光州については最後迄その責任を認めなかった。本当にやりきれない。

ジョンジェさん、初監督作品とは思えない手腕。しかも脚本にも手を入れている。アクションの演出にも唸る。終盤の流れが素晴らしかった。セレモニーの軽快なブラスバンド演奏と、その背後で展開する緊張感溢れるやりとりのギャップ。爆発が起こり大混乱に陥る現場、長い銃撃戦、傷口を押さえても押さえても溢れ出る血、絶命するジョンドと脱出するバス、遠ざかる大統領を乗せた車両。なすすべもなくそれを見送るピョンホの表情……信念を貫いたが故に「おいていかれる」「打ち捨てられる」痛切さ。鮮烈なシーンだった。

対立するふたりの人物をシンメトリーで撮る画面もスタイリッシュ。睨み合う横顔、バスの席位置。なにせチョン・ウソンとイ・ジョンジェのシンメですから、エモも極まるというもの。泥臭い諜報アクションであり乍ら、画面がグラマラスかつゴージャス。ウソンさんがとにかく格好よく、「私の考える格好いいウソンさん」「私が撮るウソンさんがいちばん格好いい」という監督の思いが結実していたようにも見えました。

でもジョンジェさん本人も抜群に格好いい訳ですよ。自分で自分をどう演出したのか気になるところ。演技の最たるものって死ぬ演技だと思うのです。生きている人間が唯一経験出来ないこと。体験なしにそれを“演じる”には想像力、アイディアとスキル、そしてカリスマが必要。残酷で、美しく醜い死をウソンさんもジョンジェさんも体現していました。

日本で撮影する計画だった中盤の銃撃戦シーンはコロナ禍で頓挫、釜山にオープンセットを組んで撮ったとのこと。てかこのシーン、友情出演てんこもりの超豪華布陣でさ…日本ロケが実現してたらこのひとら全員来日してた訳でしょ……? あーコロナが憎い。その豪華友情出演陣、殆ど死んでしまいました……なんて贅沢な。それにしてもこのシーンにしろクライマックスにしろ、銃撃戦の派手なこと。『ヒート』に喩えられてましたが、ホントすごかった。チョン・マンシク演じる作戦課長が重傷を負い、入院した病院でも襲撃を受けるという壮絶な役まわり。演じているとわかっていてもなんだか気の毒に……。マンシクさんは『ソウルの春』でも重傷〜入院という流れだったのでこのことを思い出し、クスッとなってしまったのでした。

振り返ってみればなかなか楽しんで観ていたな。とはいうものの、ウソンさんとジョンジェさんも、登場人物と思いを同じにする部分はあるのだろう。ふたりの宣言のような映画でもありました。

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・ハント┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。友情出演がいっぱい!

・「ジェントルマン」パク・ソンウン“チュ・ジフンに説得されたため出演を決めた”┃ Kstyle
「『ハント』は1時間撮影して、その日に5時間ほどお酒を飲みました(笑)。その中で2時間はチュ・ジフンに説得されましたね」
友情出演者が集まるとこういうことになります(笑)ていうかあのシーンを1時間で撮ったってすごくないか

・「イカゲーム」のスター、イ・ジョンジェの最新インタビュー──初監督作『ハント』で、盟友チョン・ウソンとも24年ぶりに共演。その舞台裏とは?┃Vogue Japan
ジョンジェさんがダブル主演にウソンさんをキャスティングしたことは必然だったし、これはもう運命でしょう

・『ハント』で23年ぶりに共演。イ・ジョンジェ ✕ チョン・ウソン、韓国の2大スターが並走する道┃Vogue Japan
「すごく苦労するだろうな」という心配半分、「おお! いいね、君も一度経験してみろ。早く地獄の扉を開けて入ってこい」といううれしさが半分(笑)。
ウソンさんいけず〜(笑)2022年10月の記事。今作はジョンジェさんとウソンさんが立ち上げた事務所『アーティストカンパニー』と、サナイピクチャーズの共同製作。ちなみにサナイピクチャーズは『新しき世界』『アシュラ』の製作会社なのでした。いい会社だな!

・映画「ハント」の時代を追った…┃一松書院のブログ
こちらもいつもお世話になっております、秋月登氏のブログ。ラングーン事件については全く知らなかったので、これらのテキストに随分助けられた。そもそもは本国で公開されたとき、秋月氏が「難度が高い」とツイートしていたので心構えが出来たんですよね。で、簡単に予習して観たのだった。こういう勉強は楽しい

・しかしこんなとんでもないことした相手と国交回復する(24年かかったが)なんてミャンマー寛大だな…この国も厳しい時代が続いていますが……ちなみに映画ではタイの設定になっていました