2013年10月10日(木) |
その力がなくて何が悪い |
へとへとだが、片づけなど不在の後処理に追われる。
最近、「受援力」なる言葉があるらしい。 曰く、被災地が地域外からのボランティアや支援を受け入れる「力」 のことだそうである。
「○○力」の濫用が著しい。 赤瀬川源平先生だって、頭をかかえている。
まったく意味がないか、むしろ害悪であるか、本来清濁併せ持つようなものへ、 何かプラスの意味が(意味だけが)ある、と人々に思わせ、行動を喚起する、 姑息な慣用句になりつつある。
その力がなくて何が悪い。
メディアや発信者を問わず、 「今のままではダメだ」と人々に訴えるメッセージには、慎重になるべきだ。 今までろくなことがなかったからだ。
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蛇足であるが、 作者が意図しない方向に意味を変えて暴走した言葉をもう一つ。
酒井順子氏の「勝ち組」である。
エッセイ「負け犬の遠吠え」は、いま世の中で間違って使われている 「勝ち組」に入るような、仕事も美しさも申し分ない女性が、 ささやかな幸せを手に入れることができないことについて、 自嘲気味に「負け犬」と評したもので、野暮に手を加えるならば、 「なのに負け犬」「だけど勝ち組」という、単純ではない意味合いを帯びていた。
そうだから、ベストセラーになったんである。 それが、浅ましさを煽る人々に利用された。
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ついでに、変な普及をした言葉をもう一つ。 それは、「○○。」の見出し。
「本日のおすすめ。」とか、「○○のご案内。」とか、 文章ではなく、本来句読点を要さない見出しへの「。」が、 当たり前のようになっている。
言わずもがな、「モーニング娘。」の「。」がその源である。
金田一先生もびっくりの、文法革命である。
下品であることこの上なしと思うが、 当のつんく氏が不本意だと思っているかどうかは、私に測り兼ねる。
2006年10月10日(火) 傍若無人な行為 2004年10月10日(日) 他人の無念
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