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2024年07月13日(土)
『密輸1970』

『密輸1970』@新宿ピカデリー スクリーン1


『モガディシュ』のときどなたかが「リュ・スンワンは映画が上手!」と仰ってましたがいやホントに。情報の取捨選択がすごい的確なんですよね。あとリズムのよさ。職人!

原題『밀수(密輸)』英題『Smuggler』、2023年、リュ・スンワン監督作品(共同脚本も)。1970年代、海女が密輸を行なっていたという実話から発想された、女性たちの物語。貧しく搾取されるばかりだった海女たちが一攫千金を狙い勝負に出る! その前に一回失敗してて、裏切者はあんたか、あんたのこと信じていいのか? というあれやこれやがあります。あんたに命預けるで! と決めてからの彼女たちの活躍がたまらない。爽快で切なくてガッツポーズで。姐さ〜ん! 船長〜!

カードの出し順が巧いんですよね。チームで動くという海女たちの特徴、その海女たちが困窮することになった原因、単独で動いた海女に降りかかる災難。チームの皆を信じないと命に関わる。大仕事の前に彼女たちの信頼関係を回復させる。時系列をちょっと入れ替え、スライドや分割画面で見せていく。総じてバランスがいいんですが、その間に大活劇、バイオレンス、アクションを盛り盛り入れるところがスンワン監督。そこはバランス何それって感じになる(笑)。でもそれがなきゃスンワン監督じゃないね! 今回は大立ち回りがなかなか出ないな? と思った頃にドッカーンと出て笑った。「待ってました!」と大向こうを飛ばしたくなりました。

アクション演出がいつも楽しみなスンワン監督作品なんですが、今回はもう一段階ギアを上げてきた。水中アクションが見所です。海女さんたちが主役だからな。タコ、イカ、アワビも大活躍。岩の隙間も大活躍。海を知り尽くした海女たちは海を味方につけ、海のなかの掟を守れば海は彼女たちを助けてくれる。サメだってそうだもんね。最後サメ来い、早く来い! と思いませんでしたか、私は思った(笑)。で、その期待を決して裏切らないのがスンワン演出。アイディア出し会議とか楽しかっただろうなー。ここでタコが! とかウニが! とか真剣に話し合う大人たちを想像するとニヤニヤします。

キャラクターのバランスもいい。奔放だが信じた仲間は裏切らないチュンジャ、責任感の強いリーダージンスク。海女チームを助ける喫茶店主、オップンも素敵。チュンジャと密輸王の仲ってどうなの? という塩梅も巧い。欲をいえば海女チーム全員の背景をもうちょっと観たかった。アイパッチのお兄さんのその後も知りたい。しかしそれを入れるとリズムが崩れたかもしれないので、簡潔にまとめるという決断があったのでしょう。何しろ映画が上手だから。

バランスといえば、女性たちを描く筆が滑らなかったことにも感心した。女性たちは自分たちの力で戦い抜く。最後は男性に助けられるという図式にならない。密輸王を救世主(王子様的なポジション)にしない。社交性とコネクションを持つ喫茶店主のサポートのもと、海女たちは知り尽くした海のなかを自由に泳ぎまわる。磯笛(後述リンク参照)で互いの無事と居場所を知らせる。男たちの物語を描くことの多かったスンワン監督が! と驚きました。とはいうものの、スンワン監督はいつも弱者への視点を持っているからね。抑圧されている、迫害を受けている人々へのまなざしがある。今回も、軍事政権下で貧しかった時代の韓国を描き、傷ついた人々を描いている。観客は彼らが幸せになってほしいと思い、彼らの笑顔を待っている。それがたとえ犯罪がらみでも。

70年代のファッション・メイクも素敵でした。チュンジャとジンスクがスーツのジャケットとパンツをとっかえっこして着てるのとか、木の実ナナみたいなウィッグとか(ここでふと思ったが、ナナさんのあの髪は地毛なんだろうか)。海女たちが職業柄かショートヘアで、それが皆似合ってて素敵だったなー。一度聴いたら忘れられない70年代の歌謡曲も満載。チャン・ギハによる劇伴も、いいさじ加減のレトロミュージックで気持ちよかったです。

キム・ヘスがチュンジャ、ヨム・ジョンアがジンスク。大人の女性(ふたりとも50代)が活躍する作品というのもいいね! オップンはコ・ミンシ。『モガディシュ』では野心家の参事官役だったチョ・インソン(次作『HUMINT』でもスンワン監督とのタッグが決まっているそう!)が、今作では密輸王。仕事に熱心な税関係長が実は……という二面性を見せゾッとさせてくれたキム・ジョンス、とにかく小悪党な成り上がりパク・ジョンミンも見事。ていうかエンドロールで名前出る迄あいつのことをジョンミンさんだと気付かなった私の目は節穴…いや、出会いが『ただ悪より救いたまえ』だったからさ……全然違うじゃん! てか観る度違うじゃん! 演技の天才といわれるだけのことはある、ホント巧いよねこのひと!

