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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年09月19日(水) ヤンキーたちの好きな戦争/『日露戦争物語』1巻(江川達也)/『探偵学園Q』1巻(さとうふみや)

 今朝のスポーツ新聞各紙、米国防総省が対テロの報復として大統領に核兵器の使用を進言したと報道。
 見出しはどでかく「核戦争か?」と煽っているが、アナタ、せっかく盛りあがってる大統領人気、それを一気に打ち消してしまうようなアホなまね、ブッシュがするわけないやん。
 まあこの報道がガセって可能性もあるのだけれど、一般誌は見事なくらい全くこの件に触れていない。
 人心に騒乱を起こしたくないという判断なのか、単にウラが取れなかっただけなのか、それも判断はつかないが、本気で「核戦争」の勃発を危惧する必要はないだろう。
 ……余裕があるから記事にもできるんだよな、スポーツ誌は。テロ発生以来、一週間が過ぎたが、マスコミも一般人もみんなこの状況を「楽しんでる」ねえ。全くどうしてこんなにみんな「戦争」が好きなのかね。

 「楽しむ」とか「戦争が好き」なんて言ったら、かえってキリキリと顳に青筋立てて怒り出す方もいらっしゃるかもしれないが、人間は自分が意識しているしていないに関わらず、それがたとえ逆境であろうと状況を楽しんでしまうものである。
 アメリカ本国で顕著なことであるが、今、テロの報復が市民レベルでイスラム教徒や関係の施設を対象に行われている。
 中には、「オサマ・ビンラーディンに顔が似ていた」ガソリンスタンドの店員とか、「アラブ人に似ていた」インド人とかが、トバッチリを食らって殺されたり乱暴を受けたりしているのである。
 普通、マットウな教育を受け、ごく普通の知性を持ちあわせている人間ならば、イスラム教徒がみんなテロに走ってるわきゃないってことくらい見当が付きそうなものだ。アメリカ人がどんどん狂っている、と判断する識者が現れるのも当然と言えば当然だろう。
 でも、本当に彼らは興奮のあまりトチ狂っちゃったのだろうか?
 関東大震災の際、日本人が朝鮮人の暴動を恐れて虐殺を行った集団心理、さてあれを「狂気」のヒトコトで片付けることが果たして可能か。
 あのとき、「日本人は朝鮮人を差別している」という自覚があるから、「朝鮮人の暴動」というデマゴーグには根拠があると多くの人が信じた。
 「アラブ諸国をアメリカは不当に迫害している」「イスラム教徒はみな危険だ」、もともとそういう思いがあるからこそ、“アメリカからアラブへの”無差別テロが頻発しているとも言えるのではないか。
 日頃の鬱屈を発散する対象を人は求める。それが「公明正大に」行っていいということになれば、人は日頃の反感、偏見、疑心暗鬼、そんなものを一気にぶつける。
 間違っちゃいけない。
 例えばスポーツは戦争の代償行為として生まれた。
 もともと人間の闘争本能は「戦争」を欲しているのである。
 アメリカ人は「やられたからやり返す」と思っているのかもしれないが、今までは「やられなかったからやり返せなかった」だけだ。
 「持ってる兵器は使いたい」で、原爆を二発も日本に落としたことを想起すれば容易に知れよう、あれは戦争終結のための手段などではなく、戦争終結を口実にした「実験」であり「力の行使」に過ぎなかった。
 べつにアメリカ人に限らず、人間はみんないつでも機会さえあれば、差別し、迫害し、苛めさいなむ「欲望のはけ口」を探し求めている。だからアメリカは「ただのテロ」を「戦争」にまでグレードアップさせたのだ。
 今、世界は「戦争を楽しんでいる」。
 否定できるか。

 最近、テレビではパキスタン、アフガニスタンの両国で診療所を経営しているNGO「ペシャワール会」の医師、中村哲さんの露出が増えてきている。
 政治的な動向だけではなく、現地の民間の実情を知る関係者が少ないということなのだろう。中村さんは一貫して大旱魃で住民が水も食料もなく飢えている実態を訴え、「報復は事態の解決にはならない。住民の虐殺にしかつながらない」と警鐘を鳴らしている。
 でも、報道はこのコトバをただの「平和主義的発言」としてしか捉えてないみたいなんだよなあ。
 そうではなくて、テロ組織もタリバン政権も、アメリカが報復攻撃に出れば姿をどこかに隠すに決まっている。だからこそアメリカは「今度の報復は長期化する」と明言しているのだ。
 つまり、アメリカが標的にしているのは「住民の虐殺」そのものだ、ということだ。アフガンの人々は、難民として他国へ逃げることが出来るものばかりではない。恐らくは最初に、動けない病人や子供たちが殺されていく。しかしアメリカは、自国民の怒りをどこかで発散するためには、ともかく「早期の犠牲者」を必要としているのである。
 力のない彼らを殺すことで、報復を果たす気だということを中村さんは指摘しているのだ。これは「やむを得ない戦争」などではない。

 テロ実行犯がかつてイラクの諜報員と接触していた、黒幕はやはりフセイン、なんてニュースも流れてきているが、これとても報復が長期化し、アメリカ国民の怒りが米政府に向けられた時に言い訳をするための予防線を張っているようにすら見える。
 アメリカにはバカしかいないが、したたかだ。
 なんだか日本がバカに振り回されるもっとバカになりそうな気がして情けないのだが、この事態に反対してる連中がただの「平和主義者」や「社会主義者」でしかないのがもっと情けない。
 「協力してるフリして何もしない」政治的手腕が、一番のお得意じゃなかったのか。口先三寸、ノラリクラリで誤魔化して、金だけ出してケツまくって逃げる卑怯者の道をあえて選んでたんじゃなかったのか。
 「多国籍軍の中にちゃんと日本の旗を掲げたい」なんて、ただの「見栄」だけで自衛隊を動かすのかなあ。それとも「犠牲にするのは自衛隊だけだから」って考えてるのかなあ。もしそうなら、「自衛隊派遣」、必ずしも反対する理由はないな。日本人全員がバカになることはない。「バカな日本人を助けるためなら死んでもいいと考えてるもっとバカ」だけを外に出しときゃいいだけの話だ。つまりは「醜(しこ)の御楯」(笑)。
 ……死者を英雄視するって、そういうことだったのね。 


 今月のCSファミリー劇場「ファミリー探検対」第2週、先週に続いて佐々木剛さんがゲスト。
 今回は主に共演者についてのコメント。
 2号のコスチュームは、もともと1号のリニューアル用に準備されていたものだったってこと、何となくそうじゃないかとは思っていたが、やっぱりそうだったか。だって、2号の横の線、1本なのに、新1号は2本線なんだもの。当時疑問に思ってた子供、多かったろうなあ。
 ロケ中のホテルの立てカンが「山本リンダ様御一行(仮面ライダー)」だったって話は聞いたことがあったな。でも当時だって山本リンダ、そんなにトップスターってことでもなかったぞ。どんなに視聴率取ってても所詮は子供番組だと思われてたんだなあ。
 千葉治郎さんがとてもいいやつだったとか、宴会で、死神博士役の天本英世さんは、みんなの前で踊ってくれたとか、楽しそうに話されてるのを見るにつけ、今度の「アギト」にも何らかの役で佐々木さんに出演してほしいなあ、なんて思っちゃうのである。初代の藤岡弘さん、今度の映画版に警視総監役で出るんだよなあ、それはちょっとだけ見たいような気もするが。


 CSキッズステーション、『こみっくパーティー』9話、そろそろ展開が臭くなって来たなあ。なんだか「同人誌に関わってる人たちだって、みんなと同じく青春に悩み傷ついてるいいやつばかりなんだ!」ってプロパガンダが、鼻についてよ。主人公が「売れることだけを目的に同人誌を作るんじゃない」なんて堂々と言い放ってるのは単に企業努力を怠ってるだけの話なんだがねえ。
 この「アマチュアならば赦される」って感覚で同人誌作るなら、タダで配れや。金を取るなんて、一億万年はえ〜や。
 先日の某○○○博でも、ゲストに多大な迷惑をかけたスタッフの一部が、なんだか開き直って、ゲストの誰かに対して「あんなに怒るなんて人としてどうか」とかなんとか自分のホームページで書き込みしてるのを見たんだが、ゲストの方々が「人としてどうかしている」こと、事前に知らなかったのか(^^)。我々はみんな知ってるぞ。
 ヤ○ザのことを知ろうと思ってヤ○ザを呼んだりしたらどんな結果になるか、わかるじゃん(いや、たとえがヒドイね、どうも)。
 まあ、悪態をつくのも自由だし、それこそこれっきりで双方ともに縁を切るつもりなんだろうから、傍観者の私が何か言う必要もないことではあるのだが、「オマエの代わりなんかいくらでもおるわ」っていう、スタッフのゲストに向けた捨て台詞は、自分のバカさ加減を思いっきり露呈しちゃっててどうしても笑えてしまう。
 つまり「いくらでも代わりのいる」程度のゲストだと思って初めから呼んでるってことじゃないの。そりゃ、腹を立てられるのが当たり前ってもんだよ(後で見たらこのセリフ、削除されてたな。さすがに誰かから注意を受けたらしい)。
 プロ意識だけが強いアマチュアってのが多いってのは巷間よく言われることだが、基本的にプロ意識を持ってるやつで本当のプロだったヤツなんて、まずいない。プロ意識を持ってる時点でアマチュアの証拠だってことなのかもなあ。
 

