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おとなの隠れ家/日記
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2002年09月30日(月)
氾濫



ふたまたが いけないって いってるんじゃない
既婚者の恋愛を どうこういってるわけでもない
ネット恋愛.......わからなくもない
出会い系? いいじゃん いい人と出会えれば

ただし 恋愛なのか からだ目的なのか ひまつぶしなのか 
自分の心で 認識してないと 壊れるよ

ずーっと側にいる人と たまーに逢う人 ←比べられない
一緒に生活している人と わずかな時間だけ見てくれる人 ←比べられない
日頃の生活から抜け出して 一人の男と女に変わるネット上←現実じゃない
逢うことが目的で会う 出会い系サイト←目的はアレ?

何が自分にとって一番大切なのか ちゃんと見えてたら
おとなのすることなんだから ある意味 自由でしょう

恋に恋するでも
おんなの喜びを感じれる関係でも
つまんない毎日から ほんのひととき抜けだせる時間でも
それを求め 手に入ったのなら 嬉しくてしょうがないだろうけど

それによって 失うものも あるってこと
わかっていてそうで 忘れてしまう 大事なこと
たまには思いだしてみて




2002年09月29日(日)
「好きだよ」という言葉の裏側 その3



男は言った
「好きだよ」なんて簡単に 言えるさ
わたしは言った
え〜〜〜っ そうなの? なぜ?

男は言った
だって それさえ 押さえておけば 女って 機嫌いいじゃん
恋愛も それなりに経験すれば 男だって その位 学習するさ

わたしは言った
じゃぁ わたしに好きだよ って言えないのは
実は 好きな気持ちが いっぱいで 言葉に出来ないんだね

男は だまりこんだ
わたしは その目の前の男を そっと抱きしめた
愛おしかった

想いが溢れていると 好きだよ という言葉だけでは 物足りない



2002年09月28日(土)
「好きだよ」という言葉の裏側 その2



男は その女を つまり 落としたかった
男は言った
「好きだよ」
それまで 女の好意的な態度は感じていたが
ここで 一気に 男と女の関係に持ち込むために そう言った

女は しばらく恋愛ごとから遠のいていて
その言葉に とまどいながらも 喜びを隠せなかった

ふたりは関係をもった
つまり 落ちた

その後 女は夢のようだった時間を思い出しながら
さらに その男に惹かれていく
でも 数回の逢瀬のあと
その関係は 終わった

女は言う
「今でも彼を愛してる これからも」
男は言う
「簡単だったよ」

男は「好きだよ」という言葉を 操って 楽しい時間を手に入れた
女は「好きだよ」という言葉に 我を忘れて 酔いしれた



2002年09月27日(金)
「好きだよ」という言葉の裏側



好き という言葉には恋愛感情と そうでないものと
微妙なものとが ある

男と女がいて
女は その男が大好きで
大好きだからこそ 相手の気持ちが知りたくて

とりあえず観察してみると
男も まんざらではない様子で
思いきって聞いてみる
「わたしのこと 好き?」

こんな状況で 嫌いだと いわれた話は 聞いたことがない
お決まりのように「好きだよ」と 男は言う

ところが
女は その男が大好きだから
自分と同じくらいに 相手も自分のことが好きだと思い込む

やがて 男は 好きだよ と言ったばかりに
さまざまな要望や詮索を受けることになる

男は言った
好きだけど 抱きたいわけじゃない
女は言った
好きなら 抱きしめたい キスしたいと 思うはず

好きだという言葉だけで
全て うまくいくはずもなく
好きだという言葉だけで
必ず恋愛が始まるわけでもない

好き という言葉には いろんな意味が ある
そして 温度差も ある





2002年09月25日(水)
電話が かかってこないと怒る女性



つき合いだすと その繋がりを維持していくために不可欠なのが
デートの他に 電話 そして最近は 携帯メール。
この電話とメールを 怠ると 怒る女性がいる。
さしずめ
「なんで 電話(メール)してくれないの?」 みたいな。(笑)

男性の立場を想像すれば きっと 深い意味は ないと思われる。
でも 女性からすれば 大問題なわけで。
とはいっても 男性は えっ? なんで怒ってるの?
のようなパターンが多いんでは?