胸が熱くなるマリンクライムアクション(!?)シネマでした。また観に行こっと。

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そうそう、舞台挨拶付きの回に行ったんですよ。マスコミが入らない回だったので、アットホームな雰囲気で楽しかった。

公式では9年ぶりに来日(プライベートでは来てたよね)したスンワン監督(黄色いスニーカーかわいかった!)、コンビニでパンを買いました〜とか短い自由時間を楽しんでおられたよう。「(単館とかではない)大きなシネコンの大きなスクリーン(新宿ピカデリーではいちばん大きいとこだった)でこうして舞台挨拶出来るなんて」と仰ってた。いやいやこちらもうれしいです! インソンさんの役は当て書きだって。ヒュ〜。

「僕が生まれ育った70年代は貧しくたいへんでした。その時代を描ければと……」とスンワン監督。苦労人だもんね。同世代なのでいろいろ思うところがありました。密輸品、日本の製品が多かったよねってか日本からの荷物だったし……ていうかそもそも海女たちが働く海を汚染した工場だって日系企業絡みなんじゃねーのとも思い(チッソの例があるもんね)。当時の大衆歌謡も監督自身が選曲されたそうです。

あちこちで話題になっていますが、インソンさんとスンワン監督のやりとりは漫才みたいでした。家も近所で、兄弟みたいな関係だそうです。次回作も楽しみ。通訳さんが訳す前にドッカンドッカンウケるインソンさんファンのお姉さま方に尊敬のまなざし。韓流カルチャーを長らく支えてくれている彼女たちのおかげでこうして舞台挨拶が観られる。

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・密輸 1970┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。水中スタントの役者さんも掲載されているのがうれしい。ていうかチャン・ギハ、音楽だけじゃなく出演もしてたの? 明洞のおしゃれな男役だって。気付かなかったよ〜リピート時に確かめよう……と思ったら、カットされたシーンらしい↓

・팬들도 모르게 '밀수'서 통편집 굴욕당하신 분┃삶은영화
『ファンも知らないうちに「密輸」で全編集 屈辱を受けた方』←このタイトル(笑)
(試写会で映画を見たとき)「見逃した? と思った」だって。





ご本人のinsta(クリックするとリール再生されます)。メイキングに入れて〜

・アイパッチの兄さんはチョン・ドウォンという方なのね。ええ〜全然雰囲気違う! 『哭声』とか『密偵』にも出てるじゃない……。ゴリゴリにアクション出来る方でシビれた!

・“俳優たちがお互いを信じて頼れる場を設けることが大切”ー『密輸 1970』リュ・スンワン監督インタビュー┃SCREEN ONLINE
今後、もし、海へ出て水中撮影を行う計画がある映画仲間がいたら、「できれば水で撮影しないでください・・・」と伝えたいです
(笑)

・磯笛┃海女日記 < 新米海女リッチャン >
海で息継ぎの際にピューーーイッ! という高い音の口笛に似た音を出して肺に残っている空気を出し切る海女のテクニックです
また、音により自分の居場所を仲間に知らせる事が出来るので、チームで海女をする石鏡では磯笛は安全対策の役目も担っています
伊勢志摩・石鏡(いじか)町で働く海女さんのブログ。チームワークだいじ、互いに命を預けるんだものね

(20240715追記)
・クセのある楽曲が耳から離れない!『密輸 1970』を輝かせる、レトロな韓国歌謡曲とチャン・ギハの劇伴┃MOVIE WALKER PRESS
何気なく使っている風に見せて、実は伏線になっている韓国歌謡の数々をチョイスしたのは、リュ・スンワン監督とのこと。映像や脚本はもちろん、バックの音楽にもこだわったおかげで本作の完成度をさらに高めたのは言うまでもない。
音楽についていい記事あった! 歌詞がリアルタイムで聴きとれれば一層面白かっただろうなあ。記事を読み乍らサブスクですぐ聴けるのもいいですね。ギハの劇伴も素晴らしかったよ〜

・そうそう、今回パンフレットもめちゃくちゃいい内容でした。1970年代韓国の時代背景やカルチャー、ファッション、楽曲解説も充実。劇場で観たら是非ご購入を!