 マンガ、江川達也『日露戦争物語』1巻(小学館・530円)。
 著者略歴に最近やたらと「表層に見られる軽薄な作風の中に、誰にもわからない深いテーマ性が隠されている漫画を描き続けているが、全然評価されない、本人だけががんばっている漫画家である」と書いてるけれど、そういう読者の歓心を買おうって態度がみっともないぞ。
 日本海海戦の作戦参謀、秋山真之の生涯を描こうってんだけれど、人気出るのかなあ。ホントに表層だけなぞってるようにしか見えないんだが。
 江川達也の真骨頂は、決してその「深いテーマ性」などにあるのではなく、「本人だけが誰にも分らない深いテーマ性を内包した漫画を描いているとつもりでいるが、大多数の読者にはその浅薄さがバレバレになっている漫画家」として評価されてると思うぞ。
 ちょんまげ結ってる正岡子規の絵なんかはうまいなあ、とか思ったりはするんだけどねえ。変なテーマ性なんか絡めないで、屁理屈抜きのエンタテインメントを実践してほしいもんだ。


 マンガ、天樹征丸原作・さとうふみや漫画『探偵学園Q』1巻(講談社・419円)。
 まあ『金田一』ってパクリをやめただけでもマシか。
 学園物で、みんなで探偵って設定も使い古されてはいるんだけどね。
 さとうさんの絵が結構うまくなってきているので、イヤミな部分は随分減ってるんだが、トリックが不自然過ぎるのは相変わらず。
 犯人がある方法で現場を行き来するんだけど、「本人はその方が速くて目立たないと思った」って、かえって目立つってば。
 ……願わくは、金田一少年がゲスト出演なんてしないことを望む(^^)。//

2000年09月19日(火) 塩浦さん、今度はご夫妻で遊びに来てね


2001年09月18日(火) 声だけ美少女/『スタジアム 虹の事件簿』(青井夏海)ほか

 しげと電話で会話したことがおありの方はどれだけいらっしゃるだろうか。
 いや、殆どいないってことは知ってるんだけどね。
 実は、職場関係者で、初めてウチに電話をかけた人などは、たいてい次の日に、「有久さんの奥さん、いったいおいくつなんですか?」なんて聞いてくるのである。
 私はそうは感じないのだが、メチャ若いらしいのだ、しげの声って。
 ……冗談ではなく、人によっては、しげが10代なのではないか、と、ムチャクチャ誤解してたりもするのである。
 いや、あのね、いくら私がロリ……ああ、いやいや、一般の人々よりは多少、うら若き乙女に対して微笑ましい眼差しをおくることがないわけではないと言っても、さすがに親子ほどもトシの離れた相手を妻にするほどの体力はないってば。
 第一、今年で結婚して丸10年になろうってのに、未だ10代だったら、結婚した時、しげはいったい何歳なんだよ。それこそ私が変態みたいじゃないか。
 ……でもまだ20代なんだよなあ(-_-;)。
 同年輩の連中に「くぬやろ、くぬやろ」と言われてしまうのも仕方がないと言えば仕方がない。立場が逆なら私もマジでそいつに蹴り入れてるだろうし。
 しかし、しげ本人も自分の声について、「ちょっと舌足らずかな」とか言ってるが、電話口では更に作り声でブッて、「あ、どうも初めまして♪」なんて喋るものだから、ますます誤解が増大していくのである。
 声だけでなく、「有久さんの奥さん、超美人説」が何度流布されたことか。
 ……実物を一目見れば、穴の空いた風船が、しゅしゅしゅしゅしゅ、と萎むようにそんな幻想は消えていくんだけどね。
 この天然ブリッコのしげが、知り合い相手になるってえとガラリと豹変してしまうのである。
 横柄、なんてもんじゃない、ナマイキ、エラソウ、アザワライ、電話の向こうの相手をせせら笑うかのように鼻で「フフン」と息をして、森羅万象を睥睨し「自分以外は全部ゴミ」的な態度を取るのである。

 今朝も私は、そのしげの「フフン」という鼻息で起こされてしまった。
 どうやら電話口の相手は鴉丸嬢らしい。
 内容は解らぬが、時折聞こえる来宮良子のプロメシュームが野沢雅子の星野鉄郎を嘲笑するような笑い声に、えらくムカついて目を覚まし、ふと枕もとの時計を見ると、午前3時。
 ……お前ら、いったいいつから話をしてるんだ。何の用事だか知らんが、しげの「悪代官笑い」から判断して、そうたいして深刻な話題ではあるまい。こっちは睡眠時間が限られてるんだよ、ちったあ、自分には家族がいるんだってことくらい、思いやる気持ちを持ってくれよう。o(ToT)o


 テロ事件以来ずっと閉鎖されていたニューヨーク株式市場が一週間ぶりに再開、予想通り売り注文が殺到して全面安の展開、下手すりゃ世界恐慌にもなりかねないとか。
 実はワタクシ、経済のことはチンプンカンプン、株なんてどんな仕組みになってるか皆目見当もつかない。
 ……死んだお袋は天性の山師で、あらゆる賭け事に通じ、本業の不振も株でカバーするくらいの才能があったんだがなあ。どうやらそっちのほうの血は、全く継いでないらしい。
 親父は株でン百万くらいスッてるらしいから、そっちの方の血だろうな。
 どっちにしろ株に手を出したことは生まれてこのかた、一回もないし、この先手を出す可能性も多分ない。私の心の中では、株だろうがなんだろうが、「経済に関わる=賭け事」という図式が出来あがっちゃってるのだ。
 宝くじ買ったことすらないってのは自分でも面白味のない人生送ってるなあ、とは思うが、そういうヤツなんで、訪問販売、宗教の勧誘の類は、一切受け付けないと思います。そのへん、悪しからず。
 日本での一万円割れがどーのってのも、自分の生活にどう関わっていくか解らないでいるってのに、今度の件がどう世界経済に影響していくのかなんてハラホロヒレハレである。
 あの、間違ってたらごめん、要するに、業績不振を見越して手持ちの株価が下がる前に売っちまおうって連中が大挙したってことなんだよね? ……解釈、それで合ってる?
 でもその「株売り」自体が経済破綻を起こすってんでしょ? それ、「自業自得」ってんじゃないの? と言うか、世界の企業って、もともと自分だけ助かりたいって船から逃げ出すネズミみたいな連中が支えてたってことなの?
 それじゃ、「経済機構」そのものが豆腐の上に立ててるビルみたいなもんじゃないの。
 なんつーかねー、WTCビルがもろくも崩れ去っちゃったってのがいかにも世界経済の正体を露呈しちゃったみたいで、こんな象徴的過ぎるのって、あまりにも出来の悪いコメディーみたいでアホラシイんだけど。

 テロの影響で、あちこちで「自粛」ムードが高まっちゃって、実際にアーノルド・シュワルツェネッガーの新作映画なんかが公開延期になっちゃったりしてるそうである。
 筋はテロリストに復讐する話らしいから、かえって公開した方が「戦意昂揚」になってよさそうなもんだが(^o^)。
 WOWOWを見ていると、番組変更のお知らせが連発していて、『乱気流 ファイナル・ミッション』『マーシャル・ロー』『バック・ドラフト』なんかが軒並み「都合により」放送中止だと。
 いや、放送中止するならするで、その「都合」ってのを説明しないのはなぜなの? 「米国のテロ事件の被害者のご心情を鑑み」とか堂々と言えばいいではないの。やましいことがあるわけじゃないんでしょ? それともあるの?
 まあ、説明できるわきゃないよね〜。本当はこんな自粛、なんの意味もないことを映画関係者もみんな知っているんだから。
 なのにどこからどう抗議が来るかわからんということで初めからビビって、「臭いモノにフタ」してるだけなのだよ。
 『バック・ドラフト』を放映中止するなら、新宿の火事が起きた時点でなぜやらなかったのよ。結局、アメリカに阿ってるだけじゃん。
 この事件が春に起こっていたら、『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』も公開中止になってたんだろうと思うと頭痛がしてくるよ。というか、ビデオの発売が相当遅れちゃうんだろうなあ。……はああ(´o`;)。
 そんなことしてテロが防げるわけでもないのに、どうして映画界にはこうバカが多いかね。


 仕事から帰ってみると、しげは留守。
 どうやら鴉丸嬢とどこかに遊びに出かけたらしいのだが、さて、汗を流そうかと風呂のフタを開けて湯船を覗いてみてギョギョギョッとした(楳図かずおかい)。中がとんでもなくヒドイことになっているのだ。
 お湯は白濁し、カエルの卵のような濁った水泡がブクブクと浮かんでおり、その泡に絡みつくように何十本もの髪の毛がザラリと広がっている。
 しげが湯船の中で髪を洗ったのだ。
 ……いや、いいよ、外は寒かったのかもしれないし、湯船の中で髪洗っても。
 だったら最後にお湯を流していかんかい(`m´#)!
 私は男が女よりも先に風呂に入るべきだなんてこれっぽっちも考えちゃいないが、「ホントにキタナイ」場合は別だぞ。
 しげはトイレや風呂の掃除なんて、この数年、全くやってないのだ。
 ……テメエの垢ぐらいテメエで落とせや。


