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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年09月24日(月) 荒らしを起こして♪/DVD『マジンカイザー』1巻/『KUNIE』1巻(ゆうきまさみ)ほか

 オタアミ当日まであと61日!
 
 なんだかテロネタにも飽きたので(いや飽きる飽きないの問題じゃないってコトも知っちゃいますが)、身近なネタから。

 「エンピツ」に登録している日記サイト、いつの間にか40000人を越してるんだねえ。
 私も他人の日記を覗くのが好きで(なんだかこう書くと変態みたいやな)、「お気に入り」にこそ入れはしないが、いろんなヒトがいるなあ、わはは、と笑って見ている。
 けれど、なんだか最近、あちこちの日記に共通して、「荒らし」の報告が寄せられてる例が増えてきているのだ。
 内容はたいてい「ねたみ」らしく、「人気投票数が高いからってエバるなテメー」、みたいな低次元な(って高次元な「荒らし」ってのもあるまいが)書きこみがほとんどのようだ。
 いや、「人気」ったってねえ、フツーの人々の「日記」で、プロの作家さんのそれってわけじゃないじゃん。「荒らし」さんたち、何を目くじら立ててるんだか(^_^;)。
 かと言って、あまり笑ってばかりもいられないのかな。
 中には、被害に堪えきれず、せっかく立ち上げた日記を閉鎖してしまう人もいる。
 某巨大掲示板のように、いろんな人が匿名で参加できるところだと、ある意味「荒らされる」ことは覚悟の上で参加せねばならない。
 しかし、こういう日記オンリーのところに参加する人たちは、そんな被害に会うとは夢にも思っちゃいなかったのだろう。だから予想外のことに出会って、むちゃくちゃ傷ついてしまったのだ、と推察する。
 まあ、いきなりテロ受けちゃったようなもんだし(またそのネタかい)。
 けれど、見ていてもったいないなあ、やめることはないのになあ、とはどうしても感じてしまうことだ。

 「荒らし」ってそんなに怖いか?
 いや、私も知人で掲示板にやたらとエロメールを書きこみされて往生している人を知っているから、相当迷惑だろうなあ、ってことは解るよ。
 一時的に「テメーの日記なんかつまんねーんだよ」とか「さっさと消えろ」みたいな書き込みされて落ちこむのは仕方ないことではあるけれど、それと同じくらい「負けないで!」って応援メールとかもあったんではなかろうか。
 だとしたら、「荒らし」に負けて撤退しちゃうってのは、それこそ「荒らし」の思うツボ、「オレの書きこみで、一つサイトを消してやった」なんて、妙な権力意識を相手に持たせちゃうだけじゃないかなあ。

 私なんか、身内からしょっちゅう「荒らされ」てるからなあ。
 って、しげのことなんだけどさ(^.^;)。
 私が誤字脱字がないか(寝惚けてると腐るほどあるのよ、これが)、文章にヘンなところがないか見返したりしてると、「また『オレ様文章』に浸って」なんて言いやがるし。おかげで最近は見返すこともできなくってよ。誤字増えてんだろうなあ。
 私にナルシストの傾向が全くないとは言わんが、「オレってステキ! オレ様サイコー! みんなオレを誉めて誉めて誉めてェ〜!」みたいな、そこまでの変態じゃねーぞ、俺は(←ちょっとは変態なのかよ)。
 「どうせ誰も読んでないんだからヤメなよ」とまで言われたときにゃあ、このクソアマ、とは思ったが、しげの場合、ここまで悪態つくのは自分が構ってもらえない淋しさ故だってことはハッキリしている。
 ……素直に甘えられないって、かえって恥ずかしいんだぞ。……とか言ったらホントに「素直」に甘えてきそうだなあ。それもちょっと困るが。

 「荒らし」どころか、私ゃストーカーにだってあってるし、職場の横槍で日記を移転せざるをえなかったことだってあるし、ウィルス送りつけられたこともあるし(笑)。
 ……考えてみりゃ、よく日記やめてね〜よな(^^*)。
 おかげでよく「有久さんって、強いですねえ」なんて言われちゃうことも多いのだが、とんでもない、私ゃ、自分以上に泣き虫で弱虫なヤツぁこの世にいまいって思えるくらい、自信のカケラもない男なのだ。
 その点に関してだけは自信がある(笑)。
 逆説的な言い回しになっちゃうが、自分の文章に価値なんてないって思うから、続けられてるのですよ、私の場合。
 何回も書いてるけどさ、こういう公開日記ってさ、愚にもつかないことをウダウダと、ただ垂れ流すことにこそ価値があるんであってね、だから「くだんねーんだよ」ってご意見はまさしく正鵠を射ているので、公開日記の書き手としては喜びこそすれ、傷ついたりしてちゃイカンのですよ。

 自分の文章に価値があるなんてゴーマンな気持ちでいるから傷つきもする。
 どうもサイトを閉じてくヒトたちの最後のメッセージなんてのを読んだりしてると、「こんなに一生懸命書いてるのに!」ってことを訴えてるヒトが多くてねえ。「オイ、そりゃちゃうやろ」とツッコミたくもなるのよ。
 あのね、「一生懸命」ってのは他人が評価するものであって、自分で評価するものではないのよ。「自分で自分を誉めてやりたい」って言葉さ、某スポーツ選手と某アニメキャラのおかげでえらく流行ったけどさ、つまるところそれって自分に対する批判はおろか、他人の応援だって無視してるってことではないの。
 ゴーマンでしょ?
 その二人の末路がどうなったか考えると、やっぱり「文章」ってのはヒトに見られてナンボなんだよなあ、と思うのだ。「けなし」も「ねたみ」も自分の「コヤシ」ですがな。
 いや、要は、自分が自分の文章をどう思っていようと、面白がってる人間はいるんで、自分だけの事情でヤメちゃいかんよなあ、と言いたいんだけどね。

 この日記だって、いつかは終わりが来る時があろう。
 いきなりパソコンが壊れたとかね。
 まあ、またぞろ私が入院して中断って可能性が一番高いんじゃないかとは思うが。
 覚えていますか? いや、「愛」じゃなくて、以前、ホームページの方で私が連載していた演劇に関する「シナリオアクロバット」っていうエッセイもどきのことなんだけどね。18回くらいまで続けてたけど、これの中断はしげの事故がきっかけだった。
 で、しばらく書いてなかったら、前に書いてた内容をキレイサッパリ忘れちゃったのである(笑)。もう一度再開するには、過去のネタ全部読み返さなきゃならんなあ、と思っていたら、諸事情で書きこみ自体ができにくい状況になってしまった。
 メンバーのホームページに小説を連載し始めたら、こちらも諸事情(こればっかしやな。要するにパソコン自体が使えなくなっちゃったんだが)でサイト自体が閉鎖されてしまって宙ぶらりんのままである。
 こういうの、私が全てほっぽらかしているとお思いの方もおられようが、ところがどっこい、ちゃんとコピーを取っていて、再開の機会を狙っているのである。どうせしげは「みんなもう忘れてるよ」と言うであろうが、天災は忘れた頃にやってくるのである。
 個人ホームページの準備稿の中にはしっかりそれらも入れているのだ。
 ……こんなもん、「自分を誉めてやりたい」気持ちなんかで書けるかって(^_^;)。

 まあ、こんなこと言いながら、実際に「荒らし」にあったら、泣いちゃうと思うんで、どうぞみなさま、お手柔らかに。
 

 ようやくデジカメのメモリーパックの入れ方をしげに習って、昨日できなかった、街中の写真撮影に出かける。
 しげも一緒に付き合うかと思ったら、職場のミーティングがあるとやらで、一人で散策。
 まあ、どこで何を取るか分らない、行き当たりばったりの撮影だから、付き合いたくない気持ちになるのも解りはするが。
 コンセプトは「博多の街のヘンなもの」って、まあ「VOW」ですね。
 そこいらを適当に歩いただけでも超芸術トマソン(=美しく保存された無用物)はゴロゴロしてるし、昔からあるもので博多人が見なれてるけれど、考えてみたらどこかヘン、なんて建造物なんてのもいっぱいある。
 だから別に一般の観光案内的なものなんて撮る気はハナからないのね。
 で、どんなのを私が撮ってたか。
 「商店街の入口でオッペケペを踊ってる川上音次郎」
 「君は虎フグチリを食ったことがあるか」
 「床屋のサインポール各種」
 「ビルの二階のESP研究所・一階は喫茶店」
 「男子トイレを案内する黒田武士」
 「巨大な鈴の前のホームレス」
 「ドラえもん山笠」
 等々。
 何のことか解らん、という方もおられようが、それはホームページが立ち上がってのお楽しみ。ホームページのタイトル、予定は『探偵たまちゃん細腕繁盛記』(仮題)である。


 帰宅してみると、しげは昼寝。
 せっかく弁当を買って来てやったのにもったいない。ムリヤリ起こして殴られるとイヤなのでほっといてパソコンやCSなどに見入る。後は休日をゆっくり楽しむだけだ。