では この場合 何故 女性は怒るのか 考えてみましょう♪

その1
女性は いつも 相手に想っていてもらいたい かまってほしい。
しかも もし わたしのことが好きなら 電話(メール)くれるハズ.....と
それで 相手が 本当に自分のことを好きかどうか 計るクセが ある。

その2
突然 声が聞きたくなる。(笑)
原因は 自分が落ち込んでいたり ふと淋しかったり。
相手は それを知るはずもないと わかっていながら 
いつもなら電話がないことが気にならないのに そんな日は気になる。
で そんな日にタイミングよく 電話が かかってきたら 超嬉しいが
運悪く かかってこなかったら イライラしたりする。
自分から かければ? いやいや そういう問題では ないんだな〜
かかってくることに意味が ある。(爆)
でもって 「元気ない? なんか あったの?」という言葉が聞ければ
大満足で。 あははっ

その3
電話してこない時間に いいことして遊んでいるんでは? と疑う。(苦笑)
つまり 他の女性の存在を想像したりして 
浮気でもしてんじゃないの? などと ありもしない(あるかも)
疑いを持ち それが続くと 自分の中で そうに違いない なーんて
勝手に 思い込んだりする。
もしくは 自分が怪しい行動をしたりする または した経験を持っていれば
相手も そんなことしてるんでは? などと ますます疑い 
そうは いくか!!! って感じで 相手を管理しようとする。

その4
その他 もろもろ

わたし的結論は 女性側の自己中心的な怒りの場合が 
結構 多いわけで。 きゃははっ
良く言えば 「それだけ あなたのことを想っている」
ということなんだろうが
わたし的に言えば「なにも 怒らなくても」という気持ちと
「男は そんなに自分の思う通りには なんないよ〜」ってとこかな。
電話が かからないことで 怒ってしまう女性は 
相手のことを自分のモノだと思っている場合が多い。
二人の関係に自信がないのだろうか? いえいえ逆です。
絶対的な自信のもとに 相手を管理しようとする。 自分のためにね。
その自信が どこからくるのか わかんないけど 
こういう女性は よく お目に かかる。

男性の方々 早めに手を打たないと ゆくゆくは お尻に........ (^.^)オホホホ...




2002年09月24日(火)
らしくないような



まるで実験でもしているかのように
自分の心を外側から見ている
発生する苛立ちや込み上げてくる怒りは
以前と変わらないものの
それを取扱う自分の様子が変わった

感情的なものを頭で考え
その先を読み
言いたい言葉をのみ込みながら
それでいて我慢のようでもなく
どちらかといえば諦めのような
虚しい風が心をすり抜けていく

敏感さを失ってきているんだろうか
目や耳を塞ごうとしているんだろうか
それとも 
先が見えてしまうというのは
こんな感じなんだろうか




2002年09月23日(月)
かわれない自分



それじゃ なにも かわらない 
そう言われても
かわれない

言い訳だとか
守りに入っているとか
逃げているといわれても
弱いといわれようが

いいとか わるいとか そんな言葉で
判を押されたって

わたしは かわれない
いまさら かわれない

だから 愛の言葉を ささやけない




2002年09月21日(土)
結婚していないから



そこにある喜びも苦労も わたしにとっては 想像でしか ない
結婚生活は 経験でななく 聞いた話でしか 語れない

ただ
結婚しているからといって
結婚する前に 
その喜びも苦労も 想像していたのだろうか
自分の生活が どれほど変わるのか 考えていたのだろうか

なんとなく
そんな年令だし
回りが結婚したから

そんな気持ちで結婚なんて出来ないほど 覚悟のいるものだと
わたし的には 思っていて
確かに 勢いだ という話も聞くが 
きっかけは どうであれ 結婚したんなら
それに付いてくる楽しいこともあれば 
逃げ出したくなるようなことも あるだろうと
うまくいかなくても 我慢するのか
限界に達して 別れてしまうのか
いずれにしても 一生をかけて挑むものだと思っている反面
やるだけやって ダメってことも あるだろうな とも 思っている

結婚すれば 幸せになる 幸せにしてくれる そんなこと あるわけなくて
結婚して そこからが 幸せに向けての スタート地点なわけで
ふたりで努力していかないと 続くわけないじゃん 共同生活なんて
そんなこと 結婚してなくても わかること

そうはいっても 始めてみないと わからないことも多いだろうし
途中で 明らかに 失敗だった ということもあるわけで

そんな時に やり直し つまり離婚を考えた時の大きな問題は 
当人同士の気持ちではなく 子供のことと お金のことらしい
将来的には 「もしも離婚することになったら どうするか」
結婚する時に取り決めをかわすシステムが あればいいのにな
........などと 華やかな披露宴に出席後 ふと思った 



2002年09月20日(金)
小さなこと



ほんの少しのすれ違いから 終わってしまうのであれば 
たいした関係でなく
でも 全ては そこから始まり 
向き合うことを やめてしまうことだってある
ふたりの間にある 小さな すれ違いは
自分からみれば 大きな不安だったりしても
相手にとっては なんでもないことだったり

心が繋がっていれば それは ふたりの中の 
ちょっとした事件として かたずけられ
未解決のまま 笑顔に戻れることもあるけど
心が離れていれば 終わりに向かう ひとつの事件となって 
解決されないことが しこりに変わり
ふたつ みっつ と 心に積み重なっていく

小さな すれ違いを感じた時
わたしは その先が どっちに進むのか
まるで他人事のように じっとしている
どちらかにとって 必要なくなれば 終わるもの
それが わかるから
動かない いや 動けない




