無責任賛歌
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| 2001年10月29日(月) |
「ばびゅーん」の語源は『宇宙少年ソラン』から/『黒鉄 <KUROGANE>』5巻(冬目景) |
オタアミ当日まであと26日! 26日しかないのだ!
さて、「物語」はまず昨晩のことに遡る。 一日中、べしゃべしゃ、ばちゃばちゃ、じゃわらじゃわらと振り続く雨に、すっかり鬱陶しい気分、マンガ読んでても何となく溜息が、ホウ、と口からツイ漏れる。 ニュースの解説で、気象士さんとやらが「ちょうど気候のサイクルができてますからねー、一週間毎に休日は雨になるんですよ、はっはっは」なんてお気楽なことを言ってくれている。 台風でも来ないことにはこのサイクル、なかなか崩れないそうだ。 ああ、また明日は雨ん中、合羽来て自転車で、汗にまみれながら山越えかあ、なんて考えてたら、憂鬱がそのまま顔に現れたのか、しげが私の顔を何か妙に期待感に満ちた目でじっ、と見つめてくる。 「何だよ、その目は」 「明日、職場まで送って行こうか?」 そう言うしげの目はウルウルと潤んでいる。抑えちゃいるが唇は今にも笑い出しそうだ。 「……ああ、頼めるんなら、お願いしようか?」 「……いいと? ホントに?!」 自分で頼んでおきながら、私が承諾したら驚くってのがよくわからんが、タクシー使うよりおカネがかからないのは間違いのないことなので、断る理由はない。 まあ、あれだけ「お前の運転する車の助手席になんか乗れるか!」と悪態ついてたからなあ。でも、しげの保証人になっちゃった以上は、しげに事故を起こしてもらっちゃ困るのである。 私は「ナイフは危険だからナイフは持たせない」みたいなサルでアホでスットコドッコイな考え方はしない。危険の全くない道具なんて、あるはずがない。自ら得た技術をいかに活用するか、それを考え、使いこなしていくことを常日頃考えておかなければ、突発的な事故等に適切に対処することはできまい。 ウデの上達は練習あるのみである。 「なんだ、私の練習のためか」 なんだ、ってこたぁないんだがな。 冗談ではなく、私は本気で車ってやつが嫌いである。 なのに「一緒にドライブでもするか?」なんて声かけてることの意味、少しは気付いてもらいたいもんなんだけど。
で、今朝になって、7時半にウチを出るはずが、しげはやっぱり、ぐごがげごぴー、と寝ているのであった。 いや、起こして出かけたけどさ。 ほったらかして先に出かけてもまたしげにヒス起こさせる原因にしかならないし。
しげがいろいろ悪戦苦闘したのか、車内の匂い、随分薄くなっている。 ほんのりシトラスの香りが残っているが、鼻につくほどではない。 自分たちの車に乗ってみるまでは、たいして意識もしてなかったことだが、ここ数日の車中体験で、世間の車持ちが、自分の車をただの乗り物としてだけでなく、生活環境の一環にしようって気持ちになるのもわかる気がしてきた。 かと言ってしげみたく「ロドリゲス」なんて名前つける気にはなれんけど。
乗り込んだ途端、『ブルース・ブラザース2000』のサントラが鳴り出すが、さすがに朝っぱらからだと頭に響いて不快だ。ナビもしなきゃならないのに気が散ってしかたがないので、音を消させる。 「広くてわかりやすい道行くね〜」 と言って、しげから地図を手渡される。 「この道を通って、右折して左折するから、ナビして」 「わかった。この道を通って、右折して左折だな?」 で、この道を通って、右折、まではよかったが。 「あ、そこを左」 「え? 通れないよ!」 「……通れないって?……あ、通りすぎちゃってどうするんだよ!」 「だって、車が向こうから来てたんだもん。次の角を曲がるよ」 「……まあ、遠回りになるけど仕方ないか……はい、そこ、左」 「え?! 右じゃないの?!」 「……さっき、左に曲がり損ねたんだろうがあ!」 「だから、今度は右に……」 「右見てみろ! そっちは山ん中だろうが!」 「山に入れば、さすがに道を間違えたって自分でもわかるし」 「迷うためにわざわざ間違った道選ぶなあ!」 ……遅刻せずに職場に辿りつけたのは奇跡のような気がする(ーー;)。
送ってもらったことはありがたいのだが、となると当然帰りも迎えに来てもらわなくてはならない。 「んじゃ、5時20分に来てもらえるかね」 「いいけど、ちゃんと来る?」 「いきなリ仕事が入ることがあるからな〜。念のため、待つ間読む本でも持ってきといて」 で、しげはそのまま買い物へ。迷ったわりには早目に着いたので、仕事に取りかかるのも早い。一週間の始まりとしてはなかなか気分がいい。 それにしても、ふと気づいたのだが、送り迎えなんて、幼稚園の年少組以来のことなのだ。 ……おいおい、40年近くも前かよ(+_+)。つい昨日のことみたいに思い出せるってのに、大学紛争華やかなりしころって、もう歴史のかなたじゃねーか。 昔、いっぺんだけだけど、親が私を迎えに来るの忘れて、幼稚園にずっとほっぽらかされたことがあったんだよなあ。あのとき、ウチの親は、自分たちに子供がいるということ自体、完全に忘れていたのである。 フツー、あるかよ、そんなこと(ーー;)。 それ以来、私は親子の縁はプッツリ切れたものと思っているが、親の方じゃそうは思ってないんだろうな。お目出度い話だ。
まあ、悪い予想というものは当たるもので、残業する予定はなかったのに、会議が長引いて、しげと合流したのが6時20分。ちょうど1時間の遅れだ。 しげは「私を置いて先に帰ったかと思ったよ」と半べそ。 悪かったので、今日の晩飯は奢ってやることにする。
そろそろ最初に入れてもらったガソリンがなくなるということなので、初めてガソリンスタンドに寄る。 「レギュラーってのを買えばいいんだって」 そんなこと言われても、私は車の知識は皆無に等しいので、レギュラーとハイオクがどう違うかも知らないのだ。普通、レギュラーの対義語はイレギュラーとかスペシャルとかじゃないのか。 ともかく、しげは初めてスタンドに寄れて嬉しいらしい。 若葉マークがついてるおかげか、スタンドのおっちゃんも対応がとても丁寧である。 「……私が初めてだってことばれたかな?」 なんだか誤解を招きそうなセリフだったんで一瞬戸惑ったが、本人は気付いてないらしい(^_^;)。 いや、そんなん若葉マークもついてるんだし、見て一発でバレバレだって。
車なので、少しは足を伸ばせるかと、普段あまり行かない「庄屋」で食事。 私は和食の膳ものを頼んでしげはステーキ丼。ステーキが韓国風だったのか随分辛かったみたいで、結局、私のオカズをしげに分けて、半分ほどしげのを食べてやる。 ゆっくり、落ちついて食べていたかったが、しげはこのあと仕事もあるので、コンビニで飲み物だけ買って帰る。 実際、こうやって送り迎えしてもらうと、一緒に過ごせる時間がそれだけ多くなるわけで、最近すれ違いの多くなってることを考えると悪くはない。まあ、ちょっと命の心配がなきにしもあらずだけれど。 そんなことをチラッと口にしたら、しげは「一緒に死ねるからいいね」みたいなことを言った。 だから、最初から死ぬ覚悟で運転するなよって(-_-;)。 それとスピード出すとき、「ばびゅーん」って擬音使うのやめろ。マジで怖いから。
米がうまく炊けなかった理由が判明。 しげが炊飯器の釜のウラを調べてみて、そこに塩胡椒の袋が挟まっていたのを見つけたのだ。これのせいで釜がちょっと浮いた状態になってたらしい。 早速しげが米を炊いたのだが味は上々。 これで、炊飯器を新しく買わずにすんだ。 ……でも、なんだってそんなところに塩胡椒が挟まってたんだ?
