無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年12月03日(月) 平和だねえ。/『蒼い時』『華々しき鼻血』(エドワード・ゴーリー)ほか

 昔、立川談志が高座でマクラに振ってた話。
 暗い事件が多いって言ってるけどよ、世の中明るいから暗い事件がニュースになるんで、明るい出来事がニュースになってたら世の中暗いってことなんだよ」
 ……ここ数日、明るいニュースばかり報道してますねえ。

 小泉純一郎首相まで、「女性天皇を否定する人は少ないと思う」と発言するに至ったが、だから「少ない」のに、これまで皇室典範が全く改訂されなかったのはなぜなのか、みんな触れようとしないのはどうしてなのかねえ。
 だからいるわけでしょ、例え少なくっても強硬に「男性天皇」に拘る人たちがさ。しかもそいつらは一切、メディアに姿を現そうとしてないんだぜ。
 報道がそこを突っ込もうとしないのはどうしてなんだよ、靖国の時にはああまで騒いだのに。

 その小泉内閣の支持が、一時期70%台まで落ちていたのが、再び80%まで回復したそうな。
 理由は「道路交通公団や特殊法人改革が進んでいるから」ということだそうだけれど、進んでるかあ? これもメディアで散々「イメージ先行」と批判されてるのに、支持率はなんだかんだ言って安定している。ネットなんか見てても、「小泉首相を支持しない」という意見、結構多いのに(っつーか、批判意見しか見ないぞ)、どうして支持率が下がらないか。
 結局さあ、「小泉さんもアテにならねえよな」とか日ごろ言ってるやつだって、「支持しますかしませんか?」と聞かれたら、「いや、しないってわけじゃないよ」と腰が引けて、イエスの側に回ってんだろう。私も「支持するか?」と言う聞き方だされたら、「どっちでもない」とは答えにくいし。「実績」はなくても、「期待」を込めて「支持する」と言っちゃいそうなんだよねえ。
 結果として、「支持する」人が圧倒的に多い、という実態のない数字だけが先走ることになる。なってんじゃないかな。
 アンケートとか出口調査とか、こういうのが基本的に「情報操作」の手段なんだってことはニュースを見る時の常識として知ってなきゃいけないのだ。ホントはね。

 実際、マスコミはどこの国でも情報操作をするものなんだが、ちょっと疑問なのは日本の場合この「常識」が当てはまるのかどうかってことだ。
 つまりね、この質問のし方、あえて小泉支持の高さを数値化してみせて、国民の政治意識の低さを反作用的に批判する手段かなあなんて考えることもできるんだけどね、さて、どうでしょう、そこまでのアタマが今の日本のマスコミにあると思いますか(^^)。
 つまり、「情報操作の手段」だけが横行しているけれど、その「目的」が全く意識されてないんじゃないか、その「手段」にマスコミ自体が振りまわされてないかって言いたいわけ。小泉支持はどこまでホンモノか、それを突っ込んで取材したニュースを私はほとんど知らない。

 イメージ先行というもの、バカにしていいものではない。
 小泉さんを一所懸命ヒトラーになぞらえようとした党があったが、「悪」であれなんであれ、印象付けることが出来れば、それを「善」のイメージに転換することだって可能なのである。
 もちろんそのためには情報捜査のエキスパートが背後にいることが必要なのだが、小泉首相の離婚歴もまるでマイナスに響いていないことを考えると、なかなかのヤリ手が首相の後ろにいるんじゃないかな。
 今年の「流行語大賞」の授賞式に小泉さん、わざわざ出席したが、これなんか綱渡りのパフォーマンスである。
 「この問題が山積の時期に何やってんだ」という批判だって受けかねないのだが、見事に「決意表明の場」にしちゃうんだもんなあ。「聖域なき改革」って、実際上、日本が「聖域だらけ」だってことを証明して見せただけなんだがね、今のところは。

 その流行語大賞、「生物兵器」なんて私にとっては別に流行語でもなんでもない耳慣れた言葉まで受賞している。もっとも、そう感じるのはアニメファン、特撮ファン、軍事オタク、そういう連中かな(^_^;)。
 つまり一般的には全然知らない言葉だったってことなのか。
 ……世間って、そんなに無知? 
 「同時多発テロ」というコトバ自体がノミネートされなかったのも理解に苦しむなあ。こっちのほうがよっぽど人口に膾炙したんじゃないかと思うんだけど、流行語大賞には、やっぱり希望あふるるものを選ばなきゃってことなのかねえ。……だから、暗いニュースが流行ってるほうが世間は平和だってことで(冒頭に続く)。


 夜、友人のこうたろうくんから電話。
 しばらく日記の更新も遅れてるし、たまに書きこんだ内容が「病気だ発作だ」と縁起でもないことなんで、心配してくれたものらしい。
 のわりに「イヤ、たまには声聞きたくてさ」とかこちらに気遣わせまいとするココロ遣いをしてくれるのがなんとも嬉しい。
 しばらくメールも送ってなかったので、近況や、劇団のことなんかを延々と喋る。
 「やっぱりパソコン者の仲間を増やしたいよなあ」とか話すんだけど、劇団の連中、ほんとにビンボー人ばかりなのだ。
 もっと働けよ……(+_+)。
 気がついたら結構な時間を話していた。遠方からなのに、相当電話代使わしちゃったようだ。オタクは話し出すとトマラネエからなあ(^_^;)。いや、申し訳ない。


 マンガ、和田慎二『ピグマリオ』6巻(メディアファクトリー・819円)。
 いいなあ、天才彫刻師バッコス。
 「精霊の像を彫るなら精霊を見に行かなくちゃ」と、人間の身でありながら天界に行こうと考える。
 虹の端っこをつくり雲を積み上げて天界に登る。
 オリエの姿を見て、ガラティアの像を彫り上げる。
 「天才バッコスに不可能はなーい!」
 実は『ピグマリオ』の世界観から行くと、ただの人間にこういう能力があるのは設定的に矛盾なんだけど、なんかこういう飄々とした浮世離れしたキャラ、好きなんだよね。
 オリエもクルトと一緒に旅するようになって、これでようやく折り返しの6巻、けれど和田さんの構想は現行の十倍はあったそうなのである。するってえと、メディアファクトリー版でも120巻、元の白泉社版27巻は構想通りなら270巻。……マジでライフワークになるじゃん(^_^;)。
 ファンタジー系の作品書こうとするとどうしてみんなそんな大言壮語吐くようになるかね、栗○薫みたいに。


 エドワード・ゴーリー/柴田元幸訳『蒼い時/L'Heure bleue』(河出書房新社・1050円)。
 山口百惠引退作……ってこのネタも若い人にはもう分らん(^_^;)。
 ああ、でも毎回、巻末の柴田元幸さんの詳細な解説は非常にありがたい。
 アメリカ人であるゴーリーの絵本のタイトルがどうしてフランス語なのかっていうのは、英語圏の慣用句で、「黄昏どき」を表すそうである。
 日本人だって、カッコつけてトワイライトなんて言ったりするから、そんな感じなんだろうな。して見ると山口百恵、結婚前に既に人生の黄昏を感じていたか?(いや、アレはまだ若い時って意味だろうけど)
 確かにこの絵本、全編“青”で統一されている。
 カバーを取ると、装丁も真っ青だ。
 “T”というセーターを着た2匹の犬(獏?)の黄昏どきの会話をただただ綴ったもの。解説によれば旅嫌いのゴーリーが唯一遠出したというスコットランド旅行での思い出を綴ったもの、ということだが、ゴーリー氏、黄昏どき以外はずっと寝てたんだろうか。
 ゴーリーの絵本は本文を全編紹介することにしてるので(そうしても実物の絵を見ないとその魅力は解らない)、ちょっとお付き合い願いたい。番号を付したのは私だが、それは本作がストーリーに連続性のない惹句集形式だからである。

 1、あいしあお 。(←「あ」の字は半分欠けています。「お」の後には多分「う」が入るるはずなのでしょう)
 2、生きることじゃなくて、生きてもらうことが大事なんだ。
   そのひとこと、ほかのいくつかと一緒に 書き留めておかなくちゃ。
 3、週に一日僕は___しない。でもそれが何曜かは誰にも言わない。
   先週は木曜だったろ?
 4、ワインはすごく早くあったまる気がするね。
   君の考えてることが重要なのか 僕にはわかったためしがない。
 5、___たちにはかなわないねえ。
   こっちがあそこに住めばの話さ。
 6、僕は絶対 他人の前で君を侮辱しない。
   君の言うことはすべてつながってるってこと 僕はつい忘れてしまう。
 7、パセリのサンドイッチが食べたいな。
   僕の知るかぎり 今はその季節じゃないね。
 8、人生のすべてが メタファーとして解釈できるわけじゃないぜ。
   それはいろんな物が 途中で脱落するからさ。
 9、僕がいつも言っているとおりね。
   わかってるさ、ただ君がそう言うのを本当に聞いたことは一度もないと思うけど。
 10、カンパンヨー−イス ノ リョーキン ワ トクベツ ニ イクラ デス カ?
   キブン ガ ワルイ。(←これ、原文も日本語です。でもこれが一番意味不明。どうやら「船酔いしたので甲板で一休みしたい」ってことらしいけど、ニューハンプシャーで船に乗ることあるのかいな)
 11、それって沈没よりひどい運命じゃないかな。
   でもこれ以外のなんてないぜ。
 12、______って作家なんだね。
   紹介してあげられるかどうか ちょっとわからないなあ。
 13、あっちの方で 僕らには思いもよらないことが起きている。
   ひょっとして 何か未知の 恐ろしい状況のせいかも
 14、違うふうになると思ってたのに。
   <まったく同じに/とにかく違うふうに>なったじゃないか。
 15、Foodとは?
   ニューハンプシャーにある小さな町。

