HOME*お天気猫や > 夢の図書館本館 > 夢の図書館新館

夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2005年05月09日(月) --

TOP:夢の図書館新館全ての本

『銀の枝』

サトクリフのローマン・ブリテン三部作、第二幕目。 今回の舞台は、前回の『第九軍団のワシ』から時代が下がり、 マーカスの数世代後の子孫たちが主人公となる。

同じ場所でありながら、時代によって地名も変われば、 支配する民族も違うという不思議な感覚は、日本と英国が 大陸から見ると辺境の島国であるという共通点を持っていながら、 まったく違った歴史を歩んできたことを教えてくれる。 読んでいると、イギリスの旅で見たラテン語の書かれたポストなどが、 ふっとリアルに思い出されてきた。

ローマ帝国。長きにわたり栄えた、世界最長の寿命を誇った国家が、 ついにその輝きを羽の下にしまい込み、次の国家に覇権をゆずろうと している前ぶれの時代。まだ完全には消えていないが、反抗する勢力が 各地で跋扈し、規律正しくがんじがらめと言っても良いほどのローマ軍は、 エネルギーを失いつつある。

主人公は若いジャスティンと、いとこのフラビウス。 ジャスティンはローマの人間だが、父の希望する軍人になれず、 軍医となってブリテンへ赴任してくる。 そこでフラビウス・アクイラと出会い、いとこという血縁だけでなく、 お互いに性格が違うのも幸いして、友情を深めてゆく。

ローマから来たブリテン島の皇帝で人々に慕われているカロウシウスに 忠誠を示し、裏切り者のアレクトスからローマ軍の正義を守ろうと奔走する二人。地下にもぐってからの活動は、後にイギリスが世界をうならせたスパイ小説にも つながってゆくようで、興味深かった。

『第九軍団』との時を超えた符合も随所に出て来るが、 消えた軍団の象徴であったあの「ワシ」も、後半、再びライトを浴びる。 子孫の青年たちによって掲げられ、再び軍団を率いたあの「ワシ」、 つばさの取れた偶像は、ローマの未来でもあるのだろうか。

印象深かったのは、逃走中の彼らが旅のはじめ、神に祈る場面。 二人は仲間となる槍使いのエビカトスに、古い祈りの痕跡を教えられる。 100年か200年も前に、ローマの第二アウグストゥス軍団の兵士が 神に願い事をした四角い岩の祭壇。

なぜ神に祈ったのか、神は祈りに応えたのか、それはもう誰にも わからないことだった。 それでも、ジャスティンはその場所で真摯に祈る。 かつてローマ人の兵士が祈った場所で、花を捧げて。

この静謐な場面は、サトクリフ自身の、「書くこと」への 決意と祈りにも感じられた。神に与えられた力を存分に生かし切れるように、 創造の火花を完璧な戦いに捧げられるように、身を尽くすひとりの作家。

医者であるジャスティンは、後に仲間からこう言われている。

「あんたは幸運だったね。おれたちの大部分は、ものをこわすことが できるだけなのに。」(引用)

余談だが、本書でもサムハインの祭が登場するので、 古い形のハロウィーンに興味のある方はチェックしてみては。 (マーズ)


『銀の枝』著者:ローズマリ・サトクリフ / 絵チャールズ・キーピング / 訳:猪熊葉子 / 出版社:岩波書店1994

2003年05月09日(金) 『ハーメルンのふえふき男』
2002年05月09日(木) ☆リンダ・ハワード・リーディング(その3)

>> 前の本蔵書一覧 (TOP Page)次の本 <<


ご感想をどうぞ。



Myエンピツ追加

管理者:お天気猫や
お天気猫や
夢図書[ブックトーク] メルマガ[Tea Rose Cafe] 季節[ハロウィーン] [クリスマス]

Copyright (C) otenkinekoya 1998-2006 All rights reserved.