 パスワードの打ちこみ方を覚えて、やっと初めてAIQのパティオに入れるようになったが、これまでの過去ログを読むのがひと苦労。
 だってほぼ2年分あるのだもの(^_^;)。
 一通り読みはしたが、細かいところまではとても覚えきれない。特に会計関係は、おカネがどこからどう動いているのか見当もつかない。……スミマセン、お手伝い出来ることは何でもしますが、経理関係の仕事はできればパスさせてください。収支が合わなくなっても多分原因すらつかめなくなると思いますので。
 うわあ、劇団の前の公演、宣伝までしてくれてたのだなあ。これにはひたすら感謝。
 あと二ヶ月でどれだけ集客できるか分らないが、ともかく今は販促に力を入れるのみである。

 初書き込みで、チラシをパピオに置いてきたことの報告、付け加えて「『アクロス福岡』にもチラシ置きませんか?」と意見を述べる。
 あと、チラシ置けそうなところといって思いつくのは「紀伊国屋書店」だったりするのだが、オタアミの協賛が福家書店だから、これはマズイのだろうなあ。
 「あいれふ」や「大野城まどかぴあ」、各区の図書館センターなんてどうかなあ、などといろいろ考えるのだが、こういう演劇関係や公共ホールの類、利用者の中にオタクがどれくらいいるか心許ない。効果がいまいち期待できないのである。
 会場が岩田屋G−サイドだから、岩田屋系列以外のデパートとかにも置けないんだろうしなあ。……意外とシバリが多くないか?
 福岡近辺で、他にチラシ置けそうなとこ、知ってるヒトいませんか? ……って、こういう告知したときにさ、いつだって劇団メンバーからの反応が一番乏しいんだよ。「知りません」「解りません」あるいは完全無視。
 ……ウチのメンバー、マジで交際範囲狭すぎだって(-_-;)。


 CSファミリー劇場を立て続けに見る。

 『チャンピオン太』2話。もうアントニオ猪木の死神酋長は出ない。今回の敵はもと柔道家のスマイリー。
 こいつがまた風貌から衣装まで、まんま『姿三四郎』の檜垣兄弟を足して2で割ったようなヤツで、ハグレ柔道家のイメージっていったらこれしかないんかと突っ込みたくなる。勝負に負けたけれど、命を助けられて最後に改心するとこまで『三四郎』と同じ。
 梶原一騎って、やっぱり戦前の熱血小説の流れから一歩も先に出られなかったヒトなんだよなあ。

 『狼少年ケン』68話。
 もうこんな古いアニメ、設定やストーリーを解説しないと若いヒトには全然わかんないんだろうなあと思いつつ、そこまでは面倒臭くてしたくもない。
 ゲスト声優、字幕が失われているがヒアリングで堀絢子・近石真介・増岡弘・神山卓三の諸氏とわかる。近石真介がハンターで、その息子が堀絢子。息子とケンは仲良くなるが、親父は「ジャングルの連中はみんな危険だ」と信用しない。けれど命を助けられて最後に改心する……ってさっきの『太』と同じオチやん(^_^;)。

 『がんばれ元気』13話。
 これも久しぶりに見たなあ。監督は名匠なんだかヘボなんだかどっちつかずのりん・たろう。
 というか、この『元気』はまあまあの佳作だったんだがねえ。当時としても、どこかくすんだような色使いで「なつかしアニメ」の雰囲気を出してたのが面白い効果をあげていた。ただ、声優に藤田淑子を起用したのは失敗だったろう。おかげでアニメ化されたの少年編どまりで青年編にいくことができなかったし。
 今回は、元気が、関拳児のタイトルマッチをおじいちゃんに内緒で見るって話だったけど、関のキャラクターが原作よりもずっと力石徹に似ていて、そりゃいくらなんでもちょっとマズイんじゃないかって気になった。
 作画監督の小松原一男、美術監督の椋尾篁、ともに今はこの世にない。
 一時代を築いたことが明らかなこの二人の早世は、アニメ界にとってあまりに失うものが大きかったように思う。


 続けてキッズステーション。
 『こみっくパーティー』10話『二人の距離』、『マイアミガンズ』第1話などを見る。基本的にその日見たもの、読んだものについては全て感想を書いておきたいのだが、どうも文字数をオーバーして登録できそうにないのでカット。
 これだから、しげから「書きすぎ」と言われるのだ。
 

 マンガ、竹本泉『しましま曜日』1巻(エンターブレイン・756円)。
 以前出したものの新装版。……もう持ってるのになあ。後書きが書き下ろしってだけで買ってるんだものなあ。
 でも、この「服に着られる女の子」(優柔不断なので着た服によって性格が変わる……ってプロレスラーの覆面かって)という設定は大好きなので、まあいっか。


 マンガ、ゆうきまさみ『KUNIE(クニエ)―パンゲアの娘―』1巻(小学館・410円)。
 アトランティスもムーも使い古されてると作者が思ったのか、いきなり「パンゲア」と来た。
 といっても、「今はない」ものであっても、前二者と違って、パンゲアは架空の大陸ってわけじゃないからねえ。大陸移動以前の、ユーラシアもアフリカも南北アメリカも、すべてが一つの大陸であった頃にまで遡って、物語は展開されて行くのだろうか。
 今のところ、第1巻の段階では、そんなに目新しい設定は登場していない。
 小学生の主人公のところに、突然「お嫁さんにしてっ!」って南の島からかわいいムスメが飛び込んでくるってのも新鮮味がないし。
 卵からプレシオザウルスが孵るってのが『のび太の恐竜』だってのもまず間違いなく作者の確信犯。
 平成『ガメラ』的展開と言い、「どこかで見たような」導入が、今後「ありきたり」で終わっちゃうか、「物語の復権」となるかは、まだ即断するには早かろう。
 でもヒロインのクニエ、トシのワリにちょっとおばさんくさいぞ。


 マンガ、横溝正史原作・つのだじろう作画『犬神家の一族』(講談社漫画文庫・630円)。
 どうやら講談社漫画文庫の金田一耕助シリーズ、これで打ち止めにするつもりらしい。昭和50年代に横溝ブームが起きた時には、つのだじろうはもう一作、『八つ墓村』を描いているが、これは影丸穣也(譲也)の少年マガジン連載版『八つ墓村』を既に出版しているので、ダブらないようにと発行を控えたものらしい。
 意味ないと思うがな、そんなの。
 解説の皆川博子、『犬神』を横溝正史屈指の名作と称賛しているが、それほどでもない。これは正史唯一の「実験作」であって、全てのトリック、構成を考えた上でなければ作品を執筆しなかった彼が、初めて「設定だけ作って結末を決めずに書き始めたらどうなるか」を試してみた作品なのだ。
 苦し紛れに思いついた後付けのトリックが功を奏して、それなりの評価は受けているものの、整合性に欠け、動機にかなりムリがある。
 何より、犯人が意外でも何でもないのがイタイ(-_-;)。
 横溝正史ベスト10を作れば、せいぜい5、6位あたりが関の山ではなかろうか。それがなんでそんなに傑作みたいに錯覚されてるかと言うと、角川で映画化されて17億稼いだってことと、評論家の大坪直行あたりが過剰に評価したってことが影響してると思う。
 そのことを考えれば、つのだじろうの脚色、得意のオカルトを交えて動機に説得力を持たそうとしているのはなかなか面白い。本格ミステリにオカルトは禁物、というご意見はこの場合当たらない。だって事件の背景にオカルトが絡んでるだけで、解明に当たってはちゃんと現実の事件として、合理的に解明を行っているのだから。
 細かいことだけどさ、タイトルの『犬神家』、ただのハッタリで、伝説の「犬神」とは何の関係もない。その点を正史は江戸川乱歩から非難されてるくらいなんだよ。
 それをつのださん、ちゃんと犬神家は「犬神憑き」の家系である、と、事件の動機に絡めて説明しているのだ。しかも、「斧・琴・菊」の三種の神器のウラの意味まで創作したオリジナリティは充分評価していい。 
 はっきり言うが、原作よりミステリとしての完成度、高くなってるのだ。けれど、「意外じゃない犯人」だけはつのださんも如何ともしがたかったらしく、金田一耕助に「犯人…と、事件の動機そのものは単純でしてね…。はじめにみなさんが疑ったとおりの人物だったんですよ!」と言わせちゃっている。
 さすがに犯人を変えちゃうわけにはいかないしねえ。
 ついでだけれど、前に「つのだ版金田一のモデルは菊田一夫である」と書いたことの補足。マンガの金田一、口ひげは口の端に生えているが、菊田一夫の著名な写真はたいてい鼻の下のちょび髭である(小鹿番が菊田一夫を演じる時もそのスタイル)。
 けれど、若い頃の菊田一夫は、マンガのように口の端にヒゲを蓄えていたのだ。そのあたりもつのださんの「こだわり」が見えて面白いのであった。……金田一は和服じゃなきゃ、と思いこんでる原作ファン、偏見を捨ててちゃんと読んでみたら?