 テレビ『ジャングルはいつもハレのちグゥ』第25話『恐怖! 人情鬼ごっこ』見る。
 もう、サブタイトルからしてふざけまくっとるなあ。何しろグゥが鬼ごっこしながら、ホントに人間を次々食ってくって話だし。どこに人情があるのだ(^_^;)。
 この『人情なんたら』ってタイトル、時代劇(特に市井物)のタイトルなんかによく使われてるんだけど(山中貞雄の映画『人情紙風船』とか、山本周五郎の小説『人情裏長屋』とかが有名)、そんなん子供にわかるパロディじゃないってば。で、あまつさえその上に「恐怖!」なんてつけるかよ。
 視聴者もこのアニメ見て笑ってるんだろうけど(あるいはポカンとしてるか)、それ以上にスタッフが視聴者を笑ってるよなあ。
 ……非道なアニメだ。ε=(^u^)プッ。
 で、今回ついにハレはウェダの母さん、つまりおばあちゃんに出会う。
 かつて家を出た娘になにもしてやれなかった自分を責めるおばあちゃん。自分が孫だってことを言い出せないハレ。なんとか母と娘の絆を取り戻せないかと思い……。
 来週が最終回なんで、「泣き」の芝居で落とすつもりなのかなあ、でもそれじゃあグゥの出番も少なくなるばかりで、どんどんつまんなくなっちゃうぞ、と心配してたんだが。
 予告編を見てぶっ飛んだ。
 『ニュータイプ』の予告じゃ、最終話のサブタイトル、『おかえり』になってるんだよね。なのに実際に出たタイトルは『おしまい・おしまい』。
 しかも都会からジャングルに帰る話じゃなくて、あの原作者のオタク度爆発の「巨大ロボット」もの(笑)。
 「いろいろあったよなあ、ハレが×××したり」
 「……大冒険!?」
 何のことか解らんだろうが、それは来週のお楽しみというヤツである。
 いや、これで落とすかよ横手美智子(笑)。根性あるぞ水島努。
 DVDを予約したのは間違いではなかった。さあ、来週の『ハレグゥ』は必見だぞ、全国のオタク諸君!


 青井夏海『スタジアム 虹の事件簿』(創元推理文庫・650円)。
 これがデビュー作の青井夏海、どういう人だかよく解らない。別にどういう人でもないのかもしれないが、なんとこの作品、自費出版されたものの文庫化である。
 つまり、賞をとったとか、そういう肩書き付きでデビューしたわけではなく、「こんな面白いミステリがある」とネットなどを通じて口コミであちこちに伝わって、ついに創元の戸川安宣編集長の目に留まったというわけだ。
 帯には新保博久キョージュの推薦文でこう書いてある。
 「本書を次のような方にお薦めします。
 北村薫『空飛ぶ馬』
 天藤真『鈍い球音』
 都筑道夫『退職刑事』シリーズ
 泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城全集』
 が好きでたまらない人に。」
 こりゃ、随分ぶち上げたもんだなあ、と思って、ノボリを高く上げすぎるってのもかえって期待倒れに終わってマズイんじゃないかと思っていたのだが。
 いや、確かに、これは上質のミステリだ。一読して「女性版泡坂妻夫」の惹句が思い浮かんだくらいで、ミステリの仕掛けどころをよく知っている。
 探偵役は、パ・リーグ(パラダイス・リーグなんだって)の万年最下位チーム、東海レインボーズの新オーナーにおさまった、岡田斗司夫さん以上の野球オンチ(笑)虹森多佳子。
 「ストライクゾーン? それはどこに付いているのですか?」
 「べつに印は付いていません」
 「まあ、そうですの。わたくし、サッカーのゴールのように、何か目印が立ててあるのかと思いました」
 どこに立てるんだよ。ピッチャーとキャッチャーの間にワクでも立てとくんかい(^_^;)。
 ところが、この「野球オンチ」ゆえに、彼女はスタジアムで起こった事件を次々と解決していけるのだ。
 ミステリーでは、謎を解くきっかけが、その事件とは全く関係のないことからの連想によって与えられる、という描写がよくある。
 例えば、映画『犬神家の一族』で、石坂浩二の金田一耕助が、鏡の前に映ったミカンを見て、あのトリックに気がつくといったような例だ(実はそんな描写は原作にはない)。
 この方法、探偵が綿密なデータからではなく、ただの偶然に頼って謎を解くため、一般的には安易な解決法と取られがちなのだが、「読者に与えられるヒント」として機能している場合には全く問題がない。私たちがそのアナロジーに気づくかどうかが作者の仕掛けたトラップだからである。
 この手法を多用したのが泡坂妻夫だったわけだが、このタイミングの取り方が作者の青井さん、実にうまい。
 私も話テンポが小気味よく進んでいくので、この「ヒント」をつい見逃してしまうこともしばしばだった。
 なんたって、多佳子さんが「あのう……」といい出したときにはもう、「犯人、解っちゃて」いるんだからなあ。……『ケイゾク』かい(^^*) 。
 難を言えば、後半の話に行けば行くほど、多佳子さんの影が薄くなっていくことなのだが、作品と使用トリックの性格上、それはしかたがあるまい。
 どっちにしろ、これは久々のヒットだ。
 ……こうたろうくん、ようやく久しぶりに、お薦めできるミステリを見つけたよ。


 マンガ、青山剛昌『名探偵コナン』34巻(小学館・410円)。
 絵柄的に好きなほうなのになんでこんなに面白くないかなあ、『コナン』は。
 ……と思いながらもう34巻まで買ってるよ。
 面白くない原因の一つに最近やっと気づいたんだが、あれだけマンガチックな絵柄でありながら、主要キャラの表情が一様に乏しい、特に口のバリエーションが少なすぎるのである。
 極端な言い方をすれば、呟いてる口と笑ってる口の二つしかない。たまに怒ってる口を描くが、これが実にぎこちない。
 この作者、自分の作ったキャラの動かし方が解ってない……というか、顎を細くしたせいで、口の表情をつけにくくしてしまったのだ。それが証拠に、特に顎が小さく描かれているわけでもない脇キャラのほうが、よっぽど表情が豊かになっている。
 マンガよりアニメのほうがまだ見られるのは、アニメーターのほうが原作者よりもよっぽどあのキャラに表情をつけることがうまいおかげだろう。……蘭の表情、たまにゾクっとくるしな。特に毎回のエンディングとか。
 いつもトリックのアラばっかり見つけて文句をつけてるから、たまには絵柄のことでも注文をつけてみたが、だからって今回の収録事件にアラがないわけではない。
 まあねー、小学生向けのマンガだから仕方がないのかもしれないけどねー、犯人がなんでわざわざ足がつくと解ってるような珍しいナイフで人を殺すかねー。最近はもう、マトモに推理しようって感じで読まなくなってんだよ。データそのものがデタラメだから。
 『コナン』を名乗るんなら、「与えられたデータが間違っていれば、正しい答えは導き出せない」って「初歩の初歩」の論理くらいは守ってもらいたいもんだけどねー。

2000年09月18日(月) ゴキブリと音痴娘と構造記憶と/『僕らは虚空に夜を視る』(上遠野浩平)ほか


2001年09月17日(月) 祝日には旗を。私は出さんが/『クラダルマ』1・2巻(柴田昌弘)ほか

 米国のテロ事件、いろいろなところで余波を及ぼしているが、ウチの職場でも、渡米予定だった同僚が、いきなり「出待ち」状態になってしまった。
 上司はそのことを「いるはずのない人がまだここにいる」なんて言って、笑って報告しているのだが、これもまあ、聞くヒトが聞けば不謹慎極まりないということになるのであろう。
 ったって、この程度の冗談なら、誰だって言うよな。世界の動きに対してノホホンとしている日本人の平和ボケぶり、これがかえって周囲に振りまわされない、動じない態度に見えてしまうのだから皮肉なことである。
 外務省、15日が「敬老の日」だということで国旗を掲げたら「なぜ半旗にしないのか」とクレームを付けられたそうだ。って、誰が付けた、アメリカの手先か?
 「国民の祝日」だってえのに、アメリカを気にせにゃならんってことはなかろうがね。
 そのクレーマー、迷惑を被ってるのはこちらだということを忘れちゃいないか。

