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コサックの首領にしてロシアの歴史に残る実在の英雄エルマークと、彼に従って旅をした少年、ミーチャの物語。
ヴォルガの河口から北上し、ウラル山脈を越えて、東へ東へと進むコサック軍。 チンギス・ハーンの末裔がタタール人とともに支配していたシベリアの奥地まで、彼の遠征は続く。皇帝の旗を大陸の端まで掲げるために、反逆者とみなされていたコサックの名誉回復のために。
そんなロシアの歴史をほとんど知らなかった私には、物語全体が、まるで『指輪物語』のホビットが体験した冒険のようでもあった。故郷を離れてはるばると、戦いに明け暮れる苦難の旅をし、ふたたび故郷をめざす旅。 夢見た村に帰りついたミーチャが感じた思いを誰よりも知る人は、フロドというよりもかのビルボ・バギンスだろう。
最初から物語の強い流れがぐんぐんと引き込む。馬にまたがり、いかだを組んで、コサック軍は進んでゆく。ミーチャのような少年が一人ぐらい、コサック軍のあらくれ達のなかに混じっていたとしても、不思議はないだろうと思える。彼の葛藤と成長を映し出すたぐいまれな描写は、ローマ軍の若者たちを描いたサトクリフの血をも思わせる。
ミーチャは故郷の村を訪れたエルマークに魅了され、彼とともに行動する決心をする。 唯一の友人だった少女イリーナの制止を振り切って、すべてを捨て旅に出てしまう。 行く先にどんな苦難が待ち受けているのか、どれほどの名誉が微笑むのか、まだ何も知らずに。エルマークはそんなミーチャを見守ってくれた。
大いなるロシアの領土が東へとひらかれゆく決定的瞬間が、本書の火薬であるとするなら。感受性の豊かなミーチャが戦いの日々に体験した人生のマイルストーンは、物語を照らすキャンドルのようだ。
余談だけれど、日本人にもおなじみのロシア料理「ビーフ・ストロガノフ」を生み出したスロトガノフ家も、本書の重要な役どころを担っている。彼らの祖先は皇帝に貸しがあり、この16世紀後半には、モスクワの東方、ウラル山脈の手前に、ゆるぎない領地と身分を確保していたのだった。塩や毛皮をはじめとする通商で財を成した一族である。
そのストロガノフ家が、コサック軍の強力なパトロンとなった。エルマークたちの東征を援助したという事実を初めて知り、自分がロシアの歴史をほとんど知らないことも思い知る。
著者は女性で、ロシアを舞台にすぐれた作品を残している。現在のポーランド領で育ち、兄はロシア軍と戦って死んだ。戦争の残した民族の禍根を克服するためにロシアの歴史を研究しはじめたのだと、あとがきに書かれている。あえて実際のロシアを訪れずに書いたという歴史小説がこれほどリアリティーを放つという事実に、イマジネーションの可能性を讃えたい。
とりわけ、ロシアの人々の心の英雄であるエルマーク・ティモフェイエフの描写には、複雑な精神と数奇な運命に翻弄される男の、明日をも知れぬ不安と高揚が絶妙のタイミングで見え隠れする。終盤近く、皇帝から賜った壮麗なよろいを身に付けたエルマークを見て、一人の老コサックがつぶやく。
「ただね、エルマーク。そうすると、全然別の人みてえに見えるんだ。おれたちの仲間じゃねえようにな。その鉄の堅さが、おまえをおれたちから奪っていくような……」(引用)
見ることは決定的なことだけれど、想うことはひらめきを連れてくる。確信に満ちたひらめきを。(マーズ)
『コサック軍シベリアをゆく』著者:バルトス・ヘップナー / 訳:上田真而子 / 出版社:岩波書店1973
2003年04月22日(火) 「児童文学最終講義」(その2)
2002年04月22日(月) ☆映画・オブ・ザ・リング
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管理者:お天気猫や
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