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2023年09月03日(日) ■ |
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小林建樹 ワンマンライブ『BLUE MOON 〜不思議な夜をご一緒に』 |
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小林建樹 ワンマンライブ『BLUE MOON 〜不思議な夜をご一緒に』@Com Cafe 音倉
分析〜実験〜検証〜実験を繰り返す。しかしその種がコンプレックスによるものから、というのは意外だったし、以前だったら話さないことだったのではないだろうか。話す機会がなかったともいえるが。
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下北沢駅の改札を出ると、いつもとは違うトーンの喧騒。ホイッスルの音頭と、わっしょい、わっしょい、という掛け声が聴こえてくる。会場であるCom Cafe 音倉の前も神輿の通り道。笑顔で練り歩く法被姿の集団を、通行人がスマホで撮影している。数年ぶりのお祭りで、地元のひとたちはとてもうれしそう。
会場内は外の騒がしさからは無縁の世界。開演時間を5分程過ぎた頃、少し緊迫したアナウンスがスピーカーから流れた。このくらいのキャパの会場でわざわざマイクを使って? 何事かと身構えていると、配信トラブルで開演がもう少し遅れるという。
珍しいことではないのでそうなんだ、くらいに思い、そこからさほど時間も経たず開演したのだが、小林さんが最初のMCで「配信の方ごめんなさいね、あとで……」みたいなことをいう。んん? インターミッション中にメールを開けると、今回の配信を行っているtigetから『主催者からのお知らせ』が届いていた。どうやら“ライヴ配信”が出来ないということだったらしい。つまりリアルタイム視聴が出来ず、アーカイヴ映像をライヴ後に配信する形になったとのこと。
ライヴ終了後にtigetから改めてメールが届いた。本来は七日間だったアーカイヴ視聴期間を二週間に延長するとのこと。「本公演は素晴らしいライブでしたのでどうか繰り返してご視聴のほどお願い申し上げます。」と書かれていたところが好もしかった。
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という訳で観る側は呑気に待つだけだったのだが、バックステージは結構ワタワタしていたのではないだろうか。出てきた小林さん、後ろ髪が一房ハネている。たまたまだろうが、なんだかお風呂から慌てて出てきたみたいでつい笑ってしまう(失礼。いや、かわいくてね)。いつもとはちょっと違う雰囲気のなか演奏が始まった。面白かったのは、小林さんの挙動がなんだかペンギンみたいになっていたこと。ギターを弾くときに、ヨチヨチといった音が出そうな足踏みをしている。BPM120くらいの楽曲が続いていたからというのもあるが、ひとつひとつのテンポを確認し乍ら、マーチのように前進しているようだった。その歩みとともに、配信大丈夫なのかな? と不安になっていたフロアも落ちついていったように思う。
足踏みなので立ち位置は進まないが、時間は進む。生まれた先から消えていく音楽は、水に絵を描くような時間の芸術だが、それによって刻まれた記憶は聴き手の心に残る。
ライヴが行われる季節や日程に合わせたタイトルと、それに沿った構成、選曲は毎回の楽しみ。しかし今回の『BLUE MOON 〜不思議な夜をご一緒に』は、タイトルが発表された時点で期待せずにはいられなかった。“不思議な夜”というワードが入っている。2ndアルバム『Rare』収録の曲だ。『Rare』は小林さんとの出会いのアルバムで個人的に思い入れがある。特に「不思議な夜」「トリガー」は、ダークトーンの曲調、切迫と焦燥に満ちた歌詞とヴォーカルに惹かれ、当時繰り返し聴いていた。しかしご本人が「2ndは本当に作るのが苦しかったアルバムで、演奏すると当時のことを思い出してしまう」「アルバムジャケットの写真、死相が出てるとか遺影とかいわれてた」と仰っていたことが気になっていた。その冥さを魅力に感じた自覚があった。
これは軽々しく2ndの曲やってほしい〜とかいえないな。音源はあるし、ライヴも当時聴けたのだからそれで充分なのかも、なんて思っていた。『Rare』からは「祈り」しか演奏しない時期も長かったように思う。
思えば3rd『MUSIC MAN』が出たときは、アルバム制作費について生々しい話もしていた。ご本人のキャラクターもあり(関西弁というのも大きい)、決して不快にはならない話し方だったのだが、「レコード会社は音楽を売ることによって利益を出さなければならず、それはアーティストにとって決して良い影響ばかりではないのだ」と思ったことを憶えている。しかし、メジャー時代にこういった制作のノウハウとやりくりを学んだことは、その後小林さんが個人で活動するにあたって役立っているともいえる。『Emotion』が出たときのライヴで、前のアルバムの売り上げが新しい作品の制作費になるという話から「お金、だいじですよね」と話していたことを思い出す。
