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2021年01月09日(土)
東京バレエ団『ニューイヤー祝祭ガラ』

東京バレエ団『ニューイヤー祝祭ガラ』@東京文化会館


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「セレナーデ」:沖香菜子、金子仁美、中川美雪、秋元康臣、ブラウリオ・アルバレス
「ディアナとアクテオン」パ・ド・ドゥ:涌田美紀、池本祥真
「タリスマン」パ・ド・ドゥ:秋山瑛、宮川新大
「ドン・キホーテ」グラン・パ・ド・ドゥ:伝田陽美、柄本弾
「ボレロ」:上野水香
指揮:井田勝大
演奏:シアター オーケストラ トーキョー
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実は当日、入場したら練習する弦や菅の音が聴こえてきてそこで初めて生オケだと知ったのでした。演目だけ見て反射でチケットとったのでな……オーケストラピットから指揮者の方が両手を大きく振る。それだけでもう笑顔。

という訳で上演順も知らなかったのですが、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ(「弦楽セレナード ハ長調 作品48」)で幕開けだったもんでもう鳥肌です。「セレナーデ」は初見でしたが、なんて美しい群舞、照明、衣裳! そのうえドラマティック。ひとりのダンサーが転倒して打ちひしがれるように泣き出したり、ひとりがこそっと遅れて入ったりとユーモラスな場面も。なんでもバランシンがレッスン中に起きたことを振付に取り入れたのだそうです。

「セレナーデ」が45分くらいの作品で一幕。休憩を20分はさみ、二幕は一気に四作品。「『ボレロ』の前に転換のため5分ほど空きますが、そのままお待ちください」というアナウンスがありました。

「ディアナとアクテオン」はあれですよ、ギリシャ神話の。狩人のアクテオンに水浴を見られたディアナが彼を鹿に変えちゃって、アクテオンは自分が連れてた猟犬に喰い殺されるっていう……つくづくギリシャ神話って理不尽ですね。池本さんを観るのは『M』に続いて二度目。また「死」なのかーい(いやそういう役柄好きなんですが演技的に)と思いましたが、惨事が舞台に載ることはありませんでした。それにしてもスケールの大きなジャンプ。いやあ、ホント空中を掴まえるダンサーだ。これみたいでしたよ、鹿だけに(笑)↓

あとこの方、感情表現もいいですね。わあ、森〜⤴! 狩り〜⤴! みたいな顔してニパーって笑うのが微笑ましかったです。

涌田さん演じるディアナは狩猟の女神の象徴としてちいさな弓を持っているのですが、それを持っての踊りがときにアイドルにも見える程キュート。弓を射るとき、バキューンて聴こえそうな感じ(弓だけどな)。アクテオンが猟犬に襲われる(涙)場面を描いた背景幕も存在感ありました。

「タリスマン」は短い演目ですが見せ場も多く、異界の恋を踊る秋山さんと宮川さんに次から次へと拍手がわきました。そしてこれがすごかった、「ドン・キホーテ」。伝田さんも柄本さんもひとつひとつの動作がタブローとしてキマるキマる。技術面といい華やかさといい、まさに「祝祭」にふさわしい演目でした。キトリ(伝田さん)が扇子を閉じたり開いたりする毎に「パン!」「パリッ!」という音が聴こえ、それがキトリの気風のよさとして響きました。いや〜格好よかった!

転換の数分を待つ客席の静寂。そこには「ボレロ」を観られるという期待の他に、今この演目を観ることに対しての緊張感もあったように思う。本公演の惹句は「不安な時代にエールを贈る、“元気が出るバレエ・ガラ”!」。『ニューイヤー祝祭ガラ』の開催が急遽決まった背景には、やはりコロナのことがある。しかしチケット発売後、みるみるうちに感染者が増えていった。10日に開催予定だった新国立劇場バレエ団『ニューイヤー・バレエ』は6日に中止が決まり(入場前ごはん食べてたとこでもロビーでもこの話題が聞こえてきたなあ……)、8日には緊急事態宣言が再発令。バレエ団からはSNSやメールで「予定通り公演します」「連絡先ご登録のお願い」といったメッセージが何度も届いた。三日前は大丈夫でも二日前、前日は? いや、当日になって中止が決まるかもしれない、と落ち着かない日々だった。「新年を寿ぐ」ニューイヤー・ガラが、こんなにも危うく感じられるとは。