 アメリカは、ビンラーディンの身柄引き渡しを正式にアフガニスタンのタリバーン政権に要求したとのこと。
 これからがキレイなコトバで言えば、「外交上の駆け引き」ということになるのだろうが、その実体は、「おう、オマエんとこの舎弟がワシラんところにえらいハジかかせてくれよったやないか、そいつのそっ首差し出してワビ入れんのやったら、どないなことになるかわかっとるやろうな」というヤクザの恫喝だ。
 全く、「高度な政治的判断」ってのはどこに行ったんだ?
 世界各国に対してやってることも「ウチに着くのかアチラに着くのかはっきりせんかい」って、二者択一を迫ってるだけ。
 で、日本はヤクザの下っ端。独自の判断なんかできるはずもない。
 またぞろ、湾岸戦争の時に続いてアメリカは、日本に「人的貢献を」とか言ってるらしいが、日本国憲法を押しつけて戦争放棄させといて、そしてテメエがケンカする段になるってえと、「ワリャ、金出しゃ赦してもらえると思うとんのか?」と凄んで言うこと聞かせようだなんて、虫がよすぎやしないか?
 いい加減、日本人も、アメちゃんの他人を見下すことしかしない下劣な根性というか、所詮、アイツらは既知外の群れだってことに気がついてもいいんじゃないかね。
 だって、アメリカ国民、「たとえアラブの民間人を虐殺しようと、復讐を果たせ」と叫んでるやつらが、今や8割以上なのだぞ。
 日本も、ホンの56年前まではそうだったわけだから(今も生き残りが結構いるのが困ったもんだが)、批判はしにくいが(したって既知外に聞く耳なんかありゃしないんだが)、誰かブッシュに「オマエもビンラーディンと同じや」と言うてやれんものか。
 せめて、「いやあ、兄貴のくれたケンポーのおかげで動くに動けねえんでさあ」と言い張って、自衛隊も派遣しないでいられたらいいんだけどなあ。
 トバッチリ食って迷惑するのは国民なんだから。

 更にアメリカでは今、今回の黒幕にイラクのフセインがいる、という説が浮上してるとか。
 情報撹乱と言いきれない信憑性があるのがなんとも(^_^;)。
 実際、私もテロ直後は「フセインか?」と思ったものな。
 多分、これは「カワキリ」の一つにすぎない。
 たとえ犯人が断定されても「いや実は黒幕に誰それが」という説が出てくるのがこういう事件の常だからだ。
 恐らくこれからどんどんと、意外や意外、荒唐無稽で奇想天外な「真犯人」の数々が、ネットや活字メディアを席捲してくれることであろう。
 犯人に擬せられたヒトには迷惑な話であり、世のマジメ人間、ギャグが嫌いなヒト、狂信者のミナサマにはキリキリとコメカミが脈打つほどに腹立たしいことであろうが、これは「どんな悲惨な悲劇も、それは客観的には喜劇である」ことの一つの証左なのである。
 実際、アメリカだけでなく、パキスタンの慌てぶりやタリバーンの能天気な「聖戦」の連呼も、日本も含めてとんだトバッチリに巻きこまれた世界各国の右往左往ぶりも、見ていて笑いがこみ上げてくるのをどうにも止められない。
 これが「コメディー」でなくてなんだというのだ。


 昨年5月に自殺した、井上大輔(58歳)さんの妻、洋子さんが死亡していたとか。享年51歳。
 確か井上さん自身の自殺が、奥さんの看病疲れが原因じゃなかったっけ。新聞にはその辺の事情が一切書かれていないのだけれど、病気の奥さん残して先に逝ってどうするんだろうと思っていたが、こうして、一年と少し経って奥さんが亡くなってみると、もしかして井上さんは、奥さんが来るのをアチラで待ってるつもりででもあったのだろうか、という気がしてくる。
 こういうさりげない死の方が、何千人と死んでいく人々よりも心にジンとくるものがあったりするから、人間の心なんていい加減なモノである。
 

 今週の少年ジャンプ、『ヒカルの碁』、完全に「伊角編」になっていて、ヒカルの復活は先送りになっている感じ。
 しげが「これから『ヒカ碁』、つまんなくなるかなあ」と心配していたが、その危険性は確かにある。
 これまで「ジャンプシステム」に飲み込まれずに来たこと自体、奇跡のようなものなのだ。というか、あまりにも「人気次第」の編集方針が批判されたために、何となく誌面自体が以前より遥かに「緩やかな」雰囲気になっていたのがよい方向に作用していたのかもしれないが。
 でもあまり露骨な「引き伸ばし」はしてほしくないのだけれど。


 コンビニで、サバのミソ漬け・ハンバーグ・揚げだし豆腐を買って帰るが、しげと分けて食べようと思ったのに、「要らない」と言われる。
 おかげで全部食わねばならなかったが、多分これで一日の摂取カロリーをオーバーしたことは間違いない。
 じゃあ、食わないで残しておけばいいじゃん、と言われちゃうとグゥの音も出ないのだが、この「残しておく」ってのが性格的にできないのよ。


 マンガ、秋月りす『OL進化論』18巻(講談社・540円)。
 今でこそ、4コマ誌が乱立して、OLモノで可愛い絵柄なのに不倫も描けばセクハラも描く、なんてのはごくフツーになったのだけれど、そのハシリの一つがこの作品だったのではないか。
 モーニングに連載、というところが、いわゆる「4コマ誌」のマンガと一線を画している面があったのかもしれない。
 18巻経っても変わらないように見えるこのマンガも、少しずつ様変わりしている。以前は毎回のように書かれていた「社長秘書令子」シリーズは殆どなくなった。
 代わりにやたらと書かれているのが「35歳で独身で」シリーズ。似たようなネタの使いまわしなのだが、よっぽど作者が気に入ってるのか、多い時には1回に2、3話書かれることもある。
 もうちょっとだけ穿った見方をしてみると、これって、連載開始の10年前に比べて、「結婚しない女性」が圧倒的に増えたという時代の変化を写した結果であるのかも。
 ……でも、現実に私の周りに限って見渡してみた場合、どっちかっつーと、ポコポコ結婚してヤンママってケースのほうが多いんだが。
こういう4コマ、


 マンガ、柴田昌弘『斎女(ときめ)伝説 クラダルマ』1・2巻(少年画報社文庫・620円)
 『ブルー・ソネット』のころは結構ハマって読んでいたのだけれど(何しろ企画モノLPまで買ってた)、主要キャラをあまり必然性もなく軽く殺していく作風が何となくイヤになって、柴田さんの作品、しばらく読んでいなかった。
 和田慎二と同じで「解説的セリフが不自然」という欠点もあったし。
 けれど、文庫になったのを機会に初めて読んでみたのだが、設定やストーリーに破綻は多いけれど、マンガの持つエネルギーというかパワーはやはりたいしたものだと言える。
 性のパワーを使い、日本の歴史を影から支えていた「斎女」の一族、それに敵対し、世界を征服しようとするシャクティ教団。
 作者自身、「あの宗教団体とは一切関係ございません」と断っているが、偶然とは言え、結構あの事件と似ちゃったのがこの作品の不幸だったのかも。
 けれどちゃんとマンガとしての節度は守っていると思う。なんたって、ヒロインの由麻はそういう性のパワーが横溢する中にあって、汚れなき乙女でありえているのだから。
 ……でもやっぱり、意味なくキャラが死んでいくんだよなあ。
 好きな女を助けに来て、逆にシャクティ教団に獣人に改造され、無駄死にどころか足手まといになって殺される太刀掛なんてキャラを見てると、この作者、もともと自分の作ったキャラに愛着持てないタイプなんじゃないかって気さえしてくるぞ。
 そういう展開は和田慎二だけにまかしとけばいいのに。


 CSファミリー劇場、『チャンピオン太』第1話『死神酋長』。
 昨年、『オタクアミーゴス』でアントニオ猪木の登場シーンを中心に見ていたのだが、改めて全編を見ると、脚本のいい加減さがよく解る。
 なにしろ、出だしからして物語のセオリーってものを全く踏んでいない。
 来日する死神酋長(猪木)、プロモーターは「あの憎い力動をやっつけちゃってくださいよ」なんて言ってるが、何が理由でそんなに力道山を憎んでるのか一切の説明がない。
 肝心の主役、太と力道山の出会いのシーンも全くない。いきなり、力道山のジムに太はいるのである。
 酋長を呼んだプロモーター、なぜか孤児院の権利も狙っていて、イヤガラセをするのだが、そこへ偶然通りかかった太にコテンパンにやられる。
 その孤児院にはルリ子さんという可愛い少女(タイガーマスクと同じやん)がいるのだが、せっかく助けてもらったのに、「乱暴する人嫌いよ!」と太は嫌われてしまう。
 ……コラ、女、助けてもらえなかったらオマエが危なかったんだろうが。
 プロモーター、復讐のために、いきなり「暴れ牛」をけしかける(ツクリじゃないぞ、本当だ)。
 この牛が私には可愛い雌牛にしか見えないのだが、太はこの牛を投げ飛ばし殺してしまう。ああ、哀れ(このワザがノックアウトQであることが説明される)。
 ……これ、やっぱりマス・オーヤマの話を元にしてるんだろうけど、江戸時代じゃあるまいし、現代日本で「暴れ牛」はないだろう、「牛」はよ。
 あまりに無理がありすぎるが、設定を変えられなかったのは原作の梶原一騎の意向なのか?
 更に腹が立つのが、ルリ子さんの態度。先ほどとは一転して、「ありがとう太さん!」。……オイ、コラ、このアマ、牛なら殺してもいいんかい。
 この後、試合があって酋長は力道山に敗れるが(おいおい、酋長のモヒカンのカツラが脱げてるがな)、ジムに復讐のために殴りこみにきた酋長、太のノックアウトQに破れる。この時、酋長、というか猪木の顔に「牛」がオーバーラップするのが大笑い。
 ……なんだか書いてるだけでバカな話、としか思えないが、これ、CSで全部ちゃんと放映する気だろうか。
 ちなみに、力道山の声は、塩見竜介氏がアテレコしておりました。
  