そして何より、メジャー在籍時より演奏も声も安定している。ライヴのスケジュールを自分で組めるようになったからでもあるだろうが、今は公演日に合わせ、しっかりコンディショニングすることが出来るのだろう。
近いところでいうと、メジャーから離れた高橋徹也、山田稔明も、ときどきライヴのMCやブログで今だからこそ振り返れる当時の経験を語っている。曰く「莫大な制作費(広告費等も含む)がかかっていたことを後で知った」「(メジャーとの)契約がなくなって一番お金がない頃、たくさんのレコードや機材を売った」。そんなふたりは今、業界の制約から離れたところで、自分の作品をリスナーに届けるために最適な環境と個性的な企画を次々用意し、日々精力的な活動を行っている。そして高橋さんも山田さんも、体調について、ライヴに向けてどういった準備をするかについて話す。フリーランスであること、音楽で生きていくことへの自負を感じる。
今はwebを通して個人で作品を発信出来るツールが増え、そこから利益を得ることも出来る。そうしたシステムが発達する過渡期から試行錯誤を続けてきた音楽家たちに、改めて尊敬の念を抱く。
話がまた逸れていると思うでしょう、いやいやこれが「魔術師」に繋がるのだ(笑)。6月に発表され、この日がライヴデビューだった新曲は、不安な今の社会につけ込む輩を魔術師に喩えたものだ。曲を紹介するときのMCで「輩」「許せない」という強い言葉を使っていた。そこには確かに怒りの感情があった。社会は確かに便利になっている、しかしその裏では、儲かりさえすればいいと考えるひとたちもいる。バズりさえすればいい、注目を集めればこっちのものと、甘くてわかりやすい、おまじないのような言葉を使ってひとを騙す。
あ〜ホント腹立たしい。なんて凡人はストレートに思ってしまうが、そこは音楽の魔術師(といってしまおう)小林さん、こうした“不安”や“怒り”の感情を作品に昇華する手腕が光る。社会の、人間の闇を見つめ、そこに光をあてる。持っている力を善悪どちらに使うのかという話だ。しかしここでいきなり『エコエコアザラク』の話を出すが(なんでや)、邪悪なものこそが悪を吸収することもある。さて、小林さんは白魔術師か黒魔術師か。どちらに振ることも出来る複雑さが、やはりこのひとの能力であり魅力なのだ。それは同じくこの日がライヴデビューだった「cau cau」もそう。ネットショッピング依存の危うさが人なつこいメロディにのせ唄われる、非常にユニークかつ印象に残る曲。
語感や響きを優先するので意味が通じない歌詞になったりするんだけど、「魔術師」や「cau cau」は違った、といっていた。昨年から「ライヴを再開」し、意欲的に制作を続けていることに、やはり意志を感じる。いいたいことがある。知らせたいことがある。
そして、ライヴを再開してからのMCでは、後日談的な話が多いことにも気付かされる(「キャベツ」が生まれた経緯はもっと前に話してたか?)。「cau cau」に際しての、今は落ちついたけどネットショッピングにハマっていた時期があった、という話もそうだが、この日いちばん興味深かったのは、「他人に提供する曲と自分の作品の完成度が同じにならないことがコンプレックスだった」ということだった。松浦亜弥さんに提供した「灯台」(!)を唄う前に話したこと。
提供曲には自分のなかにあのアーティストのあのヒット曲、といったお手本的なものがある。真似している訳ではなく、コードやリズム等仕組み的なものがあり、それに沿って作る。80〜90%くらいに迄仕上げて納品出来る。対して自分の作品は、70%くらい迄しか仕上げられない。完成後もライヴでいろいろ試し続ける。すると正解と思えるものが見えてくる。でもこれがコンプレックスで、なんで自分が唄う作品と、ひとに提供して唄ってもらうものに違いが出てしまうんだろうとずっと思っていた、というのだ。
これが冒頭に書いたエウレカ! だった。視界が開けた気分だった。どうしてこうも分析〜実験〜検証〜実験を繰り返すのだろうと不思議に思ってはいたのだ。勿論このひとの作る曲にはそれだけの多面性がある。そして毎回楽曲と演奏の違う面を見せたい、ライヴは文字通り生きものなのだからということ、自分の楽曲にはそうしたプリズムのような魅力があることを、実演で聴かせたいという気持ちがあるのかなと思っていた。当の本人は、ひたすら完成や正解を追い続けていたのだ。楽しいからやっているというより(やればやる程いくらでも発見があるだろうから楽しくはあるだろうが)やはり探究だ。
これは〜……その探究をずーーーーーっと続けてもらいたいなあなんて残酷なことを思ってしまうな(笑)。同じ楽曲の弾き語りでも、ピアノのときとギターのときがある。鍵盤と弦の違いを確かめているのかも知れない。そんなん、聴き手からすれば両方聴きたいに決まってるだろうがよ〜。聴き手の業が深いともいえるが、同時に小林さんのアーティストとしての業の深さも見てしまった感じだ。
「正解」という言葉を「ジャスト」に置き換えてみるともう少し理解出来る。ご本人にはああ、これだ! と、パズルのようにピタリとハマるコードとリズムがあるのだろう。しかし聴く側からすればどのパターンも興味深く、魅力的で、エキサイティングなのだ。どれも正解に聴こえる(笑)。それこそ「みんなちがって、みんないい」(みすゞ)というやつだ。
