無責任賛歌
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2005年07月30日(土) |
星に花火/『新吼えろペン』2巻(島本和彦) |
『ウルトラマンマックス』第五話「出現、怪獣島!」(装甲怪獣レッドキング/両棲怪獣サラマドン/飛膜怪獣パラグラー/電脳珍獣ピグモン登場)。 なつかしの初代『ウルトラマン』「怪獣無法地帯」のリメイク。前作からはレッドキングとピグモンが継承されての登場で、怪獣ファンとしては喜びたいところだけれど、物語自体はまるで高揚感を得られない。 まず、いきなり出現した謎の島に、DASHよりも先にトレジャーハンターたちが侵入してるという設定がヘンだけれども、またこいつらが定番過ぎるくらいにDASHの妨害をしまくるのが、ドラマ展開上ある程度は必要とは言え、説得力に欠けている。ものすごい犯罪を犯そうとしてるんだから、そこまでの行動に出るからにはよっぽど切実な理由とか緊急事態とかがなきゃなんないはずだし、何らかの心の葛藤だって描いてしかるべきなんだが、脚本はそんな緊張感を少しも描き出そうとしないのだ。いくらなんでもダッシュバードをぶち壊すのは笑いの種でしかない。そんな、駐車場荒らしじゃあるまいし、戦闘機のコックピットを簡単に壊させていいものか(カイトたちは開けっ放しで出てったのかよ)。 昔は、子供だましでない脚本を志す人は、こういうところでも手抜きはしなかったものだ。こんなテイタラクなら、たとえ印象が暗かろうと前シリーズの方がよっぽどマシである。蛍雪次郎さんにインディ・ジョーンズの格好をさせるのもどうかと思う。 怪獣の分類名が「どくろ怪獣→装甲怪獣」(レッドキング)、「友好珍獣→電脳珍獣」(ピグモン)と変わっちゃったことも気に入らない。着ぐるみの出来が40年前のものよりなんかチャチになっちゃってるのはどうしたものかね。 貶しどころ満載だけれども、強いてよかった点を挙げれば、「怪獣島が移動し、日本に迫ってくる」という設定が、これまたなつかしの一峰大二作のコミック版『ウルトラマン』を踏襲していたことである。まあ、何で島が動くんだって説明、まさかコミックのまんま「島がホンダワラで出来ている」なんてことにはしないと思うけれども、今のところ前編の段階では何の説明もない。もしかしたら後編でも何も説明しないつもりじゃないかという不安があるんだが、そこまで脚本家がアホだったら、円谷はもう脚本のチェック機能がゼロどころかマイナスになっていると判断するしかなくなるなあ。
アメリカ航空宇宙局(NASA)が、昨29日に、太陽系の最遠部に冥王星よりも1.5倍大型な「第10番惑星」を発見したと発表。 これまた“第10番惑星と認定されたなら”、教科書を書き替えなきゃなんない大事態だけれども、発見された場所が例の小天体が群集している「カイパーベルト」の中だし、これまでに発見されてきた第十番惑星候補を押しのけてまでわざわざ認定しなきゃならないものかどうか、今の段階での発表はちょっと早計じゃないかと思える。周知のごとく、冥王星ですらその大きさから(月より小さい)惑星と認めるべきではないという意見も多いのだから。 まあオタク的には惑星の新名称はいったいどうなるのかとか気にはなる。神様の名前、殆ど使い果たしてるからなあ。言っちゃなんだが、小惑星や衛星にポコポコ付けすぎたのだ。せめてジュノー(ヘラ)くらいは取って置けばよかったのに。けれどその昔、世紀の大誤報であった「第一番惑星」(もちろん水星の内側にあるという意味)にいったんは付けられた「バルカン」はまずないところだろう。太陽から遠すぎるのに火の神はちょっとね。あと考えられる手は、今後も惑星が発見されることを想定して、冥王星1、冥王星2と番号を付けてく方法が残ってるけど、何だかこのまま「2003UB313」という名称のまま、定着しちゃうような気もする。