NY州在住 <旧『東京在住』・旧旧『NY在住』>
kiyo



 私とあなたのインターアクション

 この前、外資系花形企業に勤めたり、企業トップは色々大変かもよ、という話を書いたばかりですが(参照:http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=8669&pg=20080509)、ま、海外で生活していれば、日本で友達や同僚・クラスメートと飲みに出かけるのと同様に、職場や学校以外でのコミュニケーションを求められることもあるわけです

 つい先日、半年ほど早く卒業をした同じコースの人に再会した。聞けば、ネブラスカ州の大農場の息子らしく、馬・牛・羊のみならずリャマだの、アルパカなど色々飼育しているんだとか。その人がなんと20キロバッファロー肉のハンバーグパテとソーセージを土産に数日間だけ戻ってきたので、呼べるだけの人を呼んでパーティをすることになったという連絡をいただいた。そして私もその参加者の一人。

 ま、同級の同コースの人とそのお友達が呼ばれてるんだろう、と思ったらなんと結果的に60人以上集まった。(何度も言いますが、私も呼ばれた一人だから偉そうなことはいえないんですがね)まず、到着すると、手にしなければならないのがビールです。そう、なんとビールがポリバケツにすっぽりはいるくらいので用意されていて、空気圧をしゅこしゅこと送り込んで好き勝手にビールをつぐ仕組みになっている。


 っていうか誰がどこでこんなものを仕入れてくるんだろう。参加者の誰かが持ち込んでくるわけですが上手いことコンテンツというか持ち込むものがばらけるものです。ある人はフルーツの盛り合わせ、ある人は手作りサルサ、ある人はチップス、ある人はゴムボール・・・。ちなみに私はBBQ用のトウモロコシを20本ほど持参した。でも、ビール樽には叶わない。

 呼ばれた人も、恋人を連れてきたり、ルームメイトを連れてきたり、子供を連れてきたり、ペットをつれてきたり色々引き連れてきます。そりゃー60人以上になるわけだ。一番印象的だったのは、私のお友達がある人が現れたのを見て絶句している。ビールがそんなに苦いのか?

「おい、誰だよ。テリー=タッカーを呼んだのは・・・」

 そうです。彼のアドバイザー(担任の教授)でした。PhDの人や、リサーチャーなど外見や年齢だけでは中々その人のポジションがわからないものですが、先生も呼ばれていたんですね。アメリカの大学では先生と飲みに行くことはほとんどないと思いますが、学年末のこのときくらい集まって冗談を飛ばし合うのもいいのかもしれません。

 そこで展開されるのは、そこら中に人の輪ができて話に花を咲かせます。それはもう、5,6時間も延々と会話だけ入れ替わり立ち替わり輪の中の人が変わるとはいえ、なかなか何時間も会話だけで楽しむのも、ましてや相手を楽しませるように会話を続けるのも大変なんじゃないかと思います。というわけで、私は英語を話したり聞いたりするのが疲れるので偶に仲間はずれにされている犬さんと遊ぶわけです。犬さんはうらやましそうに、いい匂いだなーって見つめている。


 目の前に食べるものが続々と届いたり(居酒屋)、誰かが歌を歌ったり(カラオケ)など自分たち以外のコンテンツが提供されない状態で、相手との時間を楽しむのは本当にコミュニケーションをしているなという気分になりますね。(私は誰かの冗談を楽しんでいるだけの方が遙かに多いのですが)


 飲むのがメインなのか、話すのがメインなのかめりはりの聞いたコミュニケーションの方が、なんとなく連帯感をうむよりも、もっと具体的な仲間意識というのが生まれるんじゃないかと思います。(お、これこそ私の論文の主題のソーシャルキャピタルじゃないか!)相手がどんな考え方をしてるのか、どんなスタンスで普段過ごしているのか、そんなことがはっきり分かりますからね。

