無責任賛歌
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2003年02月26日(水) |
入れ物だけが増えてもねえ/DVD『ケルベロス』『トーキング・ヘッド』/『ジャック・チックの妖しい世界』(唐沢俊一) |
映画会社の中で一番勢いに乗ってるのはここ10年くらい、ずっと東宝だったんだけれど、ここまでやれるのかって印象だったのが、昨25日に発表された、ヴァージン・シネマズ・ジャパンの全株式の買収。約100億円だってさ。ひゃ、ひゃ、ひゃくおくえんって、へいたいのくらいでいうと、ぐんそうくらいかな。 福岡のVCはトリアス久山にあるんだけれど、そう言えば去年までは『ドラえもん』も『クレヨンしんちゃん』も上映してなかったのに、今年から見られるようになったもんな。 いや、そのことは嬉しいんだけれど、ほかの地方は知らないが、キャナルのAMCや、ホークスタウンのユナイテッドシネマに比べると、福岡のVCは位置的に遠いし、客足あまり多くないんだよなあ。そんなとこ買いとって大丈夫なのか、東宝。もっとも日曜でも駐車場が空いてるおかげで、車が停めやすくていいんだけれど。 これで東宝はスクリーン数が業界第1位になったってことだけど、それならそれで、単館上映の多いインディーズ系の映画なんかも買いつけてさ、いい環境で見せてくれたら嬉しいんだけどね、商業主義一本やりで、天神東宝とたいしてラインナップが変わらない、ということにならないでほしいものなんである。 『跋扈妖怪伝 牙吉』買ってくれ。まだ配給元、決まってないみたいだぞ。
DVD『押井守シネマ・トリロジー/ケルベロス 地獄の番犬&トーキング・ヘッド』をコメンタリーで。 要約すると、『ケルベロス』は「エビ食ってた話」で、『トーキング・ヘッド』は「石村とも子の足を撮るべきだった映画」か(^o^)。 でも久しぶりに見返したけれど、どちらもこんなに面白い映画だったかなあ。どちらも演劇的要素が随所に見られるせいもあるけれど(『トーキング・ヘッド』は特に)、自分がモノ作りのハシクレにいるからこそ見える部分があるからだろうなあ。 いや、実際に「押井守はつまらない」という感想を述べる人がいるのもわかるのである。「なんで他人のオナニー見せられて喜ばなきゃならんのだ」と「エヴァ騒動」を評した人がいたが、もちろん押井守もこれらの実写作品では臆面もなく自慰を繰り返しているのである。 つまりは、「自慰にもテクニックが必要だ。すなわち握力、角度、速さのバランス、そして行為を完遂するための職人魂」なんて話を大マジメに語れる人間でないと、押井守の映画は全然楽しめないのだ。……いや、これは一つの例えですから、アナタの自慰はどんなの? なんて聞かないでね(^_^;)。
『ケルベロス』のヒロイン、唐密(タンミー)を演じた蘇億菁(スー・イーチン)、当時は18最で、親にナイショで出演してたとか。モデル出身で演技は初めてだったそうだが、紅一が「犬」になれるムードさえあれば、こういう役に演技力は要らないのである。 昨日見た『紅い眼鏡』でも、天本英世の起用を押井監督は「演技指導なんかしない。そこにいればいい」旨の発言をしていたが、まさしくそれが「見せ物」としての映画の本質なんである。 押井さんはよく寺山修司の影響を受けた、と評されるが、寺山さんに限らず、映画ってものを知ってる監督は、「その役者がどんな役者か」を知ってるものだ。演技を要求しなきゃいけない役もあるし、そんなものは要らない役もある。『ケルベロス』で言えば、千葉繁と松山鷹志は前者で、藤木義勝と蘇億菁は後者だ。だから前者と後者が絡んだときが映画は俄然面白くなり、後者同士の絡みはほとんど立ってるだけ歩いてるだけのムード造りに終始し、ダレ場に使われたりしている。そういうところを見るとホントに面白いんだけどなあ。
『トーキング・ヘッド』はアニメ製作現場を舞台に、失踪した演出家の代役として映画を完成させるべく雇われた「流しの演出家」丸輪零の愛と冒険の物語(^o^)。キャラクターに全てモデルがいるということで、いちいち押井さんがそれを解説してくれているのだが、これって、なんだかんだ言いながら押井さんが愛されてなきゃできるこっちゃないよなあ。なんたって、モデルにされた人で怒り出す人がいないとも限らない描き方なんである。具体的な描写は避けるが、アニメ業界には変人しかいないのか(^_^;)。 田中真弓演じる浅梨なおこ……じゃない、「しじみ」なんて大好きなんだが(^o^)。
今日の「BSマンガ夜話」は『8マン』。昨日の『エリート狂騒曲』は見逃した。 トークは殆ど「桑田次郎がいかに絵が上手かったか」に終始しちゃったけれど、岡田さんがそれがいかにSF的ガジェットの表現として秀逸であったかをキチンと解説してくれたのが嬉しい。 平井和正についてあまり触れなかったのは、もしかしたら予めダメが入っていたのかな?(^o^)