こうなるともう味気ないっつーか、どうでもいい気になってくるよなあ。 惑星認定もまだである現段階では、はしゃぎ過ぎるのも早計だと分かっちゃいるんだが、つい、『セーラームーン』は新作が作られるのかとか、しょーもないことで騒ぎたくなるのは、オタクの性(さが)というよりは、我々の世代がかつて宇宙に限りないロマンを求めてきたロケットボーイズであるからだろう。「無限に広がる大宇宙」とか「Space is the Final Frontier」なんて言葉にたいしたときめきも感じない若い世代にとっては、今回の大発見も「へえ」で終わっちゃうんだろうなあ。そっちのほうがずっと寂しい。
夜、P.P.Produce次回公演のための第一回打ち合わせ……のはずが、出席者が少ないので急遽花火大会に(笑)。参加者は、鴉丸嬢、其ノ他君、しげ、私と、去年も花火で遊んだぞのメンバー。 だいたいうちの劇団、役者希望者がただの一人もいないというとんでもない劇団なので、「裏方手伝いならするよ」というメンバーが集まったって、現段階では打ち合わせにも何にもならないのである。とりあえず台本のシノプシスだけは二人に渡したけど、具体的な検討はもちっとあとになりそう。 最初、去年も花火をした岳城まで登っていったのだが、どういうわけだか、11時も回った深夜だというのにやたら車が停まっている。もちろん、我々同様花火をしに来てるわけでは全然ない。だってどの車も上下に揺れてんだもん(呆)。 いたたまれないので、目的地を変更、志賀島を目指す。途中、海の中道は何キロにも渡ってずっと右も左も海岸だから、どんなに人が来てたとしても、どこかに必ず花火の出来る場所はあるだろうという目算である。そう思って車を走らせたところ、確かに適当な場所は見つけたのだが、そこに至るまで走りに走った。 いやもう、驚いたの何のって、右も左も延々と続く車の列。何十台、何百台来てるか分からないってくらいに車がずっと路駐しているのである。これは別に上下運動しているわけではなく、めいめいが花火をしたりバーベキューしたり何かハイテクなビデオビジョンみたいなの持ちこんで踊ってたりしているのである。 確かに土曜の夜で翌日は休日だ、どこかで飲むよりみんなで集まって海岸でどんちゃんやった方が安上がりではあるかもしれないが、どうしてここまで人間が多いのか。こんな熱帯夜じゃ蚊にだって食われちゃうだろうに、そこまでして遊びたいのか、そういうエネルギー、他に使うことはないのかとか、自分たちも遊びに出かけているにもかかわらず、現代の若者の脳軟化現象を目の当たりにして慨嘆するのであった。 結局、前々回公演のときに舞台で流した映像を撮影した海岸(鴉丸嬢がドレスで突っ走った海岸である)まで出張る。場所はもう殆ど志賀島の手前だ。そこでも既に遊びに来ている連中が二、三組、花火をぱんぱか海に向かって打ち出している。だからその元気、もっと有効に使うことできないのか。 早速、しげが買い込んできた花火の袋を空ける。去年はネズミ花火とかスモークとか、夜中にやっても少しも面白くない花火ばかり買いやがったので、そこんとこ今年は「派手なの買え」と厳重注意しといたので、半分は打ち上げ花火。多分、二、三十発くらいはあったと思うが、其ノ他君と二人でどんどこ打ちまくったら、あっという間に終わってしまった。その間、鴉丸嬢はしげと二人で地味に線香花火とかしている。「男どもはどうしてあんなに打ち上げに熱中できるのか」みたいなこと言ってたけど、もちろんそれが男のロマンだからである。かと言って、フロイト的な解釈はしないよーに。