 お友達や同僚、彼女・彼氏とも、会っている時間のコンテンツ(おいしいレストランとか素敵な夜景とか)を色々考えるよりも、相手と自分だけでどんなインターアクションをしていくのか、を考えたほうがより長期的な関係を作ることが出来るのかもしれない。


↑エンピツ投票ボタン
My追加


2008年05月22日(木)



 夢の海外での学士取得と現実

一度だけ、ブログでこういう「役に立ちそうな」情報を発信してみたかったんです。役に立ちそうな、というのは所詮ブログで書いた独り言のようなもので、ほんとにアカデミックだったりビジネスの現場の議論に耐えうるわけではありません。勘違いしないでね。
 
 実は、今まで一度も留学の相談を受けたことがありません。ありそうでしょ?ないんです。すこしバイトとして誰かの出願書類やエッセイをみたことはありましたが、そうした方はもうすでに行きたい学校や勉強したい分野が具体化している人でした。

「高校卒業後は、留学しても良いかなって思っているんですが、どんなもんでしょう?」

 なかなか難しい問題だと思います。つっけんどんに「何かそこでしか勉強できない内容があって、経済的に許されるなら他に決断の余地はないのでは?」と答えるのもどうかと思います。なかなか自分一人だけの力ではできないことだし、一人の力だとしても逸失利益といいますか、そもそもそれだけのコスト(時間とお金)をかけてどうするのか、という問題と向き合わなければいけないからです。

 留学の価値=プライスレス

 とご本人は考えていても、周囲の人はそう思わないかもしれませんし、そうしたプレッシャーにさらされる方も多いのじゃないかと思います。

 具体的に費用のことを考えてみましょう。

 17,447ドルが、アメリカの四年制大学の平均授業料らしいです。(参照[英語資料です]:http://www.infoplease.com/ipa/A0781878.html)日本円(1ドル=110円)にすると、190万円くらいでしょうか?これは私の勝手な観察によるものですが、四年制大学に留学をさせようとすると大体授業料の2.5倍くらいかかると思われますので、ざっくり計算して年間480万円。四年間だと2000万円弱くらいかかる計算です。

 なるほどね、安くないですね。ま、でも、公立校なら若干(ほんとに若干)ですが安くなると思いますし、さらに場所によってもさらに安くなる可能性があるというものです。しかも所詮SATなんて留学生の場合数学くらいしか考慮されないんじゃないかと思うことを考えれば(私見です!)普通の留学自体は、オカネだけの話に帰結しなくもない。また、お父さんは50代から60代と思われますから、その人の平均年収が650万円らしいですから(参照[日本語資料]:http://nensyu-labo.com/heikin_nenrei.htm)、高校入学したあたりから留学を志せばなんとかならなくはないんじゃないかと思います。

 この話、実はアイビーリーグなどトップ校にいこうとすると全く話は別物です。しかも悪い意味で。

 結論から言えば、学費だけじゃなくて、学力共に非常に大変なことになる。


 この図をみてみましょう。アメリカの一流大学の(右から)合格率、合格通知を受け手からの進学率、SAT(大学入試共通試験)のスコア、学費です。

 まず、SATですが、これ、満点じゃないと思われるかもしれませんが、SATIといわれる基本能力のテストは満点じゃなければほとんど入学は無理だそうです。私の大学でさえ、全学部生の73%は高校の頃主席か次席の卒業席次らしいです。そのうえ、高校のときの学力だけじゃないパフォーマンスも必要。ま、生徒会長やってSAT満点じゃないと願書を見てもらえないということでしょう。

 だから合格率がこんなに低い。そりゃ受験料もかかりますから、箸にも棒にも引っかからないような場合には受験しませんから、合格するかも、と思う人しか受験しないわけです。それで、この合格率ですから非常に狭い門かと思います。勉強の苦労も並々ならぬ者があるでしょう。

 さて、授業料。ざっと見たところ3000ドル(330万円)ですか?やはり勝手な私の法則、[全費用=授業料×2.5]を用いたところ、年間830万円、四年間で3300万円。フェラーリが買えます。