眠田直・著・編集『MINDY POWER FINAL』。 こないだのオタアミで買った同人誌。 発行が昨年で、「FINAL」って銘打ってるけど、確かにそれ以降、眠田さんは新しい同人誌を発行していないようである。 「ネットで情報が手に入れられるようになったから」という理屈はわかるんだけれど、実際に本を手にしてページを捲る感触って、愛書家にとっては何にも代えがたい魅力なんだけれどなあ。 それに、ピーナッツ(もちろん、チャールズ・シュルツのだ)のアニメリストなど、ネット画面だとスクロールしてプリントアウトしてって手間を考えると、どうしても一冊、本があって、解説もついてるほうが絶対便利だ。 ああ、しかし眠田さんも『月刊SNOOPY』を読んでいたか。しかも読者投稿の定連。バックナンバー書庫から引っ張り出して探してやろうかな。ペンネーム「スペイン人ナーダ」ってのがまあ、なんて恥ずかしい(^o^)。 『月刊SNOOPY』を知らない人にちょっと解説。今はピーナッツシリーズは角川書店刊行の、ここ20年間に発表された分の単行本しか手に入らないが、以前は鶴書房というところから出ていた。これは結構初期の作品から収録されていたのだが、それでも本当に最初期の作品には未収録のものがあり、それを補完するように雑誌『月刊SNOOPY』が刊行されていたのである。 なんたって第一話のチャーリー・ブラウンは、今のようなカボチャ頭でなく、横長の楕円型、目も両端に離れたかわいらしいデザインだったし、スヌーピーももっともっと犬っぽかった。チャーリーの友達はサリーやバイオレットで、ルーシーやライナスはずっとあとにならないと出てこない。雰囲気がまるで違うのである。ピーナッツファンならば、あれを読んでなけりゃモグリってなもんだ。 と言いつつ、私も当時は立ち読みが主で、今持ってるのは友人から引き取ったもの。欠本が数冊あるがほぼ全巻揃いという貴重本だ。見たい人はウチに来れば書庫の奥から引っ張り出して羨ましがらせてあげるので、いつでもどうぞ(^o^)。 眠田さん、三年前の時点でNHK−BS版『チャーリーブラウンという男の子』(劇場公開タイトル『スヌーピーとチャーリー』。眠田さんは『チャーリーブラウンという名の男の子』と表記しているが、これは間違い)の吹替えが分らない、と嘆いておられたが、もうわかったんだろうか。ネットにもう「C.B./坂本千夏」と書いてある記事があるからご存知だとは思うのだが。この本を先に読んでたら、オタアミのときに教えてさしあげられてたのになあ。現物ビデオで持ってるから差し上げてもよかったし。ただ、劇場公開時にあったルーシーの精新分析の件はやっぱりカットされててありません(-_-;)。
唐沢俊一『ジャック・チックの妖しい世界』。 これがなぜ商業出版社から出ずに同人誌という形をとって出されたかがよくわかる。なんたって、ジャック・チックってマンガ家さん、キリスト教原理主義者で、「そういうマンガ」しか描いてないんだから。 あんまり詳しく内容を紹介しちゃいけない気もするが、まあいいか(^o^)。 例えば『地獄/天の国』って作品、要するに天国に行ける人、地獄に行っちゃう人、それぞれどんな人? ってマンガで、ポルノを読んだり酒を飲んだりラブホテルに泊まったり女遊びしたり子供を下ろしたり同性愛だったり強盗したり麻薬をやったり物をたくさん持ってたりモ○○ンだったりエ○○の○人だったり神社にお参りに行ったりすると地獄に落ちるんである。多分、日本人で地獄に落ちない人間はいないな(^o^)。 『ダークダンジョン』、実在するRPGを「これは反キリスト教的な悪魔の遊びだ!」と糾弾したマンガ。RPGのゲームマスターはみんな悪魔の使いで、ハマった若者をマインドコントロールして邪教に誘い、フィギュアやグッズをどんどん買わせて湯水のごとくおカネを使わせてしまうそうである。ああ、でも行為そのものは当たってるよな、これ(^_^;)。なんか最近も『ハリー・ポッター』について似たようなこと言ってた牧師だか神父だかのキリシタンがいたような。ゲームやフィギュアは直ちに燃やしなさい、という過激なマンガ。私も子供のころ、マンガを親から捨てたりされたが、私が悪魔の道に入ることを恐れていたのかな。既に手遅れだったわけだが。 『誰かが私を愛してる』。ジャック・チック自身の手になるマンガ。さっきまでのは原作のみだったのだね。自分でなぜ絵を描かないかは、多分ディズニーと同じ理由じゃないかな(^o^)。飲んだくれの親父に虐待され、捨てられた少女が、死ぬ間際に神の祝福を称えたビラを見て、天国に行く。ビラを読んでやった通りすがりの女がなぜか少女を助けようともしないが、もちろんそんなことをしたら少女は天に召されないからしないのである(^_^;)。ストレート過ぎるほどに直球な筋、それがチック氏のプリミティブな絵で描かれると、ものすごいインパクト。こりゃもう、どんなリクツも太刀打ちできない。これをこのまんまジブリのスタッフとかがアニメ化したりしたら、マジで泣いちゃうヤツが出て来るんじゃないか。 要するに信じてるものは違うが、アメリカの宮澤賢治。本人には絶対会いたくない点でもそうだね。(2003.3.26)
2002年02月26日(火) 伝統と革命の間/『蟲師』2巻(漆原友紀)ほか 2001年02月26日(月) しみじみ草枕/『エクセル▽サーガ』(六道神士)7巻ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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