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2021年10月14日(木) ■
BÉJART BALLET LAUSANNE JAPAN TOUR 2021『バレエ・フォー・ライフ ─司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま』
BÉJART BALLET LAUSANNE JAPAN TOUR 2021『バレエ・フォー・ライフ ─司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま』@東京文化会館 大ホール 振付・演出:モーリス・ベジャール 音楽:クィーン / W.A.モーツァルト 衣裳:ジャンニ・ヴェルサーチ 前回観た2006年の公演 (ゆうぽうとホールももうないねえ)では、ドクターストップがかかり渡航を断念したベジャールに代わり、フィナーレ「ショウ・マスト・ゴー・オン」のセンターをジル・ロマンが務めたのだった。ベジャールは翌年亡くなり、最後の来日は2004年となった。今回ジルが姿を現したとき、彼を待っていた、というようなどよめきと拍手が起こった。ジルのもとへひとりずつ駆け寄ってくるダンサーたち。キスし、ハグし、握手する。拍手は幕が降りる迄、幕が降りたあともずっと続いた。 ----- 2019年の頭だったか、映画『ボヘミアン・ラプソディ』 がロングヒットしていたタイミングで『バレエ・フォー・ライフ』の来日公演が発表された。それから延期に次ぐ延期、長かった……待ちに待った。その間、多くのひとが亡くなった。フレディ・マーキュリーとジョルジュ・ドン、そしてウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。若くして亡くなったアーティストたちを悼むこの作品も、普遍と現在を持ち合わせている。白いシーツは人々の身体に休息を与え、翌朝の活力をもたらす。あるいは死後、その身体を包む。果たしてダンサーはシーツのなかで目覚め、それを投げて駆け出し、再びシーツをひろげて永い眠りにつく。美しい日、素晴らしい日、でも、ときどき絶望的な気分になる。フレディが唄う。ショウをとめるな、幕を降ろすな。 所謂クイーンのヒットパレードではない。ライヴテイクも多く、ブライアン・メイのギターソロ(マジックのようなその演奏に改めて惚れ惚れする)だけで構成されているパートもあり、ユニークな選曲でもある。最後の「ショウ・マスト・ゴー・オン」はライヴテイクではなく、一瞬考えて「そうか、フレディはライヴでこの曲を唄うことはなかったんだ」と気づく。間に入るモーツァルトも効果的。 「ブライトン・ロック」「コジ・ファン・トゥッテ」の大橋真理にシビれ、「カインド・オブ・マジック」でのリロイ・モクハトレのウォーキングに、「ゲット・ダウン・メイク・ラブ」の大橋真理とガブリエル・アレナス・ルイズのパ・ド・ドゥにため息が漏れる。「ウインターズ・テイル」で舞う羽毛が客席に届く。ヴィト・パンシーニのまとう雰囲気に目を奪われる。 そしてジュリアン・ファヴローのフレディ、めちゃめちゃよかったな……花束みたいなかわいらしさ。フレディの言葉をなぞり、英語と仏語でメッセージを送る。フレディならではの奇天烈な衣裳もなんなく着こなし、バナナも被っちゃう。しかもそれがかわいい。キラキラした瞳で「ワ〜オ!」なんていう姿も愛嬌たっぷり。ヴェルサーチの衣裳も堪能。男性ダンサーが履くヒール、厚底のラバーソール、極彩色のドレスとモノトーンのユニフォーム、背中側が牛柄のようになっているウェディングドレス。キュート、セクシュアル、ビューティフル。彼も悲劇の死を迎えたひとりだ。 S:沈黙、孤独、スペクタクル。I:不確実性、孤立、理想。D:嘲弄、苦悩、距離。A:分析、苦悶、愛。AIDSは仏語だとSIDAになる。不思議と使われるイニシャルは同じだ。フレディとジョルジュの命を奪った病名を分解し再構成する。馴染みのダンサーも、今回初めて知った若いダンサーも(既にフレディやジョルジュの死後に生まれたダンサーもいる)、その身体を通して新しい『バレエ・フォー・ライフ』を見せてくれる。ベジャールのダンスとフレディの音楽は、こうして受け継がれていくのだ。 初日の緊張もあったか、「ミリオネア・ワルツ」のセットをスタッフが倒してしまったり(摩擦で床にぴったり張り付いてしまったようでなかなか起こせず、めちゃめちゃ焦っていた)、クライマックスでひろげるシーツが絡まってほどけなくなってしまうといったヒッとなるアクシデントもありましたが、それが作品の良し悪しを決める基準には全くならない。ミスをしてしまったのはエリザベット・ロスだったし、そんなのロベルト・バッジョがPK外しても誰も責めないのと同じですよ。この例えにもう世代を感じますね(…)。とはいえ、事故なく無事千秋楽を迎えてほしい。 ジョルジュ・ドンのことを「ドンちゃん」と呼ぶ先輩方が帰り道近くにいたのだが、「ブレイク・フリー」のところを「知らないひとが観たら何かと思うわよね、ちょっと長いわよね、怖いわよね」といっていて、密かに笑ってしまった。まあワタシも生身のジョルジュ・ドンには間に合わなかったし、知らない世代も増えただろう。今回の公演にはこども招待枠があり、お子さんの観客も多かった。彼らはあの獣のようなドンを見てどう思っただろう。帰ってから検索して、映像を見て、魅力にとりつかれて……ふふ、将来が楽しみですね。 数多の問題を乗り越え公演を実現させたバレエ団とNBSに、心からの感謝を贈ります。有難うございました。 -----VIDEO ・『バレエ・フォー・ライフ』の「ショウ・マスト・ゴー・オン」と大駱駝艦のフィナーレは私的二大カーテンコールです。何度観ても心が大きく揺さぶられる、平静ではいられなくなる 二度の延期もあったし偶然だと思う。それでもこの日、『バレエ・フォー・ライフ』の初日が開けたことには特別な意味を感じてしまうな・モーリス・ベジャール・バレエ団 ジル・ロマン インタビュー┃NBS News ウェブマガジン 「もう私は踊りませんが、最後の『ショー・マスト・ゴー・オン』には出演します。生前にベジャールが出ていたシーンです。私が演じていた役はガブリエル・アレナス・ルイスが演じます。他にも、馴染みのダンサーとともに若手ダンサーがダブルでキャスティングされ、日本のお客様の前でソロを踊ることになるでしょう」・【小林十市、特別インタビュー】初演キャストが語る、ベジャール作品の魅力┃NBS日本舞台芸術振興会 「初演メンバーの中ではエリザベット・ロスがまだ同じ役を踊っています。20年同じ役を踊り続けられるってのは本当にすごいことです」 (クイーンの生演奏で踊った話)「パリの初演のとき、クイーンもきてくれましたがその1回だけですね。そりゃあ、エルトン・ジョンが歌うわけですからいつもと違いますよ(笑)。ベジャールさん自身が一番興奮していたんじゃないかな」 (20211019追記) 引用のテキストは昔どこかで読んだ憶えがあるけど、映像初めて観られた。感謝。知の巨人でもあったベジャールの作品をより深く知る道は険しい