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2016年05月29日(日)
『パーマ屋スミレ』

鄭義信 三部作 Vol.3『パーマ屋スミレ』@新国立劇場 小劇場

『鄭義信 三部作』の最後を飾るのは、1960年代、東京オリンピックの翌年の物語。年代順だと『たとえば野に咲く花のように』『パーマ屋スミレ』『焼肉ドラゴン』で、何故その順で上演しなかったんだろう? という素朴な疑問も浮かびますが、三ヶ月連続で鄭さんが演出だとあまりにも過酷だからかしらという推測に落ち着きました。鈴木裕美演出の『たとえば〜』を新国立で上演している間、『焼肉〜』は地方公演に出かけていたしね。

入場して、まず美術(伊藤雅子)にほおお…とため息がもれる。初演でもそうだったが、具象で徹底的に作り込まれ、そこで暮らすひとたちの息遣いまで伝わってくるような集落。瞬時にして観客を1960年代の炭鉱の町へとつれていく。そして三部作連続上演の妙味かもしれない、『焼肉ドラゴン』の家屋と間取りが似通っていることに気付く。おそらく基盤は同じもので、流用されているものも多いだろう。ぐるぐるとループのように繰り返される歴史をなぞるような感覚に陥る。

初演から役者が替わったのは、成勲と英勲の兄弟のみ。村上淳演じる弟は優しく引っ込み思案、少年の面影を残すいい男っぷりで、こりゃー大吉も惚れるよね。手づくりマフラー巻いてあげてよ! と思わず大吉の心境にぐぐっとよりましたよね……(笑)。それはさておき、あの優しさはあ〜この町では生きていけんな……という予感もまとっていてよかった。千葉哲也演じる兄=須美の夫はザネリ(@銀河鉄道の夜)ばりの意地悪っぷりで、それが九州男の意地と須美を思う気持ちのねじれから生じたものだとなかなか気付かせない巧さ。その意地っぱりな、情けなさっぷりが素晴らしかったです。あーホントにめんどくさい男ね〜(ほめてる)!

そう、劇中の須美が「朝鮮人なのに九州女」と言われるように、男も朝鮮人なのに九州男だわなと九州出身としてしみじみ思いました。あのーここでちょっと話逸れますが、どこの出身でも、どの地方でも、いいとことわるいとこってあるでしょう。だけど九州のイメージってわるい面が大きくとりあげられているように感じるのは被害者意識かしらね……。いちいち「これだから九州の男は…」とか「やっぱり九州の女は…」て言われるとうるせーバーカよけいなお世話じゃって思うんじゃよー! 鄭さんは姫路育ちだそうなので(本人曰く姫路城の近所だったので「高級石垣朝鮮人集落育ち」・笑)九州にどんなイメージを持っているかは判らないけど、今作は九州人のいいとこもわるいとこも両方描いてくれてるのがよかったな。というか嬉しかったな。

と、三部作中唯一初演も観ていたので、今回再演を観ることによって新たに気付いたことや、2016年に改めて観ることで感じ入る箇所も多かった。「滑走路を作るために人手が…」って台詞を聴いて「ああ、これから彼らは『焼肉ドラゴン』の世界へ旅立つんだな」と思えたこと。二幕が始まるまえの口上にあったように、今作の事故のモデルとなっている三井三池炭鉱は熊本県側にも坑口があり、その熊本が今被災していること。

そして、演劇だからこそのマジック。大人になった大吉(大大吉)が追憶の風景に立っていること。

劇中、須美がパーマ屋を開く夢を打ち明けたのはふたりだけ。ひとりは甥の大吉。そして夫の成勲。故郷を離れ、ファッションデザイナーの夢を捨てた大大吉は、追憶のなかで須美と成勲の会話に立ち会う。大吉だけが知っていたその店名を須美が成勲に告白するとき、大大吉は須美とともに「パーマ屋スミレ」とささやくのだ。

大大吉が、このときの須美と成勲の会話を知るはずはない。この光景は、やがて大大吉が迎える臨終の床で見る走馬灯になるかもしれない。いや、それとも。

夢とあこがれ、祈りと幻。それらをこんな形で観ることが出来る。演劇の、舞台のこういうところに惚れている。それにしても大大吉を演じる酒向芳マジかっけー。髪がネタにされてますが、そんなんどうでもいいねーってくらいプロポーションがよく立ち姿が美しく、そして声が魅力的。ファッションデザイナーの夢が叶っていればどんなにか……と思ったが、大吉時代の私服と手づくりマフラーを見る限りどんなに…なっただろう……ね? と違う意味で我に返りましたが。こういうとこ鄭さんならではの笑いどころですね。

前回に増して魅力を感じたのは須美の姉(長女)役・根岸季衣。周囲をも明るくするその陽性、強さ。『焼肉ドラゴン』の呉信吉(櫻井章喜が演じた人物)、『たとえば野に咲く花のように』のダンスホールの支配人(大石継太が演じた人物)にあたる人物だな、と思う。つまり理想の人物です。こういう心持ちで生きたいわ……。須美と英勲をそぉ〜っとふたりきりにさせるときの動作と表情、いたずらっ子みたい。かわいらしくて悶絶した。そして衣裳(前田文子)。華美な長女、派手ではないがセンスがよく、服をだいじに扱っている次女、質素極まりない三女。“三人姉妹”の職業だけでなく性格をも表すような、それぞれの服。

闘病中でもある南果歩を応援しているかのような空気が客席にあった。登場した瞬間ちいさな歓声があがる。それに応え「私は大丈夫」とでも言うかのように、南さんは声を張り、活発に動く。いよっ、座長! と大向こうをかけたくなるような熱演。カーテンコールの拍手は登場人物に贈ると同時に、その役を演じきる役者たちへのエールのように響いていました。

そうそう、ムラジュンはカーテンコールでも英勲だった。脚をひきずってる。蜷川さんの『四谷怪談』のとき、役にのめりこんで衣装のどてら着たまま家から稽古場に通ってたってエピソードを思い出した。少しふっくら(それでもほっそいが)していたのでホッとしたり。一時期心配になる程痩せてたからね……。大吉役の森田甘路にここぞとばかりに手づくりマフラー巻き付けられて(ヤッタネ大吉よかったね!)、照れくさそうにはにかんでました。

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その他。

・毎回言ってるが栗原直樹の擬闘まじかっけー

・七輪でイカ焼くシーン、ほんまもん焼いてるからすごいいい匂い。おなかがすく

・笑いとシリアス。両者が同居するのは作者の本意でもあるだろうが、そのバランスは難しいものだなと実感した回だった。水が飛び散る乱闘シーンがあるので、最前列の客にはビニールシートが配られている。該当シーンになったらこうするんですよ、と幕間に楽しいレクチャーがあった。二幕がはじまりそのシーンになったとき、一部の観客が爆笑した。兄弟が激しく乱闘し、水が散る度に何度も笑い声が起こった
・観たひとは判ると思いますが、とても笑えるシーンではないんです。むしろいちばん悲しいシーンかもしれない。私の隣席のひとは思いあまってか、笑い続ける集団を振り返りにらみつけていた。受け手の問題ではあるけれど、さじ加減って難しいなと思った

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月イチでSunday Bake Shopへ寄るのもひとまずおしまい。リュバーブのケーキすっごくおいしかった! 新国立劇場での次回の観劇は未定ですが、すっかり味をしめてしまった今、日曜日以外の選択肢が考えられません(笑)。