無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年09月08日(水) 入院顛末4・絶食したのに太るフシギ

 ようやく退院の日。それでもやはり朝食はまだお粥である。
 夕べはまだ食欲が出なくて、ちょうど見舞いに来ていたしげに、おかずの白身魚に揚げ豆腐を半分分けてやったので、朝はさすがにおなかがすいている。けれど病院の朝食というのはたいてい一汁一菜なので(実際、梅干と吸い物だけである)、そう腹が膨れるものでもない。せめてあと一品、何かもうちょっとしっかりしたものが食えればなあ、という気分になったが、ということは取りも直さず、現実にだいぶ回復してきたということなのだろう。もっとも退院後も服用するようにと、胃腸薬だの頭痛薬だの抗生物質だの、七種類くらいもらいはしたが(^_^;)。
 一応、吐き気だの血便だの、症状がぶり返さない限りは通院する必要はないとのことなので、ひと安心である。

 午前10時、しげが迎えに来るが、目覚めたのがギリギリで、病院にはやはり行き損なったとか。予想通りである。父に借りた金を返しに行く前に、病院に寄ろうと相談する。
 受付で支払いを済ませて、いったん外に出たはいいが、診断書をもらい忘れて、慌てて受付に戻る。問い合わせてみると、昨日のうちに頼んでおいたのに担当の女医さん、ケロッと忘れておられた。ま、よくあることである。けど、対応した受付の方がえらく馬鹿丁寧に「申し訳ありません!」と頭を下げられたので、いや、何もそこまで、とかえって恐縮する。今通ってる眼科の先生も“毎回”診断書を忘れてくれるのだけれども、受付の対応がまた、「細かいこと頼みやがって」みたいな態度でよ(⌒―⌒メ)。素直に謝るのが普通なんだよなあ。
 行き付けの病院で、しげの風邪薬を処方してもらい、父の店に回る。お金を返したあと、「バーミヤン」に寄って昼飯。もちろん、まだたいそうなものは食べられないので、お粥とほうれん草の水餃子を注文する。しげは麻婆豆腐定職高なんだかを頼んでいたが、「辛い辛い」と言って食が進まない。麻婆が辛いのは当たり前なのにならなぜ注文するのか、理解しがたい。
 なんやかやで、帰宅は2時近くになった。職場に、明日から復帰する旨、連絡を入れるが、上司と連絡がつかず、伝言のみ。忙しいんじゃないのかなあ。ホントにいいのかなあ、出勤しなくて。
 改めて体重を量ってみると、なんと入院したときより1キロ以上増えている。まる二日、完全絶食してたのに、なぜだ、と思ったが、考えてみればその間ずっと点滴打ちっぱなしだったのだ。恐るべし点滴の栄養力! つか、私のからだもからだで、入院時は脱水症状を起こしていて血管が潰れていて、点滴の注射針を射しても点滴が流れていかないくらいへにょへにょだったのに、いったん栄養を吸収し出すと、スポンジが水を含むように増えているのである。太りやすいなら簡単に痩せてくれてもいいのになあ。


 夕方から、メルパルクホール福岡に向かう。近所のロイヤルホストで夕食(注文したのはやっぱりホタテ粥)したあと、PARCOプロデュースによる舞台『鈍獣』を見る。これ、当然チケットを買っておいたのだが、もし退院が一日ズレてたら、キャンセルしなきゃならないところだった。つか、殆ど諦めてたので、なんか嬉しさもひとしおである。
 宮藤官九郎初の舞台劇、最初でここまで作りこんだ芝居が書けたらもう充分及第点だろう。生瀬勝久、古田新太、池田成志君、役者もみんな熱演。古田新太さんの歌う『どぅお〜んペ〜りでゃあ〜んす』『ゴートゥヘル横浜』の2曲は惚れ惚れするくらいの美声で、幕間に思わずサントラCDを買っちゃったくらい。生瀬さんの演技はまさに舞台でこそ花が咲く。池田君は、随分うまくなった(^o^)。山の手事情社のころは見てらんないくらいヘタだったけど、本来の柄ではない役をキャスティングされていながら、それをなかなかのセンまで見せているのである。でも逆を言えばそれはキャスティングに問題ありということなので、それも含めて河原雅彦の演出には多少首をひねるところがないではない。それに、「ウェルメイド」な芝居というのは作りこみ過ぎるとどうしても先が読めてしまうのがネックだ。一幕を見終わった時点で、二幕のオチまでの展開が全て読めてしまうのはちょっと損だった。ここはもうちょっと台本刈り込んで、ノンストップ休憩ナシで一気に見せ切った方がよかったんとちゃうかなあ。西田尚美、乙葉、野波麻帆ら女優陣も悪くないけど、ちょっと男優人に食われちゃった印象。


