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2023年10月14日(土)
『配信犯罪』、ケムリ研究室 no.3『眠くなっちゃった』

『配信犯罪』@シネマート新宿 スクリーン1


原題『라방(ラバン)』。2023年、チェ・ジュヨン監督作品。「라방」を翻訳アプリに入れるとそのまま「ラバン」と出る。どういう意味? と調べてみたら。

・라방(ラバン)=「ライブ放送」┃TODAY'S韓国語┃韓国旅行「コネスト」

「라이브 방송(ライブバンソン)=ライブ放送」の略語なんですって。生配信のことですね。

全くのノーマークで、予告編を映画館で観て初めて知った作品。恋人が怪しい生配信の餌食に! 青年は彼女を助けられるのか? というサスペンススリラー的な内容らしく、うわ〜すごいヤな話っぽいな〜胸クソ悪そうだな〜と思ったのですが、ひっかかったのはパク・ソンウンが出ていること。生配信の主がソンウンさんで、クレジット的にはこちらが主役らしい。原作は学生が撮った短編、チェ・ジュヨン監督は今作が長編デビュー。題材もなかなかリスキーなもの。こうした作品の主役をソンウンさんが引き受けるということは、ただの悪趣味な内容という訳ではなさそう…いやしかし……とそれでも迷っていると、試写を観たひとが「最後に成程と思う展開がある」というようなことを書いている。やっぱり観てみるか、と思った次第。

で、やっぱり胸クソは悪いのです。そして最後に成程とも思った。観てよかったと思った。でも、心は晴れない。直接的な残虐場面がないため、今作には年齢制限がありません。何故そうなのか。配信を、web上のコンテンツを楽しむ誰もが見るべき、と迄はいわなくても、知っておいていいことだからです。興味本位で闇配信を観てしまう。犯罪に接しても、見て見ぬふりをしてしまう。そんな傍観者にスポットが当たっています。誰もが加害者になり得る。以下ネタバレあります。

韓国で実際に起きた「n番部屋事件」がもとになっているかと思いきや、脚本は事件が公になるよりも前に書き始められていたとのこと。「n番部屋事件」の詳細はあまりにもむごいのでこちらで詳細は書きませんが、とにかくおぞましい事件です(後述リンクに概要あり)。3700人強が逮捕されましたが、サイトの閲覧者数は26万人にものぼります。逮捕されなかった傍観者は罪に問われていません。罪に問うこと自体が難しい。ソンウンさん演じる“ジェントルマン”とその仲間たちは、そんな傍観者たちを表舞台に引きずり出すのです。

それが判明するのが最後の数分。観る側としては「これは配信者側に何らかの思惑がありそうだなあ」と思い乍ら観ていて、最後に「ああ、やっぱり」とは思うのです。この手段を選んだ彼らは、加害者に、傍観者に、無関心だった人々に、どれだけ苦しめられたか。いや、今も苦しめられているか……過去形ではなく、永遠に続くことなのだ。計画がうまくいったとしても、被害者は元の状態には戻れない。でも、傍観者たちに気付いてほしい。自分たちがしでかしたことを。いや、自分たちが何もしなかったことを。そんな思いに満ちた幕切れ。

いやもうホントソンウンさん、ひとをムカつかせる演技巧いよな。いや演技全般巧いんだが。ひとを笑わせたりホロリとさせたりする演技も巧いのよ。わかっているのにムカつく、素晴らしい。あーホントムカつく、このクズ野郎のゲス野郎があ! と迄思う。それだけに最後の数分が胸に迫る。『空から降る一億の星』のときにも思ったけど、ソンウンさんの泣き声ってなんか独特ですよね。なんかギョッとする声で、猛獣の咆哮っぽいというか。

彼女を救うべくがんばる彼氏役のパク・ソノも迫真の演技。もはや気の毒。とりあえず友人関係を見直しなさいとは思った(あいつらホントムカつくな〜!)。あのあとふたりはどうなったんだろう。元の幸せな関係には戻れないよなあ。いや、そもそも、彼女は目的ありきで彼に近づいたのかも? 疑心暗鬼になり、やはり後味は苦いのでした。

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・配信犯罪┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。この手の短期上映作品はパンフレットが作られないので助かる

・「性暴力の傍観者も加害者」“n番部屋事件を予見”した韓国映画『配信犯罪』が伝えたいこと┃現代ビジネス┃FRaU
FRaUの記事だけど、現代ビジネスのリンクから読みました。ビジネス誌で記事になっているところが興味深い

・16歳の息子が韓国史上最悪のネット性犯罪「n番部屋事件」の実態を知り感じたこと┃FRaU
事件の真相を知りたい、と考えて映画を見ることも「加害行為」なのでは、と指摘されて言葉に詰まった
ネットがもともと危険なんじゃなく、ネット自体と使う人間がまだ未熟だからこそ、こんな犯罪が起こるんだと考えたら、犯罪を防ぐ仕組みを考えて、開発していこうって思える。学校で教わるようなネットリテラシーじゃなくて、ネット世界で気持ちよく安全に生きられる常識を新しく作っていかなきゃ、って感じている先輩や友だちもたくさんいるよ
関連記事。そうなんだよね……持てる知識や技術はいいことに使いたい。でも、そのために事例を知ることは加害になり得る。「ネット世界で気持ちよく安全に生きられる」ことが常識になるのは、いつのことだろう

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ケムリ研究室 no.3『眠くなっちゃった』@世田谷パブリックシアター


