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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2010年10月21日(木) --

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『赤朽葉家の伝説』

視える。視える。
赤い燃えるような朽ちかけた紅葉に覆われた、 お山のだんだんのてっぺんの、赤瓦の旧い傾(かし)いだ大屋敷、 その中での、外での数々の出来事が、まるで初代主人公の 「万葉」の千里眼で見るようにはっきりと。

ラノベ出身の女性作家が、 地方の旧家の女三代記で吉川英治文学新人賞を取り、 そのうえ直木賞候補にまでなったと評判になった時、 読んでみたいけれど、因習に囚われた重苦しい話だったら厭だなあ、と、 やはり地方の旧家で面倒な思いをした身としては悩んだのですが、 やはり気が引かれ、文庫化されたのを読んでしまいました。

古来のたたら製鉄の時代より製鉄業を営む一族に嫁として選ばれたのは、 「山の人」が置き去りにして、親切な職工夫婦に普通に育てられた娘。 彼女は時折未来が見えるが、周りの人々はそれを自然に受け入れる。 物語の中での生活は現実の戦後日本の高度経済成長にあわせて 日本中の他の地方の町と同じように世代に分かれて姿を変え、 その中で陰残で華麗で滑稽で心温まる出来事が、数々語られる。

大丈夫でした、これは虐げられた女性の苦悩の文学などではなくて、 第一部は伝奇ファンタジー、第二部はコミックスのノリの、 どろどろとど派手な大河エンターテインメント小説です。 なぜまた日本推理作家協会賞受賞作で創元推理文庫なのかと思ったら、 最後の第三部は、現代の主人公が、これまで語られた大勢の 死者達の中で、一人は実は殺害されたのではないかと疑いを持ち、 それぞれのエピソードの裏付け調査をするからでした。 いや、ミステリーもなにも、それは「あの事」しかないだろう、と 最初っから読み手は思うのですが、 「語られた事実」に「思い」は伏せられていたのを、 全てが判ってから書き手が思いを織り交ぜて最初から書いたのが この本、という形なのかもしれません。

中国地方、特にひっそりともの静かな山陰を旅すると、 同じように発展に取り残された地方者から見ても、 首都とは切り離された旧い底深い文化と、 深いけれど険しくはない中国山地の優しさを感じます。 中世のたたら製鉄場といえばアニメ映画『もののけ姫』の舞台。 水木しげるも桜庭一樹も小泉八雲も佐野史郎も山陰の人だし、 コミックス『蟲師』の旅する山は絶対中国山地だろうと思っていたら、 作者の漆原友紀は山口出身なので、たぶん当たりでしょう。 あの山々なら、「あの人達」が暮らしていても不思議は無い。

旧家というのはその地域の産業なり発展なりを維持して行くために 必要とされるものなので、地域と産業のあり方の変わってしまった 現代においては、旧家の存在意義は消えてしまったと言えるでしょう。 だから、最後の主人公が本来貰い受けるべきだった名は、 私の身も、軽くしてくれたのです。ああ、面白かった。(ナルシア)


『赤朽葉家の伝説』 著者:桜庭一樹 / 出版社:創元推理文庫2010

2003年10月21日(火) 『リカちゃん大図鑑』
2002年10月21日(月) ☆「ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ」
2000年10月21日(土) 『神秘学マニア』

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