 DVD『マジンカイザー』1巻『激闘! ダブルマジンガー』。
 兜甲児、石丸博也です。
 弓教授、八奈見乗児です。
 あしゅら男爵、柴田秀勝&北浜晴子です。
 ドクター地獄(ヘル)、富田耕生です。
 それだけで、もう往年のファンならば、いや、そうでなくても、本物の「声優」の演技を求める方ならば、必見の作品でしょう。
 ここで、どうして弓さやかは松島トモ子じゃないのかとか、せめてボスは大竹宏にしてほしかったとか言っちゃいけません(原作じゃボスは女言葉喋ってないんだよ)。継続して起用された声優と、リニューアルされた声優の間には、それなりの理由があると考えられます。より原作のイメージに近く、という今回の新作のコンセプトに沿った改変なのでしょう。
 まあ、大半は「トシ取っちゃったから」というのはあるのでしょうが。
 脚本ははっきり言って、定番に流れすぎてかえって盛り上がりに欠ける面はあります。というか、ピンチになったらお助け、ピンチになったらお助けのパターンの繰り返し過ぎで、工夫に欠けてます。
 しかし、旧作よりも遥かに永井豪の当時の絵柄に近いキャラクターデザイン、テレビシリーズでは部分的にしか描かれなかった「機械獣軍団」の描写、何より「血を流す(ように見える)ロボット」としてやっと映像化されたマジンガーZとグレートマジンガー。
 脚本の陳腐さを補うにあまりあるものがあります。ああ、でもバードス島のシーン、あれだけ原作どおりにやるのなら、ドクターヘルの「アレキサンダーが、ジンギスカンが、ナポレオンが果たそうとして果たせなかった野望、世界征服! それをこのドクターヘルが、機会獣軍団とともに果たすのだぁぁぁ!」ってキメゼリフも言ってほしかったなあ(それに近いセリフはあります)。
 ……でも新ロボット、マジンカイザーのあのデザイン、もちっとなんとかならなかったのか。ゴテゴテしすぎなんだよなあ。

2000年09月24日(日) ○○と○○はどちらが臭いか…汚ねえな/『いつも美空』1巻(あだち充)ほか


2001年09月23日(日) 行間を読んでね/映画『ラッシュアワー2』&『ファイナルファンタジー』

 オタアミ当日まであと62日!

 うああああ、また『パワパフ』見損なっちまった〜い!
 こうなったら10月からのキッズ・ステーションでの再放送を丹念に録画していくしかないなあ。……どうかオープニングもカットされてませんように。

 テレビ、『仮面ライダーアギト』34話。
 ……34話にしてはじめて、お互いがアギトでありギルスであることを翔一と涼は知る。
 引いたなあ。いや、ここまで引くたあ思わなかった。でも、引いたワリにお互いの葛藤が全然ないのな。翔一をああいう能天気キャラにしたのはドラマ的にはやっぱり失敗だったんじゃないか。「お前に亜紀が殺せるわけないものな」って、真魚も自分の父が翔一に殺されたのかもって疑問をすぐ捨ててたし、こんなに簡単に信頼させるなよ。
 「おまえが犯人だ!」
 「違う」
 「そうか違うのか、ゴメン」
 なんてやりとりをミステリで書いたらバカって思われるだろう。謎の伏線の張りかたってのを、過去の作品読んでちったあ研究しろよ、井上敏樹。
 エルロードを初めとして、アンノウンが喋り始めたのは諸刃の剣になりそうな気はするが、今のところは成功している。
 セリフが陳腐に流れさえしなければ、アンノウンの「知性」が、人類を淘汰する「資格」として機能することが視聴者にも理解しやすくなるからである。……このまま黙ってるだけじゃ、ただのケダモノで終わっちゃうところだったからね。
 10月1日は夜7時からスペシャル放送か。2時間くらいやるのかな?

 続けてテレビ『コメットさん』第26回『星力をください』。
 先週で一つハードルを越えたのか、今回の姉弟話は少しトーンダウンして、テーマもなんだかありきたり。
 つまりはミラとカロンが安易に星力を使うため、サポート役のラバボーが疲れきって、星力の源である星の子たちも言うことを聞かなくなる。
 だからお掃除くらいは自分でやりましょうって結末なんだけど、このネタ、横山光輝の原作にしっかりあるのな。
 だったらやっぱり、原作横山光輝って入れといた方がいいと思うけどねえ。


 『サンデープロジェクト』、電話アンケートを行って、日本のアメリカの軍事行動への支援に賛成するかとの質問に対して、賛成・反対がほぼ半々。
 アメリカが90%賛成に比べりゃ遥かに冷静ではある。
 アメリカは完全に狂っちゃいるが、まあ、テロ受けて冷静でいるのもかえって不自然だから、アレはアレで傍目でフフンと笑ってやってりゃいいのである。
 相変わらず社民党の辻本清美、現実を見ているようで自己矛盾した言質を繰り返している。
 「後方支援だけと言いながら、その補給線を断つために攻撃されたらどうするんですか!」
 つまりは、だから自衛隊は派遣すべきではない、と言いたいらしい。
 安部晋三も相変わらず守勢一方、かつ要領を得ないので、辻本さんの方がマットウなこと言ってるように聞こえちゃうんだが、国際協力をしない、ということは、自分たちがテロの犠牲になっても、他の国に助けを求められないってことにもなるのだ。
 ……だったら、自衛隊を正式に「軍隊」にせざるをえなくなっちゃうじゃないの。辻本さん、自分の意見が「軍隊肯定」にもスライドしちゃうってことに気づいてないのな。
 も一つ言えば、その補給線を断たれないために、今、アメリカは周辺諸国に協力を要請し、タリバン政権を孤立させようとしているのだ。そして、協力した国の軍が被害に会わないための措置が完全に取られなければ、報復行動だって取りようがない。そんな状況で、どうやったら補給線を断てるというのか。
 非現実的なことを言ってるのは辻本さんの方なのである。

 アメリカの独走に諸外国もようやく危険を感じ始めて、協力体制をやや「下方修正」しつつある。ロシアは「救援協力だけ」と言い出したし、中国は「報復は慎重に」と、少しセーブをかけている。アメリカだって、ハデなことをやって、自分のほうが悪者にされることは避けたかろう。意外と日本に対しても「憲法の範囲を越えて」の協力要請はしないのではないか。
 後方支援くらいに留めておけよな。
 

 しげ、練習に出かけるときに、昨日、シネリーブルで買ったばかりの『カウボーイビバップ』のTシャツを着ていく。
 胸にアイン(ビバップ号で飼われてる天才犬ね)をプリントしてるのだが、しげ、「エドのがない」と嘆いている。
 ……まあ、エド単品で売れるもんでもないと思うが。

 私は私で、しげのデジカメを借りて、個人ホームページ用の写真を撮影しようと出かけたはいいが、2、3枚撮影しただけで、「メモリーが足りません」と表示が出る。
 ……メモリーの入れ替えってどうするんだよう、それくらい教えとけよう。

 某サイトで「ここは美味い!」と紹介されていたラーメン屋に行く。
 悪口になるのを承知で言えば、戦後生まれの福岡・博多の人間にラーメンの味が解るのかねえ、という思いが私にはある。
 何度かこの日記にも書いたが、「博多=とんこつラーメン」という図式が出来たのは戦後のことだ。
 戦前からの博多人は、とんこつスープみたいな下卑た味は好まない(私ゃ戦後生まれだけど、先祖代々博多人だから、感覚的には戦前人なのよ)。
 とゆーか、普段、「ラーメン食う習慣」自体がないのだ。
 「ラーメン=不味い=でもとりあえず安いから食う」それ以上のものではないのだ。とりあえずとんこつ、ハラは膨れるからな。
 で、美味いという評判のその店だったんだけど、トンコツの臭みを唐辛子で誤魔化してるだけのシロモノ。アイデアは買うが「美味い」という感覚とは別のものだ。カレーじゃねーんだから、辛くすりゃいいってもんじゃね―の。
 しかも値段がバカ高い。あれで300円くらいならガマンもするが、680円も取るな。客をバカにしてるよ。他にもいろいろ言いたいことはあるが、ラーメン屋を特定されても悪いからこのへんにしておこう。
 ……っつーか、行くまで忘れていたが、ずっと以前、やはり「評判の美味い店」ということを聞いて、しげと一緒に行って、「二度と行くか」と決心した店だったよ、そこ。
 広島人のしげにとっても、そこはたいして美味い店じゃなかったのだ。
 でも、昼飯どきになると結構そこにヒトが並んでるのな。味覚を唐辛子で麻痺させられただけで美味いと感じてるんだから、博多人の舌バカぶりもここまで来たかなあ、という感じである。
 「味は好き好きだ」とおっしゃる方はあろう。唐辛子が好きな方には美味しく感じられるのかもしれない。しかし誓っていうが、これは決して「博多人好みの味」ではない。
 ……その店、昔はその辺で唯一の本屋だった金文堂の後にできたんだよなあ。上の階が小さなミニシアターでさ、そこで私ゃ山中貞雄の『右門捕物帖一番手柄 南蛮幽霊』なんてのを見たりしてたんである。無声映画時代のアラカンの殺陣は素晴らしいの一言に尽きた。
 そこが今や、味オンチが列をなす情けない店に成り果ててるんである。
 ある意味、博多の顔であったその街が、どんどん文化果つるトコロになっていくんだと思うと、いっそのことラドンでもキングギドラでも飛んで来てふっとばしてくれと言いたくもなるのよ。(T-T) グスッ。


 天神のベスト電器『LIMB』で、予約しといたDVDをいろいろ買い込む。
 先月買った分も見切れていないのだが、ともかく『ハレのちグウ』を早いとこ見たかったし、『明智小五郎シリーズ』も、買いそびれると来月は一気に6枚も買わねばならなくなるのだ。今月に買っておくしかない。


