無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年02月09日(水) 一応、北朝鮮戦について書いておこうか(^_^;)/映画『オペラ座の怪人』

 朝方っつーか、真夜中に「金龍」にラーメンを食べにいく。
 ここんとこ一ヶ月ほどしげがマジメに食事を作っているので、外食は少なく、せいぜいマクドナルドでオニオンリングを買ってきたりするくらいだった。けど、しげの作るメニューは全部鍋煮こみである。手料理はありがたいのだが、さすがに一ヶ月ほとんど同じメニューだと(ちょっとだけ具材は変わるが)、さすがに飽きる。一番飽きてきているのはしげのようなので(だったらメニュー変えればいいのに)、「ラーメン食いたい」と言い出したのである。
 もしかしたら1年くらい食べてなかったんじゃないかと思うが、「味噌煮込みカレーラーメン」という新メニューがあったので注文。中丼程度の大きさの鍋に、名前通りのやや汁っぽいビーフカレーラーメン、それに温泉卵と小ご飯が付いて出されてくる。初めに温泉卵をカレーに混ぜて熱さと辛さを和らげてラーメンを食べ、そのあとの残り汁にご飯を入れて雑炊にして食べるという趣向。
 麺は、固さは選べるが基本的に縮れ麺。ただし普通の固さを注文しても結構軟らかくて、縮れはそれほどではない。けれどいわゆる博多ラーメンの細麺ではないのは、カレーに絡めるのだから、細麺では味も歯応えもなくなってしまうからだろう。その判断は正しい。カレーに味噌をどの程度混ぜているのかは分からないが、ルーはなかなかコクがあって、ビーフの量はそう多くないけれども、これだけを単体ですすってもほどよい辛さで楽しめる。ある程度をすすって適度な量にしてご飯を混ぜるのが最後まで美味しく食べられる秘訣のようだ。
 「替え玉」「雑炊」は博多ラーメンの伝統みたいになっているが、さてルーツはどのあたりなのだろう。松本零士が昭和40年代に「ラーメンライス」をマンガに描いているから、北九州の方が歴史は古いんじゃないかと思うが、これも「とんこつラーメン」同様、久留米の方が早いのかもしれない。どちらにしろ、私の子供時分には博多のラーメン屋には殆ど替え玉制などは見かけなかったし、戦前をそう古くは遡れないと思う。
 これまで散々「博多ラーメンは不味い」と言い続けていたが、時々あちこちの店を覗いてみると、こうした新メニューが増えていて、総じて味の工夫がなされている。4、5年前までは巷に溢れていた「とんこつのみ」の臭いだけのラーメンはかなり駆逐されてきた。となると、「あんなもんは博多人の本当に好きなラーメンじゃねえ」と散々文句を付けてきたのだが、肝心のそのムカシの博多ラーメンがいかに不味かったのか、それを証明することがかえってできなくなりつつあるのである。中洲あたりの屋台ラーメンならばまだまだボッタクリみたいに高くて不味い味を保証してくれてるんじゃないかと思うが、わざわざラーメン食べるためだけに行くことはなくなってるし、そこまでの冒険心もないからなあ。誰か勇気のある人、行ってみないか。
 他地方のかたで、博多に来られる機会がある方も、ぜひとも「ラーメン食べ歩き」をお試し下さいませ。


 P.P.Produceの日記リンク、全員とは言わないまでも参加者が増えて活況を呈しつつある。カトウ君の恋バナも面白かったが、ちょうどこちらが『キスイヤ』にかけて恋バナ書いた直後に読んだら、「浮気は許せん!」とか似たようなことを書いてたので、何をシンクロしてやがんだ、とちょっと照れ臭くなった(^_^;)。カトウ君も『キスイヤ』見たことあるのかな? 「愛人を、自分のマンションの部屋の、なんと真ん前の部屋に住まわせて、しかも妻にも愛人にも気付かせずに暮していた男」なんて話を聞いたら、その男に対して殺意を抱くのではなかろうか(^o^)。
 ……でも、いい男ですよ、カトウ君は。確かに説教臭い分、軽〜い感じの女の子が付き合うには重いかもしれないけど、浮気の心配はないでしょう。これ、女性にとっては結構ポイント高いと思うんだけどねえ。本人は「おっぱい星人」だと公言してますが、なに、つるぺたでもずんどーでも幼児体形でも、いったん付き合い始めたらそんなこと気にしないであなたを愛してくれますでしょう。ただ、オタクな趣味は結婚してもやめないと思うから、そこは我慢しましょう。これはもう、オタクと結婚する際の業だから。
 え? オタクは嫌いだから、ほかの男を探す?
 冗談言っちゃいけない。今の日本の男で、オタク以外の男はみな全て「浮気します」よ。「浮気をしない」ことがオタクであることの逆証明みたいなものなんだから、そんな「オタクでなくて私だけに優しいセレブな男」なんてユメを見てちゃいけませんて。いや、それは既に「妄想」です。
 ……杉田かおると結婚した鮎川さん、きっと「杉田かおる」オタクだったんだろうなあ。たまに「チイ坊」とか呼んでたりして(^o^)。

