浅間日記

2009年09月11日(金) その神様の管轄は

私は神だ、という風変わりな老人に向かって、
その孫である男が、それではなんの神様ですか?と問うと、
選挙事務所の神様じゃ、と答える話。

マンガの話である。

私が気に入ったのは、男が、何の神様か?と訊ねたこと。

日本には八百万の神様がおられるのである。
神とは、そういうものだったのである。

けれども最近めっきり、この世に神様というのは、
絶対的な力をもつ一人しかいないと思われてしまっている。
そんな気がする。

そのほうが、宗教において-宗教法人において-、
君臨と平伏の構図を描きやすいからである。

そんな構図に嫌気がさしたものは信仰を自分から切り離し、
お好みの向きは、教祖を求めて彷徨う。

そしてどちらのケースも、日本人の心の安定を遠ざけているような気がする。祈りをなくするということも、特定の何か一つに服従的に祈りを捧げるということも。



神様は色々な場所にいる。
水のあるところ、火のあるところ、子どものいるところ、商売をするところと、
きっちり管轄が決まっているのが、日本なのである。

寿司屋にだって「小僧の神様」がいるのだから。

2007年09月11日(火) 馬謖を斬れ
2006年09月11日(月) 他動詞との戦い
2005年09月11日(日) 生は希望
2004年09月11日(土) 死と悲嘆の必要性


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