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2019年07月19日(金)
『工作 黒金星と呼ばれた男』

『工作 黒金星と呼ばれた男』@シネマート新宿 スクリーン1


あの状況での「僕と冒険しませんか?」……名台詞!

原題は『공작(工作)』、英題は『The Spy Gone North』。2018年、ユン・ジョンビン監督作品。「黒金星」はブラックヴィーナスと読みます。工作員のコードネームですね。北朝鮮の核開発について調査するため、韓国から送り込まれた韓国国家安全企画部(ex. KCIA)の工作員。長期的、慎重な根回しの末、北の対外経済委員会所長の信頼を得た彼はときの最高指導者・金正日と接見する機会を得るが……。

「黒金星」ことパク・ソギョンのモデルは実在する(後述)。映画どこ迄が史実か、それは判らない。金大中が大統領になったのは事実、その裏で北と南に取引があったのは事実。しかしその取引の内容は闇のなか。祖国に命を捧げると同時に祖国を疑うことになる黒金星は、国の捨て石になるものかという意地よりも、真実を知りたい、間違っていることに加担したくない、それこそが国のためになるという気持ちを優先させたように見える。それは恐らく所長も同じ。だからふたりは「冒険」という大博打を打つ。

序盤と終盤はかなり圧縮、開巻15分もしないうちに北朝鮮側が接触してきて、40分程で平壌に入っている。黒金星が北を出国してからの十年も嵐のような展開、そして濃厚。対して中盤はじっくり見せる。黒金星と所長が駆け引きを通じ、お互いの信じる「国」と「信念」を通じて徐々に信頼関係を築いていく様子を、対話で丁寧に積み上げる。カメラはものいわぬ人物の顔にこれでもかと接近する。そしてここぞというタイミングで、その表情すら窺えないくらいのひきで撮る。観客はふたりに浮かんでいるであろう表情を想像し、胸を熱くする。なんて粋で、効果的な演出。

黒金星はファン・ジョンミン、所長はイ・ソンミン。ふたりは「無」にすら映る表情を見せる。黒金星は工作員、所長は独裁国家の人間という理由からのそれだが、黒金星はときに「演技」として感情的な面を露にし、所長は「本音」として終盤の激情を見せる。他の誰も知らない秘密を共有し、二度とない時間をともに過ごした、友というにはあまりにも運命的なふたりの、抑制と解放の表現が素晴らしい。ふたりの人生を現したかのような偽物のロレックスと、矜持が刻まれたネクタイピンをそっと見せるシーンは万感胸にせまる。黒金星の上司をチョ・ジヌン、北の国家安全保衛部課長をチュ・ジフン。保身と野心の果てに破滅していくという対比が見事。『金子文子と朴烈』の水野役、キム・イヌがクスッとなる役で出てた。あとパク・ソンウンがいい味で……って出てるって知らなかったよ! いい役だなあれ!(笑)なんかノホホンとしててさ……そうそう、随所に見られるユーモアもいい。ジフンさんのクラブのシーンが見ものです。このとき一緒にいる北側幹部役が『新しき世界』にも出演していたキム・ホンパで、これがまあかわいらしい。このシーン、その後の彼らを思うとせつなさ倍増です。

多くは台北で撮られたようだが(何しろ韓国人は世界で唯一北朝鮮に入れない国民だ)、セットやCGによる北の街の描写が見事。半年程前に読んだ『TRANSIT』(42号:「韓国・北朝鮮 近くて遠い国へ」)で見た建物が次々と現れる。『タクシー運転手 約束は海を越えて』が1980年、『1987、ある闘いの真実』が1987年。韓国の近代史をほぼ10年区切りで見ていく。自分の記憶と照らし合わせ乍ら、徐々に身近な出来事として感じられるようになってくる。1996〜97年……まあ、まだ最近と感じるくらいには自分も歳をとっている。天神山のフジ行ったなー、富士山で電気グルーヴの「富士山」聴けて楽しかったなーとか。「富士山」、そんな前の曲か。色褪せないなー。

閑話休題。リアルタイムで目にした、知っていた出来事の「裏の裏の裏」(今作のキャッチコピー)が、現在韓国で次々と映画になっている。金大中夫人の李姫鎬が亡くなったのはつい先月のことだ。こうした題材の映画を撮ることが可能な状況になってきた、ということだろう。それはものいえぬまま消えていったひとたちに言葉を与え、世に発表していく意味もある。北の最高指導者が金正日から金正恩に代わった今、所長はどうしているだろう……。虚構を通し現実という真実を探る。登場人物たちを隣人のように思える作品でもある。韓国映画界、これからも目が離せない。そして振り返る、日本はどうだ?

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予告編

本国版予告編

・工作 黒金星と呼ばれた男┃輝国山人の韓国映画
ソンウンさん、友情出演だったのねー。ジョンビン監督がプロデューサーを務めた『華麗なるリベンジ』の縁かな

・コードネームは「ブラックビーナス」、故金正日総書記と面会した韓国人スパイ┃AFP BB News
黒金星のモデルとなったパク・チェソ氏のインタヴュー(!)。映画では足首にマイクを隠していたが、実際には……という箇所だけでも衝撃です。本国公開時の記事

・金正日氏と会った韓国人スパイ 酒勧められ…賭けに出た┃asahi.com
朝日新聞、20190722夕刊。web版は有料記事だけど参考に

・北朝鮮で金正日に肉薄したスパイ 実在の物語を“リアルなエンタメ”として描く方法とは?『工作 黒金星と呼ばれた男』ユン・ジョンビン監督インタビュー┃ガジェット通信
膝を打ちまくる

・【オフィシャルインタビュー】映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』ファン・ジョンミンへの11の質問┃韓流MPOST
「演劇のようにセリフがとても多いのですが、セリフを言い合っている姿が、アクションで闘っているかのように見えたらと監督は考えられていました。韓国でもこの作品の宣伝をする時は“マウス・アクション(=註:言葉のアクション)”という言い方をしていたくらいです」。マウス・アクション!(膝を打つ)

・90年代韓国に実在した対北工作員の物語『工作 黒金星と呼ばれた男』┃大場正明┃ニューズウィーク日本版
これは読ませる。関連書籍の紹介も

・緊迫した撮影やファン・ジョンミンの笑顔収めた「工作 黒金星」メイキング映像┃映画ナタリー
「ファン・ジョンミンの笑顔」何故これを見出しに(笑)

で、メイキング映像。あのシーンってCGだったの?!(レストランとか。グリーンバックで撮ってる)と驚かせられるところも


おまけ。つくづくヒイッとなるキャッチフレーズですわ。いろんな意味で

(20190811追記)
・見応えある熱演と緊迫感 実話に基づく韓国スパイ映画『工作』┃原田泰造 × コトブキツカサの「深掘り映画トーク」
原田さん、ジョンミンさん好きなんだねーって映画好きなのね、知りませんでした。とても突っ込んだ内容で面白い。この連載今後もチェックしよう!

(20190823追記)
・《北風》9招把台灣變北京!寶島團隊獨家揭密變身魔法┃CATCHPLAY On Demand
台湾ロケ地案内。「僕と冒険しませんか?」の橋はもうすぐ解体されてしまうそうです