思い切り喉が渇いたので、飲み水を求めてそのままカラオケになだれ込む。朝の六時くらいまで四人で熱唱。 相変わらず鴉丸嬢と其ノ他君の歌う曲はオールドタイプの私には全然分からない。「ジムノペディ」って言われたら、私はエリック・サティしか思い浮かばないのだ。つか、こういうバンド名を付ける連中ってアタマ悪いとしか思えない。サティとその音楽性を比較される覚悟があってやってんのか? 度胸があるというよりはただの馬鹿じゃないかとしか思えないのだが。 其ノ他君が『HI-HO』を歌うというので、てっきりディズニーかと思ったら、これまたhideのである。こういう間違いをやらかしてるオヤジは、全国にかなりいるだろうなあ。オヤジ世代は新しい知識を全然知らないから参っちゃうよね、と若い人たちに馬鹿にされそうだが、私らに言わせれば、何でそんな紛らわしいタイトル付けなきゃならないのかと、そっちの方に文句を付けたいのである。
前にも日記に書いたことがあるが、そもそもイマドキの歌手やバンドが、旧曲のタイトルをまんまパクることがあまりにも多いのを問題視しないのは音楽家および音楽ファンの意識の低さでしかないと思うのだ。あの曲もこの曲も同じタイトルってんじゃあ思い入れだってしにくい。どうしても「人まね」にしか見えないから、ファンにはなりきれないのである。 「別にアンタにファンになられても困っちゃうよね」とかからかわれるかもしれないが、仮にこれが著作権に引っかからないとしてても、最低限、守らなければならない「礼儀」はあるはずだし、そもそもこれは作家としての「良心」の問題だと思う。どう言い訳したって、既成曲に同タイトルがあるの知ってて流用すれば、それはただの「恥知らず」なんだよね(それはそれとして、版権にうるさいディズニー、曲のタイトルを流用されてもそれは許しちゃうのかな。まあほかにも『星に願いを』とか歌ばかりでなくやたら本だのマンガだの映画だのに流用されてるからいいのかもしれないが。ああ、でも石野真子の『狼なんかこわくない』は私は許す)。 若い人にとっては昔の曲なんて知らないだろうし、今聞いた方がオリジナルってことになるんだろうけれど、だったらタイトルもどうしてオリジナルにしないのか、そこがオカシイのだ。だって、これが小説だったら、新人作家が自分の小説のタイトルに『吾輩は猫である』とか『羅生門』とか付けたら、絶対に問題になるのに(実際、『人間失格』ではモメたよね)、歌に関してだけはそのあたりの感覚があまりにルーズだからである。 これはタイトルだけの問題ではなく、日本の流行歌の場合、ポップスだろうがロックだろうが、全般的に詩の中身も陳腐なのは否定できない事実だと思うのである。別にコムズカシイ詩を書けと言いたいわけではない。日常のちょっとした思いや愛を語る場合でも、みんな似たような言葉、似たようなフレーズばかりを羅列して平気でいられるあの神経は何なのだ。で、何かと言えばサビの部分に英語を入れたがるんだよな。それで何が「オリジナリティ」だ「オンリー・ワン」だ。ウソこきゃあがれ。 この際、ハッキリ言ってやるが、若手の歌手が書く歌詞の七割五分くらいは「詩」と呼ぶのもおこがましいくらいに幼稚で脳タリンである。具体例を挙げるとテキが百万人くらい増えそうだから避けるけれども(既に遅いか)、これまで私が本気で「これはすごい!」と感じた詩は、中島みゆきなど、数えるほどしかいない。ほかのはね、アレとかは無内容だしアレとかは馬鹿だしアレとかは異性に甘えてるだけの糞である。「あの曲はいいぞ!」と反論したいヤツは具体的に歌を教えてくれ。どこがどう陳腐か全部心理分析して説明してやるぞ。