カレー粉がまだ一箱だけ余っていたので、晩飯はカレー。 何日前に買ったのか忘れた野菜を、腐る前にさっさと片付けちまおうと、冷蔵庫の奥からイモだの人参だのを引っ張り出す。 ところが、一番奥の方にしまいこんでおいたせいか、殆ど凍りついていた(ウチの冷蔵庫は調整がムズカシイのだ)。 まあ、凍ってたんだから、悪くなっちゃいないとは思うが、皮を剥くのにえらいこと時間がかかったのであった。
マンガ、冬目景『黒鉄 <KUROGANE>』5巻(講談社・530円)。 4巻から随分間が空いたなあ。連載が断続的なのかな? 絵柄というか、作画の技術も初期に比べて相当上がっている。 何より、迅鉄の等身が伸びているのがはっきり判る。……成長してるのか? 特にストーリー上の大きな展開があるわけでもなく、往年の『木枯し紋次郎』みたいな定型的な股旅物になっちゃってるが、そうなると迅鉄が半人半機械であることの意味合いが、だんだん薄らいでいるキライにあるのが気になる。 事実、今巻の話で、迅鉄が普通の人間であって困ることなどまるでないのだ。 『羊のうた』もそうだが、冬目さん、キャラクターや世界観を作るのはうまいのだが、それをストーリー上でうまく動かしきれないところが結構あると思うのである。ただの風来坊に主人公を位置付けるのでなく、何か迅鉄自身の出自に絡むような物語を作っていかないと、この先連載を続けて行くのは苦しくなって行くんじゃないのか。
2000年10月29日(日) まあスクルドがかわいかったからいいか/アニメ『ああっ女神さまっ 劇場版』ほか
| 2001年10月28日(日) |
至福の休日/アニメ『サイボーグ009』第3回『閃光の暗殺者』/『碁娘伝』(諸星大二郎)ほか |
オタアミ当日まであと27日! 27日しかないのだ!
朝、目が覚めるとちょうど7時。 わあ、やった、今日は『パワーパフガールズ』に間にあったぞ♪ やはり日曜の朝は『パワパフ』で開けるのが望ましい。
今日は第43回『バック・トゥ・1959(GET BACK JOJO)』 タイトル通り、SFアニメには定番のタイムパラドックスもの。 っつーか、SFアニメだったのか、パワパフ。 ユートニウム博士が発明したタイムマシーンを使って、過去の博士を消せばガールズも誕生しないと考えたモジョ・ジョジョが、タイムスリップした先は1959年。ってことはユートニウム博士、40歳過ぎてるの!? アニメのキャラクターって、ホントにトシがわかんないねー。このころの博士が、科学に全く興味がなくて、混ぜちゃいけない薬品を混ぜて爆発させたり、といった設定が楽しい。……でもちょっと待って、博士と一緒にいる女の子は、キーン先生?! それはウソだ! いくら何でもウソだ! あの、あの素敵なキーン先生が40代だなんて……! これは多分設定のミスなんだろうなあ。1959年ってのが間違いか、でなけりゃ今パワパフのいる時代が実は1980年ごろなのであろう。 落ちは予想通り、パワパフに助けられた博士が、パワパフを生み出すために科学者になることを決意した、ということなんだけど、そうなると「パワパフは偶然生まれた」っていうOPのナレーションは間違いなのか? ま、そんな細かいこと突っ込む必要のないアニメなんだけどさ。
いつもならこのあと、『ガオ』見たり(感想書いてないけど一応見ちゃいるのだ)、『アギト』見たりするんだが、まだ睡眠が足りないのか(昨日昼寝もしたのに)ぐたっと寝こむ。 また起きたら、ちょうど9時半、『コメットさん☆』(タイトルに星が付くのだね。ホントは)の時間であった。
『コメットさん☆』第31回、『マネビトさんがいっぱい』。 新OP『ミラクルスター』もそろそろ歌えそうだ(だから歌ってどうする)。 先週、先々週と見逃しているが、パパとケースケはまだ外国に行ったっきりらしい。 パパがいなくて、ママも風邪で寝込んで……って、今週は病気ネタ多いなあ。 コメットさんはママの代わりをつとめようとするけれど、ツヨシくんネネちゃんの送り迎えから、食事の支度、お店番、ママの看病と大忙しでもうクタクタ。 ここでメテオさんの登場! コメットさんの代わりに店番、お掃除を始めるけれど、一人じゃとてもできないからと、分身、分身。 ああ、『ドラえもん』にもこういうネタがあったなあ。 「アナタ、床掃除なさい」 「何言ってらっしゃるの? アナタがなさいよ」 「私は管理者よ、床掃除なんて仕事、どうしてしなければならーないの!?」 いやー、一杯いてもやっぱりメテオさんはメテオさんだ♪ 「ああ、もう、こんなにいて、ど〜してみんな役立たずなの?!」 もちろん、このあとムークに突っ込み入れられるのですが、私はメテオさんは全く役立たずだとは思ってないので、突っ込みの内容は書きません。 まあ、バレバレですが(^^)。 でもこの大騒動のおかげで、雑貨屋は見物客で大繁盛、メテオさんはコメットさん以上に大活躍したのでありました。と言うわけで、今週のメテオさんもとっても素敵だったのです! 店の受付やってるときのメテオさんの作り笑いが、かわいいけど、マンガ家のSUEZENさんの女の子キャラにそっくりなのがちょっと気になるけど。 ……もう、この毎週の『コメットさん』の感想、完全に「メテオさんレビュー」になっちゃいました。
しげが練習にでかけたあと、昼寝を挟みながら(^^)、昨日買ったマンガを片っ端から読む。休日はやっぱりマンガ三昧がいいね。
マンガ、石ノ森章太郎原作・村枝賢一漫画『仮面ライダーSPIRITS』2巻(講談社・550円)。 前間に引き続き、今巻は「ライダーマン」「X」「アマゾン」編。 テレビシリーズの方もここまで来ると話そのものに随分ムリが生じてきていたころだし、今までと同じような調子でリアルには書けないんじゃないかと思ってたけど、さにあらず。 1号、2号、V3に比べてマイナーな彼らだからこそ、村枝さんがより力を入れて描こうという姿勢が、1巻と同レベルか、それ以上にアツク、劇的な世界を作り上げている。 特に、ライダーマンの結城丈二、歴代ライダーの中では人間に一番近く、多分一番弱いのだが、テレビではダサク見えたあの顔半分が見えるデザインが、マンガでは逆に表情を与えられて、ライダーのストイシズムの中に潜むパッションを、「静」の上半分と「動」の下半分で、見事に表現している。 しかもそのことを、あとがきインタビューで、結城丈二を演じた故・山口暁氏の娘さん、山口貴子さんがちゃんと証言してくれているのだ。おう、ライダーマンのスピリッツはちゃんと次世代にまで受け継がれているぞ! 血は水より濃いのだなあ。これはもう、感涙ものである。 次巻で『ストロンガー』、第一期ライダーシリーズのキャラクターは出揃うわけだが、さてこのシリーズ何巻まで続くものなのか。スケールがどんどん行くなってるから、10巻程度じゃ終わりそうにないのだけれど、何年だって付き合うから、2、30巻くらい行ってほしいなあ。もしかしたら、原作マンガより、旧テレビシリーズよりもアツイ物語になるかもしれないし。