 しげがついにバレンタインチョコを完成させてカトウ君や其ノ他君に送ったのだけれども、結局現物を私は見ずじまいである。そのあたりのこともカトウ君の日記を参照して頂けると今回はまたどういうネタに走ったか、お分かり頂けると思う。こんなふうにここの日記とメンバーの日記もシンクロしたりリンクすることもあるので、こちらだけ覗いていらっしゃる方もごヒイキにして頂けると嬉しい。カトウ君、自分の日記がほかの人の日記の「お気に入り」に入れられるのをとても喜んでおりますので。かわいいなあ。

 できれば其ノ他君や鴉丸嬢も日記書いてくれると嬉しいんだけど、カツカツの生活してるからなかなかネットにも繋げないらしいからなあ(本人たちの責任じゃない部分も大きいんだけどさ)。
 なんでもないこと、書いたって意味がなさそうなことの方が実は面白いんで、せめて掲示板とかに書き込みしてくれると会えないときでも情報交換できるんだけどね。


 私は本名のほうでも芝居関係に近い仕事もしているのだけれども、そちらの内容はいろいろ差し障りがあって、こちらの日記に詳しいことは書けない。
 P.P.Produceの芝居のほうはあまりお客さんに受けないんだが(^_^;)、本職の方では顰蹙買うくらいに受けているのである(←私の本職知ってる方は、このあたりの微妙な言い回しに注意してね)。
 ……で、近々、ちょっとばかし舞台に立たなきゃならなくなったのだが、これがまあ、「ダンス」があるんですね(^_^;)。
 「どんなダンスなんですか?」と担当に聞いたら、「『オースティン・パワーズ』のような」と仰る。『オースティン』と聞いて私が真っ先に思い出すのは第3作『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』オープニングでの「バック転するスティーブン・スピルバーグ」である(^o^)。思わず「バック転もあるんですか?」と聞いてしまったが、それはないとのこと。けれど、かなり激しい踊りにはなるようで、体力的に踊れるかどうか心配ではあったのだが、断わるに断われない事情があってウラに徹するというわけにもいかなかった。スケジュール的に東京行きと重なってんだけど、大丈夫か、オレ。
 というような経緯をしげに話したら、急にしげが「オレも踊りたい! オレも踊る!」と言い出した。
 「踊るって……お前、オレの仕事とは何の関係もないやんか」
 「家族やん!」
 「そんなん理由になるか! だいたい何で参加したいんだよ!」
 「だって踊るっちゃろ!?」
 「ダンスだから踊るよ」
 「ね!?」
 「何が『ね!?』だよ! 意味わから〜ん!」
 ともかく練習の見学だけでもさせてくれ、とあまりにしつこく懇願されたので、一応担当に話を通じてみるとは言ったのだが、この常識のなさは何なのかね。私がしげを甘やかしてると見る向きもあろうが、そういう方はいっぺんしげと実際に会話してみるとよろしい。「ダメなものはダメ」が通じないイカレたアタマの人間も世の中にはいるのだ。実際に「どうしてもダメ」という形が出ないことには、しげは絶対に納得をしないのである。
 

 レディースデイなので、女性は千円均一。私も駐車場割引が効くし、あと一回映画を見るとポイントが溜まって招待券が手に入るので、仕事が引けてからすぐにキャナルシティに向かう。
 先に「ラーメンスタジアム」の「日向拉麺 一心不乱」で、しげと「黒のこくとんこつ」と「白の塩とんこつ」を分けて食べる。
 店員さんに「麺は太麺と細麺、どちらがいいですか?」と聞かれたので、太麺を注文。とんこつとは言っていても、これも「国内産豚骨を24時間煮込んだスープ」と「昆布・醤油・魚醤等16種類もの材料をミックスした秘伝の元ダレ」によるもので、臭みはないがかなり濃い。太麺だからよかったものの、細麺ではそのスープに「負けて」しまうだろう。黒の方がやや辛味がある感じなので、白をしげに回して、主にこちらの方を私が食べる。開店当時の混雑はもうないので、待たずに食べられるようになったのもよかった。今日はラーメン尽くしである。