2002年09月16日(月)
不愉快さが怒りに変わる時



なにも 汚い言葉や攻撃的な言葉だけが人を傷つけるわけじゃない
とはいえ それぞれに違った感性があるように 表現方法もさまざまで
その言葉を受け取る側の感情もまた 書き手には想像できないものがあり
万人向けのものを書くのか
マニア向け路線で書くのか
それは書き手の自由で 
趣味の世界であれば なおさらのことで

自分の想い 考え方 経験 耳に入ったこと 想像 
報道記事ではないのだから 事実かどうかは問われず
例え思い込みで書いたとしても 責任を負うこともなく 
自分の世界を創りだせれば それはそれで惹かれるものがある
独自の世界ならね

ただ 目に入るだけで不愉快だと思うものは存在して
それが あまりにも度重なると それは だんだんと怒りに変わる
それを読んで わたしがそう思うように
誰かが わたしの書き物を読んでそう思うように

誰にも好き嫌いは あるだろうし それは当然だと思うが
自分の言葉でないものを書いてまで ここにいる気持ちが わからない
.......が それも その人なりの楽しみ方なんだろう
.......と 考えたりもする 
.......が やはり 嫌いなものは 嫌いだ

さて 不愉快さが怒りに変わり その先は?
ただただ 呆れている.........そんな感じ



2002年09月15日(日)
続 わたし的 からだの相性



わたしにとっての せっくすは
想いを伝え合う行為でもあり
なんとなく そうなってしまう行為でもあり
男と女が それなりに という行為でもある。

気持ちひとつで 大切な行為であったり
やったから それが どうしたという行為でもあるわけで。

つまり どれもが 好きだから という理由での行為では なかった。
誰とでもやるということでは ありませんので 誤解のないように。
わたしの中での取り扱いが違うってことですから。(苦笑)

まだ指一本 触れてない頃に 好きだという感情が あっても
実際に関係を持つと いい意味でも悪い意味でも 相手の違った面が見えてくる。
やってみて 伝わってくる。
心のある せっくすと エンジョイ趣向の せっくすの違い。
相手ばかりでなく 自分もね。

想いを伝えあう行為であれば 相性なんて考えることなく 抱かれたいもの。
それ以外の行為であれば 相性が悪いと 繰り返されることの ないもの。
相性がよければ また ってのは ありだけど 自分が必要でなければ
あっても なくても まぁ どちらでも という感じで
それこそ 好きな人がいれば 必要のないものなのかもしれない。

だから 好きだと思っていても 相性悪いじょ と思うのなら
その 好きだという感情が 実は 勘違いなこと。 ←わたし的

過去の恋愛で その当時 大好きだったから うまくいっていた せっくす。
恋愛が終わってしまった今 また関係を持ったとしても 
そこには かつての喜びが存在するとは思えず 
終わってしまったものに ソレだけを求める程 飢えても おらず。(爆)
ソレだけなら ご新規さんの方が 良いかと。(自爆)

一度 終わった人と また恋愛感情が復活すれば 話は別だけど
わたし的には それは ありえない話で。
なぜかといえば その後 会った経験が ないから。(笑) 

う〜ん なかなか 話が まとまりませんよ せんぱ〜い。
からだの相性を語るのに 想いがあふれている行為と それ以外の行為は
別もんだからなぁ。(苦笑)
目的意識が違うわけだし。
しかも 相手があっての もんだし。
突っ込まれても いたしかたなく。
しかしながら 今回は このへんで。(逃)



2002年09月14日(土)
わたし的 からだの相性



心も からだも 求めている 
触れられただけで わきあがる快感

これで からだの相性を計っている わたしは
本音をいえば 合う合わないが よくわからない。(爆)

もともと 大好きな人との せっくすで 相性が悪いと感じた経験は なく
というか 大好き というだけで 充分に こちらの感度はアップするわけで。

肌の感覚や 腕の重量 体型における わたしとのバランスなどなど
わたし的に好むものは 確かに あるのだけれど
好きな男が その どれも持ち合わせていないことが ない。
そこまでチェック済みで 好きになるわけじゃないのに 不思議とね。

だいたい 一回目から 弾けられて 堪能できるわけじゃなくて
回数を重ねていくたびに 合体感に味が出てくるような
馴染んでくる みたいな安心感の中で さらに.......きゃっ(赤面)
これ わたし的な話。

だからといって 心から好きだと思っていた人とだけ 
やってきたわけでもなく
そりゃ 過去に あ〜 あれは失敗だったかも という記憶が
ないわけでもない。
男と女がいて お互いに そんなモードを持ち寄れば 
簡単に出来ることだと思っているし
簡単だと思っているから それだけに溺れることは なく。