 ううん、正直な話、柴田さんの解説は面白いんだけど、肝心の訳が原文のニュアンスを伝えきれてないな。
 2なんか、「生きてることより、生きてくことのほうが大切さ」とした方がずっといいし、そのことへの返事も「覚えとくよ。もっとも覚えとかなきゃならないことはほかにもゴマンとあるけどな」としないと、マジメ腐った意見をからかって揶揄してる様子が伝わらない。
 4も、ごく普通の感覚の持ち主なら、「ワインって、すぐぬるくなるよな」「何をどーでもいーこと考えてんだよ」って訳すぞ。冷えたワインの温度が、常温中に放置しといたら高くなることを「あったまる」とは言わん。
 最悪なのは6。これは「僕は絶対、君を人前でバカにしたりなんかしないさ」「君が何を言おうがいちいち覚えちゃいないよ」としないと、ホントにワケ判らんじゃないか。原文は“I keep forgetting that everything you say is connected”。直訳すれば、「君の言うことの一つ一つがどうつながっているのか、僕には記憶しきれない」ってとこか。実際、哲学っぽいこと言ってる人って、やたら喋くりまくるけれど、頭が混乱してるだけってことも多いしねえ。
 訳者の柴田さん、米文学者の研究者ということだけれど、研究しすぎて肝心の言語感覚がなくなってきてないか。訳を読んでみて意味不明に見えるのは、原文のせいじゃなくて訳の下手さのせいじゃないのかな。

 もちろん、原文そのものにしかけられてる韜晦もある。
 15では「Food」ってのはニューハンプシャーにある町のことだと言ってるけれど、そんな名前の町はないそうだ。けれどこれも、やたらコムズカシイことを言いたがる相棒に対する「もうあんたには付いてけまへんわ」っていうナゲヤリ発言だと思えば、全然難しくない。
 文学者とかいうアカデミズムに毒された人たちが勘違いしてることは、「哲学」ってのがやたら御大層なもんだと思いこんでる点にある。西欧じゃよう、「テツガク」なんてよう、別にお偉いさんの机上の空論じゃなくて、そのへんのオッチャンオバチャンだって日常フツーに感じたり考えたりしてることなんだよ。
 フォレスト・ガンプ曰く、「人生はチョコレートの箱みたいなもんだ。何が出て来るか分らない」。誰もが思いつく比喩こそが普遍的なんだよ。
 と言うわけで、訳者が一番「むずかしい」という8の訳の「正解」をご紹介。
 「人生を何かに例えるのってムズカシイね」
 「考えてるうちにワケわかんなくなるからだろ」
 だからこの本、「ものごとを難しく考えるなよ」って本なんだよ。訳者にこそ、このコトバの意味をちゃんと考えてほしいもんだね。

 今度からゴーリーの本紹介する時には、自分で訳した分を紹介した方がいいかなあ。でもそうすると今度は誤訳がボロボロ出るに決まってるのだ(^_^;)。
 

 もう一冊、ゴーリー本。
 同時発売の『華々しき鼻血/The glorious Nosebleed』(河出書房新社・1050円)。
 「鼻血」本だけに、今度は装丁も全部赤。青本と赤本の同時発売なんて、凝ってるなあ(^。^)。
 表紙に、岩場で鼻血出して卒倒してる男と、そいつを無視して彼方を見つめる二人の男の絵が描かれている。
 で、裏表紙には、その鼻血の跡を匂う犬の絵。
 実は表題の「鼻血」、この二ページにしか出て来ない。どんなに個人的に大層なデキゴトでも、所詮は犬が舐める程度のことでしかないってことを言いたいのかな(^^)。
 本文はゴーリーお得意のアルファベットもの。残念ながらこればっかりは日本語で「あいうえお」に置きかえることは不可能。というわけで、本文紹介はもとのABCの単語も併記します。

 A Aimlessly    あてどなく こだちを さまよう。
B Balefully    まがまがしく こ(子)らにらむ いきもの。
C Clumsily    ぞんざいに きょう(供)された プディング。
D Distractedly  きもそぞろに ホイスト。
E Endlessly    とめどなく あみたる マフラー。
F Fruitlessly   いたずらに ちかしつ さがす。
G Giddily     くらくらと すなちで おどる。
H Hopelessly   やるせなく みつめる まどのそと。
I Inadvertently  うかつにも さんばしから おちる。 
J Jadedly     ものうげに もてあそぶ ビーズ。
K Killingly    ばっちりと きめた さんにんむすめ。
L Lewdly     わいせつに わがみ をさらす。
M Maniacally   らんしん ひろまを かけぬける。
N Numbly     ぼうぜんじしつ きしゃのなか。
O Ominously    ふきつに よびりん なりひびく。
P Presumably   さっするに トランクの なか。
Q Quickly     てばやく てばなす。
R Repressively  ねちねちと よくあつてきに こごと。
S Slyly      ひみつり(秘密裏)に かけら ほうむる。
T Tearfully なきぬれて へやを とびだす。
U Unconvincingly しらじらしく しゃくめい こころみる。
V Vapourously   おぼろげに おくじょうに うかぶ。
W Wilfully    こい(故意)に くるま ぶつける。
X eXcruciatingly たえがたく うたわれた うた。
Y Yearningly   せつなげに みおくる さりゆくひとを。
Z Zealously    むがむちゅう なにもかも かきとめる。

 わはは。知らない副詞がいっぱいだ。
 多分、英語圏でもそうそう使わないような副詞も集めてるんだろうな。
 絵がないとなんのことを説明してるのかわからんと言われる方もあろうが、一つ一つの短文自体、相互にまったく脈絡がないので、例えばAさんがどうして木立ちをさ迷ってるのかは全然分らないのである。
 町中で、道端で、私たちは誰かとすれ違い、ほんの一瞬だけ見知らぬ人と時間と空間を共有することがある。
 それは例えばほんの断片的な会話を聞いたりすることであったり、ちょっとした喜劇的、あるいは悲劇的情景に出くわしたりすることでもある。
 喫茶店で、恋人同士の別れ話の現場に、偶然、立ち会った時の至福感を味わった方はおられようか。ここに紹介されている情景は、ちょっと普段出会うことのない、そういう人生の断片集なのだ。
 そしてそれを描きとめているのが、“Z”のエドワード・ゴーリー自身というわけ。

 訳文については『蒼い時』同様、「もちっとこなれた訳はできんのか」と言いたくなるが、全部はとても触れきれない。
 「ぞんざいにきょうされたプディング」なんて日本語じゃねーって(^_^;)。プリンをプディングって発音するやつも私は嫌いだが(^^)、絵はウェイトレスが客に出したプリンがひっくり返ってるところなんだから、「乱暴に出されたプリン」とかでいいんじゃないか。何を気取って「供された」なんてコトバ使わなきゃならんのか(原語は“served”だから間違いじゃないが、こういうところにこそ訳者のセンスが表れるのだ)。

 でも、本作がゴーリーの代表作の一つだってことは間違いないところだろう。
 ゴーリーの絵本は決して子供向けのものではない。
 子供に自らの陰部を晒して見せるヘンタイ男を描いた“L”など、うっかり子供に見せてしまって、「ねえ、このおじちゃん何してるの?」なんて聞かれちゃったら、親は返答に窮してしまうだろう。
 ……それを狙ってたりしてな、エドワード・ゴーリー(^o^)。
 ABCの名前を持つ子供たちが次々に死んでいく『ギャシュリークラムのちびっ子たち』同様、ABC物にはゴーリー氏、思いっきり乗っちゃうようである。

2000年12月03日(日) この日記も歴史の証言/映画『エクソシスト2』ほか


2001年12月02日(日) ナンビョーY子さんのHP/『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(貞本義行)ほか

 ナンビョーY子のリカバリ室
 http://homepage2.nifty.com/nambyo-yko/

 なんだかいきなりのURLで驚かれたでしょうが、これは本日付けでめでたく開設いたしました、ナンビョーY子さんのHPであります。

 え? ナンビョーさんを知らない? 嗚呼。それは大変残念。
 では、ソルボンヌK子さんの『男前。』はご存知でしょう。
 なに? それも知らない? 嗟乎。それは大変無念。
 ならば、唐沢俊一氏の一行知識ホームページもご存知ないか。
 ご存知ない。噫呼。それはもう、なんというかとてつもなく怒り心頭というか怒髪天を突くというか、おいコラその素っ首前に出しやがれこのダンビラでぶった切って犬の首とすげ替えてやらあと言うか。

 まあなんだか坂口安吾と筒井康隆を混ぜたような下手な趣向でご挨拶いたしましたが、掲示板でも紹介ずみですが、先日から私が懇意にさせていただいているナンビョーY子さんのHPが立ち上がりました。

