無責任賛歌
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2002年09月17日(火) |
放生会の掘り出し物/『博多の心』(朝日新聞福岡総局)/『魁!! クロマティ高校』5巻(野中英次) |
今日は平日だけど仕事休み。 いえ、別にまた体コワしたとかじゃなくて正当な休みでやんす。 ♪(((#^-^)八(^_^*)))♪ 朝から映画に行こうとか思ってたんだけど、体力に限界を感じて昼まで休み。 しげも今日は一日休みということで、相変わらず家事もせずに寝ている。 先日の「運動」で足もまだイタイし、まあ、昼からゆっくり出かけりゃいいかと、横になってプレステ2で『いただきストリート3』など。 ウチにはしげの買ったRPGやエロゲーやエロゲーやエロゲーが山とあるが、私ができるゲームといったら、この『いたスト』くらいなものである。でも1・2・3と来て、どんどんコースが増え続けてるんだけど、これ全部クリアできる日が来るのか。
ようやく起きてきたしげを誘って、箱崎まで放生会を冷かしに行く。 他地方の人にはよく読み間違えられるが、「放生会」は「ほうじょうえ」ではなく「ほうじょうや」と読む。この読みに拘るところが博多んもんの誇りというやつなので、「訛ってるじゃん」とか突っ込まないように。 ご承知のとおり、「生き物を大切にしよう」のスローガンのもと、露店でイカだのタコだのを食いまくる縁日である。 「博多三大祭り」と称される如く、休日の夜に出かけようものなら、箱崎宮の参道は立錐の余地もないくらいの大混雑になるのだが、平日の昼だと人通りもまばら。つーか、こんな空いてる放生会を経験したの生まれて初めてだ。だってガキのころから夜しか出かけたことなかったし。
昼間だとおばけ屋敷などは当然、空いていない。 しげが入れもしないくせに「なん、開いとらんやん」と文句をつけるので、「昼間から出るオバケがいるか」と言い返したが、考えてみたら遊園地のホラーハウスの類って、昼からやってるよな。オバQも昼間から出てたか。 串焼き、イカ焼き、タコ焼き、唐揚げ、オムソバ、かき氷と食いまくる。放生会と言えばまず一番にトウモロコシなのだが(っつーか、昔はそれとワタアメしか売ってなかったような気がするぞ。バナナチョコだのリンゴアメなんて、いつから売りだしたんだ)、何となく敬遠。いや、歯にはさかる(←これも方言かなあ)のがイヤだっただけだけど。 しげ、唐揚げがえらく気に入ったのか、二度も買う。「『味で勝負!』のハリガミに惹かれたっちゃ」というので、一つ分けてもらったが、確かに露店のものにしては油っこくなくかと言ってパサついてるわけでもなく、美味い。少なくともケンタッキーフライドチキンよりはずっと美味い。 しげ、店のオヤジさんに「ねえちゃん、また来たね」と声をかけられて照れる。仕方なく私が代わりに「なんか気に入ったみたいで」と愛想笑い。どうせこのオヤジさんも私がしげの父親かなんかだと思ってるんだろうなあ。 かき氷はたいてい蜜がかけ放題なので、青リンゴにコンデンスミルクを思いきり掛ける。糖尿はどうしたと突っ込まないように。今日は祭りだ。 店のねーちゃん、突然「青リンゴにミルクって合いますよね!」と声をかけてくる。童顔で何となく声優のTARAKOみたいな女の子だ。「ええ、美味しいですよ」と答えると、「友達がみんな変って言うんですけど美味しいですよね、青リンゴにミルクかけたの、今日はお客さんが初めててです」と捲くし立てる。なんかそんなに孤独感味わってたのかな、このねーちゃん(^_^;)。 店の人とこんなやりとりができるのも放生会ならではである。どんたくや山笠に比べるとまだ昔の博多らしさが残ってるところが好きだ。
八幡宮の境内まで行きながら、しげ、お参りはしない、という。「何で?」と聞いたら、「お参りは正月だけって決めてるから」。よく分らん理屈だ。 境内にはハトがいる。ハトがいれば当然自販機でハトのエサを売ってるのである。エサを売ってれば買わずばなるまい(別に決まってねーよ)。100円で、モナカの中にコーンの粒が入ってる例のやつ。ちぎって撒くとみるみるハトが飛んでくる。飛んでくるだけならまだしも、撒く間もあらばこそ、私の腕に留まって、直接エサをついばんでくる。しかも、1羽、2羽、3羽。背中にも留まる。そんなとこにエサはないぞ。 ハト同士でエサを奪い合い、ケンカが始まる。クチバシでつつき合うだけでなく、翼でビンタを食らわす。一発、二発。たまらず逃げる弱いハト。嘘ではないぞ、目撃したんだから。昔、『帰ってきたウルトラマン』を見ていて、テロチルスがウルトラマンにツバサでビンタ食らわせてたのを見て、「トリがツバサで敵を叩くかよ」と思ったのだが、この認識は誤りであったことが20数年後にして判明したなあ。 しげ、ハトに埋もれた帆場英一のような私を見て一言。 「……満足?」 おお、満足だとも。