マンガ、爲我井徹原作・相良直哉漫画『KaNa』4巻(完結/ワニブックス・945円)。 ……え? これで終わり? もう、実にハッキリとした打ち切り。カナと「七つの頭」との争い、全く決着が付かないまま、カナがバビロニアに旅立ってちゃんちゃん、って何なんだよう。 「バベルの塔」ってのが何なのかも語られずじまいじゃないのさあ。 原作者のあとがき、全く事情に触れてないんで分らないんだが、掲載誌がつぶれたわけじゃないよな、「COMICガム」。 人気がないわけじゃないと思うんだけど、ホントにどんな事情があったんだろう、気になるよう。
マンガ、和田慎二『ピグマリオ』4巻(メディアファクトリー・819円)。 全12巻予定ってことは、ようやく1/3か。 それでもリニューアル版で月1冊の刊行だからペースは速い。時間をそう待たずに読めるのは、和田さんの場合は特にありがたい。……だって、話に深みがないから間を置くと中味をさらっと忘れちゃうんだもの。 いや、これは必ずしも「貶し」ではないぞ。読み捨てられる他愛もないマンガがゴマンとあってこそ、マンガ文化の裾野は広がっていくものだからだ。 でも、だからと言って折り返しに「SF・ファンタジー・サスペンスなどのジャンルでマンガ界に大きな軌跡を残し続ける、屈指のストーリーテラー」っ書くのはやめようよ。そんな大層なこと思ってるの、和田慎二本人だけだって。
マンガ、『超少女明日香 式神編』1巻(メディアファクトリー・580円)。 和田慎二2本立てかい(^_^;)。 しかも新シリーズは陰陽師の子孫の話と来た。『KaNa』もそうだったけど、いくら何でも最近安倍晴明ネタが多過ぎやしないか。ちょっとマンガ家の発想の貧困さを見る思いがするのである。 いやもう、感想はそれだけ。
マンガ、諸星大二郎『碁娘伝(ごじょうでん)』(潮出版社・880円)。 諸星さん十八番の古代中国ものだが、主人公を「碁を打つ美貌の女殺し屋」という設定にしたことが何よりの勝因。 ヒロインは言わば中国の「必殺仕事人」で、弱きを助け強きを挫く、情に厚いがひとたび碁石と剣を握れば冷徹な殺し屋と化す。そのキャラクター造型だけでも充分魅力的なのに、衆人環視の碁の試合の中で、いかにしてターゲットを殺すか、その不可能を可能にしていくアイデアも実に見事。 「お見せしましょう、これが翅鳥剣!」 うわあ、かっこいい! 碁の「輜重」と、剣の「翅鳥」がシンクロした瞬間は、思わず背筋に戦慄が走ったよ。マンガ読んでてこういう経験することって滅多にないんだよなあ。いや、堪能させて頂きました(^^*)。 尋常な完成度じゃないな、と思ってたら、諸星さん、この一冊の単行本を描き上げるのに、16年かけているのである。……馬琴か(・・;)。 それにしても、最近は囲碁マンガの傑作が多いなあ。 『ヒカ碁』とこの『碁娘伝』と、竹本健治の『入神』(南雲堂)の三作は、囲碁ファンならずとも必読。ぜひお読みいただきたい。
しげ、今日はいつもより遅れて帰ってくる。 今日は練習に見学者の女性も来てたはずだが、「どんな人?」と聞いても「髪が黄色い」としか返事しない。 いや、そんなことが外見的なコトが聞きたいわけじゃなくて、芝居にどの程度興味があるのかとか、練習に参加してみる気があるのかとか、そういうナカミのことが聞きたいのだ。人との関わり方を知らない人間が、人の心を引きこむ芝居なんてできっこないんだから、もちっと人間を観察する術を身につけていってもらわないと、困るよホント。
しげから「映画に行く?」と誘われるが、雨が降り出しているのと、昼間寝転がっていたらまた咳が出始めたので、大事を取って中止。 しげはつまんなそうに「ちぇっ」と舌打ちしているが、病み上がりの夫を気遣うくらいのことはしてくれよ。 それに映画に行くとどうしても会話が少なくなるぞ。家にいたほうが気軽に喋れるから、文句をつけることじゃないと思うがなあ。
アニメ、『サイボーグ009』第3回『閃光の暗殺者』。 前回作画が思いっきりレベルダウンしていたものが、今話ではまあ見られる程度に回復。 ああ、よかった。何しろ今回は、ついに今までアニメ化されたことがなかった0010初登場の回だからだ(一応劇場版『怪獣戦争』に同モチーフのサイボーグが登場したけど、デザインがまるで違う)。 加速装置を持った者同士のサイボーグの対決が、ヘタレた作画じゃサマにならないものなあ。 バンクがやたらと使われてたのは気になるけど、この程度のレベルで持続して行ってくれるなら、文句はない。 002が先走って0010に挑むエピソードなど、実は原作にはないんだけれど、いかにもそんなことしそうなキャラクターとして描いているので、全く違和感がない。脚本家たちが、キャラクターたちを自家薬籠中のものにしている証拠だ。 ただちょっと気になるのは、009たちは石森さんの後期の、シリアスなキャラでデザインされてるんだけど、0010は初期のマンガチックなまま。ちょっとそのギャップが……(^_^;)。 いや、後期のデザインなんてないんだからしかたないけど、もう少し顔に工夫ができなかったのかなあ。声が頼りない声を出させたら天下一品の二又一成さんってのは、所詮は鉄砲玉だった0010の運命を暗示しているようでいいキャスティングだ。 コズミ博士はデザインも原作のままでいいけれど、声も滝口順平さんと、めっちゃゼイタク。声優さんにも惜しみなく予算かけてるよなあ。 ……はっ。もしかしたらブラックゴーストの声は納谷悟朗さんになるのでわ!?
今晩もしげと買い物に出かけようかと話していたのに、9時にはしげは完全に熟睡してしまった。なんだ、しげも疲れてたんじゃないか。映画には出かけないで正解だったな。 結局、どこにも出かけないまま私も寝る。ああ、でもゼイタクかもしれないけど、あと一日、休みがほしいなあ。
2000年10月28日(土) AIQってボランティアだったのね/CGアニメ『バグズ・ライフ』
| 2001年10月27日(土) |
どこまで行くのかな、クラリス……天神まで行きました(-_-;)/DVD『STACY』ほか |
オタアミ当日まであと28日! 28日しかないのだ!
