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2011年01月12日(水)
『ろくでなし啄木』

『ろくでなし啄木』@東京芸術劇場 中ホール

若干ネタバレあります。

あーリピートしたくなる話でしたよ。テツの心情を知った上で一幕をまた観てみたい……。でも、何度観てもきっと真実は見付からない。三谷さんが書く“薮の中”。残るのは事実のみ、真実は個人の心の中のみ。つまりどこにもない。三人の若者の別れが描かれます。

もの書きの考え尽くした最低と、世の中を知ってる人間が見てきた最低。そしてひたすらもの書きを信じる女。それぞれがある側面を知っていて、それぞれが秘めた思いを抱えている。全てを知るものは誰もいない。テツ、トミと過ごしたある一夜のできごとから、啄木はもの書きとして生きていく覚悟を決める。そしてそう決めたからには、もう二度と会えない。三人は元の三人には戻れない。

勢いを持つ、魅力溢れる三人の役者。こーれーがーいやはや観たいものをみせてくれたー!と言うもので、非常に楽しめました。藤原竜也、中村勘太郎、吹石一恵に宛てて三谷さんが書いた台詞と物語。またこれが、藤原くんも勘太郎くんも、憎らしい程芝居が自在(わかっちゃいるけど観る度ビビるわ…)。それでいて両者の魅力が存分に発揮されている。この年代で、これ程安心しつつどデカい期待を持って観ることが出来、それでいてエキサイティング極まる芝居を魅せてくれる役者ってそうそういません。もうすいすい物語に没入させてもらえる。初舞台の吹石さんもとてもよかった!あの濃いふたりの間にいて腹の据わった芝居、しかもコメディエンヌとしての魅力も発揮。あの“合図”を必死の形相でやればやる程笑える方向に持っていった演出も巧い、って言うか三谷さん酷い(笑)。

三谷さんにしてはホンの緻密さに欠けるところが若干ありました。うーん、欠ける、と言うのは語弊があるか。役者たちの魅力にひっぱられ、見せ場を作るべく変更を加え続けた結果だったのではないかと思います。その勢いが観ていて非常に気持ちのよいものでした。啄木のその後は歴史的にも知られていますが、トミ、テツの行く末も決して明るくはないかも知れない、とうっすら感じさせる流れ。しかしそれが実にあっけらかんと、清々しささえ漂う印象になっているのです。すごく深刻なシーンで笑いを呼んだり。ある意味濡れ場も清々しい(笑)。若い座組ならではの“勢い”は、残酷さをも明るく照らしてしまうものなのかも知れず、だからこそ激しく荒々しい。

そしてそれは過ぎ去ったこととして描かれる。回想から幕が開き、登場人物はあの一夜を振り返る。この辺りは経験を重ねた人物ならではの厚みが必要だと思いますが、勘太郎くんも吹石さんもそれを見事に表現し、もう戻れない青春のほろ苦さ、せつなさを感じさせてくれました。幕開きの勘太郎くんの声色にもうもってかれたもんね…あのひと声で、ああ、世の中でもまれた人間がひととき落ち着いてここにやって来たんだ、つまりこのシーンは物語の中心となるところからしばらく経っているんだ、と瞬時に了解出来た。このツカミには感服しました。そしてこれがあるからこそ、その後展開される若き日のテツのはしゃぎっぷりや愛嬌溢れる言動に捻れや歪みを感じ、彼の“最低”が明らかになった時ある種の説得力をもった重さを感じることが出来る。彼の明るさの裏にはこんなことがあり、そして今こうしているのだと。あと浴衣姿の場面がやはりいい。何度も脱いだり着たりするので(笑)その度流麗な着付けが観られるのも楽しいです。

藤原くんは老成から程遠い啄木を演じます。無邪気で、世を拗ねて、考え得る“最低”はあの結果。受けの芝居も抑えの芝居も巧いね…しかしこのままいくのか?いや何かある筈…これで終わる筈がない……なんて二幕の途中迄思っていたのですが、最後にこれぞ藤原くんの真骨頂!と言う感情の爆発を自在にコントロールしているかのようなどテンション芝居がきました(この辺り、稽古を観ていったうえで三谷さんが書き換えたところらしい)。ホントこのひとの語りは強い。もの書きの考える最低は結局その程度かと言われ、憎まれることで自分を破滅に追い込もうとする画策は躱される。しかしそれが、彼に覚悟をもたらす。その心情の変遷を、炎が立ち上がるかのような激情、引き潮のような達観といった怒濤の独白で魅せてくれました。

このモノローグも、三谷さんのものとしては珍しい。演出面でも新機軸を意識的に提示していたように思います。転換は暗転なしでどんどん見せて、襖の開閉で場所と時間の移動を表現する。役者が客席に向かって語りかける。等々。エロティック・サスペンスと銘打っていたこともそうですね。藤原くんが三谷さんに「書いてくれ」と言わなかったら実現しなかったこの作品、そして三谷幸喜生誕50周年の第一弾。幸先いいスタートです。