 気をつけなければいけないのは、これは留学生ということであって、アメリカ人がこのようなトップ校にいく場合には少し話は違うようです。カリフォルニアやミシガンなど素晴らしい州立大学(私の所も一部は州立大ですが)はありますし、そこはレガシー入学などありませんし、学費も安いし、また補助も多いようです。気をつけましょう。

 なかなかハードルはきついですね。私の息子や娘が、ハーバードの合格通知を持ってきたとら本当に困ってしまいます。それでも、留学生は増え続けているのです。


 ほら、この通り。確かに学部生を見ている限り、朝から晩まであんだけ勉強させられ、優秀なクラスメートと切磋琢磨できることは本当に素晴らしいことだと思います。短絡的な利益の話をすれば、途上国や韓国などでは、学歴だけで給料と周囲からの羨望の量が決まるようですし。(ワインの値段とラベルの相関みたいなものか?)


 教育を経済的な価値だけで算出するのはどうかとも思いますが、どれだけ優れた教育システムだとしても、学部教育にこれだけのハードルがあるのは少し二の足を踏んでしまうのが現実じゃないかと思います。留学を志す高校生諸氏には是非、そうした現実を踏まえて、周囲の説得に当たってほしいなと思います。
 トップ校じゃなくても、コストはご覧の通り莫大です。フェードアウトしたドキュソな高校生が親が裕福なのを良いことに、アメリカでなんとか卒業しようという例もバブル期は散見されたそうですが、もっと有効な使い方もあるかもしれません。

 学部生は学部生として得られるもの、と失うものとをきちんと見極めて、日本の大学に行く感覚では決して進学できるものではないと思いました。

 追伸1:これは学部生の話です。大学院は全く話は別です。学費についてもそのほかハードルについても一般化できません。そこを間違えないように!

 追伸2:これ、芸術系だともっとです。知り合いでバレーをしている人がいましたが、夏はモナコとイギリスの学校に、とか。あの先生の個人レッスンを、とかいう話になって、恐らくコストは果てしなくなることでしょう。ある人が言っていたんです。これで「私好きな人が出来たの♪結婚するわ♪」っていわれたら、私は娘を殺すかもしれないと。うん。そうかもしれない。


↑エンピツ投票ボタン
My追加


2008年05月20日(火)



 NYU Commencement (開始)

 以前したいことの中に「NYを発つ友人の見送りに行く」ということがあったのを覚えておいででしょうか?(1月30日の記事参照:http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=8669&pg=20080130)
 いろいろ予定が合わず叶わなかったのだが、その彼が、ニューヨーク大学(NYU)の卒業式に出てみるために、戻ってきた。(ここで「でてみる」と、「try to attend」的な言い方をしたのは正確を期すためだ。めちゃくちゃでたいわけではないが、ま、でてみると面白いこともあるかもしれない、というあたりが彼の意図だと思うからだ)

 というわけで今回こそは万難を排して馳せ参じた。いざNY。いろいろ万難があったが本当にいってよかった。楽しゅうございました。

 一日目は、彼の学部(教育学部ですか?)Steinhardt Schoolの卒業式。なんとRADIO CITYで行われます。部屋を出て、RADIO CITYの近くのダイナーでNYUのスクールカラーである紫色のローブに身を包みます。「これで街中歩くのかよ」と言っていた割には、来てみると颯爽とRADIO CITYを目指して歩き出します。


 かっこいいですね。すると、もう他の卒業生も同じ格好で集まっているじゃありませんか。同じく着飾った保護者のみなさまも誇らしげに卒業する自分の息子や娘を見上げています。さすがNYUだけあって、というかイサカの否かの学校と違ってみなさんおしゃれで、美人さんが多いこと。(イサカじゃハイヒールなんてありえませんからね)

