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2004年11月20日(土)
  声のmagic <画像あり>

 高校の後輩・御明さんと、横浜能楽堂の企画公演を観に行きました。東横線が横浜止まりになってから桜木町まで行くのは初めて(ちょっと腑に落ちない)。
 公演のタイトルは「無伴奏・声の饗宴」。タイ・韓国・日本の「声」の古典芸能が一同に会する公演なのですが、メインは、第一部と第二部に跨って行われる、日本の「声明」。私たちは第一部を観に行ったんですが、他の演目(タイ・韓国、それに日本の小唄と連吟)が全部合わせて1時間程度だったのに、第一部の分の声明だけで2時間弱。まるで他が前座の扱いです。事実、私たちも声明が観たくて行ったのですが・・・。

 さて「声明」。今回は高野山声明の会による「大曼荼羅供」の公演でした。声明というのは、一言で言えば「仏教の伝統的儀式声楽」だそうで(パンフより)。

 タイ・韓国、小唄・連吟の公演も素晴らしいものでした。マイクなんか無しで響き渡る肉声。韓国の宮中歌曲を歌った女性の声なんか、本当に素敵で、何歌ってんのかなんて全く判らないけれど、音だけでほれぼれするものでした。連吟には立ち上がるのに軽くヘルプがいるようなお爺さん(人間国宝)が物凄い朗々とした声を響かせたり。人間の声ってすごいなー、と本当に思えます。

 そして10分の休憩を挟み、声明。会場の照明が落ちたと思ったら、何もなかった舞台上に幕口から赤い毛氈を持った僧侶4名が出てきて、これから行われる「法会」の「道場」作りを始めました。「・・・休憩中にやったんじゃ駄目だったのか?」なんて思ったんですが、いやいやこれがどうして、僧侶の動きが恐ろしく洗練されてるんですよ。ひとつの道具を持ってきて、それを設え終わるたびに奥へ引っ込み、と大層効率の悪いやり方で法具を並べたりしているんですが、そこは効率の善し悪しなんかじゃなく、様式美が全て。共に出てきた2人の僧侶の動きがぴたりと合うように。そして角を曲がる時は直角。これも含めての公演か! ってカンジです。
 最後に蝋燭に火を灯し、それと共に会場照明も少し明るくなりました。準備の僧侶が幕口から奥へ引っ込むと、いよいよです。

 鐃か何か(銅鑼系)の音が鳴り響く中、僧剛襟に七条袈裟(金襴且つ横皮・華鬘結びの修多羅付き)の坊さんズがずらずらと! その数総勢16名(多分)! こんな多くの七条袈裟を一度に見たのは初めてです。どひゃー! そして鬱多羅僧(七条袈裟のこと)×16が橋懸りの左右に並んだところで、緋色の衣の導師様(大阿闍梨)が登場。後ろからは大傘が差し掛けられます。妙鉢(シンバルみたいの)、法螺貝、そして讃(声明)。ここでは一人の僧侶が歌うのですが、その声の素晴らしいこと。サイレンのような「ウゥウーーー」という大音声で始まったと思ったら、音が「アーーー」とかに変化し、最後は「オーー・・・」とも「ウーー・・・」ともつかない綺麗な高音(女性もびっくり)で聴かせてくれます。凄い声。この「庭讃(ていさん)」が済んだところで導師様入場。続いて16名の職衆(しきしゅ)も一列に並んで入場。道場に入る前から坊さんワールド大爆発。隣の御明さんの血圧が心配ですが、私は私で法衣に釘付け。だって寺に行ったって、こんな立派な法衣着た坊さんはそうそうお目にかかれないッスよ。

 導師様を中心に、その左右にはオレンジ×緑の袈裟の職衆、背後にはオレンジの袈裟の職衆が座し、「反音(へんのん)」が始まります。「表白(ひょうはく)」「仏名(ぶつみょう)」「教化(きょうけ)」と大曼荼羅供は続いていきますが、何処で区切られるのかは観ていても微妙に判らず。散華ウラオモテ(戦利品)唯一判別出来るのが、オレンジ×緑が立ち上がり、蓮の花弁を象った紙片(写真参照)を撒くという作法が伴う「散華(さんげ)」。この紙片は能楽堂に入る時、パンフ配りの隣にお坊さんが立っていて、1人1枚下さいました。でも「散華」では撒き放題。一度に撒く量が結構凄いです。一体何枚ほど用意するものなのか訊いてみたい。
 続く「対揚(たいよう)」からは、多分「声明」としてかなり盛り上がる部分。「唱礼(しょうれい)」「勧請(かんじょう)」「五大願(ごだいがん)」と続き、第一部は終了。そして散華の紙片を拾いに走る我等。拾いに拾ったり11枚。最初に頂いたのと合わせて計12枚。それをどうする気だ自分。
 目眩く真言宗ワールド。絢爛豪華な法衣だけでも十二分に楽しめました。いえ、声明以外の公演も含め、小唄と連吟以外はさっぱり何言ってるのか判らないのですが、それでも、こう、引き込まれるものがあるんです。声明以外は特に宗教音楽という訳じゃないんですが、いやいや、声には「チカラ」があります。文化人類学では「文化を共有しない者には呪術は通じない」みたいなことを言います。実際そうなんでしょう。そして恐らく、言葉が通じなければ呪文の効果も本来はないんだと思います。でも声の持つ雰囲気ってありますよね。ああいう声には、言語を超越したチカラがある気がします。

 会場を後にし、すぐ傍の伊勢山皇大神宮と成田山横浜別院へ参拝。それから桜木町から京浜東北線で鶴見へ向かい、総持寺へ。着いた感想。「有り得ないくらいデカイ」。うっかり山門からではなく裏の方から入ってしまったんですが、宿泊施設や多目的ホールなんかを備えた三松閣に大祖堂、仏殿、そして敷地(ここは曲がりなりにも鶴見駅前)、全てがデカイの。三松閣の屋根なんか、まるで武道館(笑)。大名刹とはよく言ったものです。
 そして坊主を見かけるたびに顔が恋する乙女になる御明さん。見てて面白いです。
 ここでも御朱印を頂きましたが、すぐ前の売店(数珠とか線香とか教本とかに加え、瓦煎餅とかも売ってた)で待つように言われ、しばらくしてから若い僧侶が朱印帳をお盆に乗せて持ってきて下さいました。その若い僧侶に
「集めてらっしゃるんですか? 渋いですね
とか言われた私たちってどうですか? 渋いですかそうですか。

 声明、大変良いものを観させて頂きました。出来ることなら一部二部通しで観たかったですが、如何せん料金が(二部セットで7,000円て)。いつか本物の堂内で繰り広げられる声明を観てみたいです。

伊勢山皇大神宮総持寺仏殿(デカイのよ)
左が伊勢山皇大神宮、右が総持寺仏殿。
やっぱり写真じゃ大きさ伝わらないなぁ。<仏殿



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・過去の「今日」。

2003年11月20日(木) 自傷
2001年11月20日(火) 天才は生まれつくもの。

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