 『水戸黄門』最終回、市川崑のオープニングを見て、しげ、ウケている。見事なくらい、音楽に合ってないのだもの。
 最終回ということで、藤井紋太夫が死ぬのだが、史実と違って、なんと黄門に切られずに、切腹してしまう。黄門を殺人者にはしたくない、という配慮かもしれないが、こういうのを姑息な手というのだ。
 改めて史実を知った者には、「黄門って、本当はただの人殺しだったんだ」と逆に悪い印象を与えてしまうだけじゃん。


 WOWOW、急遽、相米慎二監督の追悼特集で『ションベンライダー』をオンエアー。
 なんだか二十年振りくらいに見たが、やっぱり全然つまらない。
 いじめっ子が誘拐されたからって、そいつを助ける主人公たちの気持ちが画面から伝わってこないのだ。
 ……アップの使い方も知らないドシロウトなのか?
 なぜ押井守はこんなクズ映画にコンプレックス抱いちゃったかなあ。謎だなあ。

 『ドリフ大爆笑』などを漫然と見ながら寝る。
 もう意識が混濁していたので、内容はあまり覚えていないが、長山洋子、伊藤智恵理、松本伊代、といったアイドルの歌、全然知ってるものがない、ということはかろうじて覚えている。
 ……「オチメアイドルの墓場」と言われてたのも納得するような。

2000年09月17日(日) クウガと絶叫としゃぶしゃぶと/『少年探偵虹北恭助の冒険』(はやみねかおる)ほか


2001年09月16日(日) オタクの輪ッ!……古い(^_^;)/『(週)少年アカツカ/おまわりさんを追いかけろ!号』(赤塚不二夫)ほか

 夕べはマジでぶっくたびれていたのだが、これ以上、日記の更新は遅らせられぬと気張って日記を書く。
 だもんで、ほぼ半徹夜。
 朝方にはもう睡魔に襲われていたのだが、今日は『パワーパフガールズ』があるのだ、『コメットさん』を見るまでは寝れぬ、寝れぬぞと気張っていたが、意識は朦朧、どの番組も断片的にしか記憶がない。
 なんか記憶違いがあったらごめんなさい。
 
 『パワパフ』、前半は『おさらい ステキな博士』、つまりは総集編。
 これまでにもガールズの活躍に焦点を当てたもの、悪役たちをフィーチャーしたものなど、総集編は何度か放送されてるが、これ、全部日本語版だけのものらしい。
 ああ、となるとDVDが発売されたとしても収録されない可能性は高いなあ(もともと小堺一機のナレーションつきになるかどうかも判らないのだが)。やっぱり全話がんばって録画しておくべきだったかなあ。
 予想通り、ダイナモが再登場。これだけのキャラがわずか1話で使い捨てってのは贅沢なアニメだよなあ。
 後半、『ワルイことはイイこと!?』、タイトル通り、プリンセスが父親の金の力で全タウンズビルシティーを買い上げて、市長におさまり、犯罪者が罪に問われない法律を作る、という話。
 うわあ、この話も何かに元ネタがあったことは確実なんだけれど全く思い出せない。魔女っ子ものとかによくありそうなんだけどなあ。
 ガールズはこの法律を逆手にとってプリンセスを懲らしめるのだけれど、このオチの着け方まで、何かにあったよなあと喉元まで出かかっていて、思い出せないのである。ああ、モドカシイ。
 どっちかと言うと「トンチもの」に近いネタだからなあ。……もしかして『一休さん』か?


 『仮面ライダーアギト』33話、もうあと20話を切ったせいか、ようやく話が転がり出す。
 アンノウンの目的は、氷川が唱えていた「超能力者たちの殺害」にないのではないかと推理する北條。見ている視聴者は、難船した「あかつき号」の乗客たちに超能力が発動したことを知っているから、北條の疑問に納得する仕掛け。
 この辺、北條をただの無能でイヤミなだけのライバルに終わらせまいとする脚本家、井上敏樹の配慮が心憎い。まあ、こいつがダメなままで終わってもそれはそれでいい役割だが。
 『あかつき号』の乗員たちを次々に殺していたのが、アンノウン・エルロードに憑依されていた真澄だということも今回判明。と同時に、エルロードが実体化して真澄は死ぬ。このあたりの畳み掛けるような展開がなかなかにドラマチックである。
 真澄役の平岩紙(スゴイ名前だ)さん、松尾スズキさんの劇団『大人計画』の女優さんなんだなあ。
 これまでヒステリックな演技ばかりだったのが、自分自身が仲間たちの殺害犯と知って苦悩するあたりの表情がなかなか好みで、ヘタ揃いの主役陣の中にあっては結構いいかも、と思っていたのだが、今回で退場。
 う〜ん、ちょっとモッタイナイ。
 ともかく展開が早まったのはありがたい。できればそろそろ再生怪人軍団を……ってのはさすがにムリか。


 『コメットさん』第25回『忘れちゃった輝き』。
 何でそこまでハマってるんだ『コメットさん』という声がどこかから聞こえてきそうだが、気にしない気にしない♪
 前回、地球へやってきたはいいけれど、いきなり二人揃って不登校になっちゃったタンバリン星国の姉弟ミラとカロン。
 ミラはコメットさんの、そしてカロンはメテオさんの(^_^;)ところにホームステイすることになったのだけれど、どうしたら二人を学校に行かせることができるか、コメットさんとメテオさんとでは、やり方が全く逆。
 メテオさんは、ともかくスパルタ、カロンを星力でさんざん痛めつける。
 「どうしたの!? だらしないわね!」
 ……って、そりゃずるいよメテオさん。
 まあ、そこがメテオさんらしくていいんだけど(^^*) 。
 実際、メテオさん目当てで見てるファンの方が絶対多いよな。
 ……最近になって気がついたんだが、このコメットさんとメテオさん、二人のライバル関係、まんま『バトルロワイヤル』の前田亜季と柴咲コウのキャラにダブってんだな……っていうか、『バトロワ』のキャラ設定自体、実は古典的なキャラ構成で出来上がっていたのだ。
 あの映画、残酷描写ばかりでなく、物語としてよくできている点をもっと評価してもいいと思う。

 それはさておき『コメットさん』。
 地球の学校に行ったことがないコメットさんは、どんなに辛いところか興味津々。ミラに変身して学校に行くけれど、やる気のない、受験偏重主義の先生の授業なんて、全然つまらない。つい、ホンネで「つまんない!」と叫んじゃったけど……。
 先週、解決できなかった問題を今週まで引いたけれど、魔法少女アニメとしては、この解決方法は正解。
 「現実の問題を魔法で解決するなんてズルイじゃないか」と文句をつけることは簡単だけれど、アニメは別に視聴者のカウンセラーではないのだ。
 不登校の問題が、現実の学校が抱えている問題の本質がどこにあるのか、それを象徴的に指摘するだけで充分である。
 この「星国姉弟編」、中盤のメインシリーズとして、スタッフも力を入れているようだ。次回がおそらく完結編、こいつは「キラッとお楽しみ」なのだな♪

 ついに我慢の限界、あとはずっと昼寝して、目覚めた時はもう夕方6時。
 都合、5、6時間は寝た計算になる。
 夜更かしは周囲が静かでありがたいんだが(私のウチは福岡空港の近くなので、昼間は騒音がウルサイのである)、昼間寝ちまうんじゃ、結局は時間のムダ遣いだ。本が数冊は読めたろうに、もったいなかったなあ。
 AIQのみなさんとの飲み会は7時半の待ち合わせ。
 時間に間に合うか、実はちょっと危なかったのであった(^_^;)。

 いつもなら天神までは自転車で出かけるのだが、どうせしげが浴びるほど飲むであろうし、ヨッパライを自転車で連れて帰る愚は、前回でつくづく懲りた。
 ……夜の町を、うひゃひゃ、がはは、いひいひひ、えしぇしぇしぇしぇしぇ、と笑う女を連れて歩いていたら、マジで警察に職質されてしまいますがな。

 というわけで、今日はおとなしくバスと地下鉄で天神へ。
 ついつい、地下鉄に乗客のファッションに目が行ってしまうが、これにはワケがある。
 昨日の山口きらら博での「オタク講座」で、岡田斗司夫さんが、前三列くらいのいかにもオタクな客を見渡して、「みんなシャツをズボンの中に入れてるね! ウン、いいんだよ、それが正しいオタクの姿だ!」とイジったのだ。
 ……確かに、見渡すと、イマドキの若者たち、みんなシャツを外に出している。私の若いころには全く見られなかった光景だ。
 と言うか、感覚が私の若いころと全く逆転しているのだ。シャツ出しなんて、「だらしない」「みっともない」って感覚しかないしなあ。
 いったい、この時代の激変はいつ起こったんだ? 私ゃ、気がついてもいなかったぞ。観察力がなかったのかなあ。
 学生さんも、うら若き乙女も、みんなシャツ出ししている。
 斉木しげるさんじゃないが、「近頃何か、革命でもあったかね?」(by『ゴム脳市場』)と言いたくなるぞ。
 ……私も昨日はしっかりシャツを入れていたのだが、なんだか今日はシャツを出してなきゃいけないような気になってしまった。ううむ、『クレヨンしんちゃん』は平気で映画館まで見に行けるのに、この程度のことで心がグラツクとは、まだまだ修業が足りないなあ。