オムソバは一の鳥居のある岬の石段に座って食う。 しげ、波打ち際に行くのをちょっと怖がっていたようだったが、「大丈夫、『あんとくさま』(by『海竜祭の夜』諸星大二郎)は来ないよ」と言って慰める。慰めになってないか。 寄せては返すワカメを見ながらオムソバ食うってのも風情があるんだかないんだか。
放生会には毎年古本市も出る。 これがまた意外に掘り出し物もあるので、ついいつも買い込んでしまうのだが、しげは縁日と古本市の結びつきがピンと来ないらしく、入りたがらない。 仕方なく、一人でさっと見回る。丹念に見るヒマはなかったが、偶然、私にとってはまさしく正真正銘の出物を発見。
朝日新聞福岡総局編『博多の心』(葦書房)。昭和51年発行で、もうとうに絶版になってるのだが、この本の「最後の職人」の項に、亡くなった祖父が取り上げられているのだ。 祖父は沈金師というちょっと珍しい仕事の職人だったのだが、もう10年以上前に亡くなった。この本が出たころには、沈金の仕事が激減して、本気で生活に苦労していたころだった。確か、父が密かに資金援助もしていたはずである。この本は、基本的に今に残る職人の仕事を記録する目的で編まれたものだったが、その「廃れていく」雰囲気がこの本の文章にもそれとなく匂っている。平成不況どころか、職人の不景気はもう20年以上も続いている。 というのも、祖父の「沈金」という職業、耳慣れない人も多かろうが、漆器に彫刻して、その刻み目に金箔を埋めた沈金細工を作るのだが、これが祖父の晩年のころには全くと言っていいほど売れなくなっていたのだ。要するに、世間の人間の判断は「そんな贅沢品は要らない」ということだったのだ。贅沢品と言ってもあくまで工芸品で、使われることを目的としているから、当時でも何千円もするものではなかった。しかしやはり売れない。質が悪かろうが、極端に安いものしか買わない。博多の人間は戦後、「粋」という感覚を確実に失っていったのだ。 跡を継ぐはずだった伯父は生活が出来ずに転職した。 それでも祖父は沈金一筋で暮らしていたが、やがて脳溢血で寝たきり生活になり、七年経って死んだ。子供のころ、遊びに行くと小遣いを必ずくれた祖父だったが、見舞いに行くと、私の顔を見た途端、必ず声にならない声をあげて泣いていた。言葉はもう出せなかったのだ。 父が祖父の散髪をするために、私に祖父の頭を持つように言ったが、その頭はすごく軽かった。軽すぎてかえってバランスが崩れそうだった。耳毛が伸びていて、それも白髪だったが、父はそれも耳を傷つけないように丹念に切っていた。今の父なら手が震えてそう上手くは切れないだろう。あれが私と父の最後の親孝行、祖父孝行だった。 晩年の祖父が少しでも幸福だったと言えるのは、福岡市が祖父の功績を称えて名誉市民みたいなもの(正式名称は忘れた)にしてくれたことである。別に私たちの一族は誰も市に働きかけなどしていない。もう祖父は動けなくなっていたから、そのことをどこからか聞き知った市の温情だったのかもしれない。 福岡はおろか、九州では唯一の、そして最後の沈金師だった祖父の仕事は、もはや博多のほとんどの人が忘れ去っている。たまに祖父や伯父の作った沈金細工を老舗の料理屋の器などで見かけることがあるが、それもいずれは失われていくだろう。 私は祖父の晩年の作品を一点だけ持っている。高校入学のときだったか、記念に貰ったものだ。湖水で釣りする老人がわずかな線で掘られている。初め私は「獏」の絵を依頼したが、もうそのころには大作を作れる体力は祖父にはなかった。それでも脇辞に「綜藝綜智(しゅげいしゅち)」と彫ってくれた。 それが今でも私の座右の銘となっている。