遅い終演にも関わらずカーテンコールが3回。野間口さんが「ごめんごめん」ってジェスチャーをし乍ら慌てて出てきました。もう帰り支度を始めていたのかな。緒川さんも北村さんも感無量の表情。

ケラさんと緒川さんが見ている世界は憂いに満ちている。表裏一体の悲劇と喜劇は、だんだん悲劇の侵食が増しているように感じる。少し前だったら、「密告したのは誰だ?」という問いに対して全員が手を挙げるシーンは、笑えるものとして用意されていたように思う。今回はそれを笑うことが難しかった。互いを監視し密告し合う滑稽さより、生き残るために必死な人々の様子があまりに痛ましく映ったからだ。この日、このシーンで客席は静まり返っていた。他の日はどうだったのだろう。

ディストピアものは虚構だからこそ、観客は絶望をなんとか飼いならし、娯楽として観ることが出来る。今作はあまりにも現実に近づいており、憂いは増すばかりだ。

しかしケラさんと緒川さんは、その憂いのなかに宝石を見出す。街に暮らす人々は、皆キートンやチャップリン、ロイドのような白塗りメイクをしている。死人のように見える。しかし青白い顔だからこそ、わずかな光をも捉え、舞台でその輝きを増す。市井の人々は懸命に生き、生きるため互いに騙し合い、協力し合い、寄り添い合う。サーカスの団員たちは、常にひとと違う道を探す。そこに脱出口がある。歌手は歌に命を与える記憶を欲しがるが、ひとひとりの心を喰うことは、自分もろとも破壊する程の力を持つ。そして記憶を失ったひとは、程なくその命を終える。思い出すらなくなったら、ひとは生きていけない。ただ、思い出が降り積もり続けることは拷問に等しい。人間に与えられた唯一の平等は、誰もが必ず死ぬことだ。なんて悲しくて、なんて喜ばしいことだろう。

小野寺さん率いるデラシネラの面々(全員がデラシネラに所属、或いは客演したことがある)が、妖精のようにも、天使のようにも見えた。壁に阻まれ、外に出ていけないひとたちの手をひいて空へと浮かび上がる力を持っているような気すらした。しかしそれは、アニメ『フランダースの犬』のネロのように、神のもとへ帰るときなのだ。そして劇中いわれたように、神は不在だ。常にどこかへ出かけている。

神が不在の街で生きる娼婦は、理由があったりなかったりで盗みを働いたり、ひとを殺したりする。理由がなくても大家は彼女をかわいがり、同時に蛇蝎のごとく忌み嫌う。監視員は自身に危機が及ぶと理解し乍らも恋に落ちる。緒川さんの魅力はそうして描かれる。聖人でも俗人でもなく、天使でも悪魔でもなく、それが人間なのだと示す。人間に魅入られる北村さんも人間くさい、魅力的な人物像だった。

野間口さんと近藤さんは、複数の役柄を通して劇中世界のMCのような役割を果たす。ふたりの落ちついた、静かでいてよく通る声が効いている。犬山さんと山内さんがシリアスなシーンを笑いに展開してくれる。ともすれば気が滅入る解釈に偏ってしまいそうなところ、随分助けられた。ケラさんが描く架空の国の文化や、通貨、単位、いきもののネーミングがとても好きなのだが、それも現実を虚構として観る助けになった。今回はミツクビガメにズキュン。み、見たいミツクビガメ! 名前がもうむちゃかわいい! 鈴木光介さんの音楽も素敵でした。篠井さんの歌声がずっと耳に残っている。

プロジェクションマッピングという言葉が一般的になるよりもずっと以前から、ケラさんは映像とムービングによるセノグラフィーに意識的だった。映像の上田大樹さん、振付の小野寺修二さんと組むようになってから、それはますます磨かれていった。世田谷パブリックシアターというハコにおいて、それらが見事な形で結実した。スケジューリングはたいへんだろうけど、キャストを誰ひとり変えることなくいつか再演してほしい。そのとき世界はどうなっているだろう。

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・ケムリ研究室no.3『眠くなっちゃった』東京公演10月7日(土)18時公演より開幕及び9日(月祝)18時追加公演決定のお知らせ(10月5日更新)┃【公式】株式会社キューブ オフィシャルサイト
no.1『ベイジルタウンの女神』no.2『砂の女』ときてケムリ研究室も3作目。コロナ禍のなかで旗揚げ公演を行い、その後も茨の道を進む。ケラさんは「どの作品でも皆たいへんだ」といいそうだけど、今回のアクシデントは想定外過ぎた。劇場設備のトラブルで、初日からの7公演が中止になってしまった。急遽追加公演をねじ込んだとはいえ、半分近く休演になるなんてな…なんてことだよ……どんなに悔しかっただろう。怪我人等出なかったことは本当によかった

・キャンセルのお知らせや払い戻しの手続きに関わる制作費は勿論だけど、ケラさんのツイートを見ていてキャストのお弁当とか、そういうものも7公演分が損失してしまったんだよなあと思う。なんとか補填出来るといいが……

・お茶でもしようとちょっと早めに三茶へ行き、キャロットタワー周辺を散歩していたら、マチネ終わりの観客がどどっと出てくる。ソワレの開場迄1時間あるかないか。この時間で客席を整えるスタッフはたいへんだ。ケラさんの舞台は大概そうなんだが。演者さんもほぼ劇場にカンヅメなのではないだろうか。残りの公演、全て無事に終わりますように