 ナンビョーY子さんは、「悪性褐色細胞腫」という悪性疾患と闘病中です。全国でも数例しかないという珍しい病気ですが、5年以内の生存率が0%といわれるほどの難病なのですが、持ち前の元気で、発症してからも5年以上、頑張っていらっしゃいます。
 ふとしたことがきっかけで、Y子さんからメールを頂き、お話をうかがう機会に巡りあいました。唐沢俊一さんの一行知識ホームページ内にある、ソルボンヌK子さんの日記、『男前。』で楽しいメールのやりとりをされていたのがY子さんです。
 私はシメっぽい話が好きではありません。
 病気やケガを自慢すると、「不謹慎だ」とか、「同情を買おうと思ってるんじゃ内か」とか言われることもありますが、そうではありません。
 「病気」はその人のアイデンティティなのです。
 なにをムチャ言いよるんや、とお怒りの方もいらっしゃるかもしれませんが、例えばこう考えてみてください。
 先天的にある種の病気を抱えて生まれて来た人がいたとします。ならばその人は、そういうカラダに生んだ両親を恨みながら育つものでしょうか。必ずしもそんな人ばかりではないと思います。他人を「健常者」と呼び、自らを「障害者」と認識する。予めオノレとタニンとを差別化してみるから、ウラミや憎しみ、嫉妬の心が起きる。
 そんなふうに考えなくても、人は自らの病気を友としてつきあっていくことが出来ます。横溝正史などは、70を過ぎて持病の結核が治ってしまった時、親友と別れるほどの寂しさを味わったと言います。
 私たち病人がなにかをしようとして突然襲ってくる発作、怪我や病気の苦しみ、痛み、それはまるで病気を見捨てて行こうとするのを引きとめるビョーキちゃんのジェラシーのようです。
 だから私たちは病気自慢をするのです。

 私の妻のしげは、私が抱えている病気や、過去にあったケガの話をすると、「いいなあ」と言います。「カッコイイ」とも言います。「そんな経験、したことないもの」と。
 実際、その病気と戦ってきた、乗り越えようとしてきた、それが私たちの心を形成し、成長させていったことは間違いないことなのです。病気なくして今の自分はありえない。そう認識した時、果たして人は「病気自慢」しないでいられるものでしょうか。

 Y子さんのからだは、手術5回を経てもなお、肺に4個の腫瘍がのこっています。けれど、Y子さんはHPを立ち上げたのです。
 「インターネットを通して、難病と闘っておられる方と共に 励ましあったり、あるいはバリバリの健康体の方達の元気を たくさんいただけたらという想いを込めて立ち上げたHPです」
 Y子さんの巻頭言です。
 Y子さんのエッセイや、ソルボンヌK子さんとのやり取りの記録、Y子さん以外にもここに集まった人たちの楽しい「闘病記」、コンテンツは盛り沢山です。ぜひともみなさん、お立ちより下さい。

 ホントは相互リンクしていただける手筈になってたんですが、リンクの張り方が分らない……(^_^;)。
 パソコン操作は全てしげの指示を仰いでいる(っつーか、私はマジでデクノボー)ので、しげと一緒にいるまとまった時間がないと、どうにもなんないの。……ううう(T∇T) 。


 夕べアソビ過ぎたのだろう、今朝も寝過ごして、『パワーパフガールズ』には間にあわず。来週こそは7時から『パワパフ』見るぞ。
 芝居の練習に出かけようとするしげに、「帰りはいつになる?」と聞いたら、公演が近づいてきているので、今日から練習は6時半までになるとか。
 それじゃ、日曜に映画に行くのはほぼ不可能じゃないの。ホントになかなか一緒になれないなあ。行き帰りの送り迎えがなかったら、一日に会う時間がマジでなくなっちゃうよなあ。
 いや、別にいつもいつも一緒にいたいわけじゃないんだが、一緒にいないとしげの機嫌がどんどん悪くなるのだ。ストレスを自分でうまく発散できるやつならいいんだけどねえ。セルフコントロールのできないやつだから、結局、私がお守りせねばならない。
 ……こんなこと書くと決まって、しげは「一緒にいるのイヤなんだ」と拗ねるんだよな。ちゃんと「いつもいつも」って注つけてるのに。どうもこういう無意味なジェラシーごっこをして楽しむ悪いクセがしげにはあるのである。……それって、人前でイチャツクのと同じくらい恥ずかしいことなんだって自覚を持てよ、頼むからさあ(ーー;)。
 

 『ガオレンジャー』はなんかクリスマスネタ。ちょっと気が早いな。雰囲気がアダルトになったとか聞いてたんで久しぶりに見てみたけど、別にいつもの戦隊もの。私が見る回ばかりハズレにあたってるのか?

 『仮面ライダーアギト』第43話。
 津上翔一の本名は沢木哲也だった、……と分ったものの、美杉家では相変わらず「翔一」扱いされるムリヤリギャグ。何度も書いてるが、コメディリリーフとしてはこの美杉家の人々と翔一のやりとりなんかも、氷川と翔一のかけあい漫才同様、ストーリーの邪魔にしかなってないんだよなあ。
 そろそろ真魚をちゃんとヒロインとして立たせて、どうやら秘密の一端を握ってるらしい美杉教授を悪役に仕立ててほしいんだけどなあ。もう後10話ないぞ。
 既に次の『ライダー』の情報もいろいろ飛びかってるし、ファンの気持ちは次作に移りかけてるのだ。ここでキチンと盛り上げないと、せっかく新世紀を迎えて石森ブームがおきかけてる(と私は勝手に思ってるが)流れが途絶えちゃわないか。

 『コメットさん☆』第36回「みんなの王子さま」。
 ああ、切ない顔のメテオさんがいっぱいだあ。
 今回は世界で活躍中の有名デザイナー、アイコ・キミハラはイマシュンこと今川瞬の母親だった! というスキャンダルネタ。
 イマシュンこそがタンバリン星国の王子様か? と思っていたメテオさんの落ちこみぶりが激しく、あえてコメットさんとイマシュンをくっつけちゃおうというヤケな行動まで取らせてしまう。
 こういう魔法ものの常として、ライバル魔女は絶対に幸せにならないから(^_^;)、メテオさんのヤケっぷりも分らなくはないんだが、「スピカおばさまが地球人と結婚した」という設定が、案外「メテオさんとイマシュンがいずれくっつく」という結末の伏線になってると思う。もしそうなら、このアニメ、ライバル魔女が幸せになる初のアニメになるかも。
 ……はい、相変わらずメテオさんに入れこんでおります(^^*)。


 『サンデープロジェクト』で、田原総一朗が新宮様の後継問題について熱弁を振るっている。
 「皇統が直系の男子のみっていうのは軍国主義の名残でしょ?」
 こういうことをハッキリ言えるのは、なんだかんだ言ったって実際に田原さんくらいのもんなんだからね。
 菅直人、田原さんに詰め寄られても「私は女性天皇でいいんですがこれは慎重に決めないと」なんてノラリクラリ。だからだれも女性天皇に反対してるやつがいないのに、どうして「慎重に」なんて言うのだ。結局この日本の中心を担ってるのが右翼だってことを証明してんじゃないか。
 気分が落ち込んできたので夕方まで寝る。
 ああ、日記の更新が進まねえ。


 で、起きたらもう6時過ぎ。
 ああ、なんとか『009』録画出来た。
 アニメ、『サイボーグ009』第8話『トモダチ』。
 うわあ、なまじ完成度がムチャクチャ高いだけに、先週も感じた不満がフツフツと湧き上がってくるぞ。
 今回、ドラマの合間に挿入されるギャグもなかなかいい。
 実は私は、ギャグ担当になっている006や007はちょっとワザトラしすぎていまいち好きではなく、かえって日頃ギャグをやらない002とか008が崩れたりするのが楽しかったりするのである。
 いや、「ドルフィン号」の名付け親が003というのは至極納得。さすがセンスがおばあちゃん(←誉めてんだよ)。
 それを聞いた002が「ドルフィンごう〜!?」と驚愕するシーンがもう大笑い。そりゃ、ウェストサイドのヤンキーが納得するネーミングじゃないよなあ。「だからドルフィン号はヤメロ!」と名前が連呼されるたびに悲鳴を上げるのがいかにも002らしくっていい。キャラクターが生きてるよなあ。
 そしてブラックゴーストの幹部たちも今回一斉の登場。原作のプロローグで登場した死の商人たち、アニメでは009誕生のエピソードを先に持ってきてたので今までカットされてたんだけど、この0013のエピソードに挿入するというのは実にうまい演出だ。
 スカールがマンガチックなのはやっぱりちょっとどうかなとは思うけれど。ドクロのマスクもアレだけどさ、マントは翻すし、透明ロボットが姿が見えちゃった時の「なにぃぃぃぃぃ!」って絶叫はなんなんだよ。だから若本さん、濃すぎなんだってば(^_^;)。だいたい、あんな胡散クサイやつ信用していいのか、一応ウラの世界でのトップなんだろう、死の商人さんたちよう。
 しかしやはり不満は随所にある。
 作画が間に合わなかったらしくて、アテレコがズレてるところが目立つのもそうだけれど、0013との対決、前の0010との対決と比べると、加速装置のシーンのエフェクトのかけ方が甘くなっている。多分、残像一つ一つに「ブレ」をかける時間的余裕がなかったのだ。
 そして何より、やっぱり0013は唖のままにしとかなきゃ。口が利けないからこそ、必死で地面に指で「トモダチ」となぞる。これが泣けるんだからさあ。断言してもいいが、0013を唖にしたからって、どこぞの団体から苦情が来たりはしないよ。もしあったとしたら、そっちのほうがよっぽど差別者だ。
 ムリかもしれないけど、DVDが発売される時には、作画のリテイクだけじゃなくて、設定も原作通りに戻してほしいよなあ。
 さあて、いよいよ来週からは原作の「放浪編」に入るみたいだけれど、単発エピソードで綴るのか、それとも一気にベトナム編に行くのか、それともそれすら飛ばしてミュートス・サイボーグ編に行くのか。1クールだとそこまでが限界なんだよなあ。となると「地下帝国ヨミ編」まで行くためにはどうしたって2クールはいるぞ。
 みんな、海産物一家物語なんか見てないで、どんなに作画がヘタレても、ちゃんと009を見よう!