 映画は昼間じゃなきゃ見る気になれない長〜い映画、『オペラ座の怪人』。
 ロン・チャニイ主演のゴシック・ホラーの傑作『オペラの怪人』(映画紹介本でもDVDでも『オペラ座の怪人』と勝手に改題されているものが多いが、「座」がないのが正式な邦題である)をこよなく愛する身にすれば、「ミュージカル化」の時点で「ふざけんな」って感じる部分もあるのだけれど、まあ、『デビルマン』見たあとだと、心が宇宙よりも広くなってるから(こればっか)。
 絶賛してらっしゃる方もいらっしゃるようですから、まあそんなに文句はつけませんよ。ええええ、傑作で泣けるんじゃないですか、バカップルには。
 アンドリュー・ロイド=ウェーバーには作曲とプロデュースの才能はあるかもしれないが、ドラマ作りと映画の才能はまるでない。それは「『シカゴ』の成功を見て、『オペラ座の怪人』の映画製作を決めた」なんて発言していることでも分かる。あれはねえ、ミュージカルが嫌いな人、「何で普通の芝居をしていたのがいきなり歌って踊り出すんだ」って拒否反応を起こす人たちにも違和感なく見てもらうために、映像化する際に「ダンスシーンは殆ど妄想」って設定を付け加えてるの。そういう「映像化に関するアレンジ」が何もされてないではないの(構成の変更とかは効果的な改変のうちには入らない)。
 映像化に当たって危惧をしていたのは、「オペラ座」をリアルに造形すれば造形するほど、その舞台に立っている役者たちがなぜか「英語」を喋り、「現代音楽」を歌って踊る違和感が弥増すことである。舞台は「見立て」の芸術だからそこがあまり気にならないんだけど、映画だとそれは「ヘン」にしか映らないから。外国映画で、日系人が純粋な「日本人」を演じたときのカタコトのおかしさを想起していただければおわかりでしょう。
 危惧は当たったどころか、ロイド=ウェーバーが大馬鹿だということを露呈しているほどにひどかった。役者たちは「英語」を喋るどころか、「フランス語訛りの英語」を話しているのである。ムリヤリ日本語に訳せば鼻声巻き舌で「コ゜ーキケ゜ン、イッカーカ゜デースカァ、マドモアゼール?」なんて喋ってるようなものである。……お笑いにしか聞こえねえよ。しかも歌になった途端に訛りみんな消えるし(^_^;)。
 まあ、そこいらあたりは英語もフランス語も気にならない人にはどうでもいいんだろうが、ドラマも全体的に間延びがしていて、もうしつこいくらいに主題曲ほか同じ曲が繰り返し流れるものだから、飽きてくるのである。「ここぞというときだけ歌う」って緩急がどうしてできないのかねえ?
 役者に魅力が殆どないのも痛い。ヒロイン、クリスティーヌを演じたエミー・ロッサム(『ミスティック・リバー』の死体役(^o^))が、始終トロンとした目で口は半開きで馬鹿にしか見えないのも痛いが(まあ、こういうのが「イイ」って趣味の男もいるんだろうけれど、映画としては説得力ねえやな)、ファントムのジェラルド・バトラーにしろ、ラウルのパトリック・ウィルソンにしろ、一人の女を取り合う男の熱情を表現しきれたとは言い難い。つかやっぱ、地下で憎しみ合う二人が歌いながらのツーショットって、笑えはしても、感動はしにくいと思うんですけどねえ。
 一番「見られた」のはマスカレードのシーンだけれども、これとてもやはりダンスが現代風なための違和感は拭えないし、カメラがやたらアングルに凝ってカット割りもやたら細かいのがかえってオペラ座自体を狭く見せてしまっていて、空間的な広がりが感じられない。言っちゃなんだが、ロイド=ウェーバーの舞台を一部特撮を加えただけで映像化した『キャッツ』のほうがよっぽど舞台の躍動感を伝えていて面白い。それどころか、歌唱力、ダンスともにレベルが低い劇団四季の舞台版のほうが、総体としては面白いくらいなのだ。……ダメダメじゃん、映画版。