 7時前に着いたので、福家書店を冷やかして行く。
 しげ、『フルーツバスケット』の1巻を立ち読みして、「つまり、バカな女がなぜかいい男にモテるって話か」と、ヒトコトで切り捨てる。
 昨日の「オタク講座」で、岡田斗司夫さんが「小学生に受けてる」と紹介してたので、読む気になったものか。
 「……このトシになると、こういう女って腹立つだけだけど」
 しげはそう言うが、小中学校のころの女の子ってものは、ちょうど「女のくせに」なんて言われ始める頃で、現実以上に自分を卑下して見てしまうものである。「キミはバカじゃないんだよ、素直なだけなんだよ」と庇ってもらえるマンガがあればすぐに飛びついちゃうものだろう。
 確かに、しげぐらいになると、もうちょっと捻って、“バカな女が全くもてない”『ハッピーマニア』みたいな作品じゃないと感情移入しにくいのだろうな。 けどアレだって、捻っちゃいるが、「女はバカでいい」と言ってる点では『フルバ』とたいして変わらんぞ。

 7時15分、天神大丸前で待ってみるが、どなたの姿も見えない。
 念のためにと、携帯でエロの冒険者さんに連絡を入れてみると、真正面のバス停に既に集まっていらっしゃったのだった。
 地下鉄工事が間であっていたので、気がつかなかったのである。
 タクシーに分乗して、清水四つ角の「赤鳥」という居酒屋へ。エロさん、ぴんでんさん、しおやさんの行き付けの店らしく、お酒が「脂身三兄弟」の名でキープしてある。\(^▽^@)ノ
 でもぴんでんさん、退院してすっかり痩せられているのだが。
 毎度毎度、酒が飲めない私にとっては新鮮なところばかりで楽しい。

 今日のメンツは、エロさん、いちろうさん、ZUBATさん、遅れて、ぴんでんさん、しおやさん。
 いきなり、エロさんから「今度のオタアミ、スタッフとして参加してほしいんですけど」と頼まれ、しげともども、思わず二つ返事で引き受ける。
 けれど、正式スタッフになるということは、しげと私の二人分のチケット代がAIQに入らなくなるということでもあるのだ。「チケット代も払いますよ」と言ったのだが、固辞されてしまった。
 やれやれ、こうなると出来るだけこちらのほうでも販促しないとなあ。でも翌日がコミケってのがネックなんだよなあ。ウチの劇団の連中、殆どコミケの準備で、前日にオタアミ見てる余裕なんて、まずないのである。
 修羅場じゃ修羅場じゃ。

 とりあえず乾杯。突出しのつくねが美味い。
 初めはエロさんが『オトナ帝国の興亡』の同人誌を回覧したり、11月の「オタアミ」のチケットの説明などして、穏やかに駄弁っていたのだが、例によって例のごとく、気がついたら話は縦横無尽、ネバーエンディングなオタク・バトルロイヤルへ。

 しげとZUBATさんは、予想通り『パールハーバー』話で盛りあがる。
 私が「やっぱりアレは見たほうがいいんですかねえ」と言うと、「ZUBATさん、「始まって1時間20分経って入るといいですよ」とアドバイスを戴く。
 ホントにいいのかなあ、それで(^_^;)。
 しげが反発して、「ええ〜っ? ダンが出ない3時間があるから、ダンの5分がステキなのに」とムチャクチャなことを言う。途端にZUBATさんが「却下!」
 私としげの会話も、よく「漫才みたい」と言われるが、それは単にしげが全ての人間に対して「ボケ」たりうるからであって、誰でもしげに「ツッコミ」入れることは可能なのである。

 ぴんでんさんとZUBATさんのバトルの楽しさも相変わらず。
 『仮面ライダーZO』だの『J』だの『タオの月』だの『人造人間ハカイダー』だの、クズ映画ばかり取り上げて誉めたり貶したり。
 というか、ぴんでんさんがただひたすら、誰が見てもクズなこれらの映画群を誉めまくるものだから、聞いてる我々は感心するばかり。
 昨日、唐沢俊一さんが「『千と千尋の神隠し』を誉めることなんて誰にでも出来る。オタクがそんなことをしていては、スキルが低いとしか言えない。真のオタクならば、『ガンダム』や『エヴァンゲリオン』の上に『ガオガイガー』を置くくらいでなければならない」と煽ってたからなあ。
 ぴんでんさん、唐沢さんのアジテーションに乗せられて、すっかり気をよくしていらっしゃったようだ。
 もちろん、好きなものを好きだというのに誰憚る必要はないのだ。
 「『ハカイダー』には宝生舞が出ている、これで全てを赦す!」と言い切るぴんでんさんの態度には「勇士」という言葉が相応しい。
 反作用的に、ZUBATさんがぴんでんさんの「ダークサイド」にされてしまったのはお気の毒であったが。

 ぴんでんさんには、新作『009』の情報も色々教えてもらった。
 声優さんが新人ばかりだとか、来月放送なのにまだ○話までしか出来てないとか、キャラデザインの紺野直幸さん、コアなファンが(つーか、鳥さん)が、「1巻のころのデザインじゃないと認めん!」と騒いでいるのを聞いて落ちこんでるとか(^_^;)。
 自他ともに認める石ノ森ファンのぴんでんさん、「『009』の移民編のオリジナル版、手に入れるまで7冊も買っちゃいました」とサラリと仰っている。若い世代の方には、そういう苦労もあるのだなあ。

 エロさん、最近チャンネルNECOの「東宝」「新東宝」「日活」の映画にハマっていて、その魅力をトウトウと語る。
 『大盗賊』と『カリ城』の類似性や、『大阪城物語』の地平線を埋め尽くす軍勢を映像にした当時の映画界の底力などなど。
 私も「戦後東映時代劇全てクズ論」をぶち上げたりはするが、戦前からの時代劇ファンには別に目新しくもない説であり、はっきり言えばウケウリである。オリジナリティのある意見とは言えない。
 エロさんはきちんと映画を見て、自分のコトバで喋っているのだ。半可通な知識だけでモノを言っている自分が恥ずかしくなってくる。

 まあほかにも柴門ふみや、いしかわじゅんの悪口なんかでしおやさんと盛り上がったりもしたのだが、キリがないのでこのへんで。

 ただ、もう一つ、これはどなたのことかは、一応匿名にしておこうと思うのだが、話がちょっと脱線しちゃって、オタクのオナニー話が始まった時の逸話(^o^)。
 「だいたいよう、30過ぎてよう、オタクがオ○ニーの一つもしてないわけないじゃんかよう」
 「じゃあ、今もウチでしてるんですか?」
 「してるに決まってるじゃんかよう」
 「してる最中に家族の方が来たらどうするんですか?」
 「バーカ、バーカ、ドア開けっぱなしでやってるわけないだろう、鍵しめてやってんだよう」
 「じゃあ、親御さんが、ドア、トントンってノックして、『○○○、どうしたの?』って聞いて来たら、どうするんです?」
 「途中でやめるよ」
 「やめるって、……できるんですか?」
 「そりゃ、ちょっと仕舞って」
 
 ……仕舞って、後で再開するのだろうか(^_^;)。
 そこまで突っ込んで聞いてみたかったが、笑いすぎて、その先は聞けないのであった。
 でも、あれだよなあ、あの○○さんの、あの豪邸の、あの大画面で美少女アニメ(とも限らないだろうが)上映してナニするってえのも、大迫力だろうなあ。
 音声ボリューム、最大にしてたりして。

 関係ないが、「オナ○ー」という言葉、ほかにも数限りない呼び方があるにもかかわらず、なぜかオタクは「○ナニー」に固執しているような気がする。
 「せ○ずり」も「マ○かき」も「五○組」もめったなことでは使わない。
 ひたすら「オナニ○」である。オタクの心をくすぐるような語感がここにはあるのであろうか。


 名残は惜しいが、11時に散会。
 しげは、いつの間にかカルピスサワーだのなんだのを5、6杯は空けていて、やっぱり二日続けて酔っ払い。
 タクシーを呼んで帰るが、ウチに着いても私がトイレに入ろうとすると、「うひひひひ、トイレだって、トイレ〜」と絡まれる。
 だから、その、笑いながら絡んでくるなってば、怖いんだよ、気がフレタかと思って。


 マンガ、赤塚不二夫『(週)少年アカツカ/ナンにも考えずに笑いたい時には…おまわりさんを追いかけろ!号』(小学館・300円)。
 週刊と言ってるくせに2週間に1回しか出ない『少年アカツカ』の第3号。
 ニャロメ、バカボンのパパに続いてフィーチャーされるのが、「本官さん」こと、「目ン玉つながりのおまわりさん」もしくは「日本一ピストルのタマを使うおまわりさん」。
 ……のわりに、彼の本名が「白塚フチヲ」であることが明かされたり、実は彼が「私設警官」であるという設定を紹介したエピソードが収録されていない。
 かと言って、それらが「面白い」かと言われるとそうでもないので、まあ、赤塚作品の代表作にはたいてい出演しているということが一望できるだけでも価値はあるかな。
 第一、そんな裏設定、作者自身が忘れてるに決まってる(^○^) 。