 『ワンピース』の感想は字数がオーバーするので簡単に。
 チョッパーの旅立ちだけで今週と来週の2週に分けるのはちょっと引き伸ばしすぎじゃないかなあ。
 ヒルルク名言集も三週続けてとなるとちょっとくど過ぎ。感動は押しつけ過ぎると覚めるよ。


 マンガ、立花晶『デジタルまんが生活』(白泉社・890円)。
 並み居る周囲のマック者の勧誘と脅迫に負けず、ウィンドウズマシンを駆ってデジタルコミックとホームページの作成にいそしむ過程を面白おかしく綴るコミックエッセイ。
 『サディスティック19』の作者らしく、ふつーの実録マンガのようでいながら血を吐くわゴルゴるわ、いや〜楽しい楽しい♪
 未だにホームページを立ち上げられない私にとって福音の書となるかと丹念に読みこむ。……結論。ホームページはムチカシイ……(+。+)。

 ホームページの参考書にも使えるやつと使えないやつとがあるんだね。しかしホントに「カウンターを付けるのは人気や技術を人に知らしめたいため」なんて批判的に書いてる本があるのか? 感謝の気持ちってのだってあるだろうになあ。
 オタクアミーゴスのお三方でも、カウンターの付け方が三者三様なのが面白いのだ。唐沢さんがカウンターを付けてないのは恐らくムチャクチャアクセスが多いだろうから数なんて問題にしてないからだろうし、岡田さんの「メール数でのカウント」ってのも「通りすがりの人でなく真摯なファンの人の数を」って気持ちからだろう。眠田さんは普通のカウンターだけれど、「来てくださった方はみんな歓迎」ってのがホームページの管理者としては当たり前の感覚だろう。

 タイピングソフト体験レポートの回、私は特にタッチタイピングに魅力は感じてないんだが、どうして『ゴルゴ13』に「手乗りキリン」とか「海水ブラジャー」とか意味不明な文章が出てくるのか、わけがわからんところが面白くて、つい買いたいなあなんて気分になってしまった(^o^)。
 ターゲットを狙ってる最中に「キッコウしばりのエキスパートの試験てあるのかな」なんて考えてんじゃねーよ、デューク東郷。

 巻末の野間美由紀、山田南平、水樹和佳子、杉崎ゆきる、早坂静、田村由美のパソコンライフを見るにつけ、ここまで技術が上達する日が私にも来ることがあるのかとしばし落胆。ブツブツブツ……。


 マンガ、GAINAX原作・貞本義行漫画『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(角川書店・567円)。
 買ったあとで気がついたんだけど、14日に限定版でフィギュア付きコミックスが出るのな。
 しまった。そっちで買っときゃよかった。
 ……誰か、300円でいいから、このコミックス、引き取らない?(^_^;)

 貞本版エヴァをお好みの人もいるんだろうなとは思うのだけれど、どうもアニメが先にあってからのコミカライズってのは、漫画家にとっては分が悪いように思う。せめて同時平行ならばともかく、後追いはそれなりの工夫をせねば、「なんだアニメと同じじゃん」と軽くあしらわれてしまう。
 かと言って下手に設定を弄くると、「アニメと違う!」と叩かれるハメになるのだ。
 博多弁で言えば「やおいかん」(=どうにもならない)のよ。
 今巻、アニメにはなかった加持の過去が語られる。彼はやはりセカンド・インパクトで孤児となっていたのだ。でもねえ、それを語ってるのが、あの最強の使徒が襲撃してくるときなんだよ。アニメでは加持が戦闘を背景にスイカに水を撒いてるあたりだ。
 アレは、シンジが「偶然、加持に出会って」、「目の前に危急存亡のときが迫っているというのに、それでもスイカに水をやっている」というシチュエーションだったからよかったのだ。もう一度エヴァに乗らなければならない。しかも早く。そういうシンジの決意を引き出すのに充分な緊迫感が生まれていた。
 けれど漫画じゃ加持がシンジを地下室に連れていくのな。場所を移動させたことで緊迫感のあったリズムが崩れた。「そんな悠長なことしてるばあいかっ!」てなもんだ。
 加持の過去を語らせるなら、もうちょっと、時と場所を考えるべきじゃなかったかなあ(見開きカラーページの加持の仲間たちのイラストはステキだったんだけどねえ)。
 このアレンジは明らかに失敗だと思うけれど、面白い演出もある。
 初号機がダミープラグを拒絶して、無数のスクリーンにシンジの顔が映し出されるシーン。演出的には劇場版『機動警察パトレイバー』第一作での「babel」の文字が無数に映し出されるシーンとほぼ同趣向なんだけれど、「エヴァにはエヴァの意志がある」と見せつける方法として考えるとこれはなかなかの妙手だ。
 テレビよりもずいぶん早い段階で、カヲルくんこと使徒タブリスも登場。
 カヲルくんも本当に罪な存在だったよなあ(^o^)。
 しかも今回、いきなリヌードでの登場だよ。次ページでシンジくんもヌードになってるから、何を考えての演出かはもうなんつーか、モロにアレだよね(^^*)。
 全国のヤオイ少女たちを狂喜させたのは、まあ、庵野さんのタクラミだからそれはそれでいいとして、結局、南極で見つかった「彼」を「アダム」って名づけたのは、ネルフの勝手なんだよなあ。
 要はただ、先史文明を築いた巨人を蘇生させたってだけのことじゃないのよ。少なくとも、従来のSFにはよくある手で(中身忘れてるけどホーガンの『巨人』シリーズがそんなんじゃなかったっけ)、あのときあんなに大騒ぎするほど目新しい設定でもなんでもなかったのだ。
 それより私が未だに気になってるのは、アダムの魂をサルベージして人間に移したのがカヲルくんだとするなら、あの入れ物としての肉体はいったい誰で、またなんでああいう美少年の肉体にしたのかね。……キールのシュミか?(^o^)

2000年12月02日(土) 『BLOOD』=『プロジェクトA子』?/アニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』


2001年12月01日(土) ご生誕。/DVD『ラ・ハッスルきのこショー』

 さて、12月1日は将来休日になるのかどうか(^^)。
 「また女の子か」とまではハッキリ言わないものの、どの放送局のニュースも、そういうニュアンスがウラに見え隠れしているのがイヤらしい。女で何が悪いというのだ。
 「万世一系はどうなる?」なんてテロップが流れてるのを見ても、結局、日本は戦前と少しも変わってないんだなあと感じて、暗澹たる気分になる。昭和天皇が人間宣言した時点で、神の子孫としての皇統の系譜も否定されたはずなのにねえ。放送局には「万世一系」という言葉を使うにあたって、「このコトバはマズイよ」と指摘できる知識のあるやつが一人もいなかったってことなのか? そこまでバカの集団に成り果てちゃったってのか?
 第一、ちょっとでも歴史をかじってりゃ、天皇家がやたらと途絶えてるってこと、常識なはずだ。継体天皇はいったいどこから来たのか、考古学的に証明できるものならしてみろ。
 歴史認識がどうのこうのという前に、知識そのものが欠けているのだ。
 「あとつぎは女でもいいのではないか」
 「いや、あとつぎは男でなければならない」
 今更こんなことを言い出してる連中は、昨日の日記にも書いたが、どちらも結局、皇室を「人間」としては見ていないのだ。個人として自立しえない脆弱な精神が、「天皇家」をその精神的支柱として利用しているだけだ。
 だいたい世間一般の人々は、皇室典範が男子を正統としていることも知らなかったようだし、皇室に男児がずっと生まれていなかったことも知らなかったやつらが大半じゃないのか。
 日頃は興味も関心もないくせに、どうして平気で旗が振れるのか。なにを彼らは「めでたがって」いるのか。
 

 また下痢で仕事は遅刻。
 こうしょっちゅうだと、職場での人間関係、最近ようやく調子がよかったってのに、またぞろ悪化しそうだ。
 でもねー、血便って、マジで貧血起こすんで、血が作られるまでは静かにしてないと、フラついて仕事にならないんですよ。

 結局職場には2時間ほど顔を出しただけで、すぐに取って返して帰ってきて寝る。せっかくの土曜日なので映画にも行きたかったのだが中止。
 昨日買ったDVDを見たり、本を読んだりして一日過ごす。


 DVD『シティボーイズミックス presents ラ・ハッスルきのこショー』。
 ああ、やっぱりDVDでも『ラ・ハッスルチエコショー』は収録されてない。恐らく「時代の風潮」とやらが変わるまではムリなのだろう。愚痴は以前の日記でも散々言ったので今回は省略。
 でももう一度だけ、一言だけ言わせてもらえるなら、芝居ってホントに「一期一会」なんだよ。そこでそのとき集まった人だけが共有できるユメでありマボロシなのだ。
 ……だから今度の5月にある(予定)のライブ、誰か一緒に行こうよう。
 