 帰宅したら、サッカー北朝鮮戦、日本の辛勝とのニュース。
 サッカーにそもそも興味がないんだけど、ここんとこのマスコミ報道の状況には興味があった。「報道ステーション」なんかはやたら北朝鮮の選手をクローズアップして好印象を与えようとしていたし、テレビ朝日ほどではなくても、「お互いの国家間の事情を越えてスポーツでの交流を」というキレイゴトを垂れ流してる局も多い。
 けれど、スポーツはそもそも「代理戦争」としての意味で始められたもので、その「事実」は現在も少しも変わっちゃいない。「そんなことはない」と仰る方は自分にウソをついているか偽善者かただ鈍感なだけのあほんだらだ。
 「日本勝った」って、喜んでる自分は何? 国によって人種によって、その喜び方にも差がないか? 差別や偏見もなく、ただ純粋にスポーツの勝敗だけに一喜一憂してる? ありえるかい、そんなこと。勝負は「勝つこと」を目的にしてるんだろうが。「勝った」と嬉しく感じる感情がある時点で、それは自国に対する「戦争協力」なんだよ。国家間の文化交流はありえても、スポーツでの交流なんて出来ませんて。既に北朝鮮の選手、「リベンジ(復讐)」とか言ってるじゃんか。
 だからと言って、サッカーで日本を応援するな、なんて言いたいわけじゃない。「日本人は平和主義だ」なんて虚妄を口にしてんじゃないよ、と言いたいだけなんである。素直に「北朝鮮倒せて嬉しい」と言ったらどうかね。私だって嬉しいか嬉しくないかどっちかと言われりゃ嬉しいよ。根拠もなく自分たちのほうが「兄」だと思ってる糞ったれな連中が苦虫ツブシてるだろうと思えば小気味いいわい(もちろんそんな国民ばかりじゃなかろうが、少数だろうね)。テレビ局が“本当に”日本のテレビ局で、日本人向けにデンパ流してるんなら、もちっと堂々と日本人のホンネを伝える努力をしたらどうかね。それじゃ国家間に亀裂が走ると及び腰な人も多かろうが、今はもうそういうことを言っていられる段階かね? 「拉致犯罪者国家に一矢報いたざまを見ろ」くらい言ったっていいんじゃないの? その程度でギクシャクするくらいならとうの昔に戦争になってるわな。日本人の謙譲の美徳を「なにか企んでる」としか受け取れない文化の国に生まれ育ってる連中なんだから、これまでもウソと脅しで駆け引きして来たんだろうが。「戦争する気はないが、あんたたちは人間的に嫌いだから交流なんかしたくねえ。在日の人たちは差別を受けない程度には保護する。だからお前らもさっさと拉致被害者返せ。でなきゃ経済制裁だけにとどまらねえぞボケ」って主張はもっとしてよかろうよ。あっちの国じゃ最初からそれやってるでしょうが。
 一度こじれた感情は百年や二百年では消えないのだ。差別心や、偏見のない人間なんていない。お互いに憎んで憎んで、憎み疲れて、そしてそれでも相手と付き合わなきゃならない事実を受け容れなきゃならなくなったときにようやく差別を越えて全てを「水に流せる」可能性が開けるのだ。だからこそ「戦争と平和」は紙一重なんである。本気で平和を考えるんだったら、「憎しみあったギリギリのところでそれでもなお戦争だけは回避する」高度な判断力と政治力を持つ必要があるんじゃないか? なのに、それを学ぶ機会を日本人は「話しあいましょう」のキレイゴトと、「臭いものにフタ」でずっと奪われてきたんとちゃうか。
 そういう「なあなあの歴史」を一切隠匿したままで報道しようとしない偽善的なマスコミを私は嫌ってるだけなんである。つか、そういう「なあなあ」を演出して、ウラで北朝鮮と繋がってるところが気に入らないんだけどな。……ああ、また小林よしのりの主張と似てきた(^_^;)。
 本気で「平和的交流」なんてことを考えてるなら、「徹底して相手を憎む」か、政治オンチな人なら、そもそも「スポーツ自体に何の期待も持たない」か、両極端などちらかの姿勢を取るしかないんじゃないかね。ただ何も考えずに「日本バンザイ」と唱えていたら、逆に思想の脆弱さにつけこまれて誰ぞに折伏されちゃうぞ(^o^)。
 戦争か平和のどっちに転ぶのかの道は、そこから生まれるのである。悲しい事実ではあるが、平和は戦争の可能性を“具体的に”覚悟した上でなければ模索できない。口だけ「平和」と唱えていて、何がどう好転するというのか。
 というわけで私はこれからもサッカーの試合を見る気はないし、スポーツの話題も殆ど書かんでしょう。繰り返すけれど、誰がどんなに否定しようと、「国家間のスポーツは全て政治であり、戦争です」。ああ、サポーターがみーんなドロシー・カタロニアに見える(『ガンダムW』ね)。

2004年02月09日(月) 入院日記8/エニシング・ゴーズ
2003年02月09日(日) 見た、読んだ、食った、太った(^_^;)/映画『今宵ひと夜を』/『仮面ライダーSPIRITS』4巻(石ノ森章太郎・村枝賢一)ほか
2002年02月09日(土) ほーりつも人が作るもの/映画『まあだだよ』/『仄暗い水の底から』(鈴木光司・MEIMU)ほか
2001年02月09日(金) お姫様を探せ!/アニメ『タッチ・CROSS ROAD 風のゆくえ』ほか



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