先週は法事だったし、先々週は休日出勤だったし、残業は多いし、ようやく休みが来たなあ、という感じの連休。 ともかく更新の遅れてる日記をメモに基づいて、やっさ(←博多弁)書いてるわけだけれど、一日二日経つともう記憶が曖昧で、特にメシに何を食ったかというのはきれいサッパリ忘れている。 これを書いてるのは日曜の夜なのだが、昨日の今日だぞ、いくらボケるにしても早過ぎやしないかと、一生懸命、脳を攪拌して、そうだそうだ、昨日はロールキャベツを作ったんだったとやっと思い出した。 最近、炊飯器の調子が悪くて、磨ぎがあまく、3合以上炊くと、苦くて食えなくなっちまうのだ。 そのことはしげにもちゃんと言っといたのに、私に輪をかけて記憶力がない(多分こいつの脳に海馬はなくて、海牛か海豚か海ミドリムシか海コノドントがあるのだ)しげが4合も炊いたものだから、くさいメシが釜一杯にあふれてしまっている。 これをどう処理したらいいものやらと、ともかく「おじや」にでもするしかないと、とんこつとコンソメスープをベースにポン酢で味を整えて、ロールキャベツを茹でてメシにぶっ掛けて食ったわけである。 あ、意外と美味い(^^*)。 なのにしげは一口も食べようともしない。 自分の失敗のあと始末もできないんだから、心底、性根が腐っているのである。
最近、買うばかりで全然見れていないDVDを、少しでも消化しようと、待望の(^^)『STACY』を見る。 原作のオーケン、特別出演した上にメイキング映像でコメントしてるが、これが大笑い。 「まあ、十年くらいあとでカルト映画として評価してもらえたら嬉しいかな」 絶対ヒットしないってちゃんとわかってるじゃないの(^^)。 ううむ、しかしこれだけどう評価したらいいか迷っちゃう映画もないなあ。それは別に加藤夏季が出ているから貶したくないというばかりではなく(^_^;)、完成度とか、全体的にはクソ映画と言ったっていいのだけれど、捨て難いところが結構あるんだよねえ。 ステーシーのメイクや撮り方がチープだとか、いらない登場人物が多過ぎて整理されてないとか、筒井康隆と内田春菊の演技の下手さ加減はなんなんだとか、それは突っ込んでいいものなのやら。 15歳から17歳の少女たちが突然ゾンビ(ステーシー)化していくのはなぜか、なんて理由を描写したって仕方がないということはわかる。それはただの象徴に過ぎないから。これは「美少女アニメ」だの「特撮」だの、その年頃の少女たちに幻想を抱き、救いを求めなければ心が癒されないでいる哀れなオタクたちへの痛烈な皮肉であるし、愛でもあるのだ。 まあ、わかりやすく言えばステーシーたちは巨大アヤナミなわけですよ。包まれたいし食われたいと言う(^^)。実際、累々と横たわる死体の中に少女が白く浮かび上がるっていう劇場版『エヴァ』みたいなシーンもちゃんとあるし。 でもだからこそ、この映画はもっとリリカルに描けたはずだと思うのだ。別にスプラッタ描写を抑えろと言いたいのではない。ゲチョゲチョ、グログロ、ヌトヌトだってそれを美しく感じさせる演出ってのはあるのだ。と言うか、そのグッチョングッチョンを美しく見せられないで何が映画か。映画の才能が監督にない、それが一番の問題点だ。 だいたい、これはハイビジョンには向かない題材だよ。 なぜフィルムで撮らなかったんだよ。これは絶対に「なつかしい」映画にしなければならないと言うのに(かと言って大林宣彦に撮らせると『いつか見たドラキュラ』になっちゃうけどな)。 尾美としのりや蛍雪次朗が随所でいい演技してるだけに、もっと面白い映画にできたはずだと、もったいなくてもったいなくて。 何より、腹が立つのは、主演、加藤夏季ぃぃぃぃ? ゲストやん! 登場シーン、多分筒井康隆より少ないぞ! それは加藤夏季がこの物語を影で牽引する「天使」みたいな役だからしようがないとして、カメラ、もっとカットを割らんかい! 漫然と撮るだけじゃこの少女の神秘性は描けないぞ! この少女には現実感を感じさせてはならんのだ。 超ロングか、アップか、どちらか一方、中途半端な撮り方をしちゃいけない。「よく見せない」ことで、そのイミを観客に感じさせねばならないのだ。 つまり『ゴジラ(1954年版)』のように加藤夏季を撮らねばならないのだ! これだから中途半端な特撮オタクに映画撮らせるとよう。 (T^T)(^T )(T )( )( T)( T^)(T^T)
昼は疲れ切っていたのが夜近くまでぐっすり昼寝。 カラダは休まったが、何もしないで一日が過ぎるというのももったいないので、買い損ねているマンガを買いに、車でキャナルシティの福家書店へ。 文庫も含めて十冊ほど買いこんで、ウェンディーズで晩メシ。 ここまでは何の問題もなかった。 行きのしげの運転も順調だったし。
「初心者」の恐怖を私が味わうのはこれからである。
自宅からキャナルまでは、車ならおそらく二十分ほどの距離である。自転車でだって、30分で余裕で着く。 キャナルを出たのが6時30分。まあ、7時にはウチに帰りつくであろうと考えるのが自然なところだ。 誤算の一つは、車だと、キャナルから道に出ること自体、時間がかかるということだった。5、6、7、8階の駐車場の車が、一斉に1ヶ所の出口から出ようってんだから、これは時間がかかる。ようやく道に出たのは7時10分前。……20分もかかるかよ。 私は夜だと全く夜目が利かないので、助手席に座っていてもナビはできない。 「一方通行とか、そういう標識全然わかんないから、どっちに曲がればいいか、地図で確認しといてくれよ」 「うん、わかった」 しげは、地図を見て確認して、堂々と言った。 「道に出たら左へ曲がるよ」 ……このとき、私は不安を感じるべきだった。 行きは右の方からこの駐車場に入ってきたのだ。ならば右に戻るのがスジと言うものである。しかし、地図で確かめてまで間違いをしでかすとは普通、思えない。 「いったん左に行って右に曲がるから」というしげのセリフを素直に私は信じてしまったのだ。相手はしげだと言うのに。 予定通り左に曲がって、中洲の手前まで出て、しげが言った。 「あれ? 右に曲がれない」 道路の上の矢印が右を向いていない。このまま進めば、天神に向かうことになる。 「しょうがない、いったん天神まで出よう」 「ちょっと待て、なぜ天神まで出なきゃならん? 中洲の中を通って逆戻りすればいいじゃん」 「でも中刷って一方通行多いから道わかんないし。まっすぐ行って左に曲がるよ」 わかんないも何も、目の前を車が中洲に何台も入って行ってるのだ。それが見えないのか。 そう言ってもハンドル握ってるのはしげだし、どうにもできる状況ではない。そのまましげは直進しようとするが、あっと言う間に渋滞に巻き込まれる。こうなると右へも左へも行けない。 「おまえ、左に曲がりたいって言っときながら、どうして左車線に行かないんだよ。これじゃもう、信号のところで中洲の方に向かうしかないだろ」 「……わかった、あんたの言うことを信用しよう」 「信用しようって、いつも自転車で通ってるときに車がどう動いてるか見てるだろ!?」 結局中洲を通りすぎ、明治通まで出て、さらに大博通りまで戻って、ようやく博多駅の方へ向かった。 この間、30分。最初右に曲がってりゃ1分の距離をこれだけかけやがった。さすがは若葉マーク。っつーか、しげ以外の誰にこんなバカなマネができよう。 「だって、この道行けばいいのかなって思ってるときには通りすぎてるんだもん」 教習所、なんでこんなやつに免許取らせた。何か間違ってないか。 帰宅は結局8時。20分の距離に一時間半か。やっぱりこれはしょっちゅう練習させないと危なっかしくってしかたがない。 ……結局、また私の仕事が一つ増えたってことなのかよう(T∇T)。 私の心労をヨソに、くそしげは言うのであった。 「今日は天神まで行けたね♪」
夜中にどこぞの民放で『マネーの虎』というのをやっている。 お金持ちの社長に、一般視聴者が応募して、事業のための出資をしてもらおう、という番組らしい。 なんかSMの女王様とかいうのが、「女性のための焼き鳥屋を開きたいから、3500万円くれ」とか言っている。 「今、SMの店やってるんでェ、月200万ほど金が入るんだけどォ、すぐ店を開きたいからァ、3500万円出してほしくってェ」 私はSMびとに偏見はないが、こういうバカは捻って潰したくなるので、居並ぶ社長さんたち、出資したりするんだろうかと見ていたら、案の定、誰一人お金を出さなかった。 だいたい、なんでSMから焼き鳥屋なんだか、言ってることがわかんねーよ。この番組、表向きは「何かをしようとする人たちのために援助を」とか言ってるが、その実はマトモに努力して働かずに出資金出してもらおうとするバカを晒し者にして笑うための番組なのだろうな。
2000年10月27日(金) 頼むから一日12時間も寝るのは止めて/映画『少年』ほか
| 2001年10月26日(金) |
それは愛ゆえの殺人か/『孤島の姫君』(今市子)ほか |
オタアミ当日まであと29日! 29日しかないのだ!