 吉塚のパピオで、しげと待ち合わせ。
 劇団のみんな、今日はほぼ全員が揃っている。相変わらず藤田(兄)は姿を見せていないが。
 彼がいない時はたいてい新しい彼女ができたときと相場は決まっているので、またシツコク迫ってドジをやらかしてそれでも諦めきれずに「ボクなんてどうせ」とかなんとか言って拗ねて見せたりしてるのであろう、多分(いや、絶対)。
 否定できるなら否定してみい(^^)。

 もう役は降りたので、練習に関して文句はつけない。
 というか、文句つけてもしかたがない。
 今まで練習中、「この場ではこの人物をどう見せたいのか」ってことを聞いても、みんな、殆ど何も考えてなくて、暖簾に腕押しだったのだ。やる気が殺がれても、なんとか自分を鼓舞してきた。入院したのだって、はっきり言って、舞台のために体調を整えたかったからだ。
 いいか。
 私は今度の芝居のために、仕事を休んでまでカラダを整えようとしたのだぞ。
 それがもう、真っ先にしげに裏切られた(そのあたりの過程は、8月の日記に書いた)。
 ヒス起こすばかりで、真剣に芝居に取り組む気なんかこれっぽっちも見せやがらなかったのだ、あいつは。
 もう私は、椿三十郎じゃないが、「テメエのケツを切られちゃかなわねえ」って気分になっちまったのである。

 ……みんな、本当に芝居をやりたいのか? 別にクソマジメにやることはないのだ。宮本武蔵みたいな求道精神でものごと全て解決できるんなら、日本は戦争にだって負けてないってことになるし。遊んで、楽しんで、芝居を作って全然かまわないのだ。
 でも、仲間の足をひっぱって平気なヤツと芝居は作れない。私はみんなを仲間だと思うからこそ、役を降りた。降りるしかなかった。
 役を降りてもう2週間にもなるが、未だにしげはきちんと謝ってない。私はしげを今でも仲間だと思っているが、しげの方はなんとも思っていないのだろう。

 役に取り組む、芝居を作るってことの意味ってなんなのだ? それをもう一度みんな、考えて見る必要がないか?
 これは役者として未熟だとかプロじゃないから、とかいう次元とは全く関係のない話だ。
 例えば、殺人者の演技を行うのに、舞台上で本当に殺人を行うわけにはいかない。しかし、観客には本当にそこで殺人が行われているように錯覚させねばならない。そのためには何をどうしたらいいかを考える。
 それが、「芝居を考える」と言うことだ。
 それを、誰も考えようとしてないのだもの。
 「本気じゃない」と言われて腹は立つかもしれないけれど、事実だよね? それとも、感情的にならず、きちんと反論はできるのかな?

 先日、鈴邑くんが劇団ホームページに「くだらない なにもかも」と書きこんでいた。私は諸事情で掲示板の方に書きこむわけにはいかないので、メールで「どうしたの?」とその日のうちに問い合わせのメールを送った。
 鈴邑くんからも、簡潔に返事のメールが届いた。

 今日、鈴邑くんに会ったときも、私は「どうしたの?」と聞いたが、「メールに書いたとおりです」とだけ鈴邑くんは答えた。
 後はもう質問をする必要はない。
 私と鈴邑くんとはそういう会話をしたが、劇団のメンバーは、日記にも掲示板にも何の反応もしなかった。多分、メールも送ってはいまい。

 鈴邑くんは、「役を降りられたんですね」と私に聞いてきた。
 「約束、破られたからね」と答えると、鈴邑くんは「ウチなんてしょっちゅうですよ」と言って笑った。
 「5回も6回も破られたら、さすがにもうダメだね」と言って、私も笑った。
 笑ったつもりだったが、声には出なかった。

 つまり、そういうことである。


 みんなと別れて、しげとキャナルシティまで。
 福家書店を冷やかして(のつもりだったが、結局何冊も買い込む)、腹を減らしたしげに、トンカツを食わせる。
 時間の余裕があるので、映画のハシゴが久しぶりにできそうだ。

 AMCで、映画『ラッシュアワー2』を見る。
 福家書店に割引券が置いてあったので、しげと二人で600円のおトク。
 まあ、パンフレット代にはなったな。
 50歳になろうってジャッキーが、未だにアクション映画を撮り続けていることに素直に感謝。
 クリス・タッカーが中途半端にアクションが出来るのが邪魔だけれど(コメディとしてコントラストを付けるつもりなら、タッカーは絶対に口先だけの軟弱男にしなきゃウソだ)、1に続いて、いきなり冒頭で展開される「追っかけ→ぶら下がりギャグ」の連続、「これがジャッキー映画さ!」と思わず膝叩き。
 この間「ギネスブック2001」を立ち読みしてたら、ジャッキー・チェンは『スタントを使わずに最も数多くの映画を撮った男』として記録されてた。オマケに「あまりに危険なため、ジャッキーの保険を引き受ける会社は世界中のどこにもない」だって。
 まあ、確実に怪我するって解ってる契約だものなあ。
 ああ、でも、今回は女優陣が特にいいぞ。
 中国マフィア役のチャン・ツィイー、芝居が臭いんで、普段は美人に見えないが、アクションシーンになると俄然生える。
 ああ、ああいう美女に思いきり踏まれてシバか……ああ、ゴホン、今、何か聞こえた? 幻聴かな(^.^;)。
 クール・ビューティーの系譜自体は長い伝統があるけれど、テキの女ヒロインがアクションも出来るってのは、007シリーズだって、結構後期になってからだ。『美しき獲物たち』のグレース・ジョーンズあたりからかな。
 それが今回は東洋美女ってんだから、『2』がアメリカで『1』以上にヒットしたっての、ツィイーの貢献度もかなり高いと思う。
 ……なんで殺すかなあ、もったいない。『3』にも復讐戦として出してやればいいのに。いや、死体は見せてないから今度はサイボーグ美女として……ああ、いやいや、ウソです、ゴメン。
 ワリを食ってるのがジョン・ローン。
 一応、悪のボスなのにね〜、その「仕掛け」がまるで効いてないしね〜、アクションできない分、演技でなんとか、と思ったら、『ラストエンペラー』の頃の演技力はどこへやら、『キングコング』のチョイ役出演の頃のクサイ演技力にまで戻っちゃってるしね〜。でもそっちの方が受けるんだろうなあ、単純バカのアメちゃんにはよう。
 東洋人がアメリカ人演技すると、どうしてもムリがあるんだよねえ。ジャッキーが今までアメリカで受けなかったのは、かえってアメリカ的なクサイ演技をしてこなかったこともあると思う。
 ……ウソだと思ったら、過去のジャッキー映画見返してみな。動きそのものはハデだけれど、「演技」そのものは感情を過剰に発露しない、抑制の効いたものだから。
 ジャッキーの真価、日本でだってまだまだ正当に評価されちゃいないよなあ。
 恒例のエンディングNG集、アクションやセリフのトチリに加えて、今回はハプニング編もあり。
 撮影の真っ最中にクリス・タッカーの携帯に知人から電話がかかって来る。
 「撮影中だよ、ジャッキーと」
 電話の向こうで相手が何か言ったらしく、眉間にシワを寄せるクリス。スッと、ジャッキーに携帯を差し出して、
 「……ジャッキーに代わってくれって」
 うーむ、スター同士の軋轢がNG集にまで(^_^;)。


 少し間が空いたので、ケンタッキーで夕食。
 芝居に出ないとなると、カロリーにも気を使わなくなってくるなあ。
 せっかく少し痩せたんだし、もちっとだけカロリーコントロールがんばってみてもいいのだけれど。

 ハシゴ2本目、9時以降なのでどの映画も1000円興行。ホントは『仮面ライダーアギト』をちょっと見てみたかったのだが、これだけレイトショーはなし。
 で、結局見たのが映画『ファイナルファンタジー』。
 『FF』も『ドラクエ』も一度もプレイしたことがない人間がこの映画を云々言ったりしたらお叱りを受けるかもしれないが、脚本が徹底的にクズだと、誉めようがありませんがね。
 あの、八つの精神体を集めることが地球を救うことになる理由の説明が全くないのは何故なの?
 キャラクターがステロタイプと言うより、陳腐の一言に尽きるのはアメリカ人の知能程度に合わせたってわけ?
 CGがどこまで自然かってのは、もうあまり論議しても仕方ないって気がする。要するに、受け手の想像力に喚起する要素があればいいわけで、あれを「まだまだだ」って批評するなら、『ジュラシック・パーク』だって、『トイ・ストーリー』だって、当時から「まだまだ」だった。アニメを未だに「実写じゃないから」劣る、なんて言ってる連中もいるんだぞ。
 っつーか、この映画の問題点、CG技術をどう評価するか、なんてところにあるわけでは全然ない。
 この映画自体がCGで描く必要が全くないってことにあるんだよ。
 昭和38年のテレビ紙芝居『鉄腕アトム』にだって、我々は感激し感情移入していたのだ。今現在、皮膚のきめ細やかさは表現できても、その重さ、柔らかさまで表現しきれていないのを「欠点」と呼ぼうと、CGが更に進化、将来、ホログラフィーの映画が作られるようになれば、「昔の作品だから、技術的に劣ってることを云々したってしかたがない」ってことになるのだ、きっと。
 そろそろ、ポルノCGがどこかで作られるころなんじゃないかな。
 パンフレットが売り切れだったので、そのうちまた買いに来なけりゃなあ。 