 
 しばらくまって、中にはいってみると、威厳をもちつつ、シンプルにデザインされた式場がみえます。

 
 基本的に、中身は演説ですが、最後に、ミュージカルもどきが演じられたり、みんなで『New York New York』を歌って、壇上に居座る教授陣が踊っていたりするのをみると、さすがクールなイメージな大学だけありますね。去年みたコロンビアの卒業式(http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=8669&pg=20070608)は、「君たちはいずれの社会でも頂点にたつべき人物だ!心していけ。それが我がトップ校をでた人材だ」といわんばかりのスノッブで、宗教じみた感じでしたが、そこいくとNYUは洒脱感があふれていて素敵だ。

 そのあと、NYUの校舎が乱立するワシントンスクエアパーク周辺に移動する。するといくつかの道路をふさいで、お祭りが行われていました。入場券を首に下げると入場できます。


 DJが音楽をならし、屋台で食べ物が振る舞われ、多くの大道芸人が道行く人を楽しませている。出店ではゲームに挑戦もできるみたいです。特定のキャンパスのないNYUならではのお祭りですね。路上で祝うあたりで街と一体感がでています。


 マンハッタン全体が私たちのキャンパスなんだといわんばかりです。聞くところによると、エンパイアステートビルディングも、NYUカラーの紫になったとか。リベラルな校風がそんなところにもあらわれている。

 翌日。
 彼は朝早くから準備をしているじゃありませんか。そうです。前の日は、学部の卒業式でしたが、今日は学校全体。どうやら今年はワシントンスクエアパークが工事中だとかで、代わりになんとヤンキーススタジアム(!)で卒業式です。

 遅れて再び出席してみる。球場に着いてみると、一面紫でびっくりした。セカンドのあたりに特設テントが設置され、学長以下、主要ファカルティが居並んでいる。やっぱりメインコンテンツは演説ですが、歌あり踊りあり。学長が、最初から最後までヤンキースキャップをつけていのが面白かった。


 最後は学部長達が「学長、2008年卒業メンバーとして○○○人の卓越した学士号取得者、△△人の修士号取得者、□□人の博士号取得者を今年も得たことを喜ばしく報告します!」という紹介をしておわり。

 演説にしても、卒業式にしても、「これからがんばってね。ここで勉強したことを誇りに思ってね」ということがメッセージです。恐らく、いろいろなブログでいわれているでしょうが、英語で卒業式はCommencementといいます。「Commence(開始する)」という動詞の名詞形ですから、「開始」と訳してもOKかと思います。ま、開始なんですよ。これから始動ということ。(院生の場合は「再始動」といったかんじか?)

「『これからがんばれよ』って言われるための式に、『よくがんばったね』っていわれにきているから、違和感を感じるんだよ。ね、ベクトルが違うの、君と式との」といったら至極納得していた彼でしたが、実は来週は私の卒業式なんですね。

 私も、「いやーよくやったよ。少し休め」と言われたい気持ちで一杯ですが、恐らく背中を押されるんだろうと思うと少し憂鬱だ。

そう、25日は卒業式・・・。そろそろ色々終わりにしましょう。


2008年05月16日(金)



 教養とキャリアアップと巨人の行方

 多くの場合、アウトプットしているときは頭を使っていないと考えられる。当たり前かもしれない。インプットしているとき(本を読んだり、人の話を聞いたり、観察したりする)というのは、自分の中で理解する作業が必要なのでCPUも動かざる得ないが、その結果をしゃべるのは、データを印刷するのと同じように別にたいした容量はつかわない。せいぜい、見栄えくらいか?

 というわけで、論文を実際に書いている(文字通り、カタカタタイプをしているとき)は音楽を楽しんでいる。内訳は、大体25%ジャズ系、15%クラシック系、15%洋楽ヒット(過去現在)、15%サントラ、15%ネットラジオ、10%邦楽懐メロ、5%その他、のような構成になっていると思う。ジャズ「系」などと、「系」がついているのは、いわゆるビッグバンドとか、スカパンクとか、ジャズオーケストラとか、いろいろ私には境界がわからないのでファジー感をだすためだ。(ビートルズは、洋楽ヒット過去に入るの?それともクラシック?)


