其処に滞って居た香りが、 幾ら仄かでも。
其の香りは、 対敵行動を暴発させ得る、 劇薬だから。
瞬時に、 鮮明に、 過去が蘇る。
唇の感触と。
バナナの様な、 嫌な匂い。
今擦れ違った男は。
其の敵とは、 別人な筈なのに。
酔いに委せて、 迷走する其の対象を。
やっとの想いで探し当て、 捕獲した瞬間に。
「男なんかみんな同じだよ!」
街中の、 人の視線も省みず、 突然大声で泣き出して。
それでも。
皆同じ男に分類される筈の俺に、 必死に抱き付いて、 必死に背伸びをして。
あの時姫は、 俺の唇をせがんだ。
吸い込まれる様に、 口付けた時。
俺は姫への想いより、 軽々しく見ず知らずと会った姫への怒りと、 敵に対する本能で動いて居た。
ついさっき、 別の男に陵辱された此の唇を。
俺の唇で上書きする目的で、 姫に口付けた。
「俺が消してやる。」 「だからもう泣くな・・・」
其の言葉は誤りで。
何の想いも存在しない、 陵辱の延長に違いなかったから。
今尚、 劇薬に触れると。
姫にも俺自身にも、 嫌気が指す。
擦れ違い様に。
僅かに嗅覚を刺激した、 此の、 バナナの様な香りは。
きっと、 姫の唇を奪った男の匂いだ。 |