そして恐らく、ご本人がいくら正解を探し続けても、曲の方がそうさせないのではないか。そんな曲を作ってしまっている。やはり彼は怪物だし、生み出されるものも怪物なのだ。曲単体だけではない、曲間のブリッジも毎回変える。その度景色が変わる。作曲とアレンジは地続きになり、新しい物語がいくつも生み出されていく。
それにしても、ご本人はコンプレックスだといっていたが、これだけ複雑な要素を持つのに表出がポップな自分用の曲を、他人が唄うのは難しいのでは……。平山みきの『鬼ヶ島』の話思い出しちゃった。これ近田春夫プロデュースで、作・編曲と演奏がビブラトーンズ(=人種熱)のアルバムなんだけど、窪田晴男たちが凝りまくったアレンジでバックトラックを作って、「こんなオケじゃ唄えない」と平山さんが泣いたのを見て「勝った!」と喜んでたという逸話があり……若気の至りだったと後日窪田さん反省されてましたが(笑)。最終的に平山さんはこれを唄いこなした(すげえ)。名盤です。
ということは、高橋徹也は平山みきなんだな(!?)。1月の高橋さんとのライヴで「満月」を共演する際、「自分の歌をクセのある声のひとに唄ってほしかった」と話していたが、高橋さんの澄んだ声による「満月」は格別だった。今の小林さんは、(提供曲ではなく)自身の作品を他人が唄うとどうなるか、という方向にも興味がいっているようだ。お、この種はだいじに育てたいな……私がいうのもなんだが。
ポリリズムの検証は一旦落ちついたようだ(この日の選曲によるものかもしれないが)。コードの一音一音、リズムの一拍一拍を確かめるように演奏する。そこに一瞬のひらめき、新しいアイディアを反映させていく。ギターにカポをかまし、高音のピッキングを聴かせる。転調をギターでもピアノでも使う、『君たちはどう生きるか』で久石譲のミニマルミュージックに衝撃を受けたと実演し乍ら話し、そのあとの演奏で同じコード進行を挿入する。「どう?」というように客席に微笑む。パーカッシヴなヴォーカライズから地声のスクラッチを聴かせる。「正解を探す」旅に同行させてもらえるうれしさを噛みしめる。
待望の「不思議な夜」は、なんとピアノ! 音源ではアコギのカッティングが印象的なあの曲を、だ。「不思議な夜ご一緒に、ってなんやねん」とセルフツッコミされてましたが、そこから恋愛だと思うんですよねと繋げていた。「ひと月に満月が2回あった(=ブルームーン)」8月を振り返りつつ夏を見送る。秋の気配はまだ遠いが、夏の名残と「SPooN」を聴けてうれしかった。
セットリストは名古屋公演終了後に。
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setlist
Ag: 01. COLONY(『青空』) 02. Am6(『Shadow』) 03. 満月(『曖昧な引力』) 04. cau cau(『Mystery』) 05. From Yesterday(『Mystery』) 06. 魔術師(新曲) 07. Silence(『Music Man』) --- Pf: 08. Sweet Renndez-Vouz(『曖昧な引力』) 09. 祈り(『Rare』) 10. 灯台(松浦亜弥提供曲) 11. 夏の予感(『Music Man』) 12. 3minutes(『Rope』) 13. 不思議な夜(『Rare』) 14. 花(『青空』) 15. SPooN(『Rare』) encore 16. ペルセウス(新曲) 17. 最初のメロディー(『Blue Notes』)
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その他。
物販はライヴ終了後。お品書きは開演前に発表されていたので、あちこちから「アクスタ!?」という声が聴こえザワザワしてた(笑)。こういうフレーム型のがあるんですね。というかこちらが本来のアクスタなのではないか
レコードジャケット飾ればいいじゃんといわれてしまうとぐうの音も出ないが、アクリル板を持った高橋さんがアクリルスタンドになっているというところがアートでですねとだんだん当初の趣旨から違うものに……高橋さんのプロポーションがアクスタにピッタリという話からじゃなかったのか
・衣裳はアロハ2種にジーンズ、ニューバランスのスニーカー。あとビーズのチョーカーみたいなの着けてた。爽やか
・「先月は病に臥せっておりまして」「咳が酷かったので不安だったんですけど大丈夫でしたね」……いやちょっと血の気がひいたわ。いわれなければ全く気づかないくらい、強くクリアな歌声でしたが……。水飲む回数も少なかったし。あの声が失われなくてよかったと胸を撫で下ろした。いやホントおだいじにですよ……
今年のフジでアラニスを聴けたことでいろいろと記憶の扉が開いたな〜。アラニスに出会えてよかった……。そしてこの日は私に小林さんを教えてくれたにゃむさんと久々に会えてうれしかった! 開演前姿が見えず心配していたら、名古屋遠征帰りでギリギリの会場入りだったとか。間に合ってよかった〜
・フェイクニュース、おまじないのような言葉。先週ジョンジェさんもいってたなー。表現を生業とするひとたちが警鐘を鳴らしている。受けとるこちらも気をしっかり持たないと、なんてことを思う
(20230912追記) ・夏のライブ、唄い終えました♬┃小林建樹オフィシャルサイト アルバム制作も大詰めのよう。楽しみにしています!
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