相性がいいから もう一度お手合わせ願いたいんじゃなくて
想いがあるから また抱かれたい という感情が わくわけで。

わたしにとっての からだの相性って そんなもん。
もっといえば 想いなくして あ〜んな快感は得られない。(爆)
つまり 大好きな人とは からだの相性もいい ←これが わたし的結論。 
相手が どう思うかは 知らないけど。(苦笑)

経験不足なんだよぉ〜 っていう突っ込みは却下します。 おほほっ


続く......(にやりん)



2002年09月13日(金)
勘違いな恋愛  続編



さっき書いた日記で おつき合い って表現を使ったのだけど
好き という気持ちに ふれるの 忘れてた〜(自爆)

それが どうした? と 問われれば ぐぅ〜のねも 出ないんだけど
わたし的には重要なわけで。(苦笑)
好き って気持ちがなくても おつき合いは 始められるってこと
これを 忘れてたんだよ〜〜〜

だから それが どうした? って?
続かない おつき合いの中に 好き って感情に 自分が追い付いておらず
でも まっ いいかぁ で 始めたものを恋愛と呼ぶか 呼ばないか。
これも もちろん わたしの恋愛の中での話だと くくってしまえば.......
勘違いな恋愛グループだわ きっと。
だって 長続きしないもの きゃははっ。

ただ こんな状況でさえ そのウキウキ度は 恋の始まりに
似てたりなんかするから 厄介なのよねぇ.....って 
いい加減 始める前に わかれよ と 突っ込み いれられそう。(不安)

なかなか 恋愛経験値が アップしない わたしですぅ。 (* ̄m ̄) ププッ



2002年09月12日(木)
勘違いな恋愛



恋に落ちるのは簡単だと よく耳にする。
わたしも そう思っている ひとりだ。
わたし的に言えば 恋に落ちても 
その先 自分の想いを伝えなかったり
思いきって伝えても実らなかったり
終わったあとで 恋と思っていたのに 
そうじゃないようだっだり
そんなこんなを含めた状態でも 恋だと思うし
恋した相手と おつき合いが始まったら
恋愛.......そう区別しているようだ。

恋に落ちたら 基本的には 舞い上がることが多く
その後 おつき合いまで発展したら いよいよ恋愛ね
な〜んて 盛り上がりがちの わたしなのだが
これまでを振り返って ひとつ発見したことが ある。

それは 続くものと 短期なものとの差。

わたしの場合 1年未満なら 例えば 1回きりや1ヶ月もの
半年ものの恋愛も さほど変わらない感情で 短期というグループ。
1年を超えたものに関しては 比較的長期ものだということ。
これは 期間のみならず デートの回数にも関係あって
遠恋の場合 1年つき合っていたとしても 5回くらいのデートで終われば
それは 1年未満ものと同じ扱いをしているようだ。

つまり わたし的勘違いな恋愛は 5回くらいのデートで
おつき合いが終わるということ。
これって あくまでも わたしの場合ね。(苦笑)

そう考えてみれば いっぱい恋をしてる わたしだけど
恋愛の回数は さほど多くないような。
多い少ないって 何人くらいを判断基準に? という問いには
お答えできかねますぅ。 おほほほほっ

ただ ひとつの恋愛で 同じ季節を数回 ふたりで過ごせたものは
数が ぐっと減るんじゃないかな と
思ったりして..... みなさまも。

続けばいい ってもんじゃないことも
情熱的な時期さえあればいい ということも
わかった上で でも やはり時間的なものは 
お互いの努力なしでは 越えられないカベで
その努力の中に お互いの確かな気持ちが 存在しているんじゃないかな
と 思う次第で。

でもって それを ゴールなきもの という とらえ方をしながら
続けられる恋愛って 純粋なんだろうな〜 と感じる今日この頃。(笑)

ん? 話 それたかな?
わたしの中では 恋に落ちた瞬間は 勘違いであろうが なかろうが
そっくりな状態で 区別がつきにくく
でも ふたりで過ごす時間が続けば それこそが 勘違いではない
恋愛なんじゃないかな〜 と まぁ そういう結論。
くどいようだが わたしの恋愛の中での お話。(爆)




2002年09月11日(水)
出逢いは きっと あるよ



そりゃ この歳になれば 焦る気持ちも わかるよ
女性としての 焦りならね
ただし 結婚への焦りだとか
結婚しないと決める あきらめだとか
それと 彼氏がいないこととは 別問題だと思うよ

確かに この位の年齢になれば
独身男性と出逢うチャンスは 減ってきてる

たださ 自分が好きな相手 と いいよってくる相手を
同じ棚に並べてしまうのは どうかと思うんだ
比べられないよ 好きな気持ちとは

あんな思いをするくらいなら 
って 逃げたくなる気持ちも わかるけど
自分が好きだと思わない相手と つき合ったって
先が見えている というか 先がない ということでは 
同じじゃないの?