今朝読んだ新聞に、ヒキコモリ息子の家庭内暴力を苦にした父親が、息子を刺し殺して自殺した事件がコラムになって載っていた。 記事の見出しには「改訂版の出版空しく」とか書いてあったので、何のことやら、と思って読んだら、この父親、数年前に息子との葛藤を手記にして自費出版していたのである。 で、「改訂版」というのは、「息子との仲もようやく落ち着いて解決を見た」という内容で締めくくられる予定だったらしい。 しかしご近所の話によれば、ほんの一週間前にもそこの家から罵り合う声が聞こえていたそうで、何のこたあない、不仲の火種はしっかり残っていたってオチである。
しかし、この記事どこかで読んだことがあるな、いや、今朝の新聞を今朝以前に読んでいるはずはないから、これってデジャブ? とか思っていたのだが、この事件、エロの冒険者さんのご近所で起こった事件だったのである。私はエロさんの日記で既にこの事件のことを知っていたのであった。
この息子が引きこもるようになったのは、新聞によると、アトピー性皮膚炎で肌が荒れていたのを学校でからかわれ苛められたのがきっかけだということだ。 不登校に陥った息子は、そんなカラダに生んだ親を恨み、暴力をふるい始めたのだそうな。……それが本当なら、全く甘えたバカガキだとしか言いようがない。ただの不運を親のせいにしてどうする。 新聞記事は疑ってかかれってのが私の基本姿勢だが、この件も、私の勝手な想像ではあるが、ちょっと様相が違ってるんじゃないかって気がする。基本線は同じであっても、微妙にディテールが違ってるんじゃなかろうか。 何が言いたいかっていうと、「苛めで不登校になった」ってことで親を恨むってのがどうもピンと来ないのだ。暴力行為の動機としては、ちょっと説得力に欠けている。 思うに、そこまで親が憎くなるってのはやはり「男の本能に根ざした恨み」なのではないだろうか? つまり、「女がらみ」。
気弱な息子が思いきって彼女に告白する。 「あ、あの、ボ、ボクと付き合ってくれませんか?」 「エー? マジ? ホントマジ? ヤッダー、シンジランナーイ! チョーマジ、ムカツクー! なんでェ、アタシがァ、アンタみたいな○○くて○○いヤツとつきあわないといけないワケー? ウッソォ、ヤダモー、ヤメテヨォ、ジョーダン? ベンジョにその○○いカオつっこんで死ねよ、バーカ!」 ……ああ、なんてリアリティのあるセリフだ……(T_T)。
いや、それはそれとして、ここまで言われたんなら、不登校になって、親を恨んで暴力ふるったってのも理解できるぞ、男として。きっといたのだ、そんな女が。絶対、そうに違いないぞ。 でも、どっちかと言えば、そのカタカナ語しか喋れないクサレバカ女を即座に打ち殺してくれたほうが世のため人のためだったように思う。親の方も、息子がグレたのは自分が親として至らなかったせいだ、とか自分を責めたりせずに、「お前がそんなになったのは女のせいなんだろ? 女にバカにされたんだろ? そうなんだね? よし、わかった。その女が誰か教えなさい。お父さんがぶち殺して切り刻んで、ブタのエサにしてくれる」とか言ってやればよかったんだ。
以上は私の勝手な妄想だが(本気にするなよな)、親が、「子供のために本気になって戦ってはくれなかった」ってのは、間違ってはいないように思う。 穂積隆信の『積木くずし』の場合もそうだったが、それまでいかに親子関係を修復していても、手記なんてものを出版した途端、子供は、「オレは、親の飯のタネに利用されたんだ!」と思ってしまうものだ。 親は、そこまで、子供の気持ちを忖度した上で、手記を書いていたのだろうか。どうもそんな感じじゃないような気がする。 手記をものにした時点で、親は子供から逃げていたのだろう。 子供だって、そんな欺瞞にはすぐ気がつく。暴力行為がエスカレートしていたとしても、それは結局、本人たちのせいではなかったのか。 子供は暴力を振るっていたというが、それは家庭内だけに留まり、外部への犯罪的行為にまでは至っていなかったようである。だとすればやはり今回の殺人は、自分がこれ以上苦しみたくないという、親の、自己本意な行為に過ぎない可能性が高い。 新聞はなんだかステロタイプな親子の悲劇みたいな感じの論調でコラムを締めくくってたが、バカ息子をバカ親が殺したってだけで、琴線に引っかかってくるような話じゃないと思うんだがなあ。なんでこう、大したこともない事件を無理やり悲劇に仕立て上げなきゃならんのか。
ちょっと思い出したことがある。 ウチの母親は、私が子供のころしょっちゅうこう言ってた。 「アンタが何か悪いことをしたら、私もアンタを殺して死ぬよ」。 今、思い返せば、実際にそんな状況になったとして、本当に母が私を殺したかどうかは判らない。 ただ、母親が「本気だ」というコトは子供の私にもビンビン伝わってきた。 法律で裁かれるかどうかってことの前に、私ゃ悪いことしたら自分の親に殺される、そう刷り込まれて育ってきたのだ。 別に、これは異常なことでもなんでもない、昔の親なんて、みんなこんなもんだったのである。ガキ躾るにしても、もうちっと、やり方考えろよ、と文句言いたくはあるが。 そこまで極端なことを言わない家だって、親の「権威」には中身があった。いやね、別に「昔に返れ」って言いたいわけじゃないよ、バカはすぐそう言いたがるけれども。 世間が勘違いしてるのは、その「権威」ってのが、「暴力」とか「家父長制」とかいう、封建主義に根ざしたものじゃなくって、単に「親が子供を育てる覚悟をしていた」だけだってことに気付いてないことだ。 「躾」ってのは「カタチ」なんかじゃない。スパルタがいいか放任がいいかなんて問題ではないのだ。 親と子の心の絆をどう作るかってことを考えりゃいいだけなんだが、その覚悟もないのにぽこぽこガキ作ってっから、殺伐とした事件だって起こるんである。極端な話、親が親のすること、子が子のすることをお互いに納得してりゃ、顔を合わせなくても会話を交わさなくても何の問題も起きないのである。 なんだか私にゃ、事件が起きる家庭ってのが、「あえて事件を起こす火ダネを作りまくってる」ように見えてしかたがないんだがねえ。
風邪を引いてからほぼ十日、ようやく咳も収まってきて小康状態が続くようになった。 まだ、ちょっと空気の流れが悪くなるとげほげほと止まらなくなることもあるが、なんとか持つようになった。ここまで来れば再発の心配もなかろう。 しかし、今回の風邪も長かったなあ。
お仕事はまたしても残業。 それでも早めに片付けとかないといけない仕事をちゃっちゃと終わらせて帰宅。まだ6時だと言うのに、日が落ちてあたりはもう濃い藍色。まだ風はそう冷たくないのに、もう冬なんだなあ。 今日は久しぶりに『クレヨンしんちゃん』に間にあったので、じっくり見る。季節の変わり目なせいか、2本とも病気ネタ。 『園長先生が心配だゾ/熱出し母ちゃんだゾ』。 一本目は、オー・ヘンリーの『最後の一葉』のパロディ。病気で寝ている園長先生が、庭木を見ながら呟いた「あの葉が散ったころには私はもう……」というセリフを聞きつけたマサオくん、早速みんなにご注進する。 マサオくんはいつも「てえへんだ!」って問題を持ちこんでくるガラッ八の役目を引きうけてるが、こういう5人組のコントの役割がちゃんと決まっているところ、『しんちゃん』が正統派コメディの系譜の上にあることの明確な証拠なのだ。 その話を聞いて、カザマくんがみんなに『最後』のスジを話してあげるのだが(いつも思うことだが、カザマくん、幼稚園児のくせに知識ありすぎ)、ネネちゃんが「それってホラーね!」と、意味を読み替えていくギャグが秀逸。 おとぎばなしの読み替えギャグは多いけど、オー・ヘンリーってのは眼の付け所がいい。オチはまあ、別に園長先生は死ぬこともなく(当たり前だ)、その「一葉」の庭木は、しんちゃんたちがハッパが散らないように塗りたくったノリに、風で飛んできた新聞紙やらゴミがくっついて、エライことになっているのであった。 2本目は、原作にもあった病気のかあちゃんのお手伝いを、しんちゃんがすればするほど仕事が増えちゃう話だけれど、ラストはやっぱり家族の絆でオチがつく。テレビシリーズのしんちゃんは、スジの型が概ね決まってるので、小出しのギャグをどれだけ詰めこめるかで評価が分かれる。 後半は、しんちゃんがワザとカニ缶を開けて食べようとするギャグがあるけれど、ちょっと笑いにつながるギャグが少なかった。 しんちゃんをリスペクトしたホームページ、ファンページは多いけど、ギャグ中心ってのは少ない。ドリフのコントなんかもそうだけど、「面白かった」って評判は残るけど、ギャグ自体は消え去ってしまうことが多いのだ。そのへんをフォローするファンサイトがあってもいいと思うんだがなあ。