 ま、節操がなく色々聞いている。そんなときこんな記事に出会った。
外資系金融で20年以上世界中で活躍されている方のブログらしい。(参照:http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/fb24dd1927f54ba618126eb7dd02e5d9)
 曰く、政府の「金融士」という資格を創設して、金融の現場で働く人の質を高めるべきだ、という議論に対し、現場は非常に優秀だが、経営陣のアホさ加減が抜きんでているのが日本の金融機関なのだから、必要なのはマネージメントのための「金融機関経営士制度」の設立だ、ということを訴えていらっしゃる。そのための必要最低限の資格として以下のことをあげている。
 
1.金融工学
2.TOEICも必須にして900点以下の人はだめ。
3.西洋金融史(マックス・ウェーバーあたりからマンデル先生くらいまでね)
4.西洋美術史(この話題ができないとパーティーでは人間扱いされない)
5.クラシック音楽のイントロあてクイズ(オーケストラまであたったら点数は倍)
6.日本史及び日本美術史(必ず聞かれます。答えられないとばか扱い)
7.日本財政(日本でもSWFをなんてばかなことを言わないため)

 らしい。重ねて言いますが、私はこの大学で落ちこぼれ中の落ちこぼれなので例外ですが、他の生徒さん達は、未来のエグゼクティブですよ。ま、英語と金融工学は別にしても、このほかのこと、少なくとも20代後半から30代前半の人はなかなか3〜5に精通されている方は少ないんじゃないかと思います。経済でも学術系の院には、いらっしゃるかもしれませんが、MBA系は全然そんな感じじゃない。(MBAの校舎↓)


 ということは、卒業して、さらに30代を通して、キャリアアップするにつれて、こうしたことも「勉強」されるんでしょうね。そう、まさに「勉強」ですよ。好きも嫌いもあったものじゃない。エグゼクティブになるのも大変ですね。金融系に勤める方は、会社帰りに銀座を通るたびに、福家書店で、相武紗季の握手会参加券付写真集や、ヤンジャンを買うのを我慢して、山野楽器に向かいクラシックを買い求め、八重洲ブックセンターで上野でやってる美術展をチェックし、関連書籍を購入するわけですか。休日は酒屋でビールを我慢して、ワインを数本買って最適チョイスの勉強と。なるほど。

 大変ですなー。

 好きなら全く苦じゃないですが、好きじゃなければ苦行ですな。もっといえば、ステータスとして教養が求められるとしたら、なんか、本当に西洋美術が好きな人には失礼かという気もします

 もっといいましょう。本当に好きだとして、そんな素敵な時間が、たまたま自分のキャリアアップにつながっていることを知ってしまった瞬間興は冷めるでしょう。本当に彼女の品の良さに恋していたのに、たまたま結婚したら資産家令嬢だった、みたいな。多少萎える。というわけで、軽いクラシックファンとしては、こういう業界に行きたくないな、と思った、新橋の居酒屋で上司や同僚と、巨人の今年の行方と、『サラリーマンNEO』の原史奈の魅力について語り合って出世の糸口をつかむのとどっちが良いだろう?


 でも、確かに彼の言っていることは本当で、この前、NYにいくバスの中で隣になった75歳の元大使婦人の方が延々と4時間話かけてきましたが、オペラに関する造形は非常に深く、「魔笛とか、ずっしり重い感じのモーツァルトのオペラが好きかもしれません」といったら、やれウィーンでみたときだの、ベルリンでみたときだのと延々と知識を披露してくださった。

 ま、国際的なエスタブリッシュメントを目指すのは色々大変みたいです。好きであれば好きなりに悩みは尽きないし、嫌いであれば苦行が続くと。


↑エンピツ投票ボタン
My追加


2008年05月09日(金)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加