淋しさから結婚を望むあなたを わたしはダメだし しない
でも 誰かと居さえすれば その淋しさって解消するのかな?
ぬるま湯につかると また恋したくなるんじゃないのかな?
やっぱり好きな人じゃなきゃ って
そう あなたが言いそうな気がする
もう つき合い長いからね(苦笑)




2002年09月10日(火)
率直に



熱く燃えた想いも
時間の経過とともに
まるで秋の訪れに似て
穏やかに なってくる
それが赤く色づく葉のように
熟成されていく想いであれば
さらにふたりの心は
結びつきが濃くなるのだろう

出逢った頃のときめきと
近付けた興奮を
いつも胸の片隅に置いておきたい

苦しくなったら自分の想いを確かめ
淋しくなったら出逢ったことの喜びを

ずっと先のことよりも
今の自分の気持ちを大切にしたい



2002年09月09日(月)
既婚者同士の恋愛



美容院で読んだ本に 面白いことが書いてあった。
「男は楽しみたくて 女は愛されたい」と。
既婚者同士の恋愛について書かれていたのだが
なるほど と思った。(笑)

男も女も ないものねだりで そとを見る というのは ほぼ同じらしいが
男の場合は 家庭を壊さないことが前提で
その限られた空間で恋愛を楽しみたい
女の場合は ひとりの女に戻って恋愛したい
そのうち どんどん相手に溺れ 自分のモノにしたくなる...という見解。

ここで 男と女の求めているものが違ってくる。
多くの男性が 相手に あまりマジになられたら 引くらしい。(苦笑)

そんな話から その美容院で ある実話を耳にした。
既婚者同士の恋愛で 女の方が 旦那にバレてしまった。
女は 離婚してもいいと思ったらしく それを彼に伝えたそうな。
すると彼は 自分は家庭を捨てるつもりもないし 君を受け入れられない
と 簡単に破局。 要は捨てられた。
この場合 まさに お互いが既婚であることが条件で成り立つ
恋愛だったようで その中で使われた『好きだ 愛している』
という言葉は その条件付きでしか なかったことになる。
目を そむけたくても こういう事実は存在する。

独身同士でも 必ず結婚するとは限らない恋愛の行く末。
既婚者同士であれ 既婚者と独身であれ 独身同士であれ
障害は 形は違っても それぞれに あるんでは なかろうか?

自分で始めた恋愛なら 例え どんな形であれ 立ち向かうべきで
自分ばかりが不幸だなんて きっと ない。
というか 結婚さえすれば 相手は自分のモノ なんて考え方は
いただけない。(苦笑)

さてさて その後 この女は どうしたと思います?
自分には 旦那しかいないと思ったのか
離婚もせずに 元のサヤに戻ったらしいのだけど
今度は 旦那に異常なほどまでに干渉するようになったとか。
旦那の気持ちって? やはり あきらめ?
自分が何か やらかしたわけでもないのに 窮屈な人生へ。
理不尽な話だよなぁ。
これでも おとなの することかい? 
と思うよ。 やれやれ ( ̄-  ̄ ) ンー



2002年09月08日(日)
誰かを好きになると



そこに発生するプラスな感情もマイナスな感情も
自分だけでなくて
誰もが抱く感情で
だから恋愛するつもりなら
それを乗り越えるか
それを受け止めるか
そんな覚悟がないと自己陶酔するだけの
夢物語にすぎない

愛されたい
その確証がほしい
わかるけど
求めるものが
そこにない場合だってある
自分と同じような気持ちが
相手にないことだってある
自分が思う好きと
相手が思う好きと
言葉は同じでも
意味するものが違うときだってある

自分が好きなら
相手も好きになってもらいたい
それは そうなんだけど
自分が好きで
その想いが受け入れられなくて
自分の気持ちが曇るくらいなら
その自分の好きだという気持ちにも
打算があるんじゃないかと
わたしは思う



2002年09月07日(土)
わたし的 男性の観察記



男の人は 女の人から 小言をいわれて
もし それが 的を得ていたら やや省みるだろうけど
だからといって 次に それを しないとは 限らない。

男性にとっては 小言の ほとんどが 雑音に聞こえているかのように
とりあえず 聞いているフリをしたりして
受け流すことが 多いようだ。

もし 彼女の言うことが 自分の意志と違ったとしても
その先 言い争いになることが 予想できれば
だまる 反論しない 
だけど それは 納得しているのではなくて
面倒なだけ。

女性は と言えば 一度 いや 数回言っていることだから
相手が わかっているだろう ということが前提で
でも 同じこと やらかされて
「前にも 言ったでしょ!」と腹を立てるが
男性は そんな時でさえ 冷静。

これは 男性の学習能力の結果だと思われる。
というのは 例えば
最初に 問題が起こった時に お互いが それに向き合って
議論を交わしたはずだが そこで
「ああ これでは 話しても 堂々回り」だとか
「観点が違うな」とか
「それって そっちの わがままじゃん」とか
男性は 学んでいるんじゃないだろうか?
意見を言い合っても 根本が すれ違っていると判断した場合
男性は それ以上 話をしてもムダだと 思考回路に 刻むんじゃないかな?