 帰宅して、『BSアニメ夜話/あしたのジョー』を見る。『マンガ夜話』よりも録画な分だけかなり見やすいが、1時間のワクではやっぱり言葉足らず、説明不足で、作品の捉えかたも時代の切り取り方も決して間違いとは言いきれないが一面的なものが多く、また基本的な事実の紹介も不充分で、リアルタイムでその時代を経験していない人間には分かりにくい面、誤解しやすい面がやたら多いのは難点であった。これはもう、テレビという媒体の限界だろう。
 細かいツッコミを挙げてったらキリがないから、一点だけ。
 例えば「入射光」の演出が出崎統の特徴であることをみなさんトウトウと語っておられたが、確かにそれはその通りなんだけれども、あの紹介の仕方ではそれ以前にはそういった「透過光」の演出が全くなかったかのような錯覚を視聴者に与えてしまいかねない。いかにも出崎統が「透過光」そのものの創始者であるかのように思った若い人もいるに違いないのだが、もちろんそんなことはないのである。……そう言えば、大学のころ、やっぱり『エースをねらえ!』にハマッたもともとさほどアニメファンというわけでもなかった知り合いが「あれって、ホンモノの光を使ってるんですってよ!」と興奮して言ってたので、「いや、昔から東映動画でもホンモノの光は使ってたけど」と教えて、シラケられたことがあったが、「本物の光を使って」という言い方をすると、どうしても「じゃあそれまでは本物の光を使ったことはなかったんだ」と勘違いされてしまうのである。せめて「透過光そのものは昔からあったけれど」のヒトコトがほしかったところだけど、当然みなさんご存知であっても、そこまでは気付かなかったんだろうなあ。
 そんな細かいところ気にしなくても、と仰る方もおられるかもしれないが、これ、アニメ技術の発展史の根幹に関わる問題なんで、決して瑣末なところに拘った揚げ足取りの指摘じゃないのよ。
 まあ全体としてはやっぱり10代、20代の若いアニメファン向けで、語られる情報も少なくてどうにも食い足りないんだけれども、だからこそ若い人もあれを見て安易に「へええ、そうだったのか」とか関心して終わりにしないで、自分で『あしたのジョー』を見たり、当時の資料とか批評とかも博捜して調べたりして、もっと多角的な見方をしてほしいなあと思うのである。あれは別にアニメの検証番組じゃなくてただのトークショーなんだから。ああいうので昔のアニメを「見た」「わかった」気になられてもちょっとねえ。それじゃ「あらすじで見るナンタラ」になっちゃうからさ(それで平気って人が増えるのは困るのである)。


 ネットでいろいろニュースを見ていつたら、この3、4日の間にもいろいろ面白い事件は起こっていて、みやむーに子供が出来たり、大五郎が密輸してたり、ウィリアム・ピアスンが死んだり、水上勉が死んだりしているが、とても全部には触れていられないので、省略しますが悪しからず。

2003年09月08日(月) ボンちゃんって呼び名も懐かしい/ドラマ『血脈』/『×××HOLIC』1巻(CLAMP)
2001年09月08日(土) 半年分の食い散らし/『あなたの身近な「困った人たち」の精神分析』(小此木啓吾)ほか
2000年09月08日(金) 這えば立て、立てば歩めの夫心/『ビーストテイル』(坂田靖子)ほか



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