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2012年01月28日(土)
『下谷万年町物語』

『下谷万年町物語』@シアターコクーン

あれは何だったかな、蜷川さんの著書かインタヴュー集か、あるいは『Note』に載っていたのか…ことあるごとに言っているのかも知れないけど、「自分で書かないからこそ作家が書いたことは全て再現する、それは演出家の意地でもある。しかし唐さんのト書きには毎回悩まされる!ああっ作家に嫉妬する!」という言葉と、その例として『下谷万年町物語』を挙げておられたのをよく憶えていて。あと「100人の警官が黒いチューリップを持って…」の『黒いチューリップ』ね。「作家は書けばいいけど、こっちは舞台上にあげなきゃいけないんだよ!」「もう意地でも再現する!」って(笑)。蜷川さんは今回も「ト書きは全て再現するよ!」と強調してましたね。

そして自分の唐さん体験と言えば『佐川君からの手紙』が最初。なんでこれ読む気になったか当時小学生。そして『匂いガラス』『安寿子の靴』等のNHKドラマ。そのラインナップに宮沢りえさんが出演した『緑の果て』もあったのです。すっかり唐さんの描く言葉と映像の美しさに魅了され、上京後早速憧れの紅テント(その頃はもう状況劇場ではなく唐組だったんだけど)へと向かってひっくりかえったものでした(笑)。あの映像美はドラマの演出家、三枝健起さんの手腕が大きかったんですね。しかし唐さんの操る言葉は圧倒的に美しい、と言う印象は変わらなかった。

と言う訳で、念願のこの作品が今観られただけでも嬉しく、しかもそれに宮沢さんが出るってだけでもう満足してた部分があった(笑)。果たしてその世界の猥雑で美しいこと!「(たらいに張った)水のレコードをまわす」、「脳味噌と脳味噌がおまんこする」。なんて輝く台詞たちか。清水邦夫さんもたらいに張った水を描写する台詞を書いていましたが(『真情あふるる軽薄さ』)、ガラス、鏡、水と言った物質に対する感性とそれを言葉へと変換する技、少年が男女に対して抱く純粋な憧憬の表現にシビレまくりました。そしてその男女と言うのが、女優と演出家と言う関係なのだ。彼らの劇団旗揚げを追いかけていく文ちゃんの心中いかばかりか。

言葉に耽溺してる間にストーリーの流れにおいていかれることもしばしば(笑)。しかしそこらへん、演者たちから首根っこをつかんで引き戻してもらった感じです。宮沢さん、舞台のひとになったなあ…とえらそうなことも思ってしまいましたが、この年齢になり、野田さんやルヴォーとの仕事を経た今蜷川さんと組んでこの作品をやった、と言うのがとてもいいタイミングのように感じました。以前の台詞回しだったらここ迄こちらも入り込めなかったかも知れない(歌のとこだけは我に返ったけどな!ごめんな!)。啖呵を切る男装の麗人キティ・瓢田も素敵でしたですが、その白いスーツの下から現れるドレスの真紅、スリットからこぼれる腿の蒼白は目を見張る妖艶さ。そして裸足。ポン中のお瓢から溢れ出す言葉のひとつひとつが痛切に響きました。その痛切さはおまんこおまんこ連呼する文ちゃんにも通じる。西島隆弘くん、初見でしたがいいですね!また蜷川さんと組んでほしいな。藤原くんは初演も出演してたんじゃないの…と思えるくらいのなじみっぷり。文字ヅラだけでは気付きにくい、台詞に潜む笑いの要素をテンポよく引き出す。アングラのイメージを体現出来る数少ない若手という印象です。とか言って、藤原くんも今年で30歳なんだわねー!時の経つのは早いわねー!

本水を使う演出と言うのは開幕前から話題でしたが、いやー景気がいい使いっぷり。ビニールシートが配られた前列の皆さん、演者が瓢箪池にの畔に近付く度「落ちる?落ちるの?」とびくびくしてたっぽい…ばっしゃばしゃ水飛沫飛ばしまくってたもんね。藤原くんなんかびっしょびしょのままステージから転がり落ちてくるし(笑)。照明が灯るともに長屋の全景がバン!と現れ、瞬時に劇世界へと観客を引きずり込むヴィジュアル提示は美術の朝倉摂さん、照明の吉井澄雄さんと蜷川さんが得意とするところ。あーもー大好きー。

おかまちゃんたちも皆さん素敵だったなー。六平直政さんがガッツリ化粧をすると渡辺えりさんに似ると言う新しい発見もありました(笑)。そして大石さんの女装、おかまちゃん云々置いといてすんごい美しいんですけど…堀さんや塚本さんも意外に(失礼)キレーで驚いた。ちょ、かわいいマジで!バイタリティ溢れるキュートな彼女たちとともにその名前も消え去った下谷万年町。お瓢も洋一もいなくなり、大人になった文ちゃんだけが水面を見つめる。サフラン座と軽喜座で合同公演を打とう、なんてくだりに状況劇場と天井桟敷のことを連想してしまうのは、後追いで当時を知った者故のセンチメンタリズムか。リニューアルした文化村に初めて行ったこと、シアターコクーンやオーチャードホールのステージに使われていた床材をリノベーションしたインテリアが販売されていたのを見たこともあってかせつなくなったりしました。

と言う訳で『黒いチューリップ』の再演もお願いします…手塚とおるさんのデビュー作(当時10歳?11歳?)でもあるよね、これ。