 今回の収録マンガは、『もーれつア太郎』『天才バカボン』『天才バカボンのおやじ』『ギャグゲリラ』『レッツラゴン』『おそ松くん』の6本立て。
 このうち、『おやじ』と『おそ松』に本官さんは登場していない。
 初期の『ア太郎』のころは、本官さんも後期ほどには狂気に走ってはいない。 ピストルこそ撃ちまくってはいるものの、ごくマットウなおまわりさんで、ニャロメに制服とピストルを盗まれるあたり、随分お人好しだったりもする。
 このキャラクター、当時「警官をバカにしている」という事でクレームがついたらしいが、それがかえって本官さんをどんどんヘンなキャラクターに変えさせていった原因ではなかったのか。
 スケベで金の亡者で、どうやら露出狂でホモでもあるようだ。……ここまで開き直られると、警察も「この作者にゃ何を言ってもムダだ」ってことになったんじゃないかな。
 ラストの『おそ松くん/脱獄はふたりで』は、まんま、映画『手錠のままの脱獄』のパクリ。前々回の『約束』といい、過去の「名作」に倣うことに余り目くじらを立てられずにすんでいた時代だったんだなあ。

2000年09月16日(土) 電波とスケルトンと二人乗りと/アニメ『バットマン マスク・オブ・ファンタズム』


2001年09月15日(土) オタクなばーすでぃ/映画?『スペースカッタ2001』in「山口きらら博」ほか

 9月15日、敬老の日&しげの誕生日である。
 「トシヨリは大切にしなくっちゃね」と言ってしげをからかえるのも、今年までなのかな。来年からはその週の月曜日に移動するかもしれないって話だし。

 誕生日のイベントということで、しげと「山口きらら博」に行くことにしているので、朝もはよから6時の起床。
 お目当てのオタクアミーゴス番外公演、「きららにオタク講座」は夕方4時からなのだが、それまでにもあちこちの展事物など見ようよと、しげを説得したのだ。
 だが、予想通り、しげは寝不足、機嫌がはなはだよろしくない。
 「新婚旅行が『広島アニメーションフェスティバル』で、誕生日が『オタクアミーゴス』?」
 なんてイヤミたらたら。
 オタクの妻がそういう文句をつけるなよ(-_-;)。
 でもしげは、そういうのが本気でイヤというわけではない。実際、しげ自身オタクなんだし、そういうイベントに行けば行ったで、私以上に楽しんでやがるし。
 要するにしげは、自分以外のことに私が目を向けるのがジェラしいんだよね。
 ……じゃあ、私は、そういうイベントでも楽しくなさそうにしてなきゃならんのかい。

 窓の外を見上げると、なんとなく空模様が怪しい。
 しげがプンスカしながら、
 「ウソつき、天気予報昼から雨だってよ」
 「ウソなんかついてね〜や、昼から晴れって昨日の天気予報で言ってたんだから」
 昨日から今日にかけて、天気予報にも変化があったのだろう、そんなことまで私のせいにされちゃかなわね〜って。
 実際、昼どきにはきれいに冴え渡った秋空に、気持ちよい風が吹いていたのだから、ホントに気象庁は当てにならない。
 

 博多駅で駅弁を買って、新幹線の中で二人で分けて食べる。
 もちろん、肉はしげ担当で野菜がしげ担当である。
 小郡までは50分程度なので、食事して駄弁ってたら、もう着いた。……しまった、新幹線の中でちょっと寝て、体を休める計画がいきなり狂った。今日はペース配分を考えないと大変そうだなあ。

 小郡駅からきらら博直通の送迎バスが10分置きに出ている。往復700円は距離のわりには割高。しかも途中道路が渋滞して、15分で着くというのが40分かかる。
 おかげで会場の9時半をちょっと過ぎてしまった。

 会場前は人だかりで入場ゲートがどこかすらよく解らない。
 地方博はジリ貧って言ってるわりには、このきらら博は結構客入ってるらしいし、山口県はホクホクであろう。
 でも入口の人だかりを見て、しげ、途端に機嫌が悪くなる。
 ともかく、一定以上に人が集まるところはイヤと言うむちゃくちゃワガママなやつなので、最初は「観覧車あるかなあ」なんて言ってワクワクしてたのが、一転して苦虫噛み潰して飲み込んでオエッと言って吐き出したような顔になっていた。
 ああ、こういう時のしげはヤバい。

 とりあえず会場の「やまぐちホール」ってのを探しに行ってみる。
 ……「ホール」?
 よくもまあ、そんな適当な名前を付けたもんだ。
 客席は吹き抜け、ステージの壁はベニヤ板を貼り付けただけのようなペラペラな、いかにも仮設って感じのところに持ってきて、屋根のまわりを覆ってるアレは……葦簾?
 通気をよくしようというアイデアのつもりかもしれないが、ちょっと強い雨でも降ってきたらどうするつもりだ。
 しかも客席は背もたれもないただの長いすを並べてるだけ。
 こんなのは「Hall」とは言わない。「Hole」(穴)だ。
 スタッフが今回のゲストに対してどんな扱い方をしてるかがよく解る。
 言っちゃなんだが、去年までのAIQの会場も相当ひどかったが(AIQのみなさん、ゴメンナサイ。でも事実です)、その上を遥かに飛び越えて月面着陸までしそうだぞ。
 集まってくる連中も、いかにも穴に群れ集うような汚らしいオタクばかり……って、これは私もそうなので人のことは言えんが。
 ああ、これはしげは怒る。きっと怒るぞ。

 心配していた通り、10:00から始まった、開田裕治・増尾隆幸両氏による特撮トークショー『怪獣元気伝説』を見ている最中に、しげ、「気分が悪くなった。帰る」と言い出す。
 せっかく来たんだから、となだめるが、マジで顔色が悪い。目の下にクマがくっきりである。
 仕方なく、トークの最中で、席を立つ。
 しげのためにヒトコト弁護しておくが、しげはバカだが、礼儀知らずなやつではない(バカなせいで結果的に失礼なことをすることはしょっちゅうだが)。
 体調がもともと悪かったところに持ってきて、東宝特撮映画の予告編上映(これも、白黒版なんぞは光が当たって画面が全く分らないヒドイもの)中、前列のいかにもオタクどもが意味もなく笑うので(なぜ『地球防衛軍』とか『妖星ゴラス』とタイトルが出るだけで笑うのだ。それでオタクのつもりか)、「本当に」気分が悪くなっているのである。
 トークされている開田さんには悪いが、しげをつれて空気のいいところに移動。

 砂浜を歩き、観覧車に乗ると、しげの機嫌、途端によくなる。
 パビリオンの類はどこも混んでいるので寄らず。
 観覧車に乗る前に、「記念写真はどうですか?」と係員に請われるままにツーショットを写してもらったのだが、こういう時、しげは決して笑おうとしない。
 「私の笑顔って変なんだもん」
 「ったって、笑わないからニヒルに見えるわけでもあるまいし」
 「……いいじゃん、ニヒル好きなんだから」
 ……ニヒルなつもりだったのか。
 断言するが、しげの仏頂面を見てそれを「ニヒル」なんて好意的に解釈してくれる人間は百億人に一人もいまい。
 どうせアホ面なんだから、せめて愛嬌くらい見せればいいのに。
 観覧車を降りると、記念写真、「1000円です」と言われる。
 ボリゃあがってこんガキャ、と内心思うが、カメラの類を一切持って来ていないし、せっかくしげの誕生日なんだから、と買うことに。
 出来あがった写真、やっぱりしげはいかにもつまんなそうな顔で他人行儀、日頃私にベタベタくっついてくるような気配がカケラもない。こういう写真を見たら、絶対この夫婦、不仲で離婚寸前なんて勘違いしちゃうんだろうなあ。


 開田裕治さんの原画展があるというので探してみるのだがなかなか見つからない。ギャラリーの近所をぐるぐる回って、ようやくプレハブのようなスタッフルームの一角に、ちんまりと展示してあるのを見つけた。
 スペースは四畳半ほどもない、向こうじゃ事務所みたいなところでスタッフがウロウロ。とても原画を鑑賞する雰囲気ではない。普通、こういう原画展になら置いてあるはずの案内のチラシだってないのだ。
 ……こりゃ複製原画の即売会よりヒドイぞ。
 ホールの件もそうだったが、あとで開田あやさんの日記などを見たところ、スタッフが展示会場を確保するのを忘れ、更には信じられないことに原画の扱い方も全く知らなかったそうである。
 それで当日の案内のチラシにも、展示会場のことが書かれていなかったのか。
 山口県人、バカの集団か。


 やまぐちホールのところまで戻ってくると、AIQのみなさんとオタクアミーゴスのお三方がお話されている。
 ご挨拶に行くが、アミーゴスのお三方とはお会いしたことは一度しかないし、馴れ馴れしくするのもなんだよなあと会釈のみ。多分、私がだれだかもわからなかったであろう。
 眠田さんには同人誌のこともあり、お礼を申し上げたかったが、それはオタアミ公演の時に持ち越そう。
 生で初めてソルボンヌK子さんのご尊顔を拝したが、冗談じゃないって言いたいくらいの美人。なんかもう、これだけで山口くんだりまで来た甲斐があったような。