 帰宅して、DVD『ハレのちグウ』1巻をしげと二人で見る。
 私は結構面白かったのだが、しげにはイマイチのよう。
 今日見た映画も、しげは『FF』の方が『ラッシュ2』より面白かったとか言ってるし、なんかトチ狂ってるんじゃないか。
 まあ、ストーリーが破綻してるって点ではどっちもどっちだが、「映画の方法論を間違えてる」『FF』のどこに評価を与えればいいというのか。
 「前よりCGが凄くなってるんだよ」
 ああ、そうかい(-_-;)。

2000年09月23日(土) 昼寝とDVD三昧の一日/映画『スリーピー・ホロウ』ほか


2001年09月22日(土) 気がついたら食ってばかり/映画『カウボーイビバップ 天国の扉』

 オタアミ当日まであと63日。

 ああ〜ああ〜ア

 今日はホントはお仕事がぁ、お休みだったのはずなのにィ〜

 半ドンだけど休日出勤

 デートの予定が潰れたよ(シュビドゥワー)

 最初の予定じゃエルガーラでぇ

 押井守の公演をぉ 見に行くつもりだったのさァ

 福岡結構好きなのかなァ

 押井は毎年福岡に来るよ

 だけど去年も行けなんだァ 今年も仕事で行けなんだァ(パパパヤ〜)

 縁がないのか押井とはぁ あってどうする楽しいか

 だいたいデートと言っときながらァ

 行くとこみぃんなオタクのイベント

 しげの眉間にタテジワ走る

 それでも出かけるオタクのイベント

 しげは泣く泣く煙は残る

 来年こそ行くぞオタクのイベント

 押井に会うぞオタクのイベント 

 とか言ってるけど来年来るのか押井

 いやいや来ると信じるぞ

 それがオタクの生きる道ィ

 冥府魔道に生きる道ィ(すちゃらかちゃかぽこ、ちゃかぽこ、ちゃかぽこ……)

 え〜、なんだか書いててすごくアホらしくなって来ましたが、まあいいや(^_^;)。
 つまり、今日は福岡アジア映画祭のイベントで、『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』から『アヴァロン』に至るまでの押井作品上映、あるいはデジタルアニメの上映に関連させて、押井守と福岡在住の評論家兼小説家、友成純一の対談イベントがあったわけです。
 行きたかったんだけどね〜、勝手に予定入れられちゃったしね〜。仕事に文句つける気はないけどさ〜、もちっとこちらの事情も考えてほしいなって思いはするんだよね〜。
 この「福岡アジア映画祭」、毎年開かれていて、日頃見られない中国、韓国はおろか、タイやネパール、バングラデシュ、モンゴルなんかの映画まで見られるという、ちょっとシブいけれども面白い企画なのです。
 けれど、上映本数が多いワリに、開催期間自体は短くて、全作品見るのは、ほぼ不可能だという大きなネックがある。
 あのね、平日の昼しか上映しない映画なんて、誰が見られるのよ(-_-;)。
 期間を延長するか、ゴールデンウィークや盆の時期に上映するかどうかしてもらいたいんだけどねえ。
  

 職場からの帰り道、ちょうど車で通りかかった同僚に、「乗っていきませんか?」と誘われる。
 本当は運動がてら途中まで歩いて、適当なところからタクシーに乗ろうと考えていたのだ。しげと『カウボーイビバップ』を見に行く予定なので、少しでも早く家に帰りつきたかったし。
 けれど誘われて断るのも悪いなあとつい乗りこむ。
 「バス停まででいいですね?」
 ……あの、バス停って、50メートルも先にないんですけど。
 乗せてもらってる以上は「はあ」と答えるしかない私。30秒と立たずにバス停につく。
 でも歩いたって、1分ちょっとしかかかりゃしないのだぞ。それでも同僚は親切のつもりなのだろうか。よく解らない。
 礼を言って車を降りた途端、タイミングよく(悪く?)バスが来てしまった。ここでバスを見逃してタクシーに乗るのもヘンに思われるだろう。仕方なくバスに乗りこむ。
 行き先は博多駅で、ちょうど『ビバップ』はそこで上映している。
 ……こりゃもう、博多駅でしげと待ち合わせるしかないか。

 「シネリーブル博多駅」、上映中の作品は『魔王』と『ビバップ』。……あれ? 確か和田誠の『真夜中まで』も上映してたはずじゃ……。
 と思っていたら、昨日まででもう終わっていたのだった。しまったなあ、結構見たい映画だったのに、見逃してしまった。
 電話で呼び出したしげも、30分ほどして辿りつく。
 時間は1時50分。ちょうど『ビバップ』が始まる直前だったので、館内に入ろうとしたら、「満席のため、立ち見になります」とのこと。公開一週間が経ってるというのに、結構ヒットしているようだな。善哉善哉。
 次回は4時10分から。それまでカラダが空いたので、姉の店まで顔を見せに行くことにする。

 今日はオヤジの誕生日。もう今更トシのことは言われたくはなかろうし、本人もしょっちゅう「老い先短い」などと言ってはいるが、実はあと10年生きたって、平均寿命には届かないのだ。
 父のことをこういうときに独善的だなあと感じるのは、70歳、80歳になっている人のことを思いやっていないからだろう。たとえあと何年かしか生きられないとしても、今どう生きるかってことを誰だって考えているのに。

 父へのプレゼントは、さっき博多駅の地下の怪しげな店で買ったディスプレイ・ライト。
 しげがプレゼントを選ぶときは、何週間も前から天神やキャナルなど、色々な店を回って、めぼしいモノにいくつかアタリをつけ、私に「どれがいいかなあ」なんて相談して、店から店へと引っ張りまわし、そうしておいて「買うのはもうちょっと後でね」なんて言いやがって、誕生日の直前になってようやく買うという、むちゃくちゃな手間をかける。
 それが私の場合は時間が殆ど30分とかからない。
 情がないと言われりゃそれまでだが、プレゼントなんて、相手が喜ぶかどうかも解らないものを押しつけるのだから、あまり深く考えたってしょうがないと思っちゃうのである。
 ついでに、小さなコーラの瓶に入ったアロマテラピー(要するに芳香剤じゃねえか)がおもしろかったので買う。これはトイレでフタ開けときゃいいか。

 店でプレゼントを手渡すと、父、封も空けずに喜ぶ。
 「ああ、お前にも渡すもんがあるけん」
 と言って父が持ってきたもの。
 「北海道もぎたてとうきびチョコ」。
 「……なに、これ(・・;)」
 「こないだ北海道に行って来たったい」
 ……行って来たって……いつの間に。人が知らんうちに、ホントにあっちこっちで遊んでやがるよなあ。先日会ったのが15日で……一週間しか経ってないっちゅーのに。
 

 昼飯、博多駅交通センター8階の「大韓苑」で焼き肉。
 もちろん「焼肉が食いたい」と言ったのはしげである。たいていの焼肉屋、ロースやカルビが中心になっているものだが、この店のメインはハラミ。
 カルビよりも柔らか味があって美味いが、赤身だったら並でも特上でも文句ナシのしげに区別がついてる様子はない。
 ……美味しいものの店を食べ歩きするってのも結婚前の夢だったんだけどなあ。肉でさえあれば後はどうだっていいんだもんなあ。ぐすぐす。


 映画『カウボーイビバップ 天国の扉』。
 テレビシリーズはその世界観、キャラクターの魅力、各話のバラエティーさ、ディテールに至るまで、ここまでのクォリティがよくぞテレビで、と言いたくなるほどの傑作だった。
 それの映画版でっせ、期待はしようってもんじゃないの。
 なのに出来がねえ……。
 いや、作画は最高ですよ。多分、今の日本の、というより世界のアニメのトップレベルにあると言ってもいいくらい。
 けど、ストーリーがあまりに陳腐。
 『機動警察パトレイバー2』プラス『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』プラス『アヴァロン』÷3ってとこかなあ。今回の主要キャラのヴィンセント、『パト2』の柘植のパクリだって言われてもしかたないくらい設定が似てるぞ。
 ナノマシーンの実験台に使われ、記憶を失った男の復讐劇ってのがストーリーの骨子だけど、それだけだとSFにする意味があまりないんだよなあ。普通のテロものじゃん。
 パンフのインタビューで監督、「テレビシリーズを見ていない人にも解る話作りを」って言ってるけど、結局テレビの番外編にしかなってないじゃんか。「映画を作る」ってことの意味が肝心なところでわかってないんじゃないかなあ。
 キャラクターの、特に主役のスパイクの目的意識が充分に描かれていないから、読者はなかなか感情移入できない。だいたい、テレビの最終話まで見ないと、初めて見る人にはなぜスパイクがあそこまで事件に関わっていくのか理解不能じゃないかよう。
 ただの賞金稼ぎなら、テロを前にすればケツ捲って逃げるはずだし、「借りを返す」って、言ってるけど、何がどう借りなんだ? 全く説得力に欠ける。
 やっぱり、スパイクはいつだって死にたがってたのだ。
 テレビシリーズを見ていてそこまで気づいておかないと、イチゲンさんには「なんだこの映画は?」ってことにしかならんのじゃないか。
 シメのセリフも「あなたのいる世界はホンモノですか」って、使い古された不可知論。質問の意味まで考えて書けよ、脚本家。