しげに頼んで、近所のベスト電器まで車でビデオテープを買いに行く。 今日も私が「車に乗ろうか」と言い出したので、しげはビックラこいているが、だから練習させないと不安なんだってば。 新車ってわけでもないのに、車の中の匂いが相当キツイらしく、しげは大掃除をしたらしいが、乗ってみるとやっぱりどこか皮の匂いが充満していてクサイ。 福○空港周辺とか、どこぞの山道の途中で停まってる車の中じゃあ、若いカップルがいろいろ楽しいことをしているらしいが、みんなこんなクサくて暑苦しいところでよくヤレるよなあ。
DVD『第三舞台 1981〜2001』見る。 先日の『ファントム・ペイン』公演の時に記念パンフとセットで売られてたDVDだったけれど、最初の5年くらいは音声テープは残っていても、映像はない。でもやっぱり学生のギャグで間の取り方がまるでシロウト。 なのに「ウケてしまった」というのが、第三舞台の悲劇だったんじゃないかなあ。 下手な解説を入れずに、公演ビデオのみで構成したのは見識のつもりかもしれないが、芝居の内用すら分らないので、結局第三舞台に詳しい人でないと意味不明な箇所があまりに多過ぎる。 ブツ切り名シーンのみだが、DVDの容量を考えたら、もうちょっと長めに収録できたのではないか。
マンガ、今市子『孤島の姫君』(朝日ソノラマ・800円)。 「目に見えるものが真実であるとは限らない」、それが今さんのマンガのキーワードだろう。 人間であるように見えたものが幽霊であったり、幽霊自身が幽霊であることに気がつかなかったり。某クソ洋画が大仰に宣伝していた「意外な結末」なんて、今さんのマンガには腐るほど出て来てたし、これは昔ながらの「怪談」の語りの定番でもある。 事実、マンガ家の中でも、今さんは、怪談の語り部(ストーリーテラー)として屈指の実力を持ってると思うのだが、なんだか今一つマイナーって気がするんだよなあ。……誰かドラマ化しないか。 これは『百鬼夜行抄』以外の短編を集めた作品集だが、現代ものでもファンタジーでもミステリーでもコメディでも、そういう「我々の感覚のあやふやさ」をモチーフとしている点は変わりがない。 作品を全部紹介するのは字数の制限もあってできないが、一番気に入ったのは、8ページと短いけれど、『遺影がない!』。 アパートの不審火で死んだ従妹の夫の通夜にやってきたヒロイン、彼女は実はその夫のかつての恋人だった。火事のせいで、遺影に出来る写真が一枚もなくなっているので、遺族は東奔西走して死者の生前の写真を探すのだが、ヒロインはなんとかして自分とのかつての関係が知られないように、写真を隠そうとする……。 コメディーミステリーとしてはその意外な結末も含めて、わずか8ページでこれだけの内容を凝縮しきった才能は大々的に称賛したい。 あとの作品は、『赤い袖』『沈黙』『真夜中の食卓』『孤島の姫君』『文鳥マンガ・美しき獣たち』の5本。 ああ、実録「文鳥もの」も今さんのマンガの魅力であります。あのトリの点目がねー。ちょっと吾妻ひでおの不気味くんを思い出させてねー、ヨイのですよ(^^)。
2000年10月26日(木) さすがに櫃まぶしは英語字幕になかった/映画『ラヂオの時間』ほか
| 2001年10月25日(木) |
わが名はロドリゲス/映画『眠狂四郎人肌蜘蛛』『旗本退屈男 江戸城罷り通る』ほか |
オタアミ当日まであと30日! 30日しかないのだ!
ついにオタアミ当日までヒト月を切ってしまった。 AIQのほかのみなさんも販促、下準備にお忙しいことと思うが、私は全然忙しくならないので困っているのである。 チラシはあらかた配り終わっちゃったので、あとは知り合いのツテとかで個別にあたって販促していくしかないのだが、どうも世間ではオタクアミーゴスの真の面白さをまだまだ理解していらっしゃらない向きが多いようだ。 ある意味「地下活動」のようなものだから、そりゃその面白さがあまり広く伝わっちゃ困るという面もないではないのだが、もう少し「ヒミツを共有する」楽しみを味わいたい、というヒトは現れないものか。 「キレイなものだけ見ていたい」「キタナいものは見たくない」、もしかして、世の中はそんなヒトたちばかりになってしまったのだろうか? 思春期の自意識過剰のオトメチックな少女ならばともかくも、まずマットウなオトナならば、世の中にはウラもオモテもあるということを知っていよう。オモテに現れた固定化した視点、常識的な観点、既成概念からは見えないものを探り出し、笑い飛ばすのが「オタクアミーゴス!」の神髄なのだ。だからその俎上に並べられるのは必ずしもアニメ、特撮などのオタクな物件ばかりではない。世の中に「こんなモノがあったのか!」という珍奇なものが一杯だ。 例として、、去年の「オタアミ九州」で披露されたネタをいくつかあげてみよう。 韓国のヒーローもの、『ファイティングマン』。 普通、ヒーローというものは洋の東西を問わずカッコイイおにいさんであるとか、健気な美少女であるとか、ともかく子供の憧れの人物であるのが相場というものだが、この主人公はなんと「知○○れ」のオヤジである。 いいのか、おい(・・;)。 ……悪の組織に狙われてんのに、ガキと食いもんの取り合いとかしてんなよ。あ、○○だから仕方ないのか。 変身ポーズやたら長くて1分を越そうってのも、多分、○が不自由なので神経の伝達速度が遅くなってて時間がかかっているのだ。 ……こんなもん、当然、公共のメディアで流せるようなもんじゃございません。『オタアミ』以外のどこで見れましょう。
更には女性のみなさんにはとっても大ウケののHネタ集。 某Hビデオの巻末に収録された通販コーナー、商品名は控えますが、まあ、淋しい男のヒトで、ダ○○○イ○を買うほどのオカネに余裕がない方向けに大安売りの簡易携帯型の……。 いや、これを男性モデルさんに実演させてるんだわ。 何が笑えるって、これを手伝わされてる女性のアシスタントさんの表情と態度(^^)。初めこそねー、○○○とか、○○○とか、○○○とかゆ〜、日常会話ではとても使いにくい単語を事務的に喋ってたんだけど、イザ実演となると実際に目の前にアレがあってナニしてナニしてるんだから、これはイヤだわなあ。 ああ、これは明らかにセクハラ。けど、当然こんなビデオ、オタアミで見なけりゃ女性の方は一生、目になどできませんよ。 え? そんなイヤらしいもの見たくない? ナニを仰いますやらウサギさん! 自分にウソをついてはいけない! 「見たくない」は好きのうち、ホントはココロの底でアナタは「見たい!」と思ってるに違いないのだ! 男は常にエッチでスケベでインランで、女はあくまで淑女なんて前近代的な固定観念の中に自分のマコトの心、ホンノーとボンノーを埋没させていてもいいものだろうか?! 外面似菩薩内心如夜叉、ホントは私は○○○がダイスキッてレディーのみなさんはきっといるはずだ! さあ、勇気を出してウルトラタッチ!(何が言いたい)
ちなみにウチの劇団メンバー中、最も淑女と言われたよしひと嬢は『三本足マン』(←なんでしょね)に狂喜しておりました。
更に更に、こういうものはご存知でしょうか、あまり大きな声では言えないがのMADテープ集。 『サザエさんの特撮名所&風俗街めぐり』、いやあ、サザエさんがナカスやススキノを案内してくれるって、それで嬉しいか、おい。 そう言えば、あれだけ著作権のガードが固かったサザエさん、長谷川町子の故郷の佐賀ではキャラクターを使っての宣伝が解禁になったそうである。サザエさんのOPに佐賀が出ることが多いのはそのせい。 『映像:はれときどきぶた/音楽:エヴァンゲリオン』、『はれぶた』はみなさんご存知ですね? いやあ、『エヴァ』のメロディーにノって繰り広げられるノリヤスとはれぶたの愛と友情、ロボット戦(そんなんがあったのか)は必見。 『映像・インデペンデンスデイ/音楽・マッハバロン』『映像・スターシップトゥルパーズ/音楽・哀戦士』。 どっちも燃えます。死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは、みんな死んで行きます(^^)。
あとは、すべて女装した男ばかりで演じる実写版『カードキャプターさくら』とか、アマプロの作ったチープな怪獣映画『ワニゴン対ガマゴン』(昔バチもんでホントに売られていた)、そして最近CSでも再放送され始めた、梶原一騎・吉田竜夫原作の今となっては珍品と言うしかないTVドラマ『チャンピオン太』などなど。 いやもう、とてもとても全部は紹介しきれません。 日頃とても目にできない物件の数々、一度ご覧になれば、きっとアナタの世界が広がります。おトモダチも(多分)増えます。 さあ、買おう! チケットを!