 しげも昼間は丸一日寝ている。
 なんだか最近、しげの描写が「寝ている」「食っている」の二つに集約されつつあるような気がするが、事実だから仕方がない。
 一応、寝ている耳元で「映画に行くか〜?」と囁くが、ウンともスンとも反応がない。これで「行く!!」と飛び起きられたら、下痢ピーのハラを抱えて出かけねばならないところだった。
 ホッ(´o`;)。


 夜、8時からAIQの集まり。初めは「反省会」の予定だったが、参加者が少ないとかで、結局ただの飲み会(^^)。
 昼間ゆっくり眠れたので、体調は大分回復している。
 7時になってもまだ寝息を立てているしげを起こして、出かける支度をさせる。
 「出かけるぞ、早く着替えろよ」
 「……はうあっ!!」
 「……どうした?」
 「“ぱんつ”がないっ!」
 「ないわきゃないだろ。洗濯はしょっちゅう“オレが”やってるぞ!」
 「でも、ないっ!」
 「探せよ、きっとあるから」
 「……仕方がない、あんたのを履こう♪」
 「……ちょっと待てええええい!」
 というわけで、あの日のしげは私のパンツを履いていたのだった。
 ……書いていいと言ったから書いたぞ、しげ。文句あっか。
 
 朝方に比べるとカラダも動いてくれるようになった。車で東比恵まで出て、それから地下鉄で天神へ。
 二十分ほど早く着いたので、福家書店を覗いて、新刊マンガを何冊か買う。時間に余裕はあるのに心配性のしげは「間にあわんよ遅れるよ」とうるさい。何となく買い損ないがある気はするが、せっつかれて中央広場へ。
 ほぼ時間通りに、エロの冒険者さん、獅子児さん、しおやさん、ぴんでんさん御集合。しかしつくづく思うが、AIQの女性率は少ない。私もオタクアミーゴスに興味を持ってくれそうな女の子の知り合いは結構いるのだが、とある事情でなかなか連れて来れない。
 でも、そのうちうまいこと舌先三寸でだまくらかして連れてきたいなあと悪巧みをしているのである(^^)。

 獅子児さんはビックカメラでビデオテープを山ほど買い込んでいる。これに全部、先日の公演をダビングするのだから大変だ。なんだか申し訳なくて、すぐにでも自分の分の代金を支払いたくなってしまったが、「現品引き換えでいいですよ」と言われる。
 あとでサイフの中身を見たら、今払ったら今月の生活が苦しくなるところだった。いやあぶねえあぶねえ(^_^;)。やはりその場の思いつきだけで安請け合いなどしてはならないのである。

 エロさんに売れ残りのチケットをお返しするが、ほんの少ししか捌けなかったので、申し訳ない。
 思えらく、私のような30代、40代になろうという年代のオタクは、すでにほとんど社会人としての生活に追われていて、オタクライフを突き進むなどということは簡単には出来ないのだ。
 以前、エロさんが「オトナ一人で『クレヨンしんちゃん』を見に行くのはツライですよ」と仰ってたことがあるが、実は家庭持ち、子持ちの方が行きにくいということの方が現実には多いのだ。
 一人なら、恥ずかしいのはガマンできる。しかし、妻から、子から、「ええ〜っ? 『しんちゃん』なんか見に行きたいのぉ〜?」と言われてしまったら、もう見に行くなんて不可能に近い。……私も、しげと一緒に『しんちゃん』を映画館に見に行けるようになるまで、四年を要したのだ。
 あの「家事よりも趣味」を実践しているしげですらそうなのだから、下手に「家庭的な妻」なんか持った日には、オタクライフが瓦解することは、火を見るよりも明らかであろう。
 ……だから、瓦解した知り合いばっかりなのな、私の周囲って。ああ、やっぱり若くてちょっと世間の常識から外れてるようなムスメをだまくらかしていくしか手はないかなあ。


 店の名前は忘れたが(ということにしておこう)、某居酒屋で、盛り上がる。土曜の夜で混雑していて、周りがウルサイのはこの間の宴会とゴッツである。
 今日はしげも運転があるので酒は飲まない。いつものようにしげが酔っ払ってクダを巻くんじゃないかとハラハラすることもないので、安心して騒げる。

 先日、日記にオタアミの顛末をゴチャゴチャ書いた一件について、エロさんから「お耳に痛いかもしれませんが、先にパティオに書くようにしてください」と言われる。
 いえいえ、痛くなんか全然ないです。
 この日記、基本的には「ウソ」しか書いてないが(^^)、あの時ばかりは自分も責任の一角を担って参加している以上、どこまで「ホント」を書けるのかってことは、いっぺんやってみないといかんなあと思っていたのである。
 ともかく本職の方で、「都合の悪いことは全部ヒタ隠し」って環境の中にいるものだから、AIQではそんなことはしたくなかった。もちろん、“私の判断において”これは書いておいた方がいい、これは書くべきではないという判別はしたが、それが適切であったかどうかは第三者の判断を仰ぐ以外にない。その前段階で自主規制は極力しない、それを基本方針としたのだ。
 つまり、これはパロディにおける著作権の問題と共通することである。
 自分の表現が、誰かに不利益を与える可能性を鑑みつつも、それがなされるべきと思った時、人はその表現を止められるのか。それを規制してよいということになれば、政治漫画における揶揄は弾圧の憂き目にあうであろう。
 もちろん、AIQは揶揄される政治家のような「強者」ではない。だからこそ、書く上で第一義に考えたのは、「これを読んで客が『オタクアミーゴス!』に興味を持ってくれるかどうか。逆に敬遠されるようなことにはならないか」という点にあった。
 自信があるわけではないが、客を減らすつもりで書いてはいない。仮に事前にパティオで内容を説明していたとしたら、「これはAIQの“情報公開”のためには必要なことです」と公開する理由を説明していたろう。AIQがどういう組織か、未だに判らずに怖がってる人はいるのである。
 そのことを説明せずに日記に書いてしまったことについては、確かに非は私にあるのだ。実質、事後承諾のようなことをAIQのみなさんに強いた結果になってしまったことはいくら頭を下げても下げたりない。
 すみませんごめんなさいもうしません。
 o(ToT)o (T^T)(^T )(T )( )( T)( T^)(T^T) ヒュルルルル……。
 今後はストレートな意見はまずパティオに書いてからUPしますんで、見捨てないで下さい(^_^;)。

 私の謝罪から始まっちゃったので、いつになく話題が「AIQいかにあるべきか」という固い話に流れる。
 しおやさんの激烈な客勧誘の精神に思わず傾聴。
 こういう話になると、しげも多いに乗ってくる。
 「段取り立てるの大好きですから」
 おいおい、そこまで大見栄切っちゃっていいのかよってなくらいだ。
 ともかく、みなさんが「来年は今年の轍は踏まない」と断言されたのにはいたく感動。……いや、ホントにもう少しで落涙するところだったんだよう(ToT)。なんか、こういう熱気のある中に身を置いたのって、一体何年ぶりだろうか。 
 

 エロの冒険者さんが、「号外は御覧になりましたか?」と仰ったのを聞いて、最初その「GOGAI」という単語の意味が判らず困惑。
 しばらくして、「ああ、子供が生まれたのか」とようやくその意味に気付く。
 見せていただいたその号外、もちろん赤ちゃんの顔写真はなく、ご夫婦のいつぞやの写真が代わりに載せられている。
 ぴんでんさん、「実は今日が私の誕生日で」と仰るのでビックリ。
 「けど、仮に将来12月1日が祝日になっても、そのころの私には何の関係もなくなってるんですよ」
 「そうでもないかも」って可能性を述べるのは、さすがに不謹慎かな(^_^;)。

 しおやさん、天神の某スポットについての黒いウワサを語る。
 ちょうどしげがトイレに席を立ったので聞かずにすんだが、某スポットにはナニが出るらしいのだ。
 いろんな店舗が入れ代わり立ち代わりそこに入るのだが、絶対長く続かない。夜中になるとそこのナニにナニがナニするのを何人も目撃したと言う……。
 わあ、そこ、しげに「行こう行こう」と誘ってたとこだ(^_^;)。
 にもかかわらず、しげはなぜか意固地に「行きたくない」と言ってたが、さてはカンが働いたか。でもそういう話を聞いた以上は、絶対そこにしげを連れていかねばな(^o^)。


 宴もたけなわだが、適当なところでお開き。獅子児さんは翌日があるということで抜け、残りのメンツで2次会へ。
 エロさん、「俺はまだ語り足りない!」と吠える(^_^;)。
 で、高砂の「ドラゴン商店」に河岸を移す。

 しおやさんのHPなどで、ここの存在は前からウワサに聞いてはいたが、いやいや、実にオタク好みのスポットだ。
 入口が狭く感じるのは、こういう店の常として、引き戸のすぐ脇にまで、なにやかやと売り物が押し寄せているからである。
 玩具、フィギュア、駄菓子。思わず「何もかもみな懐かしい……」なんて呟きたくなるねえ。
 ガンダムが、ルパンが、マジンガーが所狭しと並べられた一角を通りぬけると、その奥は小さなカウンターバー。テーブルはたった二つ、多分、10人も座れない。
 壁には本棚、これまたオタク垂涎のマンガがズラリと並んでいる。わあ、林静一作品集だ。結局私はこの人のマンガ作品は『赤色エレジー』しか知らないんだよなあ。
 酒やおツマミは全部引き換え制。明朗会計でこれもよろしい。
 すっかり酔っ払ってるエロさんに、みんなでよってたかってその私生活(ホラ、アレですよ、例の件です。詳しくはエロさんのHPをご参照♪)を根掘り葉掘り暴露させようとするが、たとえ酔っても口は固いエロさん、どうしても真実を語らない(^_^;)。
 ……やっぱり、これの3倍は飲ませないとダメか。

