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2020年01月18日(土)
『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』

『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』@K's cinema


思いっきり誤字ってますがファイト手ヘルマー→ファイト・ヘルマーですよ……。

『ツバル』はオールタイムベストに入るくらい好きな映画なのだけど、思えばこの映画も実のところ社会は厳しく人生は寂しい、が、という物語だったなあ。ツバルもいずれ海の底。『死ぬまでの短い時間』という岩松了の舞台があるが(いいタイトルだなー。人生全てこれに尽きる)、その時間ひとは何を選びどう過ごすか。いとしいいとしい、愛すべき映画。

ルーティンは列車の運行。事故なく怪我なく日々無事に終えるのが使命。この列車が実に味わい深く、走る場所も味わい深い。キリル文字のようなものが書かれているが、どこの国だろう? 時折英語表記が見つかるが、それは「HOTEL」という文字だったりするので、旅行者のためといってもいいだろう。そのホテルにも、果たして外国からの旅行者がいるかどうか……。列車は広大な山地を走り、やがて町中を縫うように通過する。

その集落と列車の距離感がすごい。民家すれすれを走る江の電くらいの近さです。しかし列車は江の電のようなかわいらしいものではなく、20両くらいありそうな大型、年季の入った貨物車輛。ダイヤは比較的閑散としており、一日に数本しか走らないようだ。よって普段、線路は町の交流場になる。線路の真ん中にテーブルを置いて語らい、線路をまたいで洗濯物を干す。ひとたび信号が変わると、少年が笛を吹いて列車の到来を伝え走る。ひとびとは慌ただしくテーブルを片付け、洗濯物をとりいれる。ほどなく警笛を鳴らし列車がやってくる。ときどき間に合わなかった洗濯物が車輛にひっかかる。主人公の運転手は一日の仕事が終わると、車輛に付着したゴミを取り払うとともに、必要そうなものは持ち主に返しにいく。定年間近のある日、車輛にひっかかっていたのは繊細なレースに縁どられた淡い水色のブラジャーだった。

ブラジャーの持ち主を探して歩く? 訪ねてこられた家のひとが彼を迎え入れる? 警戒心というものは……と思うも、観ていくうちに、彼がずっとそうしてきたこと──おとしものを律儀に返却してまわる──を町のひとたちは知っているのだということに気付く。そして、迎え入れる女性たちにはそれぞれ理由があることにも。そして、やっぱりそれだけでは終わらない。運転手は定年退職を迎えたひとりもの。列車の到来を知らせる少年は犬小屋のようなところにひとり暮らしている。未亡人は天気がよい日も暗い屋内でむせび泣く。閉鎖的な集落は、孤独な人間に嘲弄と暴力で襲いかかる。

しかし孤独な者同士が寄り添えば? それを見せてくれる結末にほろり。甘いだけのファンタジーではないのだ。この世界の住人たちの日常を想像する。物語のキーであるブラジャー、深い緑の山並み、きらめく川面。色とりどりの風景を、カメラは近く遠く捉える。聴こえてくる音に言語はない。架空の場所、架空の登場人物たち。それでも彼らが、今もずっと穏やかで幸せにくらしていることを祈る。

主演は『アンダーグラウンド』のミキ・マイノロヴィッチ。『ツバル』にも出演したドニ・ラヴァン、チュルパン・ハマートヴァと皆さんツラ構えが素敵。少年は現地で出会った子どもだそう。撮影はアゼルバイジャンとジョージア。線路スレスレの集落はアゼルバイジャンの上海地区というところで、再開発により今は消えてしまった。ヘルマー監督は「死ぬまでの短い時間」を捉える名手なのだ。

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・The Bra, Trailer┃Veit Helmer


・映画『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』予告┃CURIOUSCOPE


・作品紹介【ブラ物語】┃第31回東京国際映画祭(2018)
一昨年のTIFF上映を逃していたので、一般公開を待っていたのでした。このときの邦題は『ブラ物語』、原題は『The BRA』

・イヴェントレポート【ブラ物語】┃第31回東京国際映画祭(2018)
監督の「彼が探し求めていたのは、完全なる幸せで、それが最終的に見つかったとそういうストーリーだと解釈しています。主人公の彼は一緒に釣りに出かけることができる孫を見つけたと、ある意味ショートカットで見つけられたんです」「どうしても年老いた深みのある俳優を主人公に据えたかった。どうしてかといえば、その都度、美しい女性を訪れて内密な領域に入った時に、『性的な関係を持つのでは?』という邪念を観客が抱くことを避けたかったからです」というコメントにホッとする

・ブラにちなんでランジェリーブランドやラブコスメとのコラボグッズやプレゼントがありましたが、観た初日初回はどちらかというと男性客が多かったような……(笑)