射すような日差しが異様な晴れ日が続く。
もともと内陸の山国で乾燥するこの土地は、 こんな晴天が続くと、砂漠にいるような乾いた空気に覆われる。
土地区画整理事業によって最近整備された街区に用足しにでかけ、 ピカピカ新品の、しかし恐ろしく貧相な町並みに辟易する。
草木一本生えないコンクリートジャングル-既に東京などの大都市では死語であるはずの-には、所狭しと、安普請の家が建てられている。 新しい道路に植栽スペースはなく、アスファルトの照り返しが焼け付くようである。
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田舎の都市というのは、緑化政策が著しく立ち遅れている。 緑などそこらへんにいくらでもある、という慢心がそうさせている。
田舎町の緑の潤いは、農地や森林、古くからある民家の植栽によっている。 それらは、自然と人工の中間的な、信州の美しい田舎風景であった。
行政が予算を確保し、都市のインフラストラクチャーとして整備したり担保した緑資源がどれだけあるか、と検証すれば、もうほとんどお粗末なのである。
そのお粗末な状況のままで、農地や森林や民家に開発をかければ、どのようなことになるか。 骨粗しょう症のように、変化に対応できない脆弱な街ができるのである。 そしてそこには、砂漠の民ベドウィン族のような気性や文化が育つのである。
いくらでもある自然は既に過去の幻と自覚して、都市の緑を作る努力を急いでするべきだ。
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件の再開発地区には二度と足を踏み入れないようにしようと心に決めたばかりでなく、 いっそこの街を出て緑豊かな東京に戻りたいとさえ思った。
2006年04月09日(日) 2005年04月09日(土) 不審者侵入 2004年04月09日(金) somebody laughing inside
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