 次回の上映会での再会を約して解散。

2000年12月01日(金) エクソシスト=悪魔じゃないよ/映画『エクソシスト ディレクターズカット版』


2001年11月30日(金) 心臓止まってもDVD……バカ?/ドラマ『五辨の椿』第1回/DVD『ハレのちグゥ』3・4巻ほか

 11月も終わり。
 月末ばかりでなく、年末は手元不如意なことが多いが、銀行に入院の保険料が降りているので、今月は少しばかりオカネに余裕がある。
 っつーか、入院中に降りるようにしてくれよ。実際にカネ払うのはそのときなんだから……って、ちゃんと診断書が出ないとオカネが降りないってこと、わかっちゃいるけどさ。

 昼過ぎから、急に心臓がバクバク言い出す。
 なんだなんだ、この上わしゃ、パニック・ディスオーダーにでもなったのか。
 いやまあ、生まれつき不整脈の持ち主なんで、時々あることなんだけどね。それにしても、ここしばらくは全然そういう兆候もなかったのに、いきなりどうなったんだか。
 やっぱり仕事がツライのか。溜まってる仕事、あと一息で終わるかなって感じなのに、どうしてこういう時に。
 座っていても胸が締め付けられるように痛い。
 しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
 だって……だって……DVDのポイントカードが今日で切れるんだもの!
 天神ベスト電器本店のLIMBで、スタンプを今日中に押してもらわないと、5000円分くらい損をしてしまうのだ。
 ……あ、私は病気になっても、よっぽどのことがない限りアソビを優先するバカですので、同情なんてしちゃいけませんよ。
 いや、ホント。

 しげに電話を入れて、車で迎えに来てもらう。
 「どうしたん、早引けなんてして」
 「具合が悪い。ちょっと寝かして」
 助手席のリクライニングシートを思いきり倒して横になる。
 「すぐ帰るやろ?」
 「……いや、天神に行って」
 「なんで! 普通は病院やろうもん!」
 「寝てりゃ治る!」
 で、ホントにそのまま寝てしまった。寝たっつーより「落ちた」に近かった気はするが。
 それでも、車に揺られているうちに、それがちょうどよい心臓マッサージになったのかもしれない。ノドから飛び出しそうに脈打っていた心臓、どうやら落ちついてくる。
 「ああ……30分くらい寝てたな……着いた?」
 「着かね〜よ! まだ博多駅!」
 「遅いなあ」
 「平日の昼間、天神コースが混んでないわけないだろ!」
 「平日の昼間、天神に行くことなんてないから知らね〜よ!」
 いや、冷静に考えたら間違ってるのは私の方なんだが。

 しげブツブツ言いながら天神まで行く。
 ベスト電器の駐車場は当然満席。中央公園の地下駐車場に乗り入れる。
 私の心臓もそのころにはほぼ平常に戻る。
 でもまだ何となくナマ汗は出てくる。どうも今週はカラダのコントロールがうまくいかない。

 LIMBで、買い忘れていた『ら・ハッスルきのこショー』や『ナジカ電撃作戦』『ハレのちグゥ』などのDVDを買う。
 ついでに迷いに迷っていた『名探偵ポワロ』(ホントは「ポアロ」にしてほしかったなあ。フランス語発音はそっちの方が近い)のDVDBOXを予約する。全3巻で、計じゅうまんえんだぜ。三ヶ月置きに出るとは言え、単発のDVDは買い控えないととても買えない。でもまだ『コロンボ』BOXも続いているのだ(-_-;)。
 ……だって、私の周囲でこんなのまで買いそうな人、いそうにないんだもの(ToT)。しかし、『ポワロ』だって、しげがデビッド・スーシェのファンでなかったらとても買えないところだったのだ。
 『シャーロック・ホームズ』もほしかったんだけどなあ。しげがこっちのほうにはそう入れこんでなかったし、多分いつかは女房子供を質に入れてでも買っちまいそうな心当たりがあるから、断念した。

 ……というわけで、『パワーパフガールズ』はビデオもDVDもBOXもまだ全然予約してないのである。
 少なくとも、いくらファンでも、3種類全部はとても買えない。
 BOXが出るのは先のようだから、ともかく『ポワロ』を買い終わったころに出るのを待つしかない。


 近所のカレー屋『CoCo一番屋』で、しいたけの肉包みカレー。
 そこに置いてあったスポーツ紙で、「紅白歌合戦のメンバーが決まった」というニュースを見る。
 宇多田も倉木もサザンも出ない紅白になんの意味があるかよくわからんが、それでもちょっと見たくなったのは、「ザ・ドリフターズ」が「歌手」として登場するから。
 応援では何度となく出場しているが、こうやって「選手」に祭り上げられたということは、「ドリフターズ」がコメディグループとしては完全に終わったのだ、ということを、紛れもない事実として私たちに提示したということなのだ。
 淋しい。
 認めたくない。
 けど仕方がないのだ。
 今や10代の子の殆どは「ドリフ」どころか加藤茶の存在自体知らなかったりしているのだから。


 セブンイレブンで、やっと今週の『ヒカルの碁』を立ち読み。
 ヒカルとアキラの絵的な成長、どこかイビツなものを感じる。無理に背伸びして心とカラダのバランスを崩してるみたいで。
 ヒカルが囲碁の世界i戻ってきたのはいいけれど、そんなに早くアキラと戦わせていいの?
 互角に戦うにしろ、一方的な勝負になるにしろ、試合後の盛り上がりがなくなっちゃいそうで心配なんだけど。


 元ビートルズのギタリスト、ジョージ・ハリスンが29日午後1時半(日本時間30日午前6時半)、喉頭がん、肺がん、脳腫瘍の合併症により死去。享年58歳。
 煙草の吸い過ぎが原因なんだってな。日本人にはピンと来ないのかもしれないけれど、これもドラッグによる中毒死なんだぞ。世の愛煙家、少しは自分たちのアタマがイカレてること、知っといたほうがよかないか。
 いや、別に煙草を吸うななんてゴーマンなこと言いたいわけじゃない。
 自分たちの行為がいかにも「正しい行為だ」みたいに開き直ってるヤツは多いけど、客観的にはそんなのただのアホにしか見えないんだってことくらいは知っとけよって意味だよん。
 でも私ゃ基本的にアホは好きなんである。一般的に、ビートルズの4人のうち誰が好きかとファンに聞けば、そのほとんどがジョン・レノンとポールマッカートニーの二人を選ぶだろうが、私ゃ昔っから、リンゴ・スター、ジョージ・ハリスンがヒイキだった。
 もちろん、この二人が「コメディに理解がある」からに他ならない。
 リンゴには『おかしなおかしな石器人』という主演(バカ)映画があるし、あのしょーもない「リンゴ、摺った〜?」のCMも懐かしい。
 ジョージは言わずと知れた『サタデー・ナイト・ライブ』のギャラ交渉のスケッチ。そして、なんと自分自身のパロディに対するコメンテーターとして登場した『ザ・ラットルズ』。宗教に走っちゃった人かもしれないけど、なんかこれだけで「いい人だなあ」と思えちゃうのだ。
 当然、私は、リンゴとジョージの歌は一曲も知らない。でも知ってるジョンやポールよりも大好きだ。こういう「好き」のなり方だって、あってもいいだろう。

 テレビのチャンネルを回し……いやいや、変えて、ジョージのニュースを探したが、ようやく見つけたのはBBC放送をそのまま流したCSニュースチャンネルだけ。
 ポール・マッカートニーのインタビューがあったのはもちろんだが、モンティ・パイソンのマイケル・ペイリンが、「ジョージはすばらしい人格者だった」とコメントしていたのには泣けた(ペイリンは『ザ・ラットルズ』で、アップルの財産を持ち逃げしたマネージャーを演じている)。

 でも、そこだけなんだよなあ。
 NHK、民放、どこを見てもニュースは「雅子さまいよいよご出産か」ってことばかり。ヒドイとこになると、ただそれだけのニュースをひたすら繰り帰し流し続けている。
 何しろアフガン関係のニュースすら、全く流れなくなってんだからこりゃ異常だ。いつ生まれるか分らないから臨戦状態でってことなんだろうけど、その間に起こってるニュースをみんな無視するってのは、日頃、自分たちが口角泡を飛ばして否定していた“偏向報道”ってやつじゃないのか。

 雅子さんが男の子を生もうが女の子を生もうが、私ゃ別に文句つける気は全くないんだけれど、どうして「男の子が生まれれば皇位継承第一位」なんて、ニュースにしなくてもいいような解りきったことをキャスターがみんな異口同音に喋り続けているのか。
 「子供」が生まれることを喜んでいるのではない。
 「皇位継承者」が生まれることを喜んでいるのだ。
 これって、日本人が誰一人として、天皇家を「人間」として見ていないことの証拠じゃないのか。こういうサベツを露骨に受けていながらニコヤカにしてなきゃならない天皇家の人々にはマジで同情しちゃうんである。