『博多の心』は父も持っていたが、自分でも持っていたかったので買った。元値は980円だが、600円。絶版本でもそう高値にはなっていないが、せいぜい20年ほど前の本ならこんなものだろう。しかし、ここに載せられているほかの職人さんたちも、今やほとんどが故人。博多の心は着実に消えていっている。 新生姜を買って(これも放生会の名物)、父の店に届ける。 そのとき、『博多の心』も見せる。 父、「よう(こんな珍しいものが)あったな」と驚きながらも喜んで、姉や、丁度遊びに来ていた姉の娘さんのあっちゃんに写真を見せる。本には祖父の作品、松に鷹の絵を彫った堂々たる大作が載っているが、あっちゃん、目を丸くして「すごーい!」と叫ぶ。ここに写真を紹介できないのは残念だが、若い子が見ても一発でその凄さが分るほどの堂々たる芸術作品であったのだ。考えてみればそんなものを二束三文で卸していたのだから、祖父も随分欲が無かった、というより高い金は取れない、というのが矜持でもあったのだろう。
知り合いの本屋に寄って新刊マンガをいくつか物色。 丁度そのとき、日朝国交交渉終了のニュースが店先のテレビから流れてきた(ここのおじさん、いつもテレビを見ているのである)。 覚悟はしていたろうが、拉致されたご家族の悲しみはいかばかりであったか。
マルキョウに寄って買い物。 ずっと探していたかき氷のシロップをようやく発見。「ブルーハワイ」を見つけてしげ、狂喜。「イチゴが無いのは残念だけど」。ついこの間まで「イチゴは嫌い」とか言ってなかったか。無いとなると別に欲しくなかったものまで欲しがるようになるのだから、やっぱりしげの根本的な性格はジャイアンである。
さて、8人の犠牲者が判明した日朝国交交渉だが、単純に考えれば、洗脳に成功した人間が生き残り、抵抗した者が殺された、というのが真実に近いだろう。「病死」なわけがあるかい。 洗脳されたフリでもして、なんとか生き延びられなかったものか、と思わないでもないが、そうそう人は自分を偽れないものだ。私だって、当時、拉致られて金日成に忠誠を誓え、なんて言われたら、やっぱ抵抗するだろうし。これは日本に対する愛国心があるというわけではなく、力でもって服従されることに強い拒否感があるからだ。もっとも、拷問されたらその場凌ぎで「キムイルソン、マンセー!」とか叫んじゃいそうだ(-_-;)。 北朝鮮がこれだけ真実を認め、素直に謝罪したというのは、日本が初めて強行外交に出たからというよりは、アメリカの後押しがあったからこそってことは間違いないことなんで、あまり嬉しくもない。だからって、その理屈で、ブッシュの今の強行姿勢を支持したくもないんだが、やっぱり国際社会もヤクザに対しちゃヤクザで対抗しなきゃダメってことなんでしょうかね。一歩間違えば北朝鮮だって窮鼠猫を噛むで、ヤケな行動に出る危険が今でもあるってことは、こないだの不審船騒動でも分かってることだと思うんだが。金正日が本当に統制力を持ってるなら、こんな訪朝直前の騒動は起こらなかったはずなんだけどね。 ともあれ、日本人は北朝鮮を責める口実を手に入れてしまった。いくら北朝鮮の人が侵略戦争がどうの、と言いだしても、反駁する材料が公然と与えられたのである。図に乗って、在日の人たちに罵声を投げかけたり、差別的な行動に出るバカ日本人がまた大挙して出そうな気配がして、民間レベルではそっちの方がずっと心配なのだが。
マンガ、野中英次『魁!! クロマティ高校』5巻 ―天使編― (講談社/マガジンKC・410円)。 大事件が起こってるってときにまたこんな本を(^_^;)。 既にもうヤンキーギャグじゃないよな、と思いつつ、いきなり「北斗軍団」(全国制圧を狙うって、やっぱモトネタ『男組』なんですかね)という初期設定が復活してきて当惑したけれど、軍団分裂の話をしているはずがなぜか焼肉を誰が焼くかの話にスライドして、やっぱり全然ヤンキーマンガにはならないのだった(^_^;)。 でも焼肉焼いてるそばから食ってくヤツってやっぱりいるよな。そのクセ、「アンタ、ちゃんと食べてる?」とか言うんだよ。 「オマエに全部食われたよ(`‐´≠)」。
2001年09月17日(月) 祝日には旗を。私は出さんが/『クラダルマ』1・2巻(柴田昌弘)ほか 2000年09月17日(日) クウガと絶叫としゃぶしゃぶと/『少年探偵虹北恭助の冒険』(はやみねかおる)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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