男性の言葉の中に
「またかい」とか
「いつも こうなる」とか
「また 怒られている」とか
このまま続けても 意味のない言い争いになるだけだと
その つまらない時間を続けたくないばかりに
返事をしない 無視する 
それを よしとしない女性は さらに興奮.....

ある方向から見てみれば
思い通りにならないからと ぐずっている子供相手に
最初は うんうん とうなずきながら 途中でほったらかしにする
親のような。

男は我慢強いと思う。
良く言えば こだわらない かわし上手。
悪く言えば イヤなくせに イヤとは言わない あきらめ上手。

男を観察して こんなことを 思った。
なんとなくね。(笑)
もちろん すべての男が そうだって いうんじゃないだろうけど。




2002年09月06日(金)
献立事件



やっぱ旦那のからだのこと考えると 魚も食べたほうが いいだろうから。

友達の旦那は 魚が嫌いらしい。(笑)
でも献立上の都合もあるし 魚は からだに いいし
出せば 文句いいながらも食べてるし.....それが友達の言い分。

その旦那の文句とは.....
「嫌いだと知ってて出すって 嫌がらせか?」 だと。(苦笑)

ひどいと思わない? そう聞かれた わたしは答えた。
「できれば 嫌いなモノは 食卓に出してほしくないよ」 と。
幸い わたしの場合は 好き嫌い ないんだけど。

わかるよ 確かに からだに いいだろうし 今なら サンマ?
美味しくて 安い!(爆)
でもさ でもさ 仕事して 疲れて帰ってきた時に 嫌いなモノが
出てくれば わたしも文句のひとつぐらい いいそう。(苦笑)
魚が嫌いな人って 生臭いから という人が 多いんじゃ? という問いに
友達は「うん フライにすると食べるよ」
じゃぁ そうやって工夫すれば いいのでは?
とか たま〜に出すとか。
別に 魚食べなくても 死にはしない。
というか 片寄るのは問題だけど 嫌いなモノ 食べたくないでしょ?

「だって 長生きしてほしいじゃない!」
おおっ 可愛いこというじゃん♪ そう思ったのも一瞬。
続きを聞いて ガックリ!

「今 ぽっくりいかれるなら わたしだって やり直しきくと思うのよ。
(30歳半ば)でもさ 中途半端に 60前後で.....
 なんてことになると わたし どうすればいい?」
絶句......←わたし

お〜〜い! 旦那の健康まで あんたのためかい?
大切な人に長生きしてほしいからじゃないの?
旦那は あんたのために 嫌いなもん食べて
延命せんと いかんのかい???

「だってさ こっちは いろいろ考えながら食事作ってるのに 
 美味しい の一言もいわないんだよ。 こっちだってやる気なくすよなぁ」

うん いいたいことは わかる。
それって 昔から?
「そうだよ! あっ......でも結婚当初は 家庭の味っていいよな。
 食事作ってもらえるというのは 有難いよ って言ってた」
ほらほら そうでしょ? その頃は嫌いと知ってるモノは
出してなかったんじゃ?

理想的な旦那さんが そうそう いないように 
理想的な 奥さんだって話も あまり聞かない。
旦那のために している と 思い込んでいるようだけど
それは自分のため でもあることを もう少し気づいてほしいよな。
これだけ してあげてるのに....... って 
しても当然なこと しなくてもいいこと 相当含んでいるように思えてならない。



2002年09月05日(木)
愛されたいと思うのなら



相手が わたしのことを愛したいと思うような
わたしで いなくては なりません
どうすればいいか なんて 
それは 他人に聞くことでは なく
それが わからないのなら やめたほうが いい
恋愛は簡単なものではないから

求めても ないところには ない
伝わらないのは そこに愛がない ただ それだけ
相手に ないのかもしれない
わたしに ないのかもしれない



2002年09月04日(水)
おにぎり事件



おにぎりごときで なんで逆ギレされなきゃ いけないの?

そう言って友達から電話が かかってきた。
なんでも おにぎりを作らないことで 旦那とケンカになったそうな。
なだめながら 何が あったのか聞いてみると......