 NHK金曜時代劇『五辨の椿』第1回。
 今日は『太陽にほえろ! 2001』と、『浅見光彦・津軽殺人事件』と、これとが重なってたので、悩みに悩んだ末、『太陽』を録画して『五辨』を見ることに。
 この判断、まあまあ正しかったか。
 ご承知の方もあろうが、この『五辨』の山本周五郎の原作には、更にモトネタがあって、それはコーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』である。
 だから、これは女性復讐鬼の物語なんだけど、ヒロインがまるで現代の軽い女の子で、まるでらしくないのだ。それともこれはまだ普通の大店の娘のころなんで、かわいいだけの演技をさせてるのか? なんにせよ、「次回で化けるかも」って期待だけで話を次回に引くのは、ちょっと止めてほしかったよなあ。


 DVD『ナジカ電撃作戦』第1巻。
 エアチェックより、DVDの方が当たり前だが発色がいい。
 しかし、女キャラはともかく。登場する男がみんなオジサンばっかで、若くてかっこいい男が敵にも味方にも少ないことに気がついた。
 ……だから、見てる方も自然と「おじさんモード」でナジカやリラを見るように心理誘導されてるんだよなあ。
 パンチラ見ててエロい気持ちになるのも仕方ないか(^_^;)。


 DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ』3・4巻。
 原作漫画より、ハレのテンションが高い高い。
 グゥの方が魅力的、と考えてたけど、あのハレのマシンガントークがあってこそグゥのキャラが生きることに気がついた。
 これ、まんま「上方漫才」やん。ハレのしゃべくり、興奮した時の「オール阪神」ソックリなのだ。じゃあ、グゥは「巨人」かっていうと、どっちかと言えば「中田カウス」か「花紀京」なんで、ちょっと工夫が加えてある。
 一応シリーズとして「ウェダの家出の原因は?」って設定を縦糸にしている以上、ちょっとシリアスな部分もあるのだけれど、それがこのあたりのエピソードではそれほどジャマになっていない。
 「おじいさん大好き」のダマや、「ウェダお嬢さま大好き鼻血ブー」のベルもそうだが、こういうエキセントリックなキャラを準レギュラー的に使うのは結構難しい。一発ギャグに近いから、新しい展開がないと、すぐに視聴者に飽きられちゃうのだ。
 ダマは原作で再登場したときには以前ほどの迫力はなくなってたし(「バーサーカー!」のセリフは好きだったけど)、アニメの方はうまく処理してもらえるのかなあ。

2000年11月30日(木) チラシ完成!/『未明の家』(篠田真由美)


2001年11月29日(木) おトイレの音入れ。つまんないシャレですみません/『ほんの本棚』(いしいひさいち)/DVD『ゴジラの逆襲』ほか

 朝からなんだかスゴイ土砂降り。
 外の空気も冷たい。
 しげ、車を運転しながら「前が見えん後ろが見えん」と悪態をつく。
 確かに、見えないなあ。滝のように流れる雨のせいで、ワイパーもムダに左右に動いてるだけって感じ。
 朝は早くて薄暗く、帰りはもう夜で真っ暗、対向車のヘッドライトがフロントガラスで煌びやかに反射して、まあ、それ自体はとってもキレイなんだけれど、道そのものが見えんぞ、これで事故らないってのは奇跡じゃないか。
 しげはブツブツ悪態だけついてりゃよかろうが、隣に座ってる私はどうしたらいいのか。
 「怖い?」としげが聞いてくるので、半ば本気で「まあ、覚悟はしてるから」と答えたら、「何それ」と笑いやがった。
 「死ぬときゃ一蓮托生だ、うれしいか」とこっちも悪態でもついてなきゃやってられねーって。


 買い物がいろいろ残っているので、1時間早く帰ることにする。
 まずは『ハリー・ポッターと賢者の石』のチケットを買わねば(そんなんで早退するなよ)。
 しげに連絡すると、あまり喜んでる様子がない。日頃、私が仏頂面だと文句ばかりつけてるくせに、しげだって、私が何かに誘ったりしてもあまり嬉しそうな顔をしないのだから勝手なもんだ。
 それでも時間通りに職場の駐車場までやってきているのだから、内心は嬉しくてたまらないのにガマンしているのだろう。
 ちっ、照れてやがるぜ。

 「食事どうする? 『めしや丼』でいい弁当があるんだよ」
 「なんかそんなこと言ってたな。じゃいいよ、寄っても」
 返事をしたあとで、ふと、あることに気付く。
 「『めしや丼』、道路の右側にあったよなあ。ちゃんと中に入れるのか?」
 初心者が右曲がりが不得意、というのは私も何となくわかってきたところである。
 しげ、いともあっさり、「入るよ?」と答える。
 ……ちょっと待て、「入れるよ」じゃなくて「入るよ」なのか?
 しげ、車をどうやって乗り付けるのだろう、と思っていたところ、結構ムチャな曲がり方をしてくれた。
 キュキキキイキュキイイイイ。
 うん、確かに「入ってくれた」な(-_-;)。

 しげが勧めてくれた弁当、確かに量的にちょうどいい。
 「彩弁当」という名前だが、サバの切り身、卵焼き、鶏唐揚げ、煮付け、みんな少なめでご飯も少ない。それで500円程度なので、糖尿にはちょうどいい感じ。でももう一品、何かほしい感じがするのは、最近、食が進んでるせいかな(^_^;)。
 けれどチケット制という味気なさを除けば、種類も多く安上がりで、『めしや丼』は利用し甲斐があるのだ。

 帰りもバイパスの広い通りを一気に三車線すっ飛ばして入りこむしげ。
 キュキキキキキイッキュキュキキュキキキキキイッ。
 おおいおい、雨が降ってんだぞ雨があ。
 しげは私の顔から血の気がどんどん引いているのに気付いているのかいないのか。
 「初心者の癖にムチャしてる?」
 そういうセリフをニコヤカに、助手席に座ってる私に向かって言わないでほしい(ToT)。


 この間まで、ずっと改装中だった、キャナルシティの4階の「福岡ジョイポリス」。今日来てみて、どうやら再オープンしたことを知る。
 入場券制がなくなり、名前も変え、「クラブセガ キャナルシティ」として再スタート。隣のメガバンドールがつぶれちゃったし、このままセガは再開できないんじゃないかとか思ってたんだけど、ちょっとホッとする。これは意外と本気でうれしい。
 そんなにゲーセンに入り浸る方ではないのに、なんでそんなに喜んでるかっていうと、これがやっぱり「映画」ガラミなんである。
 だって、このまま雪崩式にAMCまで巻き添えくらってつぶれちゃったら、一番便のいい映画館がなくなっちゃうんだもの。
 アミューズメントマシンは大幅に増大されたそうだ。
 4階は、アトラクション、ブライズゾーン、体感ゾーン、プリクラゾーンをメインとしたフロア。
 ちょっと遊んで行きたい気持ちが沸々と沸いてくるが、しげが早く帰りたがっているので断念。……上に上がると、ラーメン横丁みたいなのも出来るそうである。食べっくらが出来るんだったら、うれしいけどね。

 AMCで『ハリー・ポッター』の前売券を買う。 
 なんと、明後日からの「当日券の前売り」までやっていて、しかも完売。
 ……こりゃ、本気で『千と千尋』、抜くかもなあ。

 クラブセガにちょっと寄ってUFOキャッチャーやろうとしたらしげが怒る。
 「早く帰るよ!」
 「何そんなに急いでるんだよ?」
 「……トイレ行きたいんだよ!」
 「そこの公衆便所に行けば?」
 「ここのトイレ混んでるからヤだ!」
 「ちょっとくらい待てるだろ」
 「……待っても、音、聞かれるじゃん」
 「聞かれたっていいじゃん」
 「ぜええええったいヤだ!」
 「ヤだったって、出るときゃ出るんだからしかたないし」
 「アンタは平気なの? 音聞かれて……」
 「平気だよ。男はみんなブリブリやるよ。職場でだって、人がトイレに入ってても隣のトイレに平気で入って、ブバッ、ビリビリ、ドバドバッ、バッチャーンッてやってるよ」
 「ウソぉ!」
 「行けよ便所!」
 「行かないッッッ!」
 ……それでガマンしすぎてカラダ壊したらどうするんだろうね。
 昔のオバチャンは道端でも座り小便してたもんだがなあ。しげが上品ぶるなんて似合わないって。


 福家書店を回って本を買いこみ、「スターバックス」で買ったばかりの本を読む。
 マンガ、業田良家『百人物語』2巻(講談社・580円)。
 マンガ本編よりも、表紙絵の「間違い探し」のほうが楽しい……なんて言ったりしたら、作者が聞いたら怒るかな(^_^;)。
 1巻読んだときには、要するに主役の「ダーク」はドストエフスキーの『白痴』のムイシュキン公爵で、純太がラゴージンなのかなとか漠然と考えてたんだけど、あまり政治的、思想的なほうには流さずに行きそうな気配だ。
 公園に集まるヘンな人たち、それだけで押して行ったほうがいいなと思ってたんで、2巻も特に盛り上がるでもなく話が淡々と進んで行っているのがいい。
 離婚結婚を繰り返すダークの両親、ああ、このネタも確か赤塚不二夫のマンガになかったかなあ。それともモデルはエリザベス・テーラーか、唄子圭助か? エキセントリックだけれどこの二人に一番のリアリティがあるのは、こういう「ちょっとだけヘン」って人が世の中に満ち溢れているからだろう。


