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2010年12月11日(土)
『黴菌』

『黴菌』@シアターコクーン

ネタバレあります。

一幕がかなりキツくて(内容が。ホンも演者も迫真なので尚更)こりゃ相当どんより劇場を出ることになりそうだな…と思っていたところ、ケラさんは意外にも光が差す幕切れを用意していました。これ迄だったら全滅も有り得る流れだったので(『消失』とか…あと一部『男性の好きなスポーツ』辺り)、そういう意味ではこの終幕を描いたケラさんの心情に興味がわきました。

伝わらない思い、息の詰まる人間関係、ひとの心を破壊する人体実験。極端な『賢者の贈り物』の物語でもあります。誰かが幸せを目指してやったことが、誰かを不幸にする。誰かを思ってやったことは、当人には届かない。因果応報、しかしそれは罰を受けたい当人にではなく、周囲のひとに災いを及ぼす。光は差すが、そのちいさな光だけでこの後の何十年を生きていけるか。それでも、ここで幕を降ろしたところに、作者の思いがあるように感じました。

チェーホフ『桜の園』を連想させます。没落していく名家、認められない作家(これは『かもめ』か)、幼い兄弟の死。この三男の死によってバラバラになった家族の絆が、最後の最後に少しだけ修復する。長男とその息子との間にある齟齬も、ある事件がきっかけで少しだけ溝が埋まる。あるひとはあるひとにとって黴菌だが、あるひとからすると薬にもなる。そして皆が、相手のことを丁寧に窺っている。だからちょっとしたひとことの裏にある思いを掬いとることが出来るし、憎まれ口の裏にある愛情に気付くことが出来る。

それを一切掬いとらないのが、登場人物中いちばんの善人(のように見える)渋澤だったと言うのも興味深い。ほんっといいひとなんだけどね。最後の方では出て来るだけで「……皆、渋澤から逃げて!」と思うようになったもんね……(笑)。

で、その渋澤、仲村トオルさんなんです(笑)いやーズッパマリですよ、面白過ぎた……。ホンットこのひとの舞台はハズレがないなー!ケラさん有難う、仲村さんにこんな役書いてくれて!公演前に読んだシアターガイドの鼎談で、北村さんや生瀬さんが「基本あてがきですよね。あー俺ってやっぱりこういうふうに思われてるんだって…仲村さんが羨ましい」なんて言っていたのにウケた……北村さんは見たい北村さんだったし、生瀬さんは見たい生瀬さんだったよ(笑)。しかしそこにはあーそうそう、こういう役ぴったり!と言うだけでなく、その役の意外な一面――本人が見せている筈がない――も描かれているのです、それを書いたケラさんもすごいが、それを演じる北村さんも生瀬さんもすごい。こどものように泣きじゃくる末っ子北村さん、それをしっかり力付ける次兄の生瀬さん、ふたりを優しく、しかしおろおろしつつ包み込む長兄の山崎さん。あのラストシーンは心温まるものでした。

この物語には、一瞬の安息を手に入れたひとの陰で、涙を流すひとがいます。その人物のひとりを演じた池谷さんが出色。そして、彼らにも何かしら手に入るものがあります。それだけが救い。そう描いた、登場人物に対するケラさんの愛情も感じました。

惜しいと思うのは、登場人物が多いと感じられてしまったこと。ストーリーには全員不可欠なのですが、どうしても「もうちょっと描写がほしい」と感じられてしまう人物が出て来る。その辺りが勿体なかった、皆が魅力的だっただけに。ここらへんの歯痒さ、ケラさんの作品には必ずある。それぞれを丁寧に描くと、上演時間がもっと長くなる訳だしねえ(苦笑)。いやーそれにしても、演者が皆素晴らしかった。

とても悲しいことだけど、全部が手に入るひとなんていないのだ。そして、手に入らないものは、なにものにも替えられないものなのだ。仕方がない、仕方がない。それでもひとは生きていける。

あーなんか宇多田ヒカルの歌を思い出した…誰かの願いがかなうころ あの子が泣いてるよ〜♪(泣)

よだん:長谷川さんが舞台上で刺されるのを見るの、二度目だ(苦笑)しかしこのひとはとっくりとかパンタロンみたいなボトムとか、昭和なファッションが似合う……今が旬のひとらしいのに!(笑)