1週間の出張が やっと終わり 帰宅途中の旦那から帰るコール。
「おにぎりが食べたい」
と旦那が 言ったらしい。
奥さんは ご飯が まだ炊きあがってないことと 自分もパートして
疲れていたので それが面倒に思い 他の献立を考えていたこともあり
「ご飯も炊きあがってないし 作れないよ またでいいでしょ?」
と言ったそうな。 すると旦那は
「おにぎりぐらい作ってくれて いいじゃないか! もういい!!
 コンビニで自分の分だけ弁当を買ってくる!!!」
と怒ったそうな。
奥さんは 「どうぞ お好きなように」と言ったらしい。
ここで 奥さんの言い分は
「おにぎりごときで なんで逆キレされなきゃ いけないの?
 こっちだって 毎日仕事しながら ご飯作っているのに」

たかが おにぎり されど おにぎりなんだよなぁ。(笑)
もともと この旦那は おにぎりが好きらしく。
わたしも好きだから 気持ちは わかる。

「ねぇ どう思う?」と聞かれた わたしは すぐさま 答えた。
「そりゃ おにぎり作ったほうが よかったんじゃないの?」

わたしは 想像してみた。
なぜ 旦那が おにぎりに こだわったか?
出張で外食が続けば 家庭料理が恋しくなるもの。
意外に簡単なものを 食べたくなるんだな〜。
例えば ごはんと漬け物 お味噌汁だけでよかったり 
めざしが ごちそうに感じたり。
だから きっと 旦那は その日 そんな気分で 
おにぎりを作ってほしかったんだ と。
コンビニの おにぎりではなく 家で作る おにぎりが 
食べたかったんだ と。

「だって ご飯 まだ 炊きあがってなかったし 
 遅いとブツブツ言われそうで」
そういう友達に わたしは言った。
「だからダメだしする前に それを伝えれば よかったんだよ」

つまり おにぎりを作ると こんだけ時間が かかるよ それでもいい? と
言っていれば あとは旦那が選択することで。
それでもよければ 遅いことに 文句言われることは 
ないんじゃないか と思った。
おなか空いているほうが上回れば 本人が諦めるだろうしね。

どちらにしても おにぎりを作ることは 簡単だ。(笑)

すると 友達は
だって わたしだって仕事してて疲れてたし とか 
何を作っても美味しいと言ってくれないとか 
毎日の食事に そこまで気を回せないとか.....

言いたいことは わかってる。
どっちが いいとか あんたが悪いとか いってるんじゃないよ。
ただね 今までのこととか あんたが疲れてるとか じゃなくて
旦那は その日 あんたの作った おにぎりを食べたかった 
それだけなんじゃない?
あんたが作らないなら よそのおんなが 作ってくれるかもよ〜
それでも いいんかい??? うひひっ

再度 言うが おにぎりを作ることは 簡単だ。
わたしなら 作るよ。 
もちろん 出来上がり時間 予告した上でね。



2002年09月03日(火)
暑い日 続け!



ようやく涼しくなりだして ほっとされてる方々 ごめんなさい。
わたしは 秋が好きでは ありません(笑)

明け方のひやっとする感覚は 爆睡中ゆえ 気づかないことが多いけど
夜 事務所を出た時 ひやっとする あの感覚が苦手。
心まで ひやっ という感じが なんだか 淋しさを誘うようで。
えっ? 似合わない? そりゃ どーも。(爆)

わたし的には 読書の秋でもなく(本は あまり読まない)
食欲の秋でもなく(サンマは好きだけど 他は それなり)
スポーツの秋でもなく(あ〜 最近ジムさぼってるよな)

涼しいのよりも 暑くて汗かいているほうが生きているって気がして。

しかも 乾燥肌な わたしは
寒くなると カサカサしだすし 静電気はパチパチだし.......
じゃぁ 冬の方が もっとダメなんじゃ? と疑問を お持ちの方へ
冬も 好きじゃないけど 冬は温度差は ありながらも 
朝 昼 晩 全部寒いから それで諦めがつくんです。(苦笑)

だから 「うわっ あつぅ」と言いながらも 夏をこよなく愛する
自称 夏おんな。
薄着しているほうが身軽だし 肌をだしているほうが気分いいし。
ここんとこ また暑さが ぶりかえしてますよねぇ。(にやりん)
とはいいながら 確実に 秋は近づいているような。

ああ わたしの季節も もう終わるのねぇ。(泣)





2002年09月02日(月)
ゴーンさま



見ため的には 超タイプだったりする あの方.... 
ご存知の通り 彼は 日本の ある自動車メーカーの
経営立て直しのために やってきた方。

来日して数カ月後 世の中の流れに うとい わたしの耳にまで
入ってきた 大量リストラと 大きな工場の閉鎖。
当時 新聞や週刊誌では「帰れコール」が盛んに書きまくられていた。

結果的に 彼は 予定の3年より早く 業績を好転させ 
会社立て直しに ほぼ成功したそうな。 
詳しい話は 知らないけど 某番組で そう言っていた。
そそっ その番組に わたしは うなってしまったのだ!