 コンビニで立ち読みした『週間文春』、小林信彦の『人生は五十一から』で、「『1999年の夏休み』以降の金子修介についてはもっと論評されていいのではないのか」の一文を見つけて、なんとなく首肯。
 「なんとなく」というのは、それ以前のポルノ作品を見ていないからだ。
 小林さんがそれらを見た上で発言しているのかどうかはよく分らない。与えられた紙数の関係もあるのかもしれないが、小林さんの文章にはこういう韜晦やほのめかしがやたらと多くて、読者としては「はっきり言わんかい!」と、多少不快になることもままある。
 文章家としての小林さんは好きだが、批評家としては三流という印象がしてしまうのはそのせいだろう。言ってることの根拠がはっきりしないのよ。
 というわけで、小林さんの意見に明確に同意することは憚られるのだが、金子監督の考えるエンタテインメントとは何か、ということを分析することは、「日本映画がどうしてエンタテインメントとして一本立ちできないか」ってことを考える上で重要な意味があるんじゃないかとは思うのだ。
 『1999年の夏休み』は萩尾望都の『トーマの心臓』の映画化だ。
 ドイツのギムナジウムを舞台にした少年愛の世界を日本を舞台に描くのは不可能に近い。萩尾望都は以前、『小鳥の巣』を「北海道の全寮制高校を舞台に映画化したい」というオファーを、「現実のそれがどんなところか容易に想像つくので断った」という経緯がある。なのに、『トーマ』の映画化を承諾したのは、少年たちを全て少女たちに演じさせるという離れ業を考えついたからだ。
 これって、『銀河鉄道の夜』を猫キャラでアニメ化した杉井ギサブロー(っつーか、ますむらひろし)にも共通する奇抜なアイデアなんだけれど、それが成功したかと言われると、うーん、と首を捻らざるを得ないのである。
 「この映画は普通の演出では映像化できない」。これは誰でもそう思う。
 だから普通は諦める。あるいはそんなんどうでもいいや、で強行する。日本映画の監督の大半はそんなバカだから、駄作ばかりが量産されるのは当然のことだ。けれど、金子さんはそこでいつもアクロバットなワザを披露してくれるのだ。
 そのチャレンジ精神自体は歓迎したいことなんだが、たいてい着地に失敗するんだよなあ。『咬みつきたい』なんか、緒形拳が吸血鬼やるんだよ。「そのミスキャストが面白い」って、「ミスキャストはミスキャスト」だっちゅ〜に(-_-;)。
 こんどの『GMK』(って言うんだって)も、多分、今までの金子作品同様、どこかが外れているのだ。それをどう評価するかってところなんだろうなあ。駄作になる方法をあえて取って来た今までのゴジラシリーズと一線を画するものにはなってるんだろうけれど、じゃあホントにエンタテインメントになってるのかと言うと……。
 ええい、見てみなけりゃわかんねーや。映画に予断は禁物だい。


 いしいひさいち『ほんの本棚』(東京創元社/創元ライブラリ・630円)。
 いしいさんのミステリ好きは、一連のシャーロック・ホームズのパロディマンガにもよく現れている。
 この本も、半分はいしいさんのミステリを中心としたパロディ四コマ。半分と言うのは、残りは別人の書評だからだ。表紙にはいしいさんの名しかないが、実際に本文を書いているのは、タブチコースケ・広岡達三・藤原ひとみの三氏。……なわけないじゃん(^_^;)。
 バーナビィ・ロス以来、ミステリマニアはすぐこういうお遊びをしたがるからなあ。日本でも既成作家が覆面作家(山本周五郎)とか加田伶太郎(福永武彦)とか嵯峨島昭(宇野鴻一郎)、鷹見緋紗子(天藤真・大谷羊太郎・草野唯雄)などの変名で作品書いてたことはあったが、どうもこのお三方の場合は「既成作家の」というわけではないらしい。
 目次をめくるとそこにちゃんと「文・いしいひさいち・富岡雄一・峰いづみ」とある。いしいさんに書評が書けるとは思えないから(失礼)、タブチと広岡は富岡さん、藤原センセは峰いづみさんという方だろう。けれど問題が何一つ片付かないのは、じゃあ、この「富岡雄一と峰いづみ」ってのが誰なんだかさっぱり分らないからである。
 東京創元社の社員か、それとも新進作家か。それなりの文章は書けてるんだけど、いしいさんのマンガに勝てるレベルじゃない。いしいさんの鋭いツッコミを見たあとじゃ文章がかすんじゃうのである。
 この富岡さんと峰さんがいつまでもタブチや藤原センセの仮面をかぶっていられるわけじゃなし、本気で作家になるつもりなら、こういうイタズラはかえって逆効果じゃないかと思うんだがなあ。


 マンガ、後藤圭二『ゲートキーパーズ』2巻(角川書店・567円)。
 明日の笑顔のたぁーめにぃー♪
 なんつーか、テーマソングは好きだったけどねー。
 オタアミ会議室なんかでは徹底的に嫌われてるアニメ『ゲートキーパーズ』だけれど、時代を1969年に設定する意味がないし、時代考証も間違ってるって批判は、実はあまり当たってないんじゃないかと思う。
 昭和44年だよ。
 リアルタイムで生きてたヒトならわかると思うけど、その年、第一次ウルトラブームは既に終わっていた。『ゲゲゲの鬼太郎』が起こした妖怪ブームも一年余りを経て下火、新シリーズが始まるまでには、まだ2年を待たねばならない状況にあった。ゴジラ映画は前年の『怪獣総進撃』で一区切りを迎えていて、『オール怪獣大進撃』を第一作として「東宝チャンピオン祭り」は始まっていたが、未だムーブメントを起こすまでには至っていない。
 何かハッキリしたブームというもののない、しかし来年に万博を控えて、なんとなく期待感だけはあった、そういうモヤモヤした時代だったのだ。
 そういう、言わば「スキマの時代」。
 あの時、こんなヒーローものがあったら。
 そういう思いがスタッフにあったのだろう。


 DVD『ゴジラの逆襲』。
 何年ぶりに見返したのかわかんないけど、ずいぶん単調なストーリーだなあ。
 結局、「来たかアンギラさん、待ってたゴジ」ってだけなんだもんな。
 コメンタリーは有川貞昌さん、円谷英二に次ぐ、東宝第2の特技監督になられた方である。
 でも、話してることって、本人は自慢してるつもりかもしれないけど、失敗談に近いぞ。「1作目のゴジラは誰が中に入るかわからなかったけれど、2作目は中島春雄さんが入るとわかってたから、その体型に合わせた」だって?
 そんなだから2作目以降のゴジラが「人間臭く」なっちゃったんだよ。着ぐるみは人間的な動きを消すためのものなんだから、動きにくいところがあった方が怪獣にリアリティが出ていいのに。
 例の「カメラをゆっくり回しちゃったドジ」もちゃんと説明してくれてる。
 こういうコメンタリー、長谷川和彦監督なんかは「つまんない」と批判的なようだけれども、工夫すべきなのは演出形式や証言を引き出すための司会者の技術なんであって、映像作りのウラを関係者から聞ける喜びはやっぱりDVDに求めたいのだ。
 現存する全てのスチール・絵コンテの完全収録もうれしい。
 長年の疑問だった、「宣伝スチールのアンギラスはどうして背中がめくれているのか」は、アレが着ぐるみではなく、粘土模型の合成だと知って氷解した。つまりありゃ、ポーズつける時に背中が外れちゃったのだ(多分、粘土を作った本人は撮影にはタッチしてなかったんだろう)。
 ……直しとけよ、それくらい。


 CSキッズステーション『ナジカ電撃作戦』MISSION 008「欲望の空は戦い渦巻く炎と共に」
 ケツが出ると一気にギャグっぽくなるなあ(^o^)。ああ、ゲストで登場の兵器会社の社長令嬢のことなんだけどね。もう典型的なタカビーなお嬢さまで「お〜っほっほっほ」と笑ってるし、当然、そんなヤツはこの『ナジカ』の世界では苛められキャラなんですよ。誘拐されて、戦闘機のコックピットにぶちこまれるのはいいとして、なぜ尻を上にしてるかな?
 ξ^▽〆オーホッホッホ。
 しかし今回の空中戦の大迫力ときたら!
 強奪された最新鋭ステルス戦闘機「オボロ」を追撃する七虹香とリラが乗りこんだ飛行機は、ボロボロの中古戦闘機バッカニア。……整備士のおっちゃん、声が青野武だ。こりゃ、綿密に整備されればされてるほど危険度が増してるんじゃないか。成原博士に整備されてるようでさ。
 自爆こそしないけど、いろいろ芸は見せてくれるし。
 ホーミングミサイルがいったん沈んで目標物に向かって飛んでく描写なんかは実にリアルで感動的なんだけど、いくらヒューマリットだからって、飛んできたミサイルを手で受けとめるってのはいくらなんでもちょっとスゴ過ぎ(^_^;)。ついてけないファンもそろそろ出て来てるんじゃないかな。いや、私は面白いからいいんだけどね。
 リアルとギャグが渾然一体となってるのがやっぱり『ナジカ』の魅力なのだから。

2000年11月29日(水) オタクとは知性のことなり/アニメ『サウスパーク』5巻ほか



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