職場でどういうわけかいきなり「性格テスト」が行われた。 別に上司がそのテスト結果を集約するわけではないので、たいした意図があるわけじゃないんだろうが、イマドキこんなもん、への役にも立たんということ、常識だと思ってたんだがなあ。 なにしろ、私がこの手のものをやると、たいていが「完全な常識人」という結果が出てしまうのである。 どれだけアテにならないか、わかろうというものではないか。
帰宅すると、しげがまたウチにいない。 携帯に電話してみると、鈴邑君のナビで、買ったばかりの車を試運転中だそうである。 晩飯にコンビニでおでんを買って来てやったんだが、帰ってくるまで待ってても冷えるばかりだし(しげは「温めなおし」をえらく嫌うのだ)、ほかにもおかずになるものは買ってあるので、一人でさっさと食う。 冬どきはおでんの種類も増えていて、定番の卵や厚揚げや牛スジに加えて、ブタの軟骨なんかも茹でられてるが、こんなんをおでんの具に食ってるの、九州だけじゃなかろうか。こういう「おでんの具」の地方差を調べたりするのも面白そうだ。
しげ宛てにハガキが来てる、珍しいなあ、と思ったら、シティボーイズの『ラ・ハッスルきのこショー』DVD発売の宣伝ハガキだった。 もちろんとうの昔に予約はしてるのだが、下に小さく「『ラ・ハッスルチエコショー』は収録されておりません」の文字が。 ああ、やっぱりテレビ放送だけでなく、販売もアウトなのか。 確かに高村光太郎の遺族が見たら激怒する内容かも知れないが、いやしくも作家とか芸人とか名乗るヒトたちは、自分のイメージが万人にどのような形で受け入れられようと、それを甘受する覚悟をせねばならない立場にあるものなのである。その遺族なんだから、これくらいのギャグ、笑って許してやるだけの広いココロがほしいんだけど、それを期待して販売するわけにもいかない、というのがDVD制作元の意向でもあるんだろう。 それにハラを立ててくるのは必ずしも高村光太郎の子孫だけとは限らないし。ホントはそっちのほうがよっぽど厄介で、差別的なやつらだと思うんだけどねえ。 でも、応募者にだけ「チエコショー」のミニDVDの特別販売、とか、そういうプレゼントをつけてほしいなあ。なんたってアレは、シティボーイズのギャグの中でも最高の、いや、今世紀最高のギャグの一つなんだから。
WOWOWアニメ、『おとぎストーリー 天使のしっぽ』第4話「いやだよ、サヨナラ…」。 先週見そこなっていたけど、またぞろ守護天使が増える展開は変わらず。 でもキツネまで飼ってたなんて、悟朗ってどんな環境に育ってたんだ。 今回その悟朗はずっと発熱しっぱなしで、出番がない。 守護天使たちは右往左往しながら悟朗を看病するが、やはりケンカしたりしてかえって悟朗の具合を悪くしてしまう。 そのとき、突然、携帯が妖しく光りだす。「また、守護天使……? いいえ、違うわ! これは……!」 天使たちの顔が青ざめていく……。 さすがにこのへんで趣向を変えないと飽きられると思ったんだろうけど、だいたい12人もキャラを出しておいて、その描き分けが、性格的にもデザイン的にもできてないことのほうが問題なのだ。 監督の越智一裕さん、『うる星やつら』でデビューしてるんだよなあ。やたら女の子キャラが出てくる話は経験済みだろうに、なんでこんないい加減な作りになっちゃってるのかなあ。
CSチャンネルNECO『眠狂四郎人肌蜘蛛』(1968・大映京都/カラー81分)。 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズで、唯一見てなかったのがこの作品。 シリーズ中最も猟奇性の高い作品として、ウワサには聞いていたので、もう見たくて見たくてたまらなかったのだが、二十年来の夢が一つ、やっと果たせた。 なんたって、以前WOWOWで狂四郎シリーズが放送された時も、この作品だけは「放送に耐えない」ということでラインナップからはずされてしまっていたんだからね。 えらいぞチャンネルNECO。 いや、しかし見てみてなんちゅーかねえ、ハマりましたよ、私は。 それまでの私の狂四郎シリーズベストワンだった第2作『勝負』を抜きました。 殺陣自体は、もうこれが雷蔵の死の前年の作ということで、お世辞にも元気があるとは言いがたい。けれど、全編に漂う虚無の匂い、これはもう、シリーズ中郡を抜いていたのだ。
狂四郎が気まぐれから母の墓参に立ち寄った甲府の村。 この辺りでは将軍家斉の妾腹で、世間的には「死んだ者」とされていた双子の兄妹、土門家武と紫が暴虐の限りを尽くしていた。 刑場で村人を矢で射殺して遊ぶ兄、家武(川津祐介)。 村男を色欲の餌食にした挙げ句に惨殺する妹、紫(緑魔子)。 二人はまた兄妹でありながら、道ならぬ関係にもあった。
自分と同じ境遇の黒ミサの子、薬師寺兵吾(寺田農)の身代わりに、彼らの居城、「鬼館」に出向いた狂四郎は、色仕掛けで迫る紫を鼻であしらい、いつものように恥をかかせて退散する。 怒り狂う紫と、その狂態にかえって狂四郎への愛を感じ取った兄、家武は、ともに狂四郎の命を狙い始める。 南蛮渡来の秘薬を仕込んだ家武の毒矢が狂四郎の身を襲い、狂四郎は空を見上げ呟く。 「これが俺の見る最後の空の色か……!」
「紫」って、やっぱり「紫式部」から取った名前かなあ。 伝説では色欲道に落ちたって言われてるし。『源氏物語』書いただけでそこまで言われるのは受難としか言いようがないが、眠狂四郎シリーズ中、この紫が屈指のインラン女であることは間違いない(^_^;)。 いやホント、いとも軽々と久保菜穂子を越えちゃってます。 「お兄様に狂四郎は殺せませぬ。アレは私のもの……」 実質、今回の話は狂四郎、家武、紫の三つ巴なのな。強力なライバル剣豪というのが登場しない代わりに、狂四郎を狙う執念の深さ妖しさは見ていて寒気が走るほど。松田優作のテレビ『探偵物語』「聖女が街にやってきた!」では清廉なシスターを演じた緑魔子、胸こそ晒さないものの、まさしく蜘蛛のように狂四郎を絡めとろうとする。 「そなたは、私に似ているとは思わぬか?」 「似ているから、むかつく」 紫を攫った廃屋の中、女間者が十字架にかけられ殺されているその下で、狂四郎は自分が生まれたきっかけとなった黒ミサを再現するかのように紫を犯す。 しかし果たして、犯したのは本当に狂四郎の方だったのか。
邪恋もまた、紛れもなく「恋」である。 というか、私は世間がなんの考えもなく口にする「純愛」なんてものに実態があるなんて思っちゃいない。恋をいちいち峻別することになんの意味があるというのか。 家武の妹への執着も、紫の狂四郎への復讐心もまさしく恋だ。誰の心にも闇があるのなら、頽廃に美しさを見出せずして、なんで人を愛せよう。誰一人として報われることのないこの物語は、それゆえにとんでもなく美しいのだ。
ああ、やっぱり劇場で見たいぞこの映画。どっかの映画館、オールナイトで眠狂四郎シリーズかけてくれえ!
