急な冷え込みは、どうやら当分収まらないらしい。 遠くの山は既に白く、分厚い雪雲に隠れて今日はその峰さえも見えない。
まあ家族みんな元気を出そうと、バレエの鑑賞に出かける。 Hさえもが、このイベントを盛り上げようとしている。
Aは、恥ずかしいぐらいにおめかしをして、 N先生に頂戴した舶来のコートを着て、 コサックダンサーみたいな毛の帽子を被る。
うっとりと鏡に見入る一方で、本当はこんなきまりすぎた格好で外へ出ることは、自分には恥ずかしいのだと言う。
私も、防寒と装いの折り合いがつくぎりぎりのところで、いささかの衣装を纏う。 Hも数少ない登山服以外の服を着る。Aがそれを見て、驚いて笑う。
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AもHも、バレエはもちろん、生のオーケストラ演奏も初めてである。 序曲が始まった瞬間に、Aがわあ!と小さく歓声を上げていた。 ピットをのぞいて、この音は誰が鳴らしているのかと、探している。
マーシャが出てきて、ドロッセルマイヤーさんが登場し、 いよいよ小さくピンと背筋を伸ばしては、舞台に魅入っている。 ねずみの怖い場面は、帽子を握り締めて一生懸命恐ろしいのをがまんした。
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休憩時間。Hはプログラムを読みふける。
数年前までのHならば、絶対にこうした場所へ同席しなかった。 クライミング以外のことに時間を割くことについて、 彼は自分の中に極端な罪悪感をかかえていた。
そういう男が、こういう世界も見てみたいと思い、 プログラムに書かれているダンサーの経歴から、 この人はどうやってこうして一流になったのか、 毎日どんなトレーニングをしているのか想像している。
よくわからないが、道を究めている人の何かを、 分野を問わず、自分の中の糧にしようとしている。
ずいぶん変わったなあと感心した。 そしてもちろん、3人みんな、バレエも心から楽しんだ。
2006年11月21日(火) 2004年11月21日(日) 善意の総量
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