今日は特にアニソン縛りをしていなかったので、中島みゆきを歌ってやろうかと思っていたのだが、其ノ他君に先に『地上の星』を歌われてしまった。いや、あと追いで古いのを歌ってもよかったんだけど、なんか気を削がれた。もちろんこれは其ノ他君が悪いわけではない。でも其ノ他君にはその後、『アニメタル』も歌われちゃったんだよな(笑)。なかなかレパートリー広いぞ、其ノ他君。おかげで間隙を縫って選曲するのがなかなか大変だったけどな。 結局、こないだよしひと嬢とカラオケに行った時と同じように、英語曲ばかり歌うハメになった。 歌っている最中、私は飲み物を注文してはトイレに行きの繰り返しである。体調よくないってのに、全く何をやってんだか。これではまた心配しいな誰かからお説教を食らいそうである。 さすがに五時間もぶっ通しで歌っていれば、アタマがフラフラしてくる(こないだもそれくらい歌ってたけど)。鴉丸嬢と其ノ他君を送った後、帰宅したらそのままぶっ倒れて寝た。明日は『仮面ライダー響鬼』も放送がないので、ゆっくり眠れるのである。
マンガ、島本和彦『新吼えろペン』2巻(島本和彦)。 炎プロアシスタント募集編。読者投票で一番人気のキャラをレギュラー入りさせようという、いわゆる新キャラ導入ということだけれども、あまり魅力的なキャラがいないのがネック(笑)。連載本誌は読んでないので結果がどうなったかは知らないのだが、女の子キャラに決まるんじゃないかね。男増えてもマンガの画面、華やかにならないし。 それよりも今巻で面白いのはやっぱり「富士鷹ジュビロ」との対決編なのである。「架空のキャラの取り合い」って、現実には滅多にないだろうと思う人もいるかもしれないが、つい好きなキャラを自分のマンガの隅に描き込んでしまうという例は、80年代にはやたらあった。いやね、いくら好きでもここまでやるのは行きすぎだろうってのもあったのよ。あ○ひろ○の『とっ○も少○探検○』とか、脇キャラが殆どアニメキャラというヒドイ例すらあったのだ。 そういうシュミが高じていくと、脇キャラばかりでなく、主役か準主役のキャラですら、「このキャラ、あのマンガのパクリやん!」と非難されても仕方がないくらいに「似ている」キャラになってしまうこともよくある。マンガ家さん同志が師匠とアシスタントの関係であるとか、友達同士であるとか、そういう事情があるならそれもたまにはありかなと思うけれど、そうでない場合はやっぱり非難されちゃうわな。そのへん、うまくアレンジできれば、「『D-××××ma×』は決して『×の錬××師』のパクリではない」と言い逃れができるのよ(笑)。アレンジがヘタだと「サンデー」のかつてのアレとか現在のアレとか、困った事態になるんだよねえ。 島本さん自身、デビュー当時はモロに「石ノ森章太郎絵」と言われていたものだったが、実際に石ノ森さんから「認められる」ようになってからは絵柄がかえってオリジナリティを増すようになり、そういう文句もなくなっていった。今や独立独歩、今巻では自作について「従来の基準にあてはまらんところを目指すゆえ、しかたあるまい!」という自らのオリジナリティを宣言して恥じない域にまで達している(まあ、そういう文脈で出たセリフではないのだが)。 あと、巻末に特別収録されている尹仁完×梁慶一による『コリアより愛をこめて』は、『新暗行御史』11巻とのコラボになってるので、島本ファンはこちらも必ず買うように(笑)。
2004年07月30日(金) 遺産相続って言うのか、こういうのも。 2003年07月30日(水) マヌケな人々/『二葉亭四迷の明治四十一年』(関川夏央)/映画『山の音』/『住めば都のコスモス荘』1・2巻(阿智太郎・矢上裕) 2002年07月30日(火) ウチにキンチョールはない。/『ゴーストハンター ラプラスの魔』(安田均・山本弘)ほか 2001年07月30日(月) 八女って全国的にどの程度有名なんだ?/『ロマンアルバム・太陽の王子ホルスの大冒険』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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