 ちょうどそのとき、山口名物かぼちゃのソフトクリームというのを食べていたので、「またいきなりそんなものを」とAIQの方々にからかわれる。
 名物は貶すために食うもんだと思っているが、意外にこれが美味かったのだ。でも土産に持っては帰れないのがネック。
 これが山口で取ったほぼ唯一の食事だったな(あとでしげとタコ焼きと焼きそばを分けて食ったが、もちろん美味いようなものではない)。

 しおやさんから「『スペースカッタ2001』はご覧になりましたか?」と聞かれるが、まだであると答える。
 アミーゴスのみなさんは、そそくさと見に行かれていたし、私も話のタネに見てみたいと思っちゃいたのだが(出来について期待はしていない。自治体主導のプロパガンダ映画にいいものがあるわきゃないのだ)、しげがともかく「つまんないモノを見なきゃならんのか」とブータレていたので、入り損ねていたのだ。
 夕方のオタアミ公演で触れることは間違いないし、見てみたいんだけどなあ。


 公演まではまだ間があるので、その場を辞去して、また会場をぐるぐる回る。
 小高い芝生の上で横になっていると、眠くなってくる。
 しげは、昼からの影山ヒロノブのコンサートもここで聞ければいいという。
 確かに涼しいし、のんびりは出来るが、パビリオンの一つも見ないで帰るってんじゃさすがにつまらないなあという気がしてくる。
 そういう雰囲気を察してか、しげがようやく「『カッタ君』……見てもいいよ」と言い出す。
 どうせ私が「ああ、『カッタ君』見られなかった、見られなかった」とあとでブチブチ文句を言うだろうと見越して、節を折ったのであろうが、別にそんなことするつもりはないんだけどなあ。
 ともかく、しげの元気もようやく治ってきたようだし(眼の下のクマも消えた)、『スペースカッタ2001』を見に、宇部市館に向かう。


 宇部市館、まあまあの人気のようで、30分ほど待たされて入場。
 最初は舞台にではなく、「宇部市の歴史」なんかをパネル展示している部屋に通される。
 地方の歴史を見るのは好きなほうなのだが、本当に歴史のない街らしく、古地図がちょっと紹介されているだけ。
 どこの歴史資料館でもそうだが、モノを展示するだけで、歴史をどう面白く見せるかってことに腐心していないのは営業努力が足りないと思う。
 どうせなら、宇部がこれまでに(そして今も)どれだけ公害を垂れ流してきたかってこと、微に入り細に入り展示してみせりゃ、感心したのになあ。
 宇部市のキャラクターでもある「カッタ君」ってのがなにかと言うと、どこぞの池で飼ってるペリカンのことなのである。セメントと公害のイメージの強い宇部って所を「自然の街」として認識してもらおうって魂胆なんだろうが、まあ、ムリな話だ。
 ペリカンがなぜ「ペリ公」とか「ペンペン」でなく「カッタ君」なのかはよく知らない。多分「かった○」でも患っているのであろう。
 で、ようやく入れた『スペースカッタ』、出来はどうだったかと言うと、まあ予想通りなのであった。

 内容はCG特撮と着ぐるみショーを合わせたチープなもの。
 宇宙の帝王だかなんだか知らないが、地球を汚染するタネを植えつけようと飛来してくるのを、カッタ君と、かぐや姫、花さかじいさん、一休さんが合体して倒すというしょーもない話なのだが、いちいちそのキャラクターに意味付けがされてるのがバカバカしい。
 つまり、カッタ君は「市民」の代表、かぐや姫は「行政」、花さかじいさんは「産業者」、一休さんが「学者」の象徴だそうな。
 で、宇宙の帝王が公害だとすると(このデザインがいかにも汚水で変異した魚っぽい)、「これまで環境を汚染しまくってきた歴史を、みんなでよってたかってなかったものにする」話ってことになるわけだね。
 帝王を倒したあとのカッタ君のセリフがまた、「ボクたちはみんなの心の中にいるのです!」だとさ。そりゃいるだろう、過去の傷をなかったものにしたいのは人間共通の願望だものな。
 ……誰だ、脚本書いたの。全く、いい根性しとるわ、宇部市。
 かぐや姫だけ西村知美が地顔で演じているのだが、宇部市出身ということでの起用らしいが、ほかにいないのか、宇部のタレント。
 どうせなら同じく宇部出身の庵野秀明に監督させりゃ(『スペースカッタ』の監督は川北紘一)、ラストはもう少しマシなものに……なるわけないか(^_^;)。

 ちょうど同じ回を岡田斗司夫さんがご覧になっていた。
 直後の何とも言えない微笑が印象深い(^^*)。

 やまぐちホールでは、まだ影山ヒロノブ&遠藤正明によるアニソンライブショー「アコギな二人旅だぜinきらら」ってのをやってるが、出来るだけ空気のいい場所に座ろうと思って、早めに行くと、会場脇の休憩所で、AIQの方々とお会いする。
 しげの誕生日をみなさんに拍手してもらって、しげ、照れる照れる。
 しばらく談笑して、会場へ。
 ぴんでんさんが、午前中、開田さんのトークを途中で退席した話を聞いて、「私なら、自分だけ残りますが」と仰って感心されていたが、別に私が特別に女房思いというわけではない。
 ほかの日なら私もそうするが(笑)、今日はしげの誕生祝できらら博に来たのだから、しげの意志を優先しただけのことだ。


 さて、本日のメインイベント、「きららにオタク講座」、岡田斗司夫・唐沢 俊一・眠田直、「オタクアミーゴス」でおなじみの御三方によるトークショー。
 残念ながら内容については「ホームページ」等には書かないように、ということなので、書けない。でも、唐沢俊一さんの日記や開田あやさんの日記には、経緯が裏事情も含めて詳しく載っているので、そちらをご参照のほどを。
 しかし2時間トークのみのぶっ通しの喋り、ご不満もいろいろあったろうに、ショーを盛り上げようというみなさんのプロ根性はさすがである。


 体力も使い果たしつつあるので、公演終了後AIQのみなさんへの挨拶もそこそこに、再び慌しく新幹線に乗り込んで博多へ。
 7時半過ぎに博多に着き、待ち合わせしていた父と姉と中華料理。
 しげ、浴びるように酒を飲む。空腹だったせいか、あっという間に酒が回ってしげフラフラ。
 バスで帰る予定をタクシーに切り換えて帰宅。
 しげはいつもの笑い上戸で、うひひ、けらけらと笑いながら寝る。
 ……疲れるやつだ(-_-;)。
 まあ、楽しんではもらえたようだし、一応、誕生祝としては無難な線で落ちついたのではないか(でもないか)。


 マンガ、富沢ひとし『エイリアン9』1巻(秋田書店・540円……でも「BOOK・OFF」で買ったんで300円)。
 アニメDVDがなかなかの出来だったので、単行本も探してみた。
 ヤングチャンピオンコミックスだったんだなあ、これ。道理で巷で見かけない(^.^;)。
 初版が2年前の3月。そう時間が経っているわけでもないのに、『ミルククローゼット』とは絵柄が相当に違う。
 っーか、驚いたのは、現在の絵よりも、遥かにデッサンがしっかりしていることだ。目の外輪線も歪んでいないし、口も鼻梁と顎を結んだ線上にある。今の絵と比較すると、随分と落ちついた印象の、可愛らしい絵だ。描線自体を美しく丁寧に描こう、そう考えていると思しい律儀さすら見える。……最初の1、2話くらいまでは。
 ところが、2話の後半くらいから、『ミルク』のあの「歪み」が頻繁に現れてくる。線そのものが歪み、目と口は顔の両極離れてどんどんヒラメ顔になっていく。と同時に、エイリアンを殺す描写もどんどん残酷度を増していくのである。

 友人から「このマンガ、お前さんの好みじゃないか」と言われたことがあるが、確かにアニメイトされた揺らぎのない絵柄の方は好きだと言えなくもない。けれど、マンガの方の「痛み」を連想させる絵は、作者の意図は理解できるものの、好きだと積極的には言い難い。
 ……『ミルク』もそうだけど、どうしてこう、この作者は女の子が眉間にシワを寄せて怯える絵ばかり描くかな。勝手な想像だが、この人、エロマンガを相当描いてきているのではないか。それも少女強姦ものとか。
 もしかしたら作者は、その「怯え」の表情を通して、「少女の心の暗部」をマンガに表そうとしているのかもしれないが、ただ単に、女の子を苛めるのが好きなだけじゃないかって気もしてくる。

 次々と学校に飛来してくるエイリアンを倒していく「エイリアン対策係」。
 オトナがどうしてそんな危険な係を学級委員の一環みたいな形で小学生にやらせているのかとか、どうして恐怖心の塊のような大谷ゆりにその御鉢が回ってきたのかとか、対策係の久川先生本人がエイリアンっぽいのはなぜかとか、語られていない謎はいくらでもあるのだが、残念なことに、それが物語を牽引するマクガフィンになり得ていない。
 どうとでも説明が付けられる適当な謎なんて、ただの「思わせぶり」にしかならないんだけどなあ。

2000年09月15日(金) ネパールとサウスパークとおだてブタと/『ブタもおだてりゃ木にのぼる』(笹川ひろし)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)