そして「ボレロ」は、いつからか特別な儀式としての意味合いも持つようになった。東日本大震災が起こった十年前、シルヴィ・ギエムが『HOPE JAPAN』というツアーで来日し、「ボレロ」を踊った。「日本との絆を再確認するため」、「日本を心から愛したベジャールの魂をつれてくるため」というメッセージだった。「ボレロ」は観る者を勇気づけ、力づける。「災厄を祓う」という願いも込められるようになった。そういえば、上野さんのボレロを観るのは震災一ヶ月前の公演以来、十年ぶり。会場へ向かう電車のなかで、重松清の『おまじない』を読んでいた。偶然とはいえ、やはり震災のことを思い出さずにはいられなかった。

顔にかかった髪を振り払う。上野さんの踊るボレロは、本来の振付にはない箇所にも美しさを見出せる。だよなあ、そのままだったら貞子みたいになっちゃうもの(笑)。そういえば前回観たときは、ネイルが光る様子や、爪か指にひっかかった髪の毛がちぎれて飛び散る瞬間が鮮明な記憶として残っている。表情も豊か。官能的でエモーショナル。十年前に観たときとは違い、余裕も感じる。そんなメロディに付き従うリズムがまた、際立った仕上がりだった。こんなにリズムに惹きつけられたのも初めてだ。円卓を取り囲むリズムのなかから、4人のダンサーが入れ替わり乍ら正面に出る場面のキレが素晴らしい。昨年『M』を十年ぶりに上演したことと無関係ではないだろう。ベジャールの作品を多くレパートリーに持つ東京バレエ団、これからも上演し続けて欲しい。

「ボレロ」は単調なフレーズの繰り返しで盛り上げていくというシンプルな構成上、演奏者のスキルが顕著に現れる。これ迄観た生オケでの「ボレロ」で、ファゴットかオーボエかトロンボーンかホルンがやらかさなかったことって数える程しかない……今回もヒヤッとするところがありましたが、リカバリが抜群。バレエ公演での演奏を主とする、シアター オーケストラ トーキョーの底力を見た思いです。

急遽決まった公演だけど充実のプログラム。観られてよかった。“元気が出るバレエ・ガラ”でした!

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・〈ニューイヤー祝祭ガラ〉急遽開催決定! 上野水香、コロナ禍のいま『ボレロ』を踊る決意┃NBS News ウェブマガジン
・【鑑賞眼】東京バレエ団「ニューイヤー祝祭ガラ」 上野水香の祈りのボレロ┃産経ニュース

・今「ボレロ」を踊れる日本のダンサーって、現役だと柄本さんと上野さんだけなんだっけ? 現役っていい方も変だが……今ってジル・ロマンが許可出すの?

・ちなみに本公演、新国立劇場バレエ団『ニューイヤー・バレエ』ともに「Go Toイベントキャンペーン」対象公演でした。『ニューイヤー・バレエ』は11日に無観客公演ライヴ配信があったのですが、その日は外出していたため観られず(無料なのでわがままいえないけどアーカイヴしてほしかった……)。ペンギンパンツを履いて「ペンギン・カフェ」を観に行く夢も叶わず

・ブラボーじじいについて。あれどうにかならんか……『M』でもそうだったんですが、再三アナウンスされているにも関わらずいなくならない。この日は具体的に「『ブラボー』などのお声がけはご遠慮ください」と迄注意があったのに。途中からは指笛になったけど、「ブラボー」じゃなきゃいいって意味じゃねーんだよ、飛沫が問題なんだよおおお。歌舞伎の大向こうも皆無だというのに。対処法はないものか