CSキッズステーション『ナジカ電撃作戦』MISSION 003「醜悪なる遺物は漆黒 の闇と共に」。 しげが数日前から「次の『ナジカ』はまだ?」とうるさかったのだが、二人で今日も堪能させて頂きました(^^)。 相変わらずのパンチラなんだけれど、前2話に比べるとやや控えめ。 苦情でもあったかな? でもその分、今回はギャグがよく効いている。 「人間」的な行動を練習中のリラ、いろんな「笑い」の表情を作るのだが、TPOがまだよくわかっていない。 財閥のお嬢様に扮しているのに、つい、「不敵な笑い」を浮かべてしまったりするんだよねえ。 こんな感じかな。 → (`∀´)フフフフフ。 ……いいキャラクターを作ったものだ(^_^;)。 話の方は、機能停止しているはずのレーザー衛星が突如再起動して太平洋の軍事基地を消滅させた事件の真相に七虹香とリラが迫るもの。 黒幕の大富豪の美青年、トッドが「アンティーク飛行機の収集狂」って設定は、まるで『ルパン三世/死の翼アルバトロス』だ。 ……西島監督、まだ宮崎駿に恨み持ってるかな?(^^) トッドの声は『機動戦艦ナデシコ』のウリバタケ・セイヤの飛田展男さん。いや、濃いキャスティングだ。
CS時代劇チャンネル『旗本退屈男 江戸城罷り通る』(1952・松竹京都/モノクロ・94分)。 戦後の市川右太衛門による旗本退屈男・早乙女主水介(ホントは主水之介だけどこの映画だけこのように表記)シリーズ、てっきり東映の専属かと思っていたら、一本だけ松竹で撮ったのがあったんだねえ。 そのため、キャスティングがいつもといろいろと違っている。お小姓の霧島京彌が宮城千賀子(ちょっと男カ顔なので、これはピッタリ)に、敵さんが高田浩吉に柳永二郎。ヒロイン萩乃が井川邦子で、主水介の妹の菊乃が岸恵子ってのはなんちゅー豪華な。 ……って、どう豪華なのかわかる人はもう中年以上だよ(+_+)。 しげは花魁役で清川虹子が出てたんで驚いていた。 そりゃ、清川さんだって若いころはあるわな。失礼なヤツだ(^_^;)。 しかし、この作品が珍品なのはキャスティングばかりじゃない。 ともかく驚いたのは、これ、ストーリーが『大岡政談/天一坊事件』をまんまパクッてることなんだよね。なにしろ婆さん殺して御落胤の証拠を奪い取るところまでマネしてんだから、はっきり「盗作」と言いきったっていいくらいだ。 もっとも、この話自体、著作権がないんだから、どう脚色したって問題は生じないんだけれども。 一応、天一坊事件は史実だから(もっとも大岡越前守は直接裁いてはいない)、名前を「浄海坊」(高田浩吉)と変えてはいるけれど、ストーリーは講談本のまま。違うのは、早乙女主水介と、萩乃の淡い恋が描かれるあたりくらいかな。 ……う〜ん、右太衛門が草原に寝転がって、萩乃のことを切なく思うシーンなんか、どうコトバで表現すればいいのやら。豪放磊落が身上と思ってた退屈男にこんな面があったとはねえ。 クライマックス、浄海坊の悪事を芝居仕立てで告発するシーンは、講談本にもあったけれど、言わずと知れたシェークスピアの『ハムレット』。いや、実にいろんなところから寄せ集めてますねえ。 ラスト、浄海坊と、参謀役の北村内膳正(柳永二郎)が命尽きんとしながら呼び合うシーン、これは悪役の最後の描写としては実に屈指の出来映え。珍品は珍品だけれど、もとネタがあることを無視すればこんな面白い時代劇は滅多にあるもんじゃない。 「天一坊事件」を知らない若い人には、かえって面白く感じられるんじゃないかなあ。
しげ、今日出来あがったばかりの免許証をやたらと見せびらかす。 なんか写真が生意気そうに映ってるなあ。ついこの間、しげの高校生のころの生徒手帳を見せてもらったのだが、結婚する2年前だけれども、これがビックリするほど幼い顔をしているのである。いつまでも童顔なやつだと思っていたが、してみるとこの十年で、少しはオトナになったもののようだ。 逆に言えば、結婚当初の私が知り合いからロリコン呼ばわりされたのも、納得するしかないってことなんだなあ。 いや、違うってば(-_-;)。 しげがあまりに嬉しそうなので、「車に乗って買い物に行こうか?」と声をかけてみた。 途端に驚くしげ。 「なんで? 乗りたくないようなことを言ってたじゃん!」と目を丸くしている。 「免許取ったんなら、少しでも練習したほうがいいやろ?」 ごく当たり前のことを言ってるのに、しげは信じられないような気持ちらしい。……よっぽど私が意固地な人間だと思い込んでいたんだな。確かに私は車嫌いではあるが、身内が初心者で、見るからに危なっかしけりゃ、事故を起こさせたくないって思うのは自然なことだがね。 「お前のことだから、もう車に名前をつけてんだろう」 「うん」 「なんてつけた?」 「最初はダンにしようと思ったんだけどやめた」 「じゃあ、なんてつけたんだよ」 「ロドリゲス」 「……なんで?!」 「いや、外国人っぽかったから」 う〜ん、何がどう気に入ってんだかわからんが、私ゃ「ロドリゲスに乗る」なんて、音の響きがとてもヤなんだが。まるで、ヒゲ生やした筋肉男の上に乗ってるみたいじゃないの。 それも考え過ぎか(-_-;)。
しげの運転はいかにも初心者らしく超安全運転。 真夜中なので、車もそう多くないし、練習には結構いいかも。 近所のコンビニまでソロソロと行く。事故も起こさず無事に帰って来れたが、しげの車庫入れがむちゃくちゃヘタクソなことが判明。 五回、六回と、前に後ろに入ったり来たりしながら、それでもなかなか枠線の中にキチンと入れられないんだものなあ。 やはり練習はできるだけさせないともう危なっかしいったらありゃしない。
関係ないけど、このとき買った新製品のお菓子、某チョコレートの「オレンジ味」はゲロまずでした。みなさん、気をつけましょう(+_+)。
2000年10月25日(水) 今日は三度も昼寝した。やっぱ体変だわ/『冬の教室』(大塚英志)ほか
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記
☆劇団メンバー日記リンク☆
藤原敬之(ふじわら・けいし)
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