小学生を相手に 彼が何故日本に来たか?
彼の今の仕事は どんなことか?
何を目的に 動いているのか? 
それを伝えるための「特別授業」だった。

大きなタイヤ会社で頭角をあらわし 有名自動車メーカーに
移ったゴーンさま。
その時も 会社を立て直すために全力を注ぎ 見事それを
クリアしたらしい。
そして たくさんの問題をかかえていた 日本の某メーカーが
彼の力に救いを求めた。
それから 彼の日本での戦いの日々が始まるわけなのだが
それを小学生に見事に伝えたのである。

その特別授業の風景は わたしの理想的な授業だった。
問題提起をし 考えさせ 自発的な答えを待つ。
決まった答えはなく でも 教える側には 導きたい答えが あって
出された子供達の答えから さらに考えさせながら 発展させ
やがで ひとつの結論に持っていく。

会社を立て直すためには まず その問題点を調査し 
次に それを解決するために行動する。 
これなら 子供達にも よく解るだろう。
しかも その行動を起こし努力していく過程をスポーツに例える。
「自分が応援しているチームには勝ってほしいと思わないかい?」
結果を出すための努力と その先の成功の喜びを表現したのだろう。
実に すばらしい♪

たくさんの借金で がんじからめになってしまった会社を救うために
子供達の意見は
「お金を使うことを我慢する」
「お金を増やすために 売れる車を作る」

リストラや工場閉鎖は その我慢なのかもしれない。
新車開発にウェイトを置いた予算組立てに力を入れたことが
その 売れる車を作る ということなのかもしれない。

子供でも発想できる やり方.......
この番組を 会社のお偉いさん達や こいずみくんが見たら どう思うかな?

ゴーンさまが 言っていた。
若い力を信用することも大切だと。
仕事を与え 役割や責任を与えることで
力を引き出す 
やる気を起こさせる
これは わたしも現実社会で 目指すところだ。
育てることなくして 会社の発展は ない。
でかい看板しょってても やる気の起こらない会社や上司では
先が見えている。

最初に彼が働いたところに 2つのタイプのリーダーが いたそうな。
ひとりは 必要な時には そばにいて みんなを励ましてくれる。
もうひとりは 必要な時にも デスクに向かい 知らん顔。
何か問題が怒れば 怒ってばかり。
彼のスタート地点で学んだ2つのタイプは のちに彼が人を使う上で
とても参考になったとか......
う〜ん これは わかる わかりすぎる!(苦笑)

それはそうと 20人ばかりの小学生のうち
「英語を話せるように なりたい」
「外国に行ってみたい」
という子供は9割を超えていたのには 驚き!
それが出来るための学校教育が行われているかは 不明だが
外国語を身につけたり 外国の生活に溶け込むには 
その国の伝統や文化を知らずにはありえないことを 
子供達に伝えてほしいものだ。
もちろん 自分の国のことも話せないと 外に行ったら なめられるから
学校の先生 お父さんお母さん そこんとこ よろしく!(笑)

........って 9月は 真面目路線?
ゴーンさまって素敵だったわ(はあと) ← やっぱ この路線だな
ぷぷぷっ



2002年09月01日(日)
retire



結婚して 子供ができて なが〜い夫婦生活を送りながら
やがて迎える定年
できれば あとは 穏やかに暮らしていきたい
みんな そう思っているだろう

所詮他人同士の夫婦
縁あって結婚して その後 問題が起こらない夫婦は めずらしく
ケンカすることがあっても そんだけ長く暮らしていれば
その年数が 諦めなのか 慣れなのか わかんないけど
それなりに生きていくものだと 
その中で ささやかな 喜びだとか 楽しさだとか
見つけながら ふたりで歩いていくもんだと

そう思ってた

なのに

おやじが こぼした

今は これまでの人生の中で 最低な毎日だ と
初めて聞く おやじの愚痴だった

原因は 母との性格の不一致 考え方の違い
同じようなことを 母からも 聞かされた

そんなこと わかって結婚したんじゃないの?
こんなに長く夫婦やってんだから なれてるんじゃないの?
離婚しなかったのは 子供の為だったっていうんじゃ ないでしょうね?
今更 別れる気が ないんなら うまくやれば? おとななんだから

こんなことって ありなんだろうか?
何十年も ソリの合わない者同士が なぜ 一緒に暮らしているんだろう
それぞれが 懸命に人生を走り終え のんびり老後を迎えられないとは...

同じ おんなだから 母の言い分も わかる
でも 仕事に追われている身だから
おやじの せつなさも 充分感じる

何十年も 家族のために働き 給料を運んできた 
サラリーマンだった おやじ
そういえば 定年直後 働けなくなった自分は 
給料を家族に渡せなくなった自分は
無用の人間だ と 落ち込んでいた時期が あった

十代の頃から 思っていた
結婚して もし その生活が耐えられなかったら
離婚できないことを 子供のせいにしたくないから
それって きっと お金がないことが理由なんだろうから
働けるうちは 仕事をする 
結婚しても やめない
そして 今に 至る  
考え方は 変わらない

失敗だと思う結婚を どこも こんなもんさ なんて いいたくない
うまくいかないから 外に目を向けることを 正当化したくない
楽しくない ふたりを続けるくらいなら ひとりのほうが いい

失敗しても また やりなおせる 
この言葉が ウソのように聞こえてならない