 帰り道、しげが唐突に「『火星人刑事』面白かった?」と聞いてくる。
 新登場キャラのイザベルもインパクトが弱かったし、昔ほど面白くはないなあ、と言ったらしげも同感のよう。
 「いろいろシバリが多くて本領発揮できないんじゃないか」と言うと、しげは「面白いからいいと思うんだけどなあ」と不満のよう。
 この「おもしろけりゃいい」というコトバを世間のマジメ人間はすぐ「だったらヒトを傷つけてもいいのか」と置き換えてしまうのである。そういうやつらに限って、自分がコトバの欺瞞を行っていることに気づいていない。
 作者はもちろん「面白い」ものを書こうとしているのだが、読者が絶対に「面白く」反応してくれるわけではない。同じように、全ての読者が「傷つく」ようなこともありえないのである。
 この「ありえない」ことを前提に自分が絶対的に正しいと主張するマジメぶりっこの既知外がどれだけ多いことか。出来あがった作品を批判することはもちろん自由だが、その表現活動を制限しようとすること自体がファシズムだってこと、もちっと声高に言ってやってもいいと思うんだが。


 夕食は近所のCOCO壱番屋で、しいたけの肉詰めカレー。
 しげも同じものを頼むが、「最近しいたけの肉詰めがはやってるね」と言われて、キョトンとする。はて、そんなもんがはやってたっけ。
 「あ、茄子の肉詰めだった」
 ああ、最近コンビニで売ってるやつのことか。それにしても、別にしげが好きで食ってるだけで、それは単にマイブームって言うんじゃないのか?


 しげに今日から日記を付けさせることにする。
 あまりにもしげの物忘れがひどいので、「備忘録」を付けろと言ったのがことの始まり。私が自分のこの日記に好き勝手なことを書いているから、しげの反論の場がないとなあ、ということもある。
 もう一つ言えば、「少しは文章の練習をせい」と言うこと。
 日頃の喋りを聞いていても、コトバとコトバの間に脈絡がなく、「いつ、どこで、誰が、何を、どのように行ったのか」が全然解らんことも多いのだ。
 日記を読んで、「これ何のこと? という疑問があったら、読者の方々にも遠慮なく突っ込んでいただきたい。


 エロの冒険者さんから、AIQのパティオのパスワードを教えてもらう。
 AIQのヒミツの会話は、ここで自由に出来るわけだ。なんとなく会員制のヒミツクラブに入ったようでワクワクしてしまうが(おいおい)、クセになっちゃったらどうしよう。って何がだ。
 ところが、何度パスワードを打ちこんでも全然中に入れない。
 半角全角、色々変えて試してみるが、効果は全くない。
 パ、パソコンに嫌われているのだ、ネットが私の秘密を嗅ぎつけて、私を拒絶しているのだ。
 思わずしげに聞こうとしたが、既にしげはグースカ寝てしまっている。
 30分ほど格闘してついに諦める。
 ……認めたくないことではあるが、『電脳炎』のパソコンオンチの課長さんと自分とが自然にダブる。ひいんひいん。


 冷蔵庫を覗くと、しげが買ったまま手付かずのオニギリが残っていた。「あれは私のだからね。絶対食べちゃダメだからね」とさんざん念を押していたやつだが、キレイさっぱり買ったことも忘れているのである。
 もう賞味期限、二日も過ぎてるのになあ。
 もったいないので仕方なく食ったが、既に米は硬くなっていてパサパサで美味くもなんともないのであった。
 ……これだから「備忘録」が必要なんだってば(-_-;)。

2000年09月22日(金) 徳間ラッパ逝く……/ドラマ『ケイゾクFANTOM 特別編』ほか


2001年09月21日(金) 子供のころは本屋さんになりたかったのさ/『多重人格探偵サイコ』7巻(大塚英志・田島昭宇)ほか

 天神ビブレ2の跡地に、大型書店、ジュンク堂が進出することになったとか。
 四階分のフロア、150万冊を越える売り場面積は文句なしに福岡最大となる。
 活字中毒、マンガ中毒であるこの身であれば、本屋の数が増えることは単純に嬉しい。客の食い合いで潰れる本屋も出るのではないかとの危惧もあるようだが、そんなことを言ってたら、東京神田の神保町はどうなるのだ(ジュンク堂は天神を福岡の神保町にしたいのだとか。だったら古本屋も建てろよ)。
 要は、それぞれの本屋がいかに個性を打ち出すかという点にかかっているのである。実際、私もコミックスを探すときはまず、小さいけれども天神かキャナルの福家書店に行くし。演劇関係の本を探すなら、博多座の紀伊國屋だな、やっぱ。
 でもこの二箇所だって、フロアの面積に対して、どんな本を置いて行くか、改善の余地はまだまだあると思う。
 映画関係のコーナーはどこも似たり寄ったりで、ここでなら、という本屋がない。結局、何軒かをハシゴすることになる。
 つまり「専門の」コーナーにどの程度の質と量を裂いているかがポイントになるわけ。どんなに大型店でも、「一通りはある」だけじゃアウトなんだよねえ。
 実際、天神地区だけでも、三越の八重洲ブックセンター、福岡ビルの丸善、天神コアの紀伊國屋書店が凌ぎを削っているのである。そこへジュンク堂が殴りこんでくるわけだ。しかもDVDコーナーを作ったりしている紀伊國屋と違って、あくまで「本のみ」で勝負すると言う。それだけ勝算があるということなのだろうが、さて、ほかの本屋に更なる営業努力をする心積もりがあるかどうか。
 以前はよく通っていたショッパーズプラザのリーブル天神、アニメイトが撤退して全く行かなくなったが、位置的に北に離れていることもあり、あそこはちょっと苦しいのではないか。近くの「まんだらけ」で見つからなかった古本をリーブルの新刊書でやむなく買って帰るってことはできるけれども。
 売り上げベストテンを紹介する、ポイントカードを作る、特定の作家をフィーチャーする、サイン会等のイベントを行う程度のことはどこもやるだろう。でも、肝心の「本」はどうか。これは全ての本屋に言えることだが、新刊書はともかく、ちょっと古くなった本だと今はまず手に入らない。結局あちこちの「BOOK・OFF」を渡り歩かねばならないことになる。そこが狙い目なのではないか。
 各出版社だって、夏になると「名作フェア」とか「なんとか文庫の名作100」とか称して、カビの生えたような旧作をカバーまでリニューアル、学生さんをだまくらかして売っているのだ。本屋だってそういうことをやって悪いってことはない。
 天神の福家書店がマンガ『蟲師』を「立ち読みオーケー! 気に入ったらぜひ買ってください」と見本を置いてくれたりしてるのは嬉しいかぎりなのである。
 東京の本屋にあって、福岡にないコーナーは、雑誌のバックナンバーばかりを集めたフロアだ。あれは面積を食うワリにそうそうハケるというわけでもないので、敬遠する本屋が多いのも解るが、それをいかに売るかが企業努力というものではないか。「ここでしか買えない」という信用を作ることの方が、長い目で見れば顧客を離さぬことにつながると思うのだが。
 ……昔は本屋になりたかったから、こういうことまで色々考えちゃうのな。古本屋と貸し本屋と新刊書をいっぺんに売る本屋があればなあ、なんてことも考えてたんだが、ここに「貸し本」ってのが入ってくるあたり、世代がバレバレなのだな(^_^;)。


 仕事を早目に切り上げて本屋回りをしたかったが、仕事が押して結局は定時に職場を出るのが限界。いや、ちゃんと仕事はしましょう。万国の労働者諸君(^.^;)。
 帰宅が遅れそうなので、行きがけに「まるちゃん」でうどんを食う。
 先日行った、具のトッピングができる店だ。掻揚げやイカゲソ天を乗せてもせいぜい5、600円というのは実に安い。ネギは乗せ放題だし。
 ……で、つい食べすぎちゃうのな。最近、体重計に乗ってないけど大丈夫だろうか。

 近所の本屋に寄ってみると、もう少年ジャンプが出ている。
 ……あれ? 発売日が早まったのかな? 一時的なものか、それとも休日にじっくり読んでもらおうという措置のつもりか。
 『ヒカルの碁』、中国での伊角編が続いていて、ヒカルたちの出番は全くなし。何だか佐為を復活させるための場つなぎじゃないかって心配ばかりが先に立って、マンガ自体に今一つ入り込めない。
 アニメ化がどうのこうのより、佐為が安易に復活することだけは絶対止めてほしいと思っているので、伊角が復活しようがしまいがどうでもいい気になっているのである。
 ……伊角ファンの人、多いだろうなあ。いや、そういう熱心な方々をべつにテキに回す気はないんだけど。

 博多駅の紀伊國屋、メトロ書店を回って本をしこたま買いこむ。できるだけ文庫で本は買うようにしてるのだけれど、今月は買いたい本が単行本で目白押しなのである。ちょっとセーブしないと、またぞろ月末に苦しむことになるので、何冊かは購入を断念。
 と言いつつ、『エボリューション』の前売券をチケットぴあで二人分買う。……まてぞろ初日に行くことになるんだろうなあ、ダン・エイクロイド、脇役だってえのに。

 帰宅すると、しげが開口一番、「なんか食ってきたんやね」と恨みがましい目でこちらを見る。
 「今日は買いものをするから遅くなるって言っといたやん」
 それでもしげ、プイ、と横を向く。
 一緒に出かけないか、と誘ったのに「めんどくさい」と言ってついて来なかったのはしげなのに、そうやって文句をつけるのだよなあ。
 要するに前に断っておこうが、自分にとって気に入らないことをされたと思うと機嫌が悪くなるんだなあ。


 予定では今晩9時15分から、山田風太郎の『警視庁草紙』が原作の金曜時代劇シリーズ、『からくり事件帖』が始まる予定だったのだが、例のテロ事件のせいで一週遅れている。
 この金曜時代劇シリーズ、いつも渋好みの原作使ってるわりには演出がどこか中途半端でまあまあの佳作はできても異色作や傑作はできない。だから余り期待しちゃいないのだが、山田風太郎が毎週テレビで見られるってのはそうそうあるこっちゃない。全9回だそうだから、録画しそこなわないようにしたいんだが、『びいどろで候』も『十時半睡』も『新・半七』も『柳橋簿嬢』も全部途中で飽きちゃったし、どうなることやら。


 マンガ、大塚英志原作・田島昭宇作画『多重人格探偵サイコ』7巻(角川書店・610円)。
 うわあ、今はマジでやばいぞ、このマンガ。
 連載続けられるかなあ。来週あたりから中断されちゃいかねないぞ。
 今までだって残酷描写が多くて物議は醸していたのだけれども、今回特にヤバイのは、ジャンボジェット乗っ取って豪華客船にぶち当てるって話がメインになってること(^_^;)。さすがにちょっとタイムリー過ぎるね。
 ……あれ、ホントに、誰でも思いつく作戦なんだよねえ。だから前代未聞なんて言うなよって。
 角川は「自粛」なんてコトバとは比較的縁がない出版社ではあるけれども、それでも微妙な修正を要求して作家との間にトラブルを起こすこともないわけではない。
 7巻はギリギリ事件直前に発売されたから助かった感じだけれども、
 謎が少しずつ解けていく感じだけれど、同時にどこか迷走しつつあるようにも見える。
 「人格転移」って設定、あまりリアルに説明する気はないのだろうけれど、少なくとも「なぜそんな実験をガクソが行っているのか」ってことについては、あまり「ただ知的好奇心のおもむくままに行動してきた」って説明だけでシメにしちゃうのは、安易だと言われかねない。人間の文化が目的のための目的、手段のための手段だけで発展してきたことへの揶揄なんだろうけれど、そんなの「誰にでもわかっていること」なんだって、大塚さん気がついてるのかなあ?
 そんな「説明」をまんま提示したって、「ドラマ」にゃならんよ。あまり自分の「思想」で物語を作ったりするもんじゃない。
 おかげでルーシー・モノストーンの登場もそれが事実であれ嘘であれ、あまり気にならないのである。


 マンガ、安永航一郎『火星人刑事(デカ)』5巻(集英社・530円)。
 ウルトラジャンプもよくカゲキな安永さんのマンガを載っけれるものだと、いつも感心しているが、ちょっと今巻はおとなしめ。
 まあ、せいぜい「スペイン無敵歓待」のギャグがちょっとオコサマにはキツイくらいか。……読んでない人には何のことか解りませんね、スミマセン。
 でも『アナルマン』ほどじゃないしなあ……って、アレはカゲキ過ぎて未だに2巻が出ないけどね。
 安永さんの未収録短編だけ集めて、単行本出す出版社どこかにないかねえ。 


 CSキッズステーション、『こみっくパーティー』8話「渚にて」。
 先週録画し損ねて見ていなかったので、総集編で見返す。ちょっと主人公の落ちこみ編が長すぎる感じだなあ。せっかくの水着編なのだから、もう少し明るい話をもって来ればよかったのに。
 私自身はこれの原作になったゲームをよく知らないのだが、しげによればやっぱりエロゲーだそうな(^_^;)。
 じゃあ、同人誌作りながら関わった女の子とどんどんエッチができるって話かい。
 ……そんな幸せなオタクがおってたまるか。
 でもちょっとやってみたくなったな、そのエロゲー。誰か、やったことあるZてオタクの方、いらっしゃいます?
 イタすぎてやれないかもしれないけれど。

 同じくキッズステーションで『鉄人28号』24話。
 こんなんまで放送してるんだものなあ。キッズステーション、スゴ過ぎ。単にDVDが出たやつ片っ端から放映してるだけかもしれんが。
 もちろん、モノクロ版の方ね、『太陽の戦士』でも『FX』でもなく。リメイクのカラー版より、モノクロ版のほうが、アニメ技術はともかく、ストーリー的にはずっと面白いぞ。
 いやあ、本気で好きだったっスよ、鉄人。もう30年、見てないのに、未だにニコポンスキーとかスリル・サスペンスとか、シャネル・ファイブとか、悪役キャラの名前を覚えてるし。というかそのころから主役より悪役の方が好きだったんだなあ。
 よく同時期に放映してた『鉄腕アトム」と比較されるけれど、コアな人気は『鉄人』の方が高かったように思う。実際、子供のころ、落書きと言えばアトムより鉄人の方を圧倒的に多く書いていたんだよね、私も。
 それにしても、永遠の少年、ショタコンの元祖、金田正太郎君の高橋和枝さんも亡くなっちゃった。
 光陰矢のごとし。
 大塚署長役の富田耕生さんが未だにがんばっておられるのは、考えてみたらスゴイよなあ。
 ちょうど今日見た回が、宿敵ロボット、ブラックオックスが味方になる話&知性を持ったロボット・ロビーの反乱の発端。
 そうだった、そうだった。『鉄人28号』って、1話完結じゃない連続モノで、しかも前の話のエピローグが次の話のプロローグにもなるという斬新な構成(っつーか、昔の紙芝居はこんな感じのものが多かった)だったんだよねえ。
 こういう流れるような連続ものの形式がどうしてなくなっちゃったかというと、これも『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』の虫プロが、海外に作品を売るために、1話完結の差し替え自由な形にしちゃったのが伝統になってるのだ。
 考えてみれば、そう都合よく事件が順番に起こってくれるわきゃないので、『鉄人』のほうがずっとリアルなのである。『鉄人』の場合、二つの事件が同時に起こることも結構あって、その二つの事件が絡み合うなんて、森村誠一みたいなミステリーものもあった。
 あ、これ意外と気がつかれにくいことだけど、『鉄人』ってSFのジャンルに入れられることが多いけど、内容的にはミステリーにより近いのね、実は初期の『アトム』もそうだったんで、当時の惹句に「科学探偵漫画」と書かれてあるのは嘘ではないのだ。
 ああ、第一話からしっかり見返しとけばよかったよ。

2000年09月21日(木) 笑顔とブレゼントとオタアミと


2001年09月20日(木) ま、映画さえ見られりゃいいんだけどね/『夜刀の神つかい』4巻(奥瀬サキ・志水アキ)

 福岡・博多の観光地の、昨年一年間の入場者データが公開された。
 1位がホークスタウンで、年間およそ180万人。昨年まで4年連続1位だったキャナルシティの120万人を大幅に抜いた。ホークスの優勝効果が貢献しているのだなあ。でも、今年優勝出来なかったら、来年はまた落ちこんじゃうんじゃないか。
 ぐんと下がって70万人利用の第3位が、ただいま経営不振でジリ貧の博多リバレイン。
 しかし、閑古鳥が鳴いてても第3位。というか、70万人も入っててペイしてないってことのほうがスゴイよ。『クレオパトラ』を製作した20世紀FOXかってなもんで、ハナから博多の人間は誰もあんなもんが成功するなんて思っちゃいなかったのである。
 不況の中、高級品で顧客増加を、って発想、どう考えても逆効果だ。庶民の街が庶民を無視してどうするのか。
 結局、川端の商店街の連中の天神・福岡地区への対抗意識だけで作られたようなものだからねえ。「何もせんよりはした方がマシ」「やってみないことには分らん」って発想だけでものごとが全て片付くように錯覚するのは博多人の悪いクセだ。っつーか、戦前の精神主義から一歩も出てないって。
 私だって、博多人のハシクレとして、リバレイン、利用してやりたいとは思うのだが、買いたいものが何もないのだもの。へっ、ブランドものなんてオタクにゃ似あわねえんだい。
 経営母体である第3セクターのSBC(スーパーブランドシティー)、福岡市が援助を決定したようだけれど、こちらが買い物しなくても税金って形で持ってくってか。じゃあ、なおのこと出かけてやる義理はないじゃないか。
 1位のホークスタウンだって、ダイエーの営業不振は未だに続いているし、2位のキャナルシティもメガバンドールが閉鎖したばかりだ。客は結構カネを落としてるのに、なぜそんなに経営が苦しい。どこかに放埓な部分があるんじゃないのか。
 時代を経て、街が様変わりしていくのはある意味しかたのないことだ。上位3ヶ所に4位のベイサイドプレイスだって、全部この10年ほどの間に生まれたものばかりである。天神も、博多も、私の子供時代から残っている風景そのままなんてところは殆どない。馴染みの商店街や行き付けの店も、寡頭競争の中でいつの間にか消えていく。それを惜しむ気はないが、だったらその競争に買った連中が、勝った途端に企業努力を放棄してるように見えるのは、ちょっと腹立たしいのである。
 ……中洲の映画館、軒並み潰れてるんだぞ。これでキャナルのAMCやホークスタウンのユナイテッドシネマが潰れたらどこで映画を見たらいいのだ。って、やっぱり心配してるのは映画館のことだけかい(^_^;)。


 仕事から帰ると、しげがいない。
 またどこかにフラフラと遊びに出かけたのかなあと思っていたら、しげから電話。
 「今からマックに来ん?」
 「なんでいきなり」
 「BOOKOFFに行った帰りに食べたくなって」
 もちろんこのマックはマッキントッシュのことではない(今更なギャグですみません)。
 でもしげはマクドナルドが余り好きじゃなかったはずだよなあ。どういう風の吹き流しだ(by.那須雪絵)。
 「オゴリなら行ってもいいよ」
 「いいよ」
 ど、ど、どうしたのだ。あのケチで吝嗇で(このギャグ前にもやったな)出すものはウ○コだってイヤだというしげが、気でも狂ったか。
 これは、ぜひ「真相」を確かめねばなるまい。
 とか言うほど大げさな理由でもないが、誘われて断る理由もないし、出かけることにする。ちょうどスパゲティを作ろうかと思ってたところだったんだけど、まあ、非常食をあえて減らすこともない(給料前でマジで金がないのだ)。晩飯にハンバーガーというのも味気ないけど。
 自転車で近所のマックまで行くと、しげがいかにも「遅いよう」という感じの顔で待っている。ったって、10分しか経ってないのに。
 ホントに、何をそんなに腹減らしてるんだと思って、ふとウィンドウを見上げると、そこに期間限定の「月見バーガー」のポスターが。
 ……なあんだ、しげ、これが食べたかっただけか。
 そう言えば、季節が巡るたびに「月見バーガーが始まったよ!(=^o^=) 」「月見バーガーが終わるよう(ToT )( T-T) 」と騒いでたよなあ。

 世の中に 月見ばあがの なかりせば しげのデバラは のどけからまし


 相変わらず世間は「テロ事件」報道で喧しいが、「“裏”モノ会議室」を覗いてみても、良識的な意見が殆ど見られないのは実に冷静でよいことだ。
 「戦争なんて個人の力でとめられるものじゃないんだから」って死んだお袋がしょっちゅう言ってたのが思い出されるなあ。
 こういう時にたかが庶民の分際で「今こそ平和を祈念する一人一人の力を結集して」なんてアジりまくる人間くらい信用ならないものはない。
 「犠牲になった人の気持ちが分らないのか」とか言って粋がってるヤツだって、何かが出来るわけではないのだ。
 「本当に戦争になったらどうする」なんて詰め寄られたら、「オマエと同じ行動をとるよ」と言ってやればいい。そのときそいつが慌てふためいたりしようものなら、そいつがイザって時にどんな行動をとるヤツか、底が見えようってもんだ。
 こういう時に「何とか」してもらうために政治家に一票入れてきたんじゃないのか。庶民が出来ることなんて何もない。
 ……いやね、またぞろ「戦争になったらどうすればいい?」って私に聞いてきたバカちんがいたんでね、「じゃあ、戦争を怖がってどこかに逃げるか? で、どこに逃げる? で、何も起こらなかったとして、ノウノウとここに帰って来れるか?」と言ってやったのだ。……実はこれ、『ちびまる子ちゃん』の『ノストラダムスの大予言の巻』で、マルちゃんがお姉ちゃんから言われてたセリフの丸写しなんだが(^o^)。
 納得するねえ、みんな。だから今、政治家以外で騒いでるやつはただのバカということになるのだ。
 ……お袋とさくらももこに感謝(⌒▽⌒)。

 まあ、テレビを見てて楽しいのは、やたらとアチラのなんとか専門家ってのが出て来て、ベテランの声優さんの声が聞けることかな。
 青野武、小林恭治、屋良有作なんて人たちが次から次へと出て来るんだもの。でも、昔だったら必ず出てきたであろう納谷悟朗さんの声を全然聞かなくなってるのが寂しい。
 もう随分体を悪くされているというウワサだし、無理はされないでいてほしいんだけれども。


 しげ、今日がホームページのリレー小説の連載のシメキリだと言うのに、一行もネタが浮かばないらしい。
 「ああ、地球が終わらないかなあ」なんて呟いている。
 しげは意外に「言霊」ってやつを気にするタイプなので、この手のことは冗談でも言わない方なのだが、よっぽど今回は困り果てているようなのである。
 ミステリの犯人なんか、直感でよく当ててるくせに、書く方になるとなぜか論理的に物語を組み立てられないのだな。
 足し算は出来るが引き算は出来ないってやつか(^o^)。
 譬えがちょっと違うようだが、事実、しげは引き算がむちゃくちゃヘタなのである。で、掛け算と割り算は全然ダメなのである。九九も全部言えるかどうか怪しいもんだ。


 マンガ、奥瀬サキ作・志水アキ画『夜刀の神つかい』4巻(ソニー・マガジンズ・546円)。
 何となく『火焔魔人』にリンクして行くんじゃないかと言う予感で読み始めたんだけれど、同じ吸血鬼、同じ不死者の物語であっても、物語の肌合いというか、毛色はだいぶ違ってきた。
 殆ど自分で絵を書かなくなって、原作だけを担当するようになった奥瀬さんだけれど、そのおかげで、「ストーリーテラー」として奥瀬さんが評価されるようになってくれればいいんじゃないかと思っている。
 ……いやね、『低俗霊狩り』の解説で誰ぞが書いてたけれど、奥瀬さんが注目されていたのはいつもその「絵」ばかりだったのね。でも、昔は全く逆だったのよ。デビュー当時は天野喜孝の影響がモロに顕著でね、っつーか、『低俗霊』のころははっきり言ってマネにすらなってなくてドヘタクソだったのだ。作者自身、後書きでファンにボロクソ言われたようなこと書いてたし。
 多分、奥瀬さんは「がんばった」のだ。必死になって、自分の絵柄を模索して、天野さんの影響を脱したのだ。けど皮肉なことに、今度は奥瀬さん、「絵」についてしか語られなくなってきた。
 ……不幸だよなあ。
 2ちゃんねるの掲示板でも「自分で絵を描け」とか最近はよく書かれてたし、私の周囲の奥瀬ファンも似たようなことを言う。でも、デビュー当時から付き合ってきたファンなら、奥瀬さんの真骨頂は「絵」にはないということに気づいていてもよいはずなではないのか。
 『コックリさんが通る』でファンになったような連中は、うまくなりすぎた絵にかえって幻惑されているのだ。
 いや、ストーリーだって、永井豪やら夢枕獏やらに影響受けてるのは事実だ。
 吸血鬼と化したヒカゲの姿に、『デビルマン』の飛鳥了の姿を重ね合わせるのは容易だろう。ヒカゲは夕介を自分の仲間にはしたいが、かと言ってそうしたところで彼が自分になびくわけではないということも知っている。不動明の心に牧村美樹が住み続けていたように、夕介の心には菊璃がいる。
 そしてヒカゲは飛鳥了と全く同じセリフを夕介にぶつけるのだ。
 「お前に何ができる!! お前一人で何が出来るって言うんだ! 何も出来なかったじゃないか! みんな死んだじゃないか!」
 そうだ。
 菊璃を守ろうとした人々はどんどん死んでいっているのだ。それも『デビルマン』と至極似通っている。
 では、夕介は矢折れ力尽き果て倒れる結果になるのか。
 菊璃を守れぬまま終わるのか。
 しかし、私には、これは奥瀬さんが『デビルマン』を自分なりに越えようとする物語を作ろうとしているように思えてならない。奥瀬さんは一貫して、異形のもの、人間に受け入れられないもの、彼らのいるべき場所を探し求めるようなマンガを描いてきた人だ。それは相手が「低俗霊」であっても同様で、私は、巨乳マニアの低俗霊が、魔魅の貧乳に包まれて、「誰よりも小さなムネだったけれど、魔魅さんのムネが一番暖かかった」と言って昇天するというギャグが大好きだ(笑)。
 奥瀬さんは、夕介にも、ヒカゲにも、菊璃にも、生きるべき「時間」と「居場所」を与えるような物語を作ろうとしているのではないだろうか。
 普通のストーリー展開なら、ヒカゲは3巻あたりで自分自身の邪な恋自体に押しつぶされて滅びていてもおかしくはない。凡百の作家ならそうする(ジャンプ系はたいていそう)。
 しかし、この『夜刀の神つかい』のサブタイトルは『ヒカゲの時代』。そしてヒカゲは変わり果てた姿にこそなれ、死なずに「生き」のびたのだ。そこにあり続けることの苦しみ、哀しみ、やるせなさ、それを描いてなお、存在することの意味を奥瀬さんは問おうとしているのではないか。そう思う。
 異形となったものにすら生きるべき「時代」があるとすればそれはどういう時代なのか、奥瀬さんが出す答えが待ち遠しいのである。

2000年09月20日(水) 頭痛と頭痛